最終日 解答の先へ
――《1階 特設会場》
現在時刻は23時30分。ホテルに宿泊してから、夜が訪れるのはもう3回目だ。
俺と傳峰警部で入念に打ち合わせた、作戦決行の時が来た。
「マサ、頼んだぜ」
「……マサ」
ガイもエリも不安が残っている。俺は二人の手を握り、何が起きても全員で生きて脱出すると心の中で誓った。やらなくて良いなら推理なんかしないで皆で帰宅したいが、乗りかかった船だ。最後まで抗ってやろう。
鉄格子が降りていない部屋の6組それぞれに声を掛け、この時間に特設会場へ来るように俺は仕向けたが、果たしてどうなることやら。
「おや、1組足りないようですが? 陽善クンは私たちに、今残っている参加者全員が集まるように言いましたよね?」
マジシャンのラッキーが声を上げた。隣では不貞腐れた顔をしているマーニィが居る。
「えぇ、残った1組の参加者にはまだ小さな子供がいまして。こんな夜遅くに呼び出すなんて迷惑でしょうから、先に休んでいてもらおうと思ったんです。別に問題ないですよね?」
「……結構」
納得した様子のラッキー。だがもう1組がうろたえていた。
「つか、あたしらも部屋で寝ていたいんだけど」
「いやー、マジ怖いっす。これから何が始まるんすか?」
馬ヘッドコンビの白と茶色だ。名前はまだ知らない。
「いいですか。この陽善が3日目のメッセージ暗号を解いたって言うから皆さんに集まって貰ったわけですが、反論異論は認めます。思ったことがあったら何でも言った方が良いでしょう」
傳峰警部は見た目も立派な大人だ。俺のフォローに回ってくれている。
「……貴方は何者なんです?」
「ちょっと! 0時に部屋にいなかったら失格になるんじゃないの?」
「ええと、諸澄夫妻でしたな? あー私は北の探偵傳峰、こっちは後輩の綾城です。謎が解ければ今回の監禁謎解きゲームも終わりですから、ちょっとだけこの陽善に付き合ってください」
諸澄金弥と吟子夫妻は、最初から謎解きには詳しくなさそうな参加者だが、どうやら副支配人の空橋にとって、監禁対象にすることに問題がありそうな存在なのかもしれない。
警部は上手く身分を誤魔化したな。予定通りだ。
「声掛けをした参加者は揃っているんだ、さっそくですが謎解きを始めます」
「陽善君、楽に話したまえ。その方がやりやすいだろうからな」
綾城巡査部長からもフォローの手が。これはありがたい。
目を合わせて頷き、推理を開始。
手振りでホテル従業員の女性にライトを暗めに調整してもらい、舞台上にスポットを当てる。雰囲気は大事。
「では、ホテル業心殿ミッドナイトミステリーの解答編だ。今見えているのは3日目のメッセージ暗号だが、初日の暗号から順に説明すると」
《穴倉に無き 宝を求むる者へ
音無き本を開き 左右の耳で読め
ここは遊び場 手の鳴る方へ》
「これは深夜0時から5時の鉄格子が降りている間に、秘密裏に実行しなければ入手できない『内線電話の暗号』へと繋がるメッセージ暗号だ。内線の液晶に表示される4桁の数字を並べたり、アナグラムを駆使して解読すると、最後には『6・9』の数字が残る」
「……それはどういう意味なんだい?」
ニヤニヤしながら探偵シオンが合いの手を入れる。彼は本当は目立ちたかっただろうなぁ。
「このホテル業心殿が建てられる以前の記録……語呂合わせで『ログ』を示していたんだ。業心殿の過去を知っていたのは、傳峰さんと綾城さんだった」
「彼らは必要な参加者だったってわけね。ビューティーよミスター陽善!」
助手であるスズの方がどちらかと言えばキャラが濃い。盛り上げなくていいっつーのに。それでも俺は彼女の反応に静かに頷く。
「――その昔、鎌倉刑務所があった場所に建設したホテル。それが業心殿だった。今は存在しない鎌倉刑務所の構造を元に、2日目のメッセージ暗号を解くことになる」
《心無き者には 鉄の檻を与え
その後身を 七つに切り裂く
ここは墓場 手の鳴る方へ》
暗がりの中でも目立つ銀色のジャケットを羽織る、マジシャンのラッキーは口元に手を当てている。高齢夫婦の諸澄金弥と吟子もまた、首元手元にギラギラと宝石が輝いている。皆静かに俺の推理を聴いているようだ。
「『後身』は『新しく生まれ変わった形』という意味で、旧鎌倉刑務所の構造にホテル業心殿の構造を重ね合わせることで視えてくる暗号があったんだ」
推理を展開しながらステージに上がり、皆の様子を確認する。
指で十字を示して説明を続けた。
「将棋盤のようにマス目に合わせて解読していくと、こう十字架のように交差する部屋が存在したんだ。それが、2階のリネン室だった」
「リネン室?」
マジシャンのマーニィが反応したから一応説明しておこう。
「リネン室とは布類や寝具を保管する部屋で、語源そのものは亜麻布と呼ばれる亜麻の繊維を原料とした織物の総称のことだ」
「サラッと雑学挟むのよねマサって」
「たしかに」
ちゃんと聴こえているぞ……エリとガイのツッコミはこの際放置しよう。
「ホテル従業員だけが立ち寄るリネン室には、ある秘密があったんだ。シオンさん、説明してくれるか?」
すると、説明してくれればそれで良いのにわざわざ舞台上に上がって来やがった。なぜ?
「フッ、南の名探偵シオンが説明しよう!」
勝手に『南の』とか言ってるし、対抗心丸出しでクセが強い。
演出面では申し分ないくらいしっかりしているエンターテイナーだな。片手をバッと開いてからようやく口も開く。
「我が宿泊部屋203号室は、そのリネン室の隣に位置している。洗面台の上にある鏡を外すと、そこにはぽっかりと穴が開いていたのだ。だがしかし!!」
今度は開いた手を顔に当てる。金色の片仮面が逆にダサい。
「穴の奥は手動で開閉するタイプの小窓になっていたのだ!」
「……それはつまり、何かの取引に使われたものであると推測できるわけだね?」
マジシャンのラッキーが答えた。同時にネタバレをされてショックを受けるシオン。お前はさっさと舞台から降りろ。
「その通り。ここで重要なのは、わざわざ暗号化してまで隠したかった小窓の存在を、『前支配人の日記』に残したという点だ」
腕時計を見ると、時刻は23時40分。そろそろ本題に入る時間だ。
「それを踏まえた上で、3日目のメッセージ暗号を見てくれ」
舞台上の吊り板を皆が見上げる。
《深淵へと帰す 五十の魂
酌みし炎は 地獄への招待状
ここは業心殿 手の鳴る方へ》
「『業心殿の記録』、『取引用の小窓』。そしてこの第3の暗号が示すものは、まさにその『取引に使われる物の在りか』だ」
「ちょっと待って」
吟子が言葉を遮った。律儀に右手を少し上げている。
「話が見えてこないわ。ミッドナイトミステリーって金鬼の財宝を見つける推理イベントじゃなかったの?」
「吟子さん、その疑問には私がお答えしましょう」
綾城巡査部長がポケットに手を入れたまま声を上げた。
「陽善君にも伝えたことだが、当時の金鬼が逮捕された暁には、『鎌倉刑務所に収監されることが決まっていた』との情報がある。だが肝心の財宝は奴の死後も見つからず、結果的に横浜刑務所と横須賀刑務所に統合する形で終わりを迎えたのだよ」
右手だけをポケットから抜き、手のひらを天井へ向ける。
「収監されることを予想していたのかは知らないが、財宝を財宝とわかる形で奴が残すはずがない。つまり、財宝なんてものは既にこの世に存在していないのだ」
「なんですって!?」
驚きを隠せない吟子。純粋に、鉄格子から逃れたことで、財宝を得る権利でもあると思っていたのだろうか。続きは俺が話そう。
「ゴールドインゴットの噂は皆も知っているだろう。だが、その噂を流したのも金鬼自身であり、そして奴には共犯者がいた」
「共犯……者……」
「――ミッドナイトミステリーの計画、過去の金鬼事件の被害者リスト及び家族構成や資産まで細かく記載されている『前支配人の日記』とは……前支配人と共犯だった金鬼が書いたものなんだ」
「「「ッ!?」」」
俺たち以外の参加者3組の誰もが驚いた様子を見せたが、当然だ。警察ですら捜査線に浮上しなかったんだからな。
俺もシオンほどじゃあないが、左手を広げてみる。
「この建物は、財宝を元に資金を更に調達して建てられた、被害者の呪いが籠ったホテル。奴らの強欲が生み出したホテルさ」
まさに業が深い、奴らの欲にまみれた建物だろう。被害者は救われない。
「いやー、前支配人は死んだって聞いたよ?」
「あれ? それじゃ犯人全員死んでるじゃん、どういうこと?」
しゃべるのが苦しくないか疑問だが、馬ヘッドコンビがざわつく。
「共犯者である前支配人……すなわちホテル業心殿『初代支配人』を仮に『銀鬼』と呼ぶが、奴は金鬼を殺した張本人さ。金鬼が財宝と呼ぶ何かを隠してしまったからね」
「おいキミッ! もったいぶらないではやく教えなさい!」
今度は金弥が声を荒げるが、案外張りのある良い声だ。感情が高ぶっているんだろうな。
「――麻薬だよ」
「なんだとッ!?」
「奴は金鬼と共にかき集めた麻薬を安定して捌き続けるために、このホテルを建設したと推測できる。それを第2と第3のメッセージ暗号が示しているんだ」
時刻は0時を迎えようとしている。
「ちなみに今、この特設会場のステージ上に吊るされた暗号は、全部で3つ。どうみても、最終日第4のメッセージは見当たらない」
「えっ、マサ、それってどういうことなの?」
「あくまで俺の推理だが、第3の暗号を解くことで全て解決するのさ。4つ目のメッセージは存在しても、おそらくミッドナイトミステリーは3日で決着をつけるように計画されている」
不穏な空気が流れる。推理が的外れだという意味ではない。
「――なぜなら、俺たちは4日目に到達した時点で謎解きは失敗、監禁は永遠に解かれない……つまり、全員殺されるんだ」
「「「ッッ!!」」」
それぞれがそれぞれの頭で恐怖を感じただろうが、外界からネットワークも隔離された時点で決まっていることだ。あの殺人鬼である金鬼が企画したんだ、決して情報を外に漏らさないために計画されたはずさ。
「心配ないよ、そもそもこのイベントの目的が麻薬を見つけることだから。達成した時点で真犯人の目的も判明するから対処できるさ。こっちは大人数だからな」
副支配人空橋を取り込んだアドバンテージは大きい。彼が裏切る要素は無いと信じたい。
「じゃあ、一旦話を戻す。第2の暗号で導かれた、2階リネン室と203号室を結ぶ小窓は、麻薬の取引現場。そしてこのホテルには隠された麻薬の貯蔵庫が存在する――せっかくなので、今から皆で行きましょうか」
空橋は、今も電気室でこの光景を見ているだろう。そして0時丁度に鉄格子を降ろすことは決まっている。
ゴゴゴゴゴゴゴ……
「暗号が示す、地獄にね」
評価より感想が欲しかったりします。
作品を楽しんでいただけているのかどうか気になります。
その声を聴けるのなら、それが作者にとって何よりの評価になります。
残り2話。よろしくお願いします。




