105話 最初のダンス
「君、あの『ヒカリ・ウィンガート伯爵』でしょ?」
隣に座った男性は顔を近づけて僕を見つめ、思わず仰け反る。
「そ、そうですけど……」
助けてくれた手前、変に拒絶するわけにもいかないので、声だけでも正常に保つ。
「だよね! 噂通り凄く可愛いね?」
「う……噂、なんてあるんですか……」
「うん。『レオン様が婚約者候補に残すほど可愛い子』って言われてるけど、本当に噂通りでびっくりだよ!」
「あ……ありがとう……ございます……」
(き、距離が近い……!)
女性慣れしていないのか、異性なのに同性レベルの距離感を感じる。
「ねぇ、これも何かの縁だし、今日の社交界一緒に踊らない?」
「えっとーー」
「最初の一曲くらい良いでしょ?」
こいつ、距離の詰め方が下手くそ過ぎる……!
「すみません、先約があって」
「…………」
「えっと……」
「あ、そうだよね? レオン様がいるもんね?」
「は……はい……」
なんか、なんだろう今の間は……。
「ごめんね無理言っちゃって」
ニコニコしているが、あまり笑ってるように見えない。
本当に一緒に踊りたかったのか、はたまた何か狙いがあったのか。
今はわからないけど、とにかく会話を切り上げたい。
「そうだ、自己紹介してなかったね? 俺『リョウ・ミドロ』! ミドロ侯爵の次男だ。よろしくね?」
「あ、はい、よろしく、お願いします。『ヒカリ・ウィンガート』です」
忘れていた自己紹介を済ませ、そこから先もリョウのマシンガントークと近い距離感に翻弄されながらも、ようやく学力テスト間近の時間になってくれた。
*
「それじゃあはじめ!」
配られた用紙を開き、学力テストが始まる。
テストの内容はシンプル。今日まで家庭教師で習ったことの復習のような内容。
主にポーンロンド王国の歴史についての問題が多く、次点に算数。
領地経営のような統計学ほど難しくはないが、技術が発展していない以上、数字を扱うことが多い世界。
そして意外なことに、国語は読み書き以外ない。
文章問題が一つもない。
理由は単純。一部貴族が『私がこうと決めたからこいつの考えはこうなんだ』と無茶苦茶言うやつがいるから。
そんなことを色々考えていたら、学力テストはあっという間に終わりを迎えた。
「学力テストの結果は、明日までに大講堂に張り出して、クラス分けもその時に行う。では解散」
テスト用紙の収集を終えて、その勢いのまま大講堂が騒がしくなり、ゾロゾロと生徒が出て行く。
「あ、ちょっと!」
僕もリョウの声を無視して全力で大講堂を後にする。
もう無理疲れた! 早くスーちゃんとシャイナちゃんに会いたい!
そんな気持ちで荷物を持って走っていたら、気付けば人気のないところに来ていた。
「……やばい」
無我夢中で走っていたら、迷子になっていた。
いやはや、メンタルがぐちゃぐちゃな時の自分の行動とは恐ろしい。
どう考えても大講堂を出てそのまま待ってるべきだったのに、そんな発想思い浮かばなかったよね。
「はぁ……もうヤダ……」
途端に気持ちが抜け落ち、荷物を置いて膝を折ってしゃがみ込む。
ミカ侯爵もだけど、リョウ侯爵の距離感が気持ち悪すぎて疲れた。
助けてくれたのに……。
「あれ、なんでヒカリがこんなところに?」
「……」
よく知る声で名前を呼ばれ、反射的に顔が盛り上がる。
「レオン……」
「どうしたの? 凄い疲れてそうだけど、学力テストいまいちだった?」
「ううん、多分満点」
「…………言い切るのね」
正直元高校生に入学の学力テスト、十二歳のテストなんてどうってことない。
「ちょっと、疲れちゃって……」
「何かあった?」
レオンは僕の隣に座り、話を聞く姿勢になってくれた。
そのままレオンに甘えて、ミカ侯爵に絡まれたことと、リョウ侯爵のことを全部話した。
「まさか、社交界のダンスーー」
「断ったよ? 初対面の人だし」
「よかった……」
そして、胸を撫で下ろして心底安心した様子を見せた。
「ヒカリちゃん知らなさそうだから教えるけど、候補とはいえ婚約者のいる身で『最初に婚約者以外の人と踊る』事って、婚約破棄に近いんだ」
「……嘘」
僕は思わず目を見開き、手が震え出す。




