2日目 ミッドナイトミステリー
小声にならざるを得ない状況を察したエリは、俺に耳打ちする。
「ねえ! これ何とかならないの!?」
「安心しろ。ただの盗聴器なら見つける方法は知っている。その解除方法もな」
ひそひそ話はともかく、エリの吐息で耳がこそばゆい。
「……俺に考えがある。辛いだろうけど、今は普通にしていてくれ。盗聴している相手に悟られないように動きたいんだ」
「うええぇぇ!? わ、わかったけど早く解除してよ!?」
「そうだな……ある道具が必要なんだけど、ガイが今回それを持ってきているのを昨日見たから、あいつが起きてからじゃないと外せない。夜まで我慢できるか?」
顎に指を当て、うーんと考えるエリ。そして眉をしかめたままコクコクと頷いた。案外度胸あるんだよなぁ。関心した意味で頭を軽くポンポンと撫で、俺は部屋に設置されたテレビを点けに移動した。
テレビは点くし、ニュースも流れる。スマホの電波だけが圏外ってのはちょっと違和感あるな。
盗聴されていることを意識して、少し大きめの声で洗面所まで声を届ける。ガイはいびきをかいているし起こすことはないだろう。
「エリ、歯磨き中悪いな。俺ちょっと出掛けてくるからちょっと休んでてくれないか? 温泉にでも浸かって頭をリフレッシュしてくる。1、2時間で戻るからテレビでも見ていてくれ」
「ふぁっ!? ……ふぁいよー!」
――《地上1階 特設会場》
時刻は午前10時を回ろうとしていた。相変わらず出入口である玄関は、まるでガレージシャッターのように硬く閉ざされている。
会場では、朝食バイキングの片付けをするレストランのスタッフが数名いた。聞き込み開始だ。
「――そうなんです。レストランスタッフの半分は閉じ込められてしまいました……。もちろん今回の企画では最終日まで参加客の皆さんにお手伝いする予定でしたが、こうなってしまっては……」
「では、皆さんもこの状況になることは知らされていないんですね?」
「えぇ。不幸中の幸いか、3人いるシェフのうち2人は無事だったので、急遽バイキング形式に致しました。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
「いえ、ご立派です。感謝します」
地下1階レストランに勤務するスタッフ総勢12名のうちの半数、6名が監禁されてしまった。
聴くところによると、『601号室・603号室・606号室』の3部屋に今残っている6名が宿泊したらしい。
――《ホテル業心殿 フロント》
「――大変ご迷惑をお掛けしています。正直なところ、私たちもどうしたら良いのかパニックになっています」
通信管理はやはり地下の電気室に一存していたようだ。フロントでは今の状況に対応できていない。今にも泣きそうな美人受付さんが可哀そうに思えた。
「今残っている従業員は何人ですか?」
「……たったの4名です。外部との連絡も取れず、非常口ですら防火シャッターが降りていて通れなくなっているのです。完全に閉じ込められてしまいました」
エリが入手した事前情報だと、元々は16名いたホテル従業員。この4名は『401号室・408号室』に部屋をとっていたが、業務で夜間から起きていたそうだ。
「お察しします。俺はこの状況を打開したいと考えているので、良かったらまた話を聴かせてください」
「他の従業員も、今まさに部屋で辛い想いをしているはずです。陽善様……身勝手ですが、どうかよろしくお願いします」
立ち去る前に大事なことを思い出す。
「あ、そういえば、副支配人を見かけませんでしたか?」
「……夜通し探しました。異変は深夜0時から続いておりましたので……」
今も姿を現さない、か。
――《地上1階 107号室前》
コンコンコンッと3回ノックする。プロトコールマナー、いわゆる国際基準ってやつだと目上の人相手だと4回ノックするらしいが、面接じゃあるまいしどうでもいい。
ついでに2回はトイレシーン、3回は友人知人にってことで4回バージョンの略式だが、こんな回数に略式もなにもないとは思う。
そんなことを考えていたら、ガチャリと扉が開く。顔を出したのは傳峰警部だ。
「……陽善か」
「傳峰さん、これ、ありがとうございました」
盗聴を知らせる紙を差し出し、礼を言った。
「で、今から一緒に温泉行きませんか?」
「ッ!?」
――《地下2階 温泉 山の湯》
カポーーーーン……
桶の音が響く。
昨日も温泉に入ったが、早朝から昼頃までも開いてることを知っていたから、誘って正解だった。密談をするにはこれ以上ないうってつけの場所だ。
別に残念でもないが、綾城巡査部長は夜通しの謎解きで今は眠っているそうだ。
それにしても、ふたり並んで頭を洗う姿はなんとも妙な気分になる。自分で誘っておいてアレだけど。
「盗聴器はもう見つけたのか?」
「いえ、あれを逆に利用するつもりで今夜までは放置します」
「なにっ?」
ザバーッと勢いよく桶のお湯を頭から被る傳峰警部。やっぱりこの人、身体が引き締まっているな。
「おまえ、何をするつもりだ?」
「盗聴相手を炙り出すのにちょうど良いって考えているだけですよ」
シャワーの勢いを調整して、全身の泡を流して湯舟へと向かう。裸の付き合いってやつだけど、親子ほどの年齢差があるから温泉スタッフから見ても違和感がないだろうな。
43度はあるだろう、あつ湯にふたりで入る。
「……陽善は雑学王って呼ばれているらしいな」
「ただ記憶力が良いだけなんですけどね」
「俺にも何か役立つ雑学を教えてくれよ。ウチのバカ息子に教えてやりてぇ」
苦笑するしかない。心も身体もほぐれてきたし、そうだな――
「『湯舟』と『浴槽』の違いって知ってます?」
「いや、知らん……たしかに両方言うな」
頭に乗せたタオルがずれないように抑えながら話す。
「江戸時代の銭湯文化なんですが、当時は一般家庭に風呂が無かったので……『移動式銭湯』として文字通り『湯舟』が運河を巡っていたんですよ。商売として、陸地の銭湯が8文に対して4文と安く、半額で入浴できたんです」
「へぇ……」
「その名残なんでしょうね、今でも浴槽の意味で使われるのは」
傳峰警部は感心している。
「俺からも一つ教えてやるよ。温泉で頭の上にタオルを置くのは『のぼせにくくする』効果があるそうだ。湯舟に入れるのはマナー違反だけどな」
「勉強になります」
この会話は流石に盗聴されているということはないだろう。続けて本題に入ろう。
「今回のミッドナイトミステリー、意図的に参加者を選んで監禁まで実行した犯人の目星はついています。でも、そいつを動かしている人物は他にいるとも考えています」
「どういうことだ?」
「仮に真犯人と呼びますが、そいつは実行犯から金鬼の財宝を分けてもらうことを条件に、前支配人のある罪を密告した。ホテル経営の全てを失う覚悟で挑んでいる謎解きです、財宝の在りかが判明するまで、俺たちは解放されないでしょう」
「……つまりおまえが罠にハメようとしている相手ってのは」
そろそろのぼせそうだな。一旦上がろう。
「副支配人の空橋さんです」
再びシャワーを浴びて上がろうと考えていた俺を、傳峰警部が親指ひとつで催促してくる。
「もうちょっと付き合えよ」
――《地下2階 温泉 山の湯 サウナルーム》
サウナは慣れていないが、このヒノキの香りと湧き出る汗が何とも言えない心地良さがある。
俺はさっき出されたばかりのメッセージ暗号を思い出す。
《心無き者には 鉄の檻を与え
その後身を 七つに切り裂く
ここは墓場 手の鳴る方へ》
「メッセージ暗号の2行目に『後身』という単語が出てきます。『鉄の檻に閉じ込めた後、その身体を七つに切り裂く』と一見そういう意味に捉えがちですが」
「違うのか?」
「えぇ、『後身』とは『生まれ変わった身』という意味なんです。前回の解答である『記録』を考慮すると、このホテル建造より前の姿を知る必要があるんです」
唸る傳峰警部。気付いているだろうか、俺たちが実行犯によって今日まで残された理由を。
「……俺の知っている情報をおまえだけに教えてやる。他言するなよ」
「わかりました、お願いします」
フゥーと暑い息を吐き、徐に口を開いた。
「ホテルの以前に建っていたのは、『刑務所』だ」
「ッ!!」
意外だった。驚いた俺の横で、傳峰警部は座った状態から片足をその太いももに乗せる。
「大昔に存在していた刑務所だが、そのうち横浜と横須賀に吸収されちまったんだ。しばらくはただの更地だったが、2017年にはこのホテル業心殿が建設された」
「その刑務所の構造はわかりますか?」
「直線の建物9棟が扇型に伸びて繋がっている刑務所だ。独房は『9部屋×9棟』の81部屋。独房内部は3畳ほどの間取りで狭かったそうだ。写真でしか見たことないが、確かに半円形をしていたのを覚えている」
なるほど、警察ならではの情報だ。繋がりが見えてきたぞ。
「当時の独房で忌み数(数字の4と9)の部屋があったか覚えていますか?」
「あぁ。その時代は4号室も9号室もあった。謎解きは、おまえと綾城に任せる……俺ぁそこまで機転が利かねえよ。だが犯人は必ず俺がとっ捕まえてやる。それだけは譲らねぇぞ」
とか言いつつ、俺も傳峰警部も割と限界が近かった。
結局風呂上り後にコーヒー牛乳をご馳走になって解散した。これで謎解きが捗るな。
――《地上1階 特設会場》
睡眠を経て、時刻は18時。夕飯もバイキングだったが、俺は他の参加客から情報を集めて回ることに集中した。まずは成金風の男女から。
「――あぁ、私と妻は『308号室』に泊まっている。謎解きはよくわからんが、こんなことになって迷惑しているよ」
「ほんと、嫌になっちゃうわ。閉じ込められた人も可哀そうよね。大丈夫なのかしら」
ギラギラと指輪や宝石を散りばめた格好をしている高齢夫婦、『諸澄金弥』と『吟子』夫妻だ。やはり親族は金鬼事件の被害者だが、今回のペアチケットは自ら応募したものらしい。
次はマジシャン風の男女。男は銀色のスーツでいつでもステッキを持ち、女もまた派手な赤色のジャケットを着ている。胸元が大きく開けているのは置いといて、頭にミニシルクハットの髪飾りを付けてりゃ誰でもマジシャンだと気付く。
「――私もマジシャンの端くれ……初日の謎は何とか解けましたが、意味はよくわかっておりません。今回の暗号はどうでしょうねえ」
「流石に情報が足りないわよ。でもまぁ……明らかに状況が犯罪チックなのはわかっているけど、おかげでマジックのタネが色々浮かんでアタシは助かってるけどね~」
うーん、マジックショーを見てみたい。『ラッキー』と『マーニィ』と名乗るこのふたりからも有益な情報は得られない。宿泊部屋は『201号室』らしい。
後はあのヤバそうなふたり……いや2頭? だな。
「――いやぁーその、自分シャイなもんで」
「マジほんと怖いんだけど。つかあたしらが檻の中に入っていたかったわ」
えー論外。茶色の馬ヘッドが男で、白の馬ヘッドが女、部屋は『107号室』ってことだけは把握した。怖いから馬ヘッドを外したくないらしい。これが犯人の演技だとしたら大したものだ。
すると突然背後から肩をトントンと叩かれる。
「陽善君」
綾城巡査部長か、朝以来の遭遇だ。
「警部から伝言だ。旧刑務所の話だが――」
これは重要な情報だ。ようやく、2日目のメッセージ暗号に関するピースが揃った。
「傳峰さんによろしくお伝えください。おかげで暗号がたった今解けた、と」
「ッ!! 本当か!! 君はやはり凄いんだな……」
優れた記憶力とは、覚えたことを忘れないということだ。ただそれだけなんだけどね。
食欲はあまりないが、軽く何か口にして部屋に戻ろう。盗聴犯に罠を張る準備だ。
「あっ、陽善君。矢乙女ちゃんによろしく!」
えー、あー、はい。ビシッと親指を立てられたが、未成年はやめておけよと言いたかった。
――《地上3階 305号室》
午後11時55分。日付が変わるその直前まで、俺・エリ・ガイの3人で過ごした。
「じゃあガイ、後は頼んだぞ。ベッドはふたつしかないからな、お前はまた朝まで特設会場でゲームしててくれ」
「ひっでー言い方、俺だってエリちゃんと朝までいたいっつーの」
「あはは! おやすみガイ。あたしも今夜はマサに任せて寝るよ~」
ガチャッ バタンッ
305号室の扉を開閉する音が響く。
「じゃあ、連日ごめんね、おやすみマサ。あたし日中寝てないから眠くて……」
「いいよ、おやすみ」
ゴゴゴゴゴゴ……
鉄格子の動く音が聞こえる。
ミッドナイトミステリー、2日目の夜は始まったばかりだ。
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