2日目 解答と消えた人影
その男のひとりはグレーの中折れ帽を深く被り、黒のトレンチコートを羽織り、いかにも怪しい雰囲気を醸し出していた。
隣の男もまた茶色のトレンチコートを着ているが、オールバック姿の顔からは少し若い人物のように見える。
「おはようございます。305号室の陽善です。座っても?」
「……」
サングラスの奥で何を考えているのかわからない。俺たちに向かって軽く手で座るよう促してくる。
「どうも」
丸テーブルには5つの席があり、並んで座る彼らの正面に俺が、右にガイ、左にエリが座る。
食事をした形跡があるが、スタッフの姿は見当たらない。
不可解な現状が続いている。
「エリ、ガイ。俺が彼らに話をするが、思ったことがあったら何でも言ってくれ」
ふたりとも命が掛かっていることを自覚したのか、強張った表情で頷く。
「……聴こうか。まず、私たちが何者かわかるかね?」
オールバックの男が声を上げた。
やはり若いーー20代か?
テーブルに両肘をついて話を聴く体制を作った。
隣の中折れ帽の男は両腕を組んで更に深くうつむいた。
「警察の方ですよね?」
両隣から小さな声で「はぁ!?」って声が聞こえたが、それには触れず俺は話を続けた。
「恐らく、あなた方は公式サイトからの応募抽選で選ばれたわけではなく、直接ホテル側から招待された。そして昨晩、何らかの形で何者かに『6番の三角プレートが置かれたテーブルに座る』よう指示があった。違いますか?」
「……そうだ」
金鬼事件の財宝を巡るミッドナイトミステリーを開催する、とだけ伝えれば呼ぶのは簡単だろう。
ただ、なぜ犯人は自ら警察を招き入れるという危険を冒す必要があったのか。
唐突に腕を組んでいた男がサングラスを外し、俺たちの顔を舐めるように見る。
その顔は、いかにも長年事件を追っていた強面刑事そのものだな。
「じゃあ、さっそく解答してもらうぞ。お前たちの話を聴いてから、こっちも握っている情報を話すか考えてやる。見当違いなことを話すようなら会話は終わりだ。おとなしく部屋に籠っているんだな」
「おー怖っ」
「おじさん怖っ」
まてまてまて、そういうツッコミはいらん。
俺は左右の脚でふたりを軽く蹴った。
「まず、深夜0時に秘密裏に与えられた内線電話の暗号から――これをどうぞ」
手持ちのメモを警察のふたりに見せる。内線電話の液晶に表示された数字の羅列だ。
1017・1023・1034・1055・1061・1078・1089
2019・2022・2038・2054・2067・2073・2085
3011・3024・3033・3059・3065・3077・3088
4018・4027・4035・4053・4064・4071・4082
5014・5028・5037・5052・5063・5075・5081
6012・6025・6039・6057・6068・6074・6083
701534928
「……ふむ」
「これはホテル業心殿の客室番号を表している。そして地上1階から6階までの部屋、それぞれランダムに割り当てられた4桁の数字を並びかえたものがこのメモです。まず注目してもらいたいのが『数字の下1桁』。これを各フロア毎に見て行き、数字を取り出すとそれぞれ7桁の数字になります」
最初の『1017』は、101号室の『7』。『1023』は102号室の『3』という感じだ。
1階だけみると『7345189』となる。
「よく見ると『0から9までの抜けている数字』を出して導く法則があり、1階だと『2・6・0』が抜けています」
「マサごめん、なんで部屋に4号室と9号室がないの?」
それは良い質問だなエリ。
「『忌み数』だよ。日本では『4を死』、『9を苦』と連想させる縁起の悪い数字を忌み数として避ける傾向にあるんだ。ホテルやマンション、病室とかでは4号室、9号室などの部屋番号をあえて作らない習慣が今でも残っている」
「そうだったんだ、流石雑学王……あっ、ごめん続けて続けて」
オールバックの男が小さくうんうんと頷いているのが目に入る。
今の雑学は警察なら知っているだろう。
「では――各フロアの抜けている数字を並べると『260・160・260・960・960・160』となり、次に7階スイートルームの9桁の数字に注目します」
俺の話を皆が聞いているが、他のテーブルの参加客には聞こえないよう、身を乗り出す。
「『抜けている数字』は6。そして全ての部屋に共通する数字は『0』。ーーここで、あの掲示されている前支配人の暗号を見てください」
《穴倉に無き 宝を求むる者へ
音無き本を開き 左右の耳で読め
ここは遊び場 手の鳴る方へ》
「一旦、メッセージの2行目――」
《音無き本を開き 左右の耳で読め》
「この『左右の耳で読め』に着目すると、左耳も右耳も『共に耳である』ことは共通しています。この暗号自体はなぞなぞのように、書かれている内容を『そのまま読むか、別の考え方で読むか』の2種類あると考えます。そこで、共通する数字『6と0を抜いて』1階から6階まで読み、最後に7階の『6』を加えるとーー」
2129916
「おいマサ、わけわからんぞ?」
「エリ、メッセージの謎1行目は何て読むか覚えているか?」
「うーん……あっ! アナグラム!」
アナグラム。つまり数字を並びかえて別の意味にするということだ。
「アナグラムによって数字を作り直すと――」
1192296
「……ほう。こんな子供騙しみたいな暗号だったか」
おや? オールバックの男は暗号そのものの解答は知らなかったということか。
正解を導く者だけに次の指示を与えるよう、強制されているのかもしれないな。
「今の学生はこの数字を見てもピンと来ない。でも、警察であり大人なあなた方ならどうですか?」
「いい国つくろう(1192296)鎌倉幕府、か」
「諸説あるが、この語呂合わせは、今や歴史の教科書も見直され、俺たちの時代は『いいハコ(1185年)つくろう鎌倉幕府』と教えられています。この暗号の製作者は平成初期、もしくは昭和世代である可能性が考えられるでしょう」
幕府誕生の基準が1192年から1185年に変わったことについては別の話だ。これは放置。
「……だが、これだけでは何のことかわからないぞ?」
「えぇ――この幕府を数字に表すなら『892』。これだけでは意味を成しません。だが、この謎解きには別解が存在する」
「ほう……話を続けなさい」
目の前に出しているメモに、俺はマーカーで縦に線を入れていく。
「『左右の耳で聴け』をそのまま左と右の2つの解があると解釈した時、今度は各部屋の数字をそれぞれ縦に読むとこうなります。さっきと同じ要領で、0から9までに抜けている数字を出すと――」
3560・1960・1260・1860・2960・2960・4760
「そしてここから共通する数字『6と0』を外す」
35191218292947
「だめだ、俺全然わっかんねー」
「あたしも何がなんだか……」
「これもアナグラムなんだ。ただし、メッセージの3行目『ここは遊び場』のワードに注目する必要がある」
俺はマーカーで数字をこの場で並びかえる。
書いた数字は『11122234578999』だ。
「……なるほど、そういうことか。傳峰さん、また今度やりましょうね」
「やめろ、ガキの前で話すことじゃねえ。おい、お前の仲間がアホ面になってんぞ。説明してやれ」
まあ若干18歳じゃこれを見ても何もわからないよな。
「これは『麻雀』の牌だ。麻雀にはプロの世界もあるが、遊びとして麻雀は広く知られている。この配牌は和了の図で、既に結果が出ている。さっき導いた『幕府(892)』は語呂合わせで『場9不』。場の9の数字が不要という意味だが、3行目のメッセージはこう言っている」
《ここは遊び場 手の鳴る方へ》
「麻雀では他プレイヤーの捨て牌を手配に加えることを『鳴く』と言う。だが和了のための条件を考えたら、この配牌で鳴くのは一般的じゃない。『手の鳴る方へ』とは『手配を和了にするための方向へ導く』、つまり『聴牌(和了に必要な牌が残り1枚の状態)にする』ということ。じゃあ、場の9をひとつだけ消してみると――」
書いた数字の9をひとつ消して『1112223457899』にする。
「傳峰さんでしたね、この配牌だと待ちが何かわかりますか?」
「……『6・9待ち』だ。クソみたいなことに俺たちを使いやがって」
「これで最後にします。この6番テーブルの三角プレート、ぐるりと回してみてください」
オールバックの男がニヤリと笑みを浮かべると、6番と書かれた三角プレートの1面だけが『9番』の数字になっていた。
〈マサの書いた解答メモ〉
投稿が遅れて申し訳ありません。初のミステリ―作品、どうか最後までお付き合いいただけると幸いです。
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※2021年5月7日 加筆修正・改稿
1日目の謎解きはこれで完全解読となります。




