2日目 第2のメッセージ暗号
「……謎を解いてこのテーブルに来たのはわかった。だが、なぜ俺たちが警察だとわかった?」
1日目の謎解きを終えると、傳峰と呼ばれた警察官が率直な質問をする。
「いえ、はっきり警察だと分かっていたわけじゃないですよ。梅雨入りにはまだ早いこの時期、あなた方の『トレンチコート』がそう推測させました」
「……」
ジロッと目だけがオールバックの警察官に向けられた。
肩幅の大きいベテラン警部といった雰囲気を醸し出す傳峰は、少しイラついた様子を見せる。
そういえば、警察だと言ったのはそっちのオールバックの方だったな。
「トレンチコートの『トレンチ』とは塹壕のことで、戦争において敵の銃砲撃から身を守るために陣地の周りに掘る穴や溝のことを指します。1930年代、第一次世界大戦のイギリス軍が発祥なので、寒い欧州での戦闘に対応するための防水型軍用コートなんですよ」
「なんでマサってこういう由来とか覚えられるんだろ」
エリがガイに向かってひそひそ話すが、間に俺が座っているんだから当然会話は耳に入ってくる。
とりあえずスルーしておこう。
「ファッションとして日本でも流通していますが、男がふたりで並んで着ているのならそれは仕事……警察や探偵くらいなものです」
ピュウッと高音の口笛をオールバックの警察官が吹き鳴らす。
「……やるね。余談だが、日本陸軍だと塹壕のことを散兵壕と言うから覚えておきたまえ。ーー本心を言うと、だいぶ暑いんだ、室内だと」
額に薄っすらと汗が滲んでいる。タオルハンカチでそれを拭いているのを見ると、傳峰に合わせて我慢していたのかな。
そんな彼を無視するように、傳峰はコートの内側から警察手帳を取り出し、俺たちに向けて見せた。それを見て隣でも胸の内ポケットに手を入れる。
「警視庁刑事部捜査一課の傳峰……一応、こいつの上司だ」
「同じく捜査一課の綾城だ。よろしく」
それぞれ警部、巡査部長と記載がある。
オールバックの方はこの若さで巡査部長か。キャリア組だな。
「……俺を指名する招待状が届いたんだ。罠かもしれないとは思ったが、事件関係者がくる可能性を考えてここに来ることにした。出来るなら俺一人で捜査したかったんだが、くっついてきやがった」
「ペアチケットですからね、傳峰さんを補佐するのは私の役目でしょう」
鼻歌でも歌うかのように、頭の後ろで両腕を組んで明後日の方向を向く綾城。サングラスを気に入っているのか、ずっと付けている。
「で、俺ぁ謎解きとやらには疎いもんで、こいつに任せて参加者を洗っていた。そしたらいつの間にか107号室の部屋にこいつが置かれていたんだ」
警察官の傳峰・綾城ペアは107号室か。
スッと差し出されたのは、宛名の無い白い手紙。
「中を拝見しても?」
「構わん」
――早朝 特設会場壁際6番テーブルに座り
自分の正面に9を向けると 財宝が近づいてくる
正しき解を持つ者に 記録を示せ
支配人
差出人は支配人ーーこれは今現在の支配人のことを示しているのだろうか。
「おいマサ、俺たちが財宝ってことになってんぞ?」
「これは『財宝への手掛かりが』って意味かもしれないな。もしかしたら警察が把握している情報を知ることで、何か判明するのかもしれない」
「……」
俺たちは完全に信頼されているわけではない。だがここは臆せず聴く必要がある。
「さっきの謎解きの答えは『6・9』でしたよね。語呂合わせで『ログ』、記録なんです。俺たち3人は高校3年生で、あっちの席の若いカップルふたりは恐らく20歳前後。学校では、いいハコ(1185年)つくろう鎌倉幕府で習っています。前支配人と繋がっている可能性は低い。……俺はおふたりから、『ホテル業心殿の過去の記録』を教えていただきたいんです」
「だからさっきスズさんは『若い子は歓迎』って言ったのかな。あたしらが関係者じゃないって分かってたってこと?」
「彼らも謎は解いていただろうからな。独自で動いているようだからまだ何とも言えないが」
両腕を組んでいた傳峰が、その腕を解いてテーブルに肘をつく。
「……いいだろう。その前に、朝飯はもう食ったのか?」
「いえ、まだです」
その言葉を聴いて、ようやく強面の顔が少し綻んだように見えた。
「おい綾城。こいつらに朝飯を持ってきてやれ」
「ハッ!」
「あっ、あたしも運びます。ほらガイも行くのよ」
テーブルに俺と傳峰警部を残して、エリ・ガイ・綾城の3人は特設会場に置かれていた朝食バイキングを取りに行く。
「……俺にはお前くらいのガキがいる。朝飯はちゃんと食え、成長期だしな」
優しいんだか厳しいんだか、どちらにせよ悪い人ではないという印象を俺は持った。
――時刻は午前8時50分。俺たち3人は10番テーブルに戻って朝食を摂り終え、9時の謎解き出題を待っていた。
レストランのスタッフが数名、特設会場にはいるものの、ホテル従業員の姿は一向に見えない。
「あの綾城って奴、エリちゃんばかりに話し掛けやがって! あんま良い印象ねーな」
「そりゃーあたしみたいなカワイイ女の子をほっとくなんて逆に失礼でしょ」
「謎理論を展開するな……」
傳峰は「どこまで情報を伝えて良いか綾城と相談する」と言って一旦席を外していた。
今はまた6番テーブルに戻っているが、一般人で、しかもただの学生にうかつに情報を与えて良いものではないのは理解できる。
「ねぇ、タツヤ君は今ひとりで部屋に監禁されているんだよね……大丈夫かな。食べるものあるのかな」
「部屋の冷蔵庫に最初から飲み物の他に少量の食べ物が入っていたから、1日くらいはもつだろうけど、心配だな」
「あ、俺のバッグにあった食料とおやつをちゃんと部屋出る前に分けておいたぞ。役に立ったじゃねーかワハハ!」
こんな事態を見越して準備したものじゃないだろうけど、確かに役立ったな。
タツヤは今何を考えているのだろうか。
……まてよ、鉄格子を操作している人物がいるってことは――
「後でちょっと寄りたいところがあるんだ。9時の出題が終わったらふたりとも付き合ってくれ」
「オーケェ。早く終わらせようぜ、こんな悪趣味なイベントはよ」
「ほんと、もっと楽しいの期待して来たのに……最悪」
――時刻は9時を迎えた。
やはり副支配人はおろか、ホテル従業員の姿すら見えない。
今会場にいる参加者は、俺たちを入れて6組。
『探偵シオン・助手スズ』、『傳峰警部・綾城巡査部長』、『マジシャン風の男女』、『成金風の男女』、『白と茶色の馬ヘッドコンビ』。
監禁されていない部屋は全部で7部屋だったはず。1組足りていないが、部屋にいるのだろうか。
すると、特設会場のステージ頭上から垂れ下がる、前支配人のメッセージ暗号が書かれた掲示物が動き出す。
困惑した顔で吊り板のスイッチを操作するレストランスタッフが見えた。
「新しい暗号だな」
「はー、謎解きより今の現状を皆でなんとかする方が良くない?」
「俺ぁ頭使うのはどーも苦手だぜ。メモしたら部屋で一旦寝ようや。徹夜はきついぜ」
《心無き者には 鉄の檻を与え
その後身を 七つに切り裂く
ここは墓場 手の鳴る方へ》
2日目のメッセージ暗号は1日目のものと比べ、一気に雰囲気が狂気へと変わっている。
1行目の後半、『鉄の檻を与え』られた状態は、前支配人にとって暗号解読の条件になっているのだろうか。
最後の一文だけが前回と同じだが、解き方は同じと思わない方が良いかもしれない。
「うん、全然わっかんない! 文章キモい」
「ひとつ気付いたことがある……」
クセっ毛の前髪を親指と人差し指でつまむ。
「このイベントを今現在も強行している人物は、おそらく1日目の暗号は自力で解けている。だが全ての暗号が解けているなら、そもそも企画自体起こさないんだから、解けない謎を俺たちに解かせたいんだろう」
「すげえなっ」
まあつまり言いたいのは、この監禁状態を作り上げることで初めて解けるようになる暗号があるということだ。
タツヤも他の参加客も、危険な状態にあることに違いない。
「おい、陽善」
傳峰警部が俺たちのテーブルに近づいてきた。
「これをお前に渡しておく、後でこっそり開いてみろ。お前ら3人以外には見せるなよ? 次に俺に会ったとき必ず返せ」
何回かに折りたたまれた白い紙を俺に手渡してきた。例の『記録』か?
ひとまず制服のポケットに入れておこう。
「ありがとうございます、傳峰警部」
「よせ、ここでは傳峰だけにしろ」
そう言って彼らは立ち去る。
去り際に相方の綾城巡査部長が陽気に小さく手を振っていたが、俺に向けた訳ではないだろうな。
「じゃあ俺たちも行こう。行先は地下だ」
――《ホテル業心殿 地下2階 電気室前》
なるほど、徹底している。
電気室前に到着した俺たちの目に飛び込んできたのはーー
「なんでここにも鉄格子が降りてんの!? 犯人中にいるってこと?」
エリが驚いている。ガイは良くわかっていなさそうだ。
「遠隔操作が可能な技術があるなら、中にはもう誰もいないかもしれない。そうでないならこれは犯人の籠城……うーん」
「なぁマサ、俺もうすっげえ眠いんだ。部屋に帰って寝ていい?」
「すまん、そうだな。戻ろうか」
「あたしはどうしようかな~」
「単独行動は危険だからエリも部屋にいてくれないか?」
その言葉に、ちょっと嬉しそうな反応をするエリ。
「うーんしょうがない、あたしがきみたち二人を守ってあげよう!」
「おうー頼むエリちゃん、部屋でおやつ渡すわ」
――《地上3階 305号室》
午前9時30分。
元々徹夜するつもりもなかったガイは、強い眠気に襲われているようだ。というわけで、ふたつあるベッドのうちの片方を独占開始。
「あーっ、あたしのベッド取らないでよ!」
「えー!? いいじゃん別に……」
ベッドに入るや否や、直ぐに寝落ちるガイ。気疲れもあっただろう……ゆっくり休め。
エリは諦めたように洗面所へ向かう。
俺は制服を脱ぎながら傳峰警部から受け取った紙を開くと、そこには驚愕の文字が書かれていた。
「エリ、ちょっといいか」
「うん?」
洗面所で歯磨きの準備をしていたエリの口をそっと右手で塞ぎ、左手の人差し指を立ててシーッと促す。直後に紙の内容が読めるように顔の前に差し出す。
もちろんエリはびっくりしている。
俺の行動もそうだが、それよりも紙の内容だ。
“部屋の中が盗聴されている”
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