表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星の子 〜護るとは、一緒にいたいと願うこと〜  作者: 猫様のしもべ
第3章 “星の子”が灯すもの
PR
32/38

第31話 護るために、ここにいる

灰を帯びた、黒煙が細く立ち上る。


黒く染まったもの。

それだけで、瘴気を思い浮かべてしまう。

みんなを蝕み、苦しめるもの。


「ルナシア、姫様を!」

「ルフィーナ!?」


ルフィーナは、守護武器を片手に駆け出した。


慌てる侍女たちの間を走り、城を出た。

黒煙の方向は、騎士団本部で間違いない。


馬車に乗る暇などないと言わんばかりに、ルフィーナは街中を全速力で駆け抜けていく。

石畳を蹴り、人々の間を縫ってまっすぐに。


頭の中には、ずっと“最悪”が浮かんでいた。


(ティターニア……!)


柔らかい毛並みと、星光を撒く羽。

怖がりなのに勇気があって、優しい笑顔。


ーー彼女も、“星の子”なのに。


ティターニアは、戦う術をほとんど持たない。

けれど、力だけで言えば唯一魔神を倒せるらしい。

せめて、ペンダントだけでも渡していれば……。


結界内とはいえ、魔族が現れたことはある。

もし、もしもティターニアを狙ったものなら。


指先が、ひとりでに震えていた。


息が切れながらも、騎士団本部が近づく。

それにつれ、周りの人たちはさらに慌てていた。


やがて、黒煙の麓へ。

騎士団本部の一角に大きく穴が空いており、何か大きな力がぶつかったことを示していた。


速度を落とさず、階段を駆け上がる。

騎士団本部の扉に手をかけ、思い切り開け放った。


「ティターニア!!」


その瞬間。


星の飾りが、小さく揺れた。


「…………これ、は……?」


青や白を基調に、星の飾りがかけられていた。

剣や鍛錬道具が片付けられて、そこら中にクラッカーや紙吹雪のようなものが散らばっていた。

中央には、山積みにされた箱や袋。


まるで、今日のためだけに長い時間をかけて準備されていたかのように、整っていた。


ルフィーナは、ゆっくりと視線を上げる。


垂れ幕には、綺麗な文字が書かれている。

ティターニアが与える、星の文字でーー。


『ルフィーナ副団長、誕生日おめでとうございます!』


魔族の姿は、どこにもなかった。

“星の子”と叫ぶ者も、どこにもいなかった。


これらの全てが、ただ副団長のためーー。


「……私の、ために?」


息切れのせいで、掠れた声だった。


「あんた以外いませんて」


答えたのは、煤けた姿のシェウ。

黒い灰を頭から被っているが、微かに星光が煌めいているのが見えた。

きっと、ティターニアが回復させたのだろう。


周りの騎士たちは、シェウに睨みを効かせた。


何があったのか、さっぱりわからない。

でも、彼らが何をしようとしていたかはわかった。


「主様!」

「……ティターニア」


慌ただしく羽を動かし、飛んできたティターニア。

怪我はない。いつもの、可愛らしい姿。


さらに後ろから、セルヴィーロも現れた。

だがその表情は、とても柔らかい微笑みを浮かべているにもかかわらず、お世辞にも穏やかとは言えなかった。

ルビアスがちらちらと見ては、焦っている。


シェウは、何かを覚悟したように目を伏せた。

他の騎士たちも、飛び火されては堪らないと逃げ去る。


「……シェウ、これはどういうこと?」


セルヴィーロが、穏やかに問いかける。

けれど表情と同じく、声音はとても低かった。


騎士たちは、これの意味をよく知っている。


「え、えっとっすね、たまたま暴発したというか」

「……シェウ」

「ひぃぇっ!俺が炎に風を送ったせいっす!!」


シェウは祈るように手を組みながら、白状した。


「どうして、そんなことを?」

「……俺だって、副団長の誕生日祝いたかったんすよ」


祝われなかった誕生日を、知っているから。


シェウは、細々とした声で答えた。

もはや諦めを含んだ、けれど確かな声だった。


セルヴィーロが僅かに目を見開いた。


今しかない。

このままでは、シェウが危ない。

長年培った勘が告げている。


「セル、今日だけは許してあげて……」

「……どうして?」


ルフィーナは、周りを見渡す。


丸焦げになってしまった厨房の壁や床。

煤だらけになったシェウの服。

黒煙のにおいの中に、微かに漂う甘い香りと床に落ちた鉄板に乗っている黒い物体。


おそらく、焼き菓子だったもの。

原型は留めていないけれど、確かに心がこもっている。


確かに、かなりやり過ぎだった。


それでも。


「せっかく、誕生日なんだから」


困ったように見上げる、青い瞳。


そんな姿に、そんな言葉に。

セルヴィーロの脳裏に、声が蘇った。


『せっかく、お誕生日なのに……』


小さな少女だった。


「セル?」


呼ばれて、意識を戻す。


目の前には、あのときと同じ瞳がある。

けれど、その奥に秘められた強さも、失われた願いも、昔とはずっと違うものだった。


それでも。


言葉も、声も、変わらない。

セルヴィーロは、小さく息をついた。


「……仕方ない。今日だけ、だからね」

「団長ぉ……!!」


シェウが目をキラキラと輝かせる。


「ただし、修繕費はシェウの給料から天引きね」


途端に、シェウの表情から輝きが消えた。


顔面蒼白にしているシェウを他所に、誕生日パーティが穴の空いた騎士団本部で始まった。

ルナシアとセティラも、後から馬車で追いついた。


机の上には、さまざまな料理が並んでいる。

甘い焼き菓子、瑞々しいフルーツ、香ばしい料理。


そして、湯気を立てる“星の光ポトフ”。

焰の月が輝いていた夜、ティターニアと作った料理。


ルフィーナは、スプーンを手にすくった。


「美味しいね」


ほんのりと広がる、温かさ。

星光に味はないけど、優しさを感じる。


久しぶりだけど、前とは違う。


お母さんを思い出すことができる。

それだけで、ずっと違う味に感じた。

抱きしめる腕の暖かさと似ていた。


ティターニアが、嬉しそうに羽を揺らす。

微笑むルフィーナと、騎士団のメンバーたち。


セルヴィーロは、遠くからそれを見つめていた。


たくさんの人たちと、誕生日を分かち合う。

当たり前のようで、当たり前ではない光景。


祝われなかった誕生日ーー。


彼はそれを、ひとつだけ知っていた。

脳裏にかつての、幼かった少女の言葉が蘇る。


『来年は、一緒に祝ってね。約束だよ!』


セルヴィーロは、そっと目を伏せる。


崩れた家。

空まで焦がす炎。

泣き叫ぶ少女と、そばで震えている守護神獣。


伸ばした手は、遅かった。

約束も、彼女も、その家族もーー。


「……あのときは、護れなかった」


誰にも届かないほど、小さな声。


「でも……」


あのころとは、もう違う。


セルヴィーロは、静かに顔を上げる。

彼女はもう、自分で護れるようになった。

誰かに頼られて、多くの人に祝われている。


それでも。

隣にいることだけはやめない。


「これからは、絶対に破らない」


ルビアスが、不思議そうに見上げる。


ふわふわの毛並みを、そっと撫でた。

嬉しそうに喉を鳴らし、頭を寄せるルビアス。


「ルビアス、準備できてる?」


問いかけに、ルビアスは顔を輝かせる。


「もちろん!」


大きな翼を広げ、駆け出していく。


ルビアスを見送ると、騒いでいる騎士たちの間を通ってルフィーナに声をかけた。


「ルナ、そろそろケーキだよ」

「ほんと?ありがとう」


セルヴィーロの言葉を合図に、騎士たちが動く。


部屋の灯りを、そっと落とした。

やがて厨房から、小さな光が揺れる。

幾つもの光が、暗闇を照らす。


大きなケーキが、ゆっくり運ばれてきた。


白いクリームと青い果実、星光のトッピング。

周りには、小さな星を模した菓子。


「わぁ……」


ルフィーナの瞳が輝く。


けれど。

運ばれてきたのは、それだけではなかった。


大きなケーキの隣。

もうひとつ、小さなケーキが並ぶ。

星を模した、可愛いもの。


まるでーー。


「こっちは、ティターニアのね」


呼ばれて、羽ばたきが止まった。


黒曜石のような瞳を、丸くする。

星光が迷うように、ゆらゆらと彷徨っている。


「でも、私は主様を……」


ルフィーナは、名前を呼んだ。


「ティターニア」


小さな姿を見つめる。


ずっと、そばにいてくれた存在。

忘れられてもなお、護ろうとし続けてくれた。


だから、護ると誓った相手。


まだ、彼女を思い出せたわけじゃないけど。

“主様”と呼ばれているままだけど。


「……私たちは、家族なんだから」


ティターニアの瞳が揺れた。

夜空を映す水面のように、ほのかに煌めく。


何かを言おうとしたのか、口を開いた。


けれど、何も言葉にすることはなく。

ただ、ルフィーナの胸に飛び込んだ。


「わっ……ティターニア?」


ルフィーナは、受け止めた。


小さな腕で、力いっぱい抱きしめている。

ルフィーナも微笑んで、優しく抱きしめ返した。

お母さんが、やってくれたように。


周りからの妙に温かい視線に気づいたティターニアは少し気恥ずかしそうに離れた。


そのとき、セルヴィーロが何かを手に持つ。


「もうひとつ、プレゼントだよ」


小箱に包まれたもの。

とても小さな箱も隣にある。


ティターニアと、それぞれ手に取った。


壊さないように、丁寧に開けていく。

リボンをそっと外し、中身を取り出した。


入っていたのは、ブレスレットだった。


銀色の細い鎖。

中央に嵌められた、青色の宝石。

星を模した意匠が施されている。


ティターニアも、手に取る。

とても小さいけれど、同じものだった。


「おそろい……?」


セルヴィーロは、優しく笑った。

シェウに見せる笑顔とは、真逆だった。


「うん。俺からのプレゼントだよ」

「……ありがとう」


ルフィーナは、腕にブレスレットをつけた。

ティターニアも同じようにつける。


星光を映す青色の宝石は、まるでティターニアを見つめるルフィーナの瞳のようだった。

煌めく羽からは、ピンク色の星光が零れる。

喜んでいるときの、柔らかい光。


陽はもう沈み、夜空の星が祝福するように煌めいた。


ふたりで、ふっと蝋燭の炎を消す。

騎士たちは同時に灯りを戻し、部屋にも光が満ちた。


そのとき。


騎士たちが、突然整列した。

まるで討伐のために発つときのように。

笑顔が消え、代わりに凛々しくなる。

騎士団としての表情だ。


セルヴィーロも、列の最前線に並ぶ。

思わず、背筋を伸ばしてしまった。


「よし、号令!」


セルヴィーロが声を張り上げる。

だが、号令なんてものは知らない。


そう思った、次の瞬間。


「我々は、護るためにここにいる!」


騎士たちの声が、騎士団本部に響いた。


ルフィーナは、固まった。

とても聞き覚えがありすぎる言葉。


「無純の堕天」との戦いでーー。

彼の技を破るときに、思わず叫んだ言葉。


『私は、護るためにここにいる!』


ルフィーナの頬が、みるみる桃色に染まる。


「……それ、私が言ったやつ……?」

「はい!俺の提案っす!」

「……めっちゃ恥ずかしい」


ルフィーナは、顔を覆ってうずくまった。


戦っている時は、あまりにも無我夢中だった。

まさか騎士団の号令になるだなんて。

でも、確かに気持ちを込めた言葉だった。


顔を上げると、騎士団みんな笑顔だった。

ティターニアも、嬉しそうに羽を揺らす。


「主様、わたしもいいと思います」

「俺もルナらしくて、いいと思うよ」

「俺たちもっすよ、副団長!」


みんな、帝国騎士団の一員。


怖がって。

傷ついて。

何かを失っても。


それでも、剣を握る。

護るために戦っている。


「……うん」


そっと手を離し、顔を上げた。

まだ恥ずかしいままだけど。


ーー悪くはない。


ルフィーナは、小さく声を出した。


「……護るためにここにいる」


今度は、ひとりきりの言葉ではなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ