3日目 金鬼のトリック
――時刻は0時3分。305号室だけではなく、全ての部屋に鉄格子が降りている。さっそく行動開始だ。
(エリ、まだ起きてるか?)
(うん)
(メッセージの暗号、解けたんだ)
(ほんと!? 凄い、流石マサね!)
(……宝の在りかも場所は確定したぜ)
(えっ、どこにあるの!?)
(それは――)
――《地上7階 701号室 スイートルーム前》
ポーン……
トッ……トッ……トッ……トッ……
エレベーターが開くと、静かな足音が廊下を通る。
701号室前に立つその男は、鉄格子が降りていないことを確認すると、ポケットに手を入れた。
「待っていましたよ」
「ッッ!!?? なっ!?」
「――副支配人の空橋さん。ちょっと話をしませんか? 立ち話もなんですので、そのポケットにあるカードキーで中に入りましょうよ」
驚きを隠せない空橋。今、305号室にいるのはエリとガイのふたり。盗聴器を逆利用して、日付が変わる直前に部屋を出たのは俺だ。
「大丈夫です、安心してください。俺はあなたの敵じゃありません」
ゆっくりと、はっきりと伝える。
「あなたという方は……一体……」
観念するように、空橋はカードキーを差し込んだ。
――《地上7階 701号室 スイートルーム》
「ここがスイートルームか、立派な部屋ですね」
「説明してもらいますよ。なぜ貴方が部屋の外に出ているのです?」
「『陽善は部屋で暗号を解いていた』と思っていたのでしょうけど……あれ、外貝と矢乙女の芝居です」
俺は空橋を目の前のソファーへと促し、向かい合うように俺も奥のソファーへ座る。
「盗聴器、アレは見つけるの簡単なんですよ。『ラジオ』と『イヤホン』があればね」
「……」
あの時、特設会場で見せた鋭い視線を遠慮なく俺に浴びせてくる。まぁ、そんな怖い顔しなくてもちゃんと説明するさ。
「部屋でテレビの音量を上げて雑音を流しておいて、小型ラジオにイヤホンを指して『一番低い周波数帯からゆっくり上昇させる』だけで盗聴器を見つけられるんです。部屋を歩き、イヤホンからテレビの音を拾ったら盗聴器があることが確定、あとは隠しやすいコンセント周りとかを調べれば発見できます」
「……分かりました。それで、さっきの『敵ではない』とはどういう意味でしょう?」
「単刀直入に言います。空橋さん、誰かに指示されていますよね?」
冷や汗が止まらない様子の空橋。
「参加客を厳選したのも、鉄格子を降ろして監禁したのも、玄関や非常口を塞いだのも、盗聴器を利用して財宝の在りかをいち早く見つけられそうな参加客を絞ったのも……全部何者かの指示で実行している。そうではありませんか?」
「……」
「……財宝、そんなに大切なのですか?」
項垂れ頭を抱えた副支配人の姿を見て、違和感を覚える。
『支配人』という言葉に過剰に反応してみせた、あの様子を思い出す。まさか財宝が目的ではない?
「……し、支配人が……人質になっているんです」
「ッ!? なんだって……?」
訴えるように涙を目に浮かべて空橋が両ひざに拳を強く打ち付ける。
「陽善さん、あなたにはきっと何も隠し通せないでしょう。全てをお話しします」
真剣な眼差しの男を卑下することは俺にはできない。コクンッと頭を縦に振った。
「――およそ2ヵ月前。支配人は突然連絡が途絶え、ホテルにも姿を見せなくなりました。彼は独身で身寄りも居ないので、きっと捜索願は出ていないと思いました。そんな時……私のパソコンに1通のメールが届いたんです」
件名:警察に話せば支配人を殺す
本文:5月のゴールデンウィーク期間に
金鬼事件の財宝を探すイベントを開催しろ
大々的に広告を打ち全国から有識者を集め
ホテル業心殿に存在するとされる財宝を探せ
××銀行の貸金庫×××の暗証番号は××××
手にした物には計画の全てが記されている
実行しない場合も支配人を殺す
副支配人空橋健二すべて見ているぞ
「――内容はそのような感じでした。その後、私は指定された銀行の貸金庫へ行き、『前支配人の日記』を入手しました。そして私の一存でイベントの準備を行い、今日に至ります。『支配人は私事によりしばらく休暇を取っている』と従業員には説明しました」
空橋が話し終わるまで、一言一句を記憶している。俺の集中力はこういう時に発揮するんだ。
「分厚い日記の中身は……おぞましい内容でした。1985年に発生した連続殺人犯の強盗の記録……被害者の家族構成から、その資産まで事細かに……。財宝を見つけるためとはいえ、これはあまりにも異常でした」
あぁ、やはりその日記は、俺が思っていた通りの内容だ。
「そして後半のページは、ミッドナイトミステリーについての計画書となっていました。それを実行することで、財宝が見つかるものだと私も思ったのですが……私には暗号は解読できず、そもそも財宝がどんな形で保管されているのかもわかりませんでした。陽善さんは……ここまでの話でどう感じましたか?」
「……その日記、前支配人のものではありません」
「えっ!?」
俺はまだ日記の現物を見ていない。だがはっきりとわかる。
「その日記を書いた人物は、金鬼本人です」
――深夜0時50分。俺たちの会話は続く。少し落ち着いたのか、空橋は俺にコーヒーを淹れてくれた。
「これから私はどうすれば良いのでしょうか……」
「まず、あなたに脅迫してきた人物が参加者に紛れ込んでいる可能性がある以上、イベントは続ける必要があります。そうでないと、空橋さんや俺たち監禁されている全員が危険に晒されます」
不安を抑えられず、震えている。そりゃそうだよなぁ。
「動向を見破られないように、朝になったら何事もなかったかのように、財宝の在りかを見つける参加者を探るフリをしていてください。籠城場所は電気室ですよね? モニターもありますし」
「流石でございます。……陽善さん、話の続きをお願いします」
スイートルームは適温に保たれていた。ただの広い部屋というわけではなく、部屋と部屋が連結しているマンションの1戸のような、そんな続き部屋だ。
「前支配人についてですが、正確には初代支配人ですよね?」
「えぇ、仰る通りです。業心殿は、2017年に建てられた歴史の浅いホテルなんです。今回誘拐されてしまった支配人は2代目となります」
ホテルが建つ以前の姿は刑務所だと傳峰警部から聴いている。初代支配人はホテルを建てられるほどの資金をどう捻出したのかが問題だ。
「……空橋さんに聴きますが、まだ話していないことがありますよね? 初代支配人は一体どうやってこのホテルを建てたのか。その資金はどう調達したのか」
その言葉を聞いた空橋は、暗い表情でまた俯いてしまった。
「あなたは、日記を書いたのは初代支配人だと思っていた。だから彼の犯した罪を、立場上公には出来ないと思い込んだ。答えてくれないのなら、俺の推測で話しますが……それでも良いですか?」
「……麻薬です。海外から持ち込んだ麻薬で財を築いたと記載がありました。きっとホテルが建った後でも麻薬取引がどこかで行われ……あっ!」
そう、2日目のメッセージ暗号を解けばわかることだが、取引が行われてきた部屋も確定する。
「業が深い話ですね……まさかホテルで麻薬取引が行われているなんて、従業員は誰一人気付かなかったことでしょう」
「陽善さん……我々をお許しください」
いや、俺は別に許すも何もないんだけどな。
「……今から重要なことを話しますが、落ち着いて聞いてください」
空橋は身構えた。受け入れる覚悟はあるのだろう。
「空橋さん。ミッドナイトミステリーはなぜ25組50名なのでしょう?」
「えっ……それは、ホテルに宿泊できる人数内で皆で推理するためではないのですか?」
表向きはその通り。
「1985年。強盗殺人24件、被害者数49名。歴史に残る残忍な事件で、当時の国民を恐怖に陥れた連続殺人犯『金鬼』は、2016年までは生きていました。当時の金鬼は盗品を全てゴールドインゴットに替えた後、しばらく行方をくらました……というのが世間の噂です」
生唾を呑む音が俺にまで届く。
「ここからは俺の推理です。奴の日記には、麻薬で財を成し、ホテル業心殿建設のことも書かれていて、尚且つ暗号で『財宝』を隠してしまったことが記されていたんですよね? だから金鬼は殺されてしまった」
「殺……され……?」
「おそらく、この暗号は25組50名で解くものだと悟ったんです。金鬼事件、最後の被害者は金鬼本人。そして25件50名の死亡をもって謎解きを開始した人物が――初代支配人。奴こそ金鬼の相棒として共に世間を騒がせた、言わば『銀鬼』。共犯者です」
開いた口が塞がらない空橋を、更に追い詰めることになるけど許して欲しい。
「実質の頭脳は金鬼で、あらゆる計画を共犯者の銀鬼と実行してきた。世間には知られていない存在の銀鬼にホテルを建設させ、麻薬取引をそこで行わせ、更に財を成した。でもいつしか……例えば金の取り分で揉めたりでもして、仲違いしたのでしょう。金鬼を殺害し、暗号を自力で解読。実権を全て我が物にしたんです」
「なぜそこまで分かるんですか……?」
「俺の祖父は事件の被害者なのはご存知ですよね? 噂って凄いんですよ、どんな些細なことでも、伝達していけばまるで真実のように変わってしまうんです」
話が見えてこない、と言われそうなので遠回りは辞めよう。
「『盗品を金の延べ棒に替えた』という噂は、犯人が自ら流した噂です。一部の参加者の話を聞けば、神奈川県ではない出身者でも当時に同様の噂が流れていたらしいのです。インターネットの無い時代にですよ? これはれっきとした情報操作です」
コーヒーを一口飲む。しゃべりすぎて喉が渇く。
「金鬼は事件後、即座に海外に逃亡したと考えられます。そこで盗品の一部を売るなりして麻薬を調達し、密輸ルートを開拓した。国内で噂を広めたのは銀鬼で、彼もまた逃亡生活の中で噂をばら撒いた。そして十分な資金を調達してホテルを建て、安定して麻薬を捌ける状況を作り上げ……そして全て銀鬼に奪われ、更に2020年にはその銀鬼も殺されてしまった」
「なっ、いまなんと!?」
「俺もニュースで知りましたが、去年、廃ビルの屋上から転落したらしいですね。要するに……呪われているんですよ、強盗殺人で集めた財宝なんてものは」
ここまで来たら、最後まで俺の推理を話そう。それがたとえ残酷な結果になったとしても。
「銀鬼……初代支配人を殺し、財宝という名の麻薬を得るためにミッドナイトミステリーを開催するよう脅迫してきた人物はおそらく――」
――《ホテル業心殿 1階 特設会場》
午前7時22分。4時頃には空橋と別れ、彼は電気室へ、俺は5時の解錠と共に305号室の部屋へ帰って仮眠をとった。話が終わり、集中力が途切れた瞬間はマジで眠かった。
「マサ、昨晩は大丈夫だった?」
「心配ありがとうな。盗聴相手から情報はしっかり受け取ったぞ」
心配したんだからねっと謎のパンチを腹に喰らう。うーん吐きそう。
「ったく、エリちゃん寝てるし妙に緊張したから結局朝までゲームしちまったじゃねーか」
「それはお前の采配だろう」
3日目の朝を無事に迎えられたが、今も監禁されている人たちを放ってはおけない。勝負を決めるなら今日中だ。
朝食バイキングを用意してくれるレストランスタッフも早く解放してあげたい。
そんな時、見知った顔が近づいて来る。
「おう、陽善」
「傳峰さん。おはようございます。朝食、一緒にどうですか?」
「そうだな、おまえの暗号解読をぜひ聴かせて欲しい」
既に綾城巡査部長がバイキングで食事をテーブルに色々運んでいた。お邪魔させてもらおう。
「なんだマサ、おっさんと仲良くなったのか」
「ホントだ、裸の付き合いって仲良くなるの本当に早くなるのねえ」
と言いながらヌフフと笑うエリを俺は見てしまった。どうでも良い。
《心無き者には 鉄の檻を与え
その後身を 七つに切り裂く
ここは墓場 手の鳴る方へ》
「食いながらで良い、解読してくれ。綾城が昨日徹夜で寝れてねーんだ」
「フフ……陽善君、話したまえ」
無理しちゃって。目の下のクマが森のように広がっている。
仕方ない――聞かれたからには答えるのが、俺のポリシーだ。
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