第33話 魔族と暮らす村
「我々は、護るためにここにいる!!」
朝早々に、号令を聞かされたルフィーナ。
少し俯き気味で、馬に乗って山岳地帯を進んでいた。
ティターニアは、少しそわそわしていた。
それもそのはずこの先にいるのは、自ら「幻夢の堕天」を名乗る、人を治す魔族だから。
回復能力を持つティターニアは、さぞ気になるだろう。
しばらく進んでいると、巨大な影が姿を現す。
山々に囲まれながらも、なお存在感を失わない巨塔ーー第一王子が管轄する北支柱だ。
南支柱を見たことがあっても、なお威圧感を覚える。
山に囲まれた、盆地に存在する村。
魔族にとっては、襲うのに最適な場所だろう。
それでもここが存続しているのは、北支柱あってこそ。
「本当にここが、七堕天の領地なんすかね〜」
シェウがつぶやいた。
けれど、そう思ってしまうのもなんとなくわかる。
鳥のさえずりや、葉の揺れる音が響く。
いつも七堕天の領地では、音が何も聞こえなかったが、ここは明るい音に満ち溢れていた。
舗装された道は、誰かが整備していることがわかる。
「みんな、着いたよ」
セルヴィーロの声に、前を向く。
“リウリス村”と書かれた看板が出迎えた。
不規則に家が並び、畑には井戸から水を引いて、子どもたちが笑い声を上げながら駆け回る。
ーーとても、平和な村だった。
誰から見ても、魔族の影さえちらつかない。
すると、ひとりの子どもが小石に躓いた。
ひざを擦りむいてしまったらしく、目に涙を浮かべ、今にも泣きそうな表情をしていた。
ルフィーナが駆け寄ろうとした、そのとき。
「おい、怪我してんじゃねぇか」
バサッと、黒い翼が音を立てた。
ルフィーナが、剣に手をかける。
柔らかい星光を纏い、駆けつけようとした。
けれど。
「泣くなよ、先生に診てもらおうな」
「うぅ……わかった」
「よし、いい子だ」
魔族の手が、人間とは似ても似つかないような黒い手が子どもの頭を、そっと撫でていた。
子どもの笑顔につられるように、魔族も笑って見せる。
まるで、親子のようだった。
とても剣を出して、斬りつけられる雰囲気ではない。
騎士たちは、全員目を丸くしていた。
魔族は子どものことを抱き上げると、大きな翼を広げ、楽しそうな子どもを撫でながら村の奥へと飛び去った。
それは、あまりにも非現実的に思えてしまった。
そのとき、村人がルフィーナに目を向けた。
「おや、騎士様かな?」
「え……は、はい」
「ようこそ、リウリス村へ」
笑顔で出迎えられ、少し戸惑ってしまう。
魔族を討伐しに来たーー
なんて、到底言い出せない優しさがあった。
村人たちの笑顔に、偽りは見えなかった。
騎士たちは、馬を降りて村に立ち入る。
畑作業をする男性には野菜をもらい、井戸端会議をする女性たちの会話に巻き込まれてしまった。
子どもたちに遊びへ誘われ、追いかけっこをした。
しばらく交流していたころ。
セルヴィーロは、離れた場所で静かに見守っていた。
ルビアスが、頭をすり寄せながら言う。
「……前も、こんなことあったよね」
「そうだな」
アスティラ村を思い浮かべた。
ルフィーナがたくさんの人に囲まれて、楽しそうに遊ぶ姿を、ただ遠くからふたりで眺めていた。
遊んではならないと、信じていた。
けれど彼女は、そんな檻をいとも容易く破ってみせる。
だからこそーー。
「ね、ぼくの言った通りでしょ?」
ルビアスが、少し得意げに見上げた。
「……ああ。本当だった、と思う」
そのとき。
少し離れた場所から、少女が走ってくる。
大人たちの輪を抜けてきた、あのときとは違い、子どもたちの輪を抜けて、けれど変わらない笑顔で走ってきた。
(俺の願いも、結局変わってないな)
セルヴィーロはいつもより少し柔らかい笑顔を浮かべ、子どもたちと遊ぶ少女に手を振り返した。
「セル、ルビアス!ふたりも一緒に遊ぼう?」
ルビアスは喜んで駆け出す。
虎のような姿のルビアスが、混ざってもいい遊びなのか少し不安になるが、手加減してくれるだろうと信じた。
誘われてしまったら、どうせ断れない。
セルヴィーロが、いいよ、と答えた瞬間。
「じゃ、はいタッチ!」
ルフィーナに腕をタッチされた。
困惑していると、イタズラっぽい笑みを浮かべる。
それだけで、なんとなく意味を察した。
昔からルフィーナは、よくこういう方法を使っていた。
「みんな、セルが鬼役だよ〜!」
「相変わらずだね、ルナ」
こうなったら仕方ないだろう。
セルヴィーロは、一直線に駆け出した。
ーーシェウの方へ。
もちろん、魔族への警戒は怠らない。
だが魔族は、翼でズルをすること以外はとても優しい。
せめて、彼女たちが楽しんでいる間だけは見逃してもいいのではないか、と心のうちで思った。
そのころ。
村から少し離れた木の上に、少年が腰掛けていた。
風に揺られる銀髪と、深緑の瞳が太陽の光を受ける。
「……ここは、善悪の境界がつけられない」
ネフィラは、もうひとりの銀髪を見つめた。
そのとき、肩に1羽の小鳥が止まる。
警戒心も持たず、赤色の羽根を手入れしている。
「……小鳥、枝はもう少し下だ」
ネフィラの言葉に、鳥は不思議そうに首を傾げた。
けれど飽きることもなくとにかく、羽の手入れをする。
ネフィラは、ひとつ息をついた。
盆地のさらに奥深く。
木々に隠れるようにある、純白の建物。
まるで、病院のようだった。
「お前は、どう判断するんだ?」
ネフィラは、小さくつぶやいた。
「ーーセル」




