3日目 ミッドナイトミステリー
周囲を見回すと、今会場にいるのは昨日と同じく俺たちを含めて6組。解放されたままの部屋数からすると、やはり1組だけこの場にいないのが気になる。まだ一度も見ていない……?
「ねえマサ、あたしたち……ちゃんと帰れるよね?」
「帰れないと困るよな。もうひと踏ん張り頑張って謎を解いてみるさ」
一旦、参加者やスタッフの情報と部屋割りをノートにまとめてみるか。第3のメッセージ暗号をメモし、次のページをめくる。
馬ヘッド『茶毛の男』と『白毛の女』。107号室。
『傳峰』警部と『綾城』巡査部長。108号室。
マジシャン『ラッキー』と『マーニィ』ペア。201号室。
探偵『シオン』と助手の『スズ』。203号室。
陽善マサル、矢乙女エリ、外貝マサキの幼馴染トリオは305号室。
成金夫婦『諸澄金弥』と『吟子』夫妻。308号室。
ホテル従業員は401号室と408号室。
温泉スタッフは502号室と505号室。
レストランスタッフは601号室、603号室、606号室。
副支配人空橋が出入りできる701号室スイートルーム。
1フロアにつき7部屋で、25組のペアが参加しているなら、4階の一部も参加者側が使用していることになる。スタッフ以外の部屋で鉄格子が降りていない部屋となると、消去法で403号室で決まりだな。この場に居ない参加者1組が使用しているはずだ。
タツヤは無事かな……あいつは202号室だったが、今も鉄格子が降りている。
「陽善。綾城は日中は部屋に居させる。何かあったら叩き起こしてやれ」
暗号をメモし終えた綾城警部が頭を抱えている。今回もまた難解であることと、寝不足で辛いだろうな。傳峰警部はいつ寝ているのだろうか。
「俺はこのまま一応リネン室を調べてくる。おまえの推理した通りのことが起きているなら、やはり麻薬の取引現場は抑えておきたい」
「わかりました」
シャンデリアの輝きはまるで財宝の光のように見えてくる。ホテルのどこかに隠された麻薬を見つけだすのが真犯人の目的だとすると、俺たちは謎を解くことで最後まで踊らされ続けるのだろう。
「マサ、部屋に戻ろうぜ」
「……あぁ」
――《3階 305号室》
暗号の解読だけじゃ現状を打破できない。仮に財宝……麻薬の在りかを見つけたとしても、真犯人はそこからどうやって持ち出すつもりなのだろうか。何か意図があるはずだ。
「そういえば、盗聴器は外さなくていいんだよな?」
「悪いな、副支配人との一方通行の連絡用に残しておきたいんだ」
「うえぇぇ……嫌だぁ」
プライバシーの公開。気持ち悪いだろうけどエリには我慢してもらいたい。
「なぁマサ。俺ちょっと思ったんだけどよ」
「うん?」
ベッドに腰かけ、神妙な面持ちでガイが話し始めた。
「タツヤ……なんで俺とペアになったんだろう?」
「どういう意味だ?」
「だってよ、あいつ元々財宝に興味ねーっつーのにわざわざここまで来て、辞退すりゃいいのに俺とペア組んでまで参加の意思だけは見せたんだぜ? 何か事情あんのかなって」
イベントが宣伝された時点で、財宝発見時の金額を考えたらわからなくもないが、ガイの言う通り少し妙だ。もしタツヤが真犯人と関わっているとしたら、何らかの役目を担っていてもおかしくはない。
「本人に聞かないことにはわからないな。ただ……タツヤにはおかしな点もある」
「えっどういうこと? タツヤ君怪しい?」
エリも興味を持ったようだ。心配と不安が入り混じったような顔をしている。
「最初から妙に落ち着いているんだ。監禁されることにまるで抵抗がない……いや、分かっていて自ら部屋に残ったような気さえする。まぁタツヤの性格なのかもしれないけどな」
淹れたコーヒーを飲み終え、立ち上がって背伸びをする。
「マサ寝てないから眠いよね、大丈夫?」
「コーヒー飲んだから少しスッキリしたよ。眠い時、目を覚ますためにコーヒーを飲むのはカフェインが入っているからだが、摂取量としては約1日4杯(300から400ml)までが目安だから多くは飲まない方が良いけどな。余談だが煎茶にもカフェインは含まれているぞ」
「豆知識やばっ。コーヒーなだけに豆知識ってね」
うん、2点。エリは親父ギャグにはまってるのかな?
「……ちょっと出掛けてくる」
「えっ、どこ行くの?」
「情報収集。ふたりとも休んでいてくれ」
――《4階 403号室前》
鉄格子は降りていない。空橋が意図的に降ろさなかったようだが、謎解きに強い人物がいるのだろうか。中で一体何をしているんだ?
軽くノックをする。すると意外なことに、直ぐに扉を開けてくれた。
「……誰だい?」
目元が髪の毛で完全に覆われている長髪で細身の男が現れたが、なんと言ったらよいのか。
「305号室の陽善です。特設会場にはいらっしゃらなかったので、様子を見にきたんです」
「……入って」
手招く彼に合わせて部屋の中へと入る。多少造りが違うとはいえ、2つのベッドにテレビがあるのは同じだ。ベッドにちょこんと座っていたのは、小学生くらいの女の子だった。
「初めまして。陽善大です」
「ぼくは草片弘道。大学3年で、妹とは10歳年齢が離れてるんだ。……杏璃、挨拶して」
「こんにちは」
礼儀正しい兄妹だな。部屋に入れてくれたということは俺を害だと思っていないのだろう。
「陽善くん……わざわざ来てくれてありがとう。妹はまだ小さいから、今の変な状況で部屋から出るのは危険だとぼくが判断したんだ」
「突然お邪魔してすいません。事情はわかりました」
色々と疑問がある。このふたりを空橋が残した理由がきっとあるはずだ。
フードパーカーを深く被った杏璃は、どうやら俺が来たことで緊張している。兄の弘道は眼鏡をしきりに触っている。
――俺はこれまでの出来事を断片的に伝え、事件解決の糸口を探った。
「……2日目、昨日の朝。鉄格子が降りたままの部屋をみて、内線電話でフロントに確認を取ったんだ。そしたら従業員まで閉じ込められたって話を聞いてね。でも妹はまだ子供だから気を遣ってくれて、食事を毎食運んでもらっていたんだ」
「お聞きしますが、弘道さんはなぜ自分たちの鉄格子が降りなかったのだと思いますか?」
「……僕たちの親戚が金鬼事件の被害者であること。それと、ぼくが機械工学に詳しいからだと思う」
機械工学は、力学を用いて機械の設計や製造の技術を学ぶ学問だな。そうか、もしかしたら彼の力が必要になるかもしれないと空橋は思ったのか。
「ネットワークに繋がらないとは思いますが、そのノートパソコンで何かできませんか?」
「うん、コマンドプロンプトで回線が切れているのは知ったけど……これ、ジャミング電波で無理やり圏外にしているだけだから、やり方によってはネット回線を迂回して繋げることも出来ると思ってるよ」
すごい能力だ。
すると、大人しく黙っていた杏璃が挙手をする。挙手制だったのか。なるべく怖がらせないように優しく「どうぞ、杏璃さん」とだけ言った。
「……最初の……参加者の中で怪しい人を見た」
「怪しい人?」
フードから見えた杏璃の顔は、前髪を切りそろえた、いわゆるパッツンのロングヘアーだった。
「暗号を全く見ないで、周りの人ばかり見てたよ」
なにっ? 初日の50人揃ったあの会場での話だよな。
「あー……妹は人間観察が趣味なんだ」
「……お兄ちゃん、ちょっと違う。間違い探しが好きなだけ」
間違い探し。皆が共通の目的で動くときに、違う動きをする人物が気になったということか。
「その人ってどんな人だったか覚えているかい?」
「背が一番大きかった。たしか……おにいさんの近くにいた人だよ」
口を覆うように思考する。どう考えてもあいつのことだ。問題を見ていなかった?
謎解きをするつもりが無かったか、もしくは最初から別の目的があったから……か。
「教えてくれてありがとう杏璃さん。ふたりとも、何かあったら305号室へ連絡してください。俺のいる部屋なので、出来る範囲で協力します」
「戻るのかい? なら、これを持っていってくれ。僕の手造りだけど何かの役に立つかも」
「これは……トランシーバー、無線機?」
見た目はとてもシンプルだ。対になっていて、両方とも手のひらに収まるくらい小さい。
「周波数の変更は3チャンネル分だけど、ホテル内なら多分どこでも使える。テスト済みだよ」
「ありがとうございます、使う機会があるかもしれないので、助かります」
思わぬ収穫だった。この兄妹は凄い、空橋の人を見る目は確かだったか。
俺はふたりに礼を言い、手を振って403号室を後にした。
「……また……きて」
――《1階 108号室》
午後2時。思考能力を戻すために部屋で仮眠を取り、今は傳峰警部の部屋に来ている。
「綾城はダウンだ。多分夜まで起きねぇ」
「寝ているところ、お邪魔してすいません」
「何か飲むか? 備えつけのやつしかねぇけど」
そう言ってお湯の準備をする傳峰警部。面倒見が良いんだなぁ、感謝。
「――で、暗号は解けそうか?」
「いえ、まだ一部しか解けていません」
《深淵へと帰す 五十の魂
酌みし炎は 地獄への招待状
ここは業心殿 手の鳴る方へ》
おそらく、これは麻薬の隠し場所を示しているんじゃないだろうか。
初日の暗号では金鬼事件とホテルの記録を、2日目の暗号では麻薬の取引現場を示していた。
「逆から解きますが、3行目は『業心殿に財宝(麻薬)が存在する』という意味で、1行目の後半から2行目前半にかけては『50人の何かと25組(酌み)の何か』を利用して、財宝の場所へ導くものだと考えています」
「……俺には1ミリも理解できなかったぜ」
コーヒーを机に2つ置いてくれた。コーヒーを俺が好きだってことを覚えていてくれたようだ。
「分からないワードは4つ。『深淵へと帰す』『魂』『炎』『地獄への招待状』です。ここがはっきりと理解できないうちは財宝へは辿り着けないでしょうね」
「まぁ、焦らずやんな。監禁されてる奴らだって初日はちゃんと食事は摂れてんだ。2日で死にはしないだろうよ。発狂はしててもおかしくねぇが……」
それでも常人が1日何も口にしないだけでも気がおかしくなるレベルで危険だ。
「何年か前に父が言っていました。大腸がんの検査で丸1日の食事制限がされたとき、腸を綺麗にするために指定の流動食と水分しか摂取できず、相当なストレスを感じたそうです。食べられない覚悟が無い状況では負荷が違うでしょうね」
「……副支配人、空橋の野郎に言って、無理やりイベントを終わらせることだってできるだろう。鉄格子を動かしてるのは、他ならねぇ奴なんだからな。ギブアップも選択肢に入れていいだろうよ」
「そう……ですね」
何か今、違和感が。なんだ?
冷静に考えると、この計画ではおかしな点が幾つもある。
「警部。今気付いたんですけど、そもそもミッドナイトミステリーとして深夜に謎の出題をした理由って、もしかして――」
状況を整理しなければならない。今やるべき整理とは、不要な情報を取り除いて、真犯人の目的を知るための取捨選択。
ふたりで話し込み、いつの間にか30分は時間が経過していた。
副支配人空橋へのメール。金鬼の記録とミッドナイトミステリーの計画日記。鉄格子で参加者と従業員を監禁した理由。そして真犯人の目的と、暗号化された財宝の在りか。
「――なるほど。そいつぁ一理あるな。まさかとは思うが、おまえの言う通り0時から5時の時間に関係があるなら、試してみる価値はある」
「えぇ、もし俺の推理が正しければ、先の4つのワードの意味も解けたことになります」
「3日目のメッセージ暗号もクリア……か」
俺はさっき弘道から受け取ったトランシーバーを傳峰警部に見せる。
「警部、これを――」
「あぁ。今夜、真犯人の面ぁ拝んでやろうぜ」
更に作戦を練り、傳峰警部と連携を深めた。
あとは、俺はエリとガイに、傳峰警部は綾城巡査部長へ俺たちの計画を伝えるだけだ。
――ミッドナイトミステリーもいよいよ大詰めだな。
あと残り3話分で第一章完結です。
どうぞ最後までお付き合いください。
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