135話 解ける心
カルラくんの勉強を見ながらも、僕の視線はコウとダイアくんにも注がれていた。
「これはね『ニシキゴイ』って言うんだって!」
「ニシキ……ゴイ?」
「うん!」
庭の池を指さして、色々と説明しているのだろう。
かつてあの池ポチャした身からすると、もう少し池から離れて欲しいけど……。
「コウ、新しい友達出来て嬉しいのかな?」
いつも誰かに教えて貰っているコウが、ダイアくんに教えている。
ダイアくんとは心にも、物理的にも距離はあるものの、僕が見たことないような、少しほどけたような顔をしている。
「ねぇカルラくん」
「なんですか?」
「勉強終わったら混ざる?」
「うーん……」
少し手を止めて二人を見つめる。
「やめておきます。僕はさっき怯えられたばかりで、まだ距離がほしいですね」
「そうなんだ……」
(…………ちょっと、焦ってるな僕)
純粋にコウに友達が出来たのは嬉しいけど、スーちゃんの弟だから気になってしまう。
転生前だったら絶対干渉しないのに、ヒカリちゃんの心がどうにかしたいって思ってる。
「難しいね」
「ヒカリちゃん、多分時間が必要なんだよ」
「うん、ありがとうね?」
十二歳の心は、中々どうして乱れやすい。
*
「ダイア……!」
ヒカリちゃんの弟のコウくんと遊んでいるダイアは、笑顔とは言えないものの、緊張感の感じられない、ほどけた笑みをしている。
「外でもあんなに笑えるように……!」
家で笑う姿は時々見かけるけど、家の外で笑う姿は初めて見た。
歳の近い友達が出来たからなのか、純粋にコウくんが人も心に敏感で、上手に関われているのか。
どっちかわからないけど、心を開く足掛かりになってくれそうで嬉しい。
「ダイアくん、笑顔だね?」
「うん、これをきっかけに少しずつ心を開いてくれるといいのだけど……」
まぁ今考えても仕方ない。ダイア自身が一つ一つのきっかけを大事に出来るかどうかだ。
「コウくん…………あれは、なに?」
「ダイア……!」
そんなことを考えていたが、ダイアから質問を投げる姿を見て、思わず感動してしまった。
「どれ?」
コウくんは目を凝らしてダイアの指を指した方角を見つめる。
「あれ…………わわっ!」
「ダイア!?」
「ダイアくん!」
何を指しているか示そうと歩いた時、足を踏み外して池に転落した。
私とアリアさん、そしてヒカリちゃんが急いで駆け寄ろうとする。
丁度そのタイミングで、思わず足を止める出来事が起きた。
「えい!」
「コウ何やってるのぉ!!?」
コウくんが、池に飛び込んだ。
特にダイアを助ける様子もなく、ただ飛び込んだ。
そしてヒカリちゃんが絶叫している。
「おねえさま、おちちゃった!」
「コウは自分から落ちたでしょ! ダイアくんは大丈夫なの!?」
「ダイア大丈夫!?」
全員止めていた足を再び動かして池に集まる。
周りにいた執事が慌てた様子で動いており、タオルの用意とお風呂の用意は心配しなくて大丈夫そうだ。
しかし、ダイアの方は……。
「ダイアくん、おちちゃったね!」
顔を上げたダイアが全員見回し、最後に隣にいたコウくんを見つめる。
そしてーー
「っ! アハハハハ!」
「ダ、ダイア……?」
ダイアが、大笑いし出した。
家でも聞いたことがない大爆笑だ。
「ダイアくん、ニシキゴイにげちゃったね?」
「うん、にげちゃった」
池の周りをキョロキョロしている二人は、もう落ちたことなど全く気にしていないようで、年相応よりちょっと幼く見える。
「おねえさま、手!」
「いやよ! 自分から落ちたんだから、自分で上がってきて!」
「けち!」
コウくんは自力でから這い上がる。
「僕も!」
そして、ダイアも真似をするように自力で池から這い上がる。
「ダイア、大丈……夫……かしら?」
普段と様子の違うダイアに上手く声がかけられなかったが、とてもカラッとした表情をしている。
「大丈夫ですお姉様、元気です」
「ダイア……良かったわ!」
もしかしてダイアに必要だったのは、時間だけじゃなくて、交友関係もだったのかもしれない。
平民からいきなり公爵家になった心の辛さを、私じゃ理解できなかったところを、コウくんが解いてくれたんだ。
「全く、きょうだいそっくりですねヒカリ様」
「シャル! 私は自分から落ちてないわよ!」
「おねえさまもおちたの?」
「私は『落ちちゃった』の!」
ヒカリちゃんとコウくんとメイドのやり取りを、ダイアは楽しそうに笑っていた。
「ダイア……!」
なんだ、私たちが気付けないだけで、心ってすんなり解けるのね?
とても素敵だわ!




