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星の子 〜護るとは、一緒にいたいと願うこと〜  作者: 猫様のしもべ
第3章 “星の子”が灯すもの
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第28話 永遠の迷子

ルキオスには、帰りたい家があった。


街の外れにある、小さな家だった。

木造の小屋のような外見で、蔦が巻き付いていた。

冬になれば、冷たい隙間風が吹き抜けていた。


それでも、ルキオスは家が好きだった。

大好きな両親が、いつもそこにいたから。


朝陽が薄いカーテンを透かしたころ。


「ルキオス〜、起きる時間よ」


眠い目をこすりながら、体を起こした。

まぶたを開ければ、そこには笑顔の母親がいた。

抱き寄せる手は、優しくて、暖かかった。


父親の手は大きくて、力強かった。


一度、堕落族に襲われたことがある。

怯えるルキオスを、庇ってくれたヒーローの手だ。


剣を持ち、堕落族を斬り払ってくれた。


「もう大丈夫だぞ、ルキオス」

「……うん、パパ」


両親がいれば、怖いものなど何もなかった。

ルキオスは、家族の暮らしが何より大切だった。


3人で食卓を囲み、お菓子で争う時間。

母が作ってくれた料理や、父が聞かせてくれる物語。

小さなベッドに、みんなでぎゅうぎゅうに収まる夜も。


隣には、いつでもふわふわの子犬のような、守護神獣が寄り添っていた。


ずっと、こんな幸せがあるものだと思っていた。


「ぼく、ずっとパパとママのところにいるからね」


だから、絶対にいなくならないで。


天井に開いた穴から、星を眺めていた夜。

ルキオスは、小さな声で両親にそう告げた。

幼いながらも、たどたどしく言葉を紡いでいた。


母は少し目を見開き、そして微笑んだ。

父は変わらぬ笑顔で、ルキオスの頭を撫でた。


「もちろん、ずっと一緒よ」

「ああ、約束だ」


ルキオスは嬉しくなり、何度も何度も確かめた。

その度に、両親は必ず答えてくれた。


いつまでもそばにいるからーーと。


だから、約束が壊される日が来るなんて。

幼い彼には、想像することさえもできなかった。


ルキオスの、6歳の誕生日前日。

買い物に行くと言って、家を出た両親。

けれど夜になっても、帰ってくることはなかった。


最初のうち、ルキオスは待っていた。


家に帰ったとき、自分がいないと心配するだろうと。

隣にいる守護神獣と、お菓子を分け合いながら。

扉が開くのを、ずっと待ち続けた。


けれど、ついぞ扉が開くことはなかった。


「パパ、ママ。どこにいるの?」


誰もそれには答えなかった。

かくれんぼとは、違うと感じていた。


次に扉が開いたとき、ルキオスはふらりと立った。


丸一日、お菓子だけで過ごしていたのだ。

けれど、両親が帰ってくるならなんでもよかった。

だから力を振り絞り、駆け出した。


「パパ、ママ、おかえりーー」


玄関にいたのは、両親ではなかった。

ルキオスを保護しに来た、と騎士が言った。

孤児院という名前のところに、住むよう言われた。


嫌だ、帰りたい、パパとママはどこ?


何度問いかけても、大人たちは首を振るだけ。

曖昧に言葉を濁して、何も答えなかった。


小さな守護神獣は、何度も涙を舐めてくれた。

けれど、両親になることはできなかった。


たまに、孤児院に黒髪のお姉ちゃんと、うさぎの妖精が訪ねてくることがあった。

うさぎの妖精さんは、いつも少し俯いていた。


ある日ルキオスは、ふたりに問いかけた。


「お姉ちゃんたちは、パパとママがどこかわかる?」


ふたりもまた、首を振るだけだった。


だからルキオスは、自分で探そうと決めた。

広い帝国の中を歩き回って、たびたび叱られた。

それでも、諦めようとはしなかった。


だって、約束したんだから。


きっと、どこかで迷子になっているんだ。

自分が見つけられれば、また家に帰れる。

いい子だねって、褒めてくれるはずだから。


ある日のこと。

ルキオスは、帝国の結界を抜け出した。


外壁に開いた小さな隙間を、通り抜けられた。


守護神獣は、何度も服の裾を引いたけれど。

それでもルキオスは、両親を探す足を止めなかった。


そして、ついに見つけた。

荒地を彷徨うように歩く、ふたつの影。

人の形をしていた。


けれど、体からは黒い霧が溢れ出していた。

衣服のようなものはボロボロで、歩き方もふらふら。


それでも、ルキオスにはわかった。


片方が身につけている、星型の首飾り。

片方の腰に提げられた、いつもの剣。

いつもそばにいた、2体の獣はいなかったけど。


「パパ、ママ……?」


ふたつの影が、ゆっくりと振り返った。

景色を宿さない瞳が、ルキオスだけは捉えた。


ようやく、会えたのだ。


駆け出したルキオスへ、ふたつの影が腕を伸ばした。

やっと、やっともう一度抱きしめてもらえるんだ。

ルキオスの瞳から、自然に涙が零れた。


けれど次の瞬間、それは引っ込んだ。


「逃げろ!!」


鋭い声とともに、何かが前に飛び込んだ。


ひとりの騎士だった。

彼は剣を抜き、ルキオスを手で庇った。

彼の隣には、狼も寄り添っていた。


力強い手だった。けれど、父親ではない。


「もう大丈夫だぞ」

「なんで?」


ルキオスは、騎士の服を引いた。


「ふたりは、ぼくのーー」


直後、剣が振るわれた。

蒼色の光が、影を一閃した。


ふたつの体が、崩れ落ちる。

伸ばされていた腕は、ルキオスに届かなかった。

彼はただ、小さくつぶやいた。


「……パパ?」


力強い手が、地面に落ちた。


「ママ……?」


星型の首飾りが、コツンと音を立てた。


黒い瘴気の塵が、風に乗せられ流れていく。

ルキオスは、騎士を押し退けて駆け寄った。

瘴気の塵を、一生懸命に集めようとした。


「ねぇ、ぼくだよ。お迎えにきたよ」


たくさん、声をかけた。

お菓子全部食べちゃったよって。

誕生日パーティできなかったねって。


子犬の守護神獣も、頭を擦り寄せた。


けれど何度、どう話しかけても返事はなかった。


食べ過ぎだと叱る声もない。

おめでとうと笑う姿もない。


騎士は剣を収め、安堵したように息をつく。


「無事でよかったな、堕落族は討ったぞ」


その言葉の意味を、ルキオスには理解できなかった。


騎士は、ルキオスを助けたつもりだった。

堕落族に襲われていると、わざわざ本隊を離れて。


けれどルキオスにわかったのは、ようやく会えた両親がまた動かなくなったということだけ。

彼は、微かな声を上げた。


「どうして……?」


騎士は、手を差し出そうとして止まった。


「どうして、こんなことをするの?」

「君たちが襲われていたから……」

「違うよ!」


ルキオスは、強く叫んだ。


騎士は驚いたように、目を見開く。

何かを言おうとして、口を開いた。

けれどルキオスは、聞こうとはしなかった。


瘴気として散っていく体に、覆い被さった。

まだ短い腕で、なんとか抱きしめようとした。


「ぼくから家族を奪わないで!」


涙混じりの声が、荒れた大地に響いた。


そのとき、狼が低い唸り声を上げ始めた。

騎士が振り返り、再び剣を構える。

荒れ野を滑るように、ひとつの影が近づいてきた。


魔族。

そう呼ばれる、誰もが恐れる存在だった。


「上級魔族だ!逃げろ!!」


騎士はルキオスを護りながら、剣を振る。

蒼色の風を纏いながら、黒色の爪とぶつかり合う。


激しい音が、周囲に響き渡っていた。


それでもルキオスは、動かなかった。

もう形を持たない、両親のいた場所に縋りながら。

優しい笑顔と、力強い手を求めながら。


けれど、少しだけわかった。


もうふたりは、自分と違う存在になっていた。

だから、帰って来られなかったんだ。

だから、自分の声に答えられなかったんだ。


それなら。

自分も、彼らと同じ存在になればいい。


同じになれば、また家族で過ごせる。

家には、もう二度と帰れないかもしれない。

でも、一緒にいられるのなら構わない。


ルキオスは、顔を上げた。


騎士と戦う魔族に向けて、涙を堪えて願った。

ほんの少しでもいいから、また両親に愛されたいと。


「ぼくを、ママとパパと同じにして!」


騎士が、大きく目を見開いた。

何かを訴えるように叫んでいたが、聞こえない。


まっすぐに、魔族だけを見つめた。


あまりにも幼い願いに、何を思ったのだろう。

やがて、魔族は楽しそうに口元を歪めた。


「面白い」


魔族の手が、ルキオスに向けられる。


「やめろ!」


騎士が手を伸ばす。

けれど、届くことはない。


子犬の守護神獣が、庇うように飛び出した。

主を背に隠し、震える足で唸り続けていた。


けれど瘴気は、小さな体と守護神獣をも呑み込んだ。


胸の奥で、何かが千切れる。

ずっと隣にあった温もりが、突然感じられなくなった。


父の顔が消えていく。

母の声が遠くなる。

温かな食事も、聞いた物語も、眺めた星空も。


大切だったはずの全てが、黒い霧の向こうへ沈む。


「パパ……」


誰を呼んだのかも、わからなくなった。


「ママ……」


その言葉の意味も、わからなくなった。


残ったのは、大きくて冷たい空白。

彼は壊れた純粋さを抱え、魔族になった。


家族とまた暮らしたい。


それだけのためだったのに。

魔族になった瞬間から、小さな願いも忘れてしまった。


「パパ、ママ……どこにいるの……?」


ルフィーナの耳に、微かな声が届いた。


先ほどまでの、太陽のような笑みはそこになかった。

大きな穴の開いた天井から、僅かな星が見える。

ルキオスはただ迷子のように、両親を求めていた。


涙さえ流れない横顔に、ルフィーナの胸が痛んだ。


彼はきっと、ずっと探していただけなのだ。

そんな小さな願いさえ、叶うことはなかった。


それでもせめてーー。


今だけは、両親の暖かさを思い出せるように。

ルフィーナは、ルキオスの体を抱きしめた。


「私は、ここにいるよ」


護ることはできなかったけど。


ルキオスの震える手が、弱々しく持ち上がる。

何かを掴むこともできず、宙を彷徨う。

その手を、セルヴィーロがそっと握った。


何も言わなかったけれど、離すことはない。

ルキオスの瞳に、淡い光が灯った。


なんとか笑みを浮かべるルフィーナ。

静かに手を握り続けるセルヴィーロ。

彼らに、何を見たのだろうか。


「パパ、ママ……」


ひとつの雫を流して、幼いままに微笑んだ。


「やっと会えたね……」


それを最後に、ルキオスの体は崩れた。


瘴気の塵は、風に運ばれて天へ昇る。

まるで、ずっと探し続けていた人の元へ帰るみたいに。


けれど、雲に届くことはなかった。

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