儀式の前
その頃、“謁見の間”と対をなす、屋敷中央の“大正殿間”を挟んだ
“諜議の間”では、部屋を半分に仕切って男女の更衣室となっており、
その男子側更衣室の片隅で、“正装”に着替え終わった本日の主役達である
大輔達八人が、テーブルを囲んで少し緊張気味で談笑していた。
「なあ、大輔。 着替えの時、優磨義兄さんと何話していたんだ?」
「えっ⁉ い、いや、・・・大した事じゃないよ。」
そう、唐突に聞いて来た洸に、驚いた大輔は、咄嗟に誤魔化しながら
顔を背ける様にして寝そべる。
それは、今から二十分程前。
「大輔。 ・・・ちょっと良いか?」
と、これから“正装”に着替え様とする大輔の処に、既に“正装”へと
着替え終わった優磨が声を掛けて来て、更衣室を出た二人は隣の
“大正殿間”へと入り、襖を閉めると、
「多分、お前も気付いたと思うが、・・・四宮の事だ。」
そう、小声で話して来る優磨に、自分から聞こうと思っていた事を先に
言われた事に、思わず大輔は目を見開いて驚く。
「じゃあ、やっぱり、あの風は?」
「ああ。 瑞季のだ。」
と、確認する大輔に、優磨は躊躇する事なく応えるが、
それを聞いた大輔は、
― じゃあ、一体、姉さんと四宮先輩は何処で出会っているのか?
そう、学校も違う二人が出会う接点が判らず、悩み始めると、
「俺も入学当初は驚いたが、野外音楽堂の事件後に会っていて、
俺も一度、引っ張られて会っているんだ。」
「えっ⁉ じゃあ、あの時の車って・・・」
「ああ、多分、四宮だろう。
・・・まあ、本人から直接聞いた訳ではないから、詳しい処は解らないがな。」
と、自分が気にしていた二人の接点について話す優磨に、重ねて驚く大輔は、
当時の事を思い出しながら確認するが、優磨自身も一度しか会っていない為に、
憶測的に応えるしかなく、それを聞いた大輔も、それ以上優磨に確認する事が
出来なくなり、少し俯き加減で溜め息を吐く。
すると、
「で、俺からの頼みなのだが、・・・
お前も聞きたいと思っているだろうが、もう少し待ってくれないか?」
「えっ⁉」
そう、突然の優磨からの頼みに大輔は驚くが、
「俺は、四宮の方から話してくれるのを待っているんだ。
・・・俺から聞いたら、嫌でも話さなければならなくなるからな。」
と、理由を説明する優磨に、
― 確かにその通りだ。
許嫁であり、パートナーであった義兄さんから問われたら・・・
そう、大輔は思うと同時に、優磨も我慢している事が判り、
― 昨日、初めて知った自分等、先に聞いて良い筈がない。
と、昼間、由香里に無言で詰め寄った事に対して、心の中で恥じ入りながら、
「解りました。 義兄さんに全てお任せします。」
そう、改めて優磨に・・・いや、鷹城当主にと云う思いで委ねる様
頭を下げると、
「済まんな、我儘言って。
・・・まあ、その時には、皆とは別に話して貰える様頼むつもりだから。」
と、優磨も大輔の気持ちを察してか、義弟と云う思いで肩を叩きながら感謝し、
それが解った大輔は、その心遣いで少し心が晴れた気分になるのだった。
そして、時間は戻って“諜議の間”のテーブルでは、
「ちょっと、大輔! ・・・大輔ったら‼」
「わっ‼ ・・・あ、あれっ、何で恵がこっちにいるの?」
そう、優磨との回想録で心が幽体離脱していた大輔は、恵の大声と同時に
“本体”に戻って来るが、女子である恵がいる事に、
“ここって男子更衣室じゃ?”と、眉を顰めて尋ねると、
「男子はとっくに着替え終わっているって言うから、避難しに来たの!
・・・ったく、本当に大丈夫?」
と、少し剥れっ面で説明する恵に、大輔は笑って誤魔化しつつ周りを見ると、
テーブルには恵だけでなく綾音と鈴音と千穂もおり、全く気付かなかった事に
苦笑顔へと変わりつつ、もう一度恵を見るが、やはりまだ剥れっ面のままなので、
「えっ、えっと、・・・あっ、修二! 今、何時?」
そう、恵から逃れる為に、大輔は振り向いて修二に助けを求めるが、
二人の顔を見た修二は業と二人の間に黙って置時計を置き、
“俺を巻き込むな!”とでも言わんばかりの目で大輔を睨んだ後に
そっぽを向いてしまうと、これ以上逃げ場がない大輔は観念し、
恐る恐る横目で恵を見るが、その剥れっ面の顔は“何で逃げるの‼”と、
更に酷い顔となって睨んでいるのだが、
― 恵、その顔は反則だ!
と、その顔を見た途端、思わず噴き出して笑い出しそうなる大輔は、
目線を外して必死に堪え始める。
その剥れっ面の恵の顔は、可愛い言い方をすれば餌を目一杯口の中へ入れて
頬張った“リス”の様だが、悪く云えば怒って膨らんだ“フグ”である。
当然、大輔の脳裏には後者を連想させている為に必死で耐えているのだが、
その態度を見た恵は更に膨れっ面となり、“クサフグ”から“トラフグ”へと
肥大化すると、大輔は“もう限界!”と、声を出して笑いそうなのを
手で塞ぎつつも、それで恵に怒られるであろう事に覚悟を決めるが、
この直後に起こった事件で難を逃れる事が出来る。
それは、襖の向こう側・・・廊下の方から聞こえた竜哉達の声で、
「・・・じゃあ、俺達も取り敢えずはこっちにいれば良いんだな?」
「らしいね。 まあ、後ちょっとの事だし、って、竜哉、そっちは‼」
そう、竜哉であろう人物の確認に、高弘であろう人物が応えた瞬間、
『キャー‼』
「ちょっと竜哉‼ 男子はそっちでしょ‼」
「あっ、いや・・・」
「どさくさに紛れてそう云う事するか‼ この筋肉バカは‼」
「とっとと出て、早く閉めろ‼ この変態ドスケベ‼」
「ご、御免なさい‼」
と、悲鳴と共に、物凄い剣幕で怒り始める女性陣に、竜哉であろう人物が
慌てて謝り、襖を勢い良く閉める音が聞こえたが、同時に大輔達がいる
部屋の襖が開いて、
「ったく阿保か、お前は! 男子は手前だとつい先話しただろ‼」
「ハハハ・・・済まないね。」
「・・・本当、信じられんわ。」
「・・・面目次第も御座いません。」
そう、伸明が竜哉に向かって叱りながら入って来て、その後ろにいた高弘は
大輔達を見る也、先輩としての威厳が落ちる思いからか苦笑顔で入り、
零次は顰め面で首を傾げながら続くと、最後に “騒動の主”たる竜哉が
大きな体を小さくし、しょぼくれながら入って来る。
この一分程の惨事に、保時達は呆気に取られており、その顔を見た伸明達も、
竜哉が全面的に悪いとは云え、一種の連帯責任の様な空気となり、三人は
薄っすらと顔を赤くさせながら俯き出す。
そして、重く気まずい空気が流れる事数分。
突如、男女を分けている襖が開いて大輔達はそちらを見ると、着替え終わった
麗華達が入って来るが、やはり覗かれた事と、襖一枚隔てているとは言え声は
丸聞こえの為に、梓達は顔を赤くさせており、当然、竜哉の姿を見た途端、
目を吊り上げて睨み付け出す。
で、当然、
「申し訳御座いませんでした‼」
と、麗華達を見る也、竜哉は素早く正座して、深々と頭を下げて謝り出すが、
「ったく、この怒阿保が‼」
そう、襖の向こうから、夏美の怒鳴り声が飛んだと同時に、勢い良く座布団が
飛んで来て、竜哉の顔面を直撃し、座布団が落ちる間もなく、麗華達よりも顔が
真っ赤な夏美が勢い良く走り込んで来て、座布団目掛けて足蹴りする。
その一瞬の出来事に、大輔達一年生は唖然とするが、伸明達はまるで
日常茶繁治の様に、目を逸らして黙認している。
その間も、倒れた竜哉に夏美は馬乗りになって襟首を掴んで
怒鳴り捲っており、非の打ち所がない“加害者”である竜哉は、
ひたすらに謝り倒す他なく、その姿を見た洸達は呆然と眺めているが、
「公私共々、主従逆転した方が良いんじゃない?」
「どうせ、夜の方も“姫と下僕のSMショー”なんでしょ?」
と、二人を見て呟いた綾音と鈴音の一言に、妙に現実的妄想をしてしまった皆は、
その余りにも嵌り過ぎる姿に、思わず噴き出して笑い始めるが、当の本人達は、
何故自分達が笑われているのか理解出来ず、思わず顔を見合わせて首を傾げるが、
それを見て皆は更に笑いが込み上げ、
とうとう大笑いし始める。
そんな中、
― 後、五分か・・・こんなので本当に大丈夫なのかな?
そう、大輔は置時計を見ながら、余りにも緊張感のないこの状況に、
リラックスして儀式に望める部分もある一方で、何処か不安めいた部分も
感じながら、残り数分の間、恵の意識だけを気にしながら待機するのであった。
そんな頃、儀礼服へと着替え、綾菜達と共に“謁見の間”に戻って来た
由香里達は、
「先迄、数人しかいなかったのに・・・」
「・・・うん、物凄い増えてる。」
と、来た時と打って変わり、物凄い人の数に、由香里と麻里は驚き顔で
立ち尽くし、響は近くにいる者達に“ご無沙汰しております”と挨拶を
交わし始めると、
「それにしても凄いよね? 異名持ちの人達だらけだよ。」
「・・・本当、錚々たる人達だよね。」
そう、謁見の間にいる者達を見て聞いて来る麻里に、由香里も頷きながら
同意する。
二人の目線の先には、『爆龍』の異名を持つ相原一輝・千尋夫婦を始め、
『無限炎弾』の剣持涼介・里美夫婦に『水針』の奥村美波・誠夫婦。
そして、『氷天弓』の弓原聡美・孝志夫婦に、
『雷陣』の八代将輝・千鶴夫婦等、世間でも名の知れた異名持ちの
鷹城家武士達がいる事に、二人は改めて鷹城の強さの象徴である猛者達に、
心の中で敬服する。
すると、
「それじゃあ三人共、こっちに来て貰えるかな。」
と、綾菜に呼ばれた由香里と麻里は響と共に向かい、ここで初めて謁見の間へ
足を踏み入れ、守護刀『小鷹』の前に並ぶと、
「皆さん‼ 先程、若様より話があったお客様を紹介します。」
そう、声を飛ばす綾菜に、一同は談笑を中断して注目すると、響から紹介し
始めるが、幼い頃からよく知る一同は、気兼ねなく声を掛け、それに響は
微笑みながら返事する。
そして、次に麻里が紹介されたのだが、綾菜が麻里の素性を話すと、
「あの“玄翁”のお孫さんかい?」
「こりゃあ驚いた。 “若”も凄い子を連れて来たな。」
と、やはり“栗原玄斎”と云う祖父の名は、鷹城の者にとっても大き過ぎる
存在な為、一同も麻里の顔を食い入る様に見ながら驚き出すが、
問題は次であった。
綾菜が由香里を紹介した途端、何故か由香里を見たまま誰も声を発しなくなり、
麻里以上に驚いた顔で固まってしまう。
まあ当然と云えば当然の結果で、“四宮”と云う苗字は日本中探しても
『四宮財閥』位しかなく、同時に家がこの東海地区にある事も相まって、
直ぐに判明すると、
「 “玄翁”のお孫さんだけでなく、あの“四宮”のお嬢さんもだって?」
「・・・とんでもない子を連れて来たな、若は。」
そう、驚愕の中からようやく呟き始める一同だが、それを見ている由香里も、
自分の名がここ迄影響を及ぼしている事に、如何声を掛けて良いか判らず、
顔を引き攣らせて笑う他なく、困り始める。
すると、
「いやいや、今日は物凄いお客人が来てくれたわ。
“栗原”に“四宮”と、二つの名高い名家による“見届け付き”じゃ。
恵達は幸せ者じゃのう。」
と、下座の奥から現れた坊主頭の老人が、この空気を読んでか、笑いながら
出て来て、
「いやあ、済まんの、お嬢ちゃん。
皆、“四宮”の名に臆してしまった様で、全く情けない限りじゃ。」
そう、由香里に謝りつつ、横目で一同の方を見ながら苦言すると、
その言葉を聞いて我に返った一同は、頭を掻きながら苦笑し始め、
由香里も引き攣った顔が戻る。
「っと、申し遅れたのう。 儂は芦名重蔵と申す者じゃ、宜しくな。」
「えっ⁉ じゃあ恵ちゃんのお爺ちゃんですか?」
と、笑顔で自己紹介する老人に、麻里がすかさず確認すると重蔵は笑って頷き、
二人は改めて重蔵に頭を下げて挨拶する。
そして、
「さあ、そろそろ時間ですから座って下さい!」
そう、『氷天弓』の異名を持つ弓原聡美が、始まる合図を送ると、
皆はそれぞれの場所へと座り始め、由香里達も綾菜に付き従い、
縁側に敷かれてある座布団に座り始める。
「はて、・・・一体、何処じゃったかのう?」
「如何かしましたか? 重蔵さん。」
と、何やら考え込む重蔵に、隣に座る弓原聡美が聞くと、
「 “四宮”と云う名を、何処かで聞いた様なんじゃが・・・」
「一般的な意味ではなく・・・と、云う事ですか?」
「うむ。 何処か別の処でじゃったが・・・思い出せん。」
そう、記憶を探りながら応える重蔵に、聡美は個人的な意味合いで確認するも、
その辺りすらも定かでない為に、重蔵は何処か魚の骨が引っ掛かった様な面持ち
となるが、
「・・・まあ、その内に思い出しますよ。」
と、聡美は微笑んで応えながら、向かい側に座る綾菜達の後ろにいる由香里を
見つめるのであった。
その一方、由香里はと云うと、見つめられている事に全く気付かない程
恐縮していた。
二人の予想では下座最後尾の廊下であろうと思っていたが、蓋を開けて
みると、下座最前列に座る綾菜の後ろと云う事で、
― 確かに、ここだと儀式が良く判るけど・・・
そう、最後尾の方で座る鷹城家臣達よりも良く観えるであろう事に、
由香里と麻里は申し訳ない思いでいると、
「まあ、後で解る事けど、鷹城の人達って物凄く砕けているから、
そんなに恐縮しなくても大丈夫だよ。」
と、二人の思いを察してか、隣から微笑んで教える響に、
「えっ⁉ “砕けている”って、如何いう事?」
「・・・まあ、観てのお楽しみって事で。」
そう、麻里が聞き直すも、響はクスッと笑いながらはぐらかすと、
麻里と由香里は顔を見合わせて首を傾げ出すが、
「あっ、そう云えば綾菜さん。ちょっと気になったのですが、・・・
この並び方って、一応、順番とかがあるのですか?」
と、一同が座り出す際、普通なら何の迷いもなく所定の場所に座る処を、
変なやりとりをして座った事が気になっていた由香里は、思い出して
聞いてみると、
「決まっているのは私達と、向く側に座る重蔵さん達と聡美さん達に、
今日は来ていないけど、もう一家を入れた五家だけで、
後は、その時の気分やじゃんけん等、適当よ。」
「えっ⁉ “適当”って、そんなので良いんですか?」
そう、笑みを見せて教えてくれたのは、綾菜の隣に座る北条洸の母こと
北条由貴で、何となく予想していた由香里は、“やっぱり”と苦笑し出すも、
麻里はその匙加減に驚き、思わず声を出すが、
「 “五家だけ”って、・・・もしかして筆頭家だからですか?」
と、確認する由香里に、由貴と綾菜は“正解”と微笑んで頷く。
この“筆頭家”と云うのは、現在の“鷹城”が出来る前まで土地持ちの
領主であった美濃西部の藤森家、美濃東部の芦名家、越前南部の北条家、
越前北部の弓原家に、大和北部の緒方家の五家を指す。
では、如何いう過程で、この五家が鷹城家に入ったかと云う事だが、
第一次防衛戦後に勃発した派閥争いに端を発する。
防衛戦時に、各武家間での連携が取れなかった事で、多大な死者を出した
国防軍は、『各武家の絶対的人数不足が要因だ』と云う結論に達し、
その結果、軍の中で力のある大武家が隣接する小武家を取り込む様になり、
靡かない武家には、圧力を掛けて服従を誓わせ、同等の力がある武家には
盟約を結ぶ等、各武家内で派閥争いが始まる。
そう云った中で、“精霊巫女の守護武家”と呼ばれていた鷹城家だけは何処の
武家にも靡く事はなく、そう云った派閥争いから距離を置いていたのだが、
大武家の草薙家から圧力を掛けられていた緒方家を除く四家が、鷹城家に
服属したいと云う申し入れがあり、元々派閥を作るつもりがなかった
当時の鷹城当主は、軍部内への発言権を放棄する条件で四家の服属を
承諾するのだが、この話を聞き付けた緒方家も服属したいと申し入れて
来た為に、緒方家は領土を放棄する条件で承認される事となるが、
この五家が服属した事により、国内最大の領地と武士数を有してしまった
鷹城家は、当然の如く各武家から除け者扱いとなり、特に藤堂家や草薙家等の
大武家からは、何かにつけて敵視される様になり、それは今日まで続く事になる。
で、いきなり国内最大の領地と武士数となった鷹城家は、国の登録上は
“鷹城家”となってはいるが、自分達の中だけは “鷹城”と呼ぶ様にしており、
服属してくれた五家の当主は、鷹城家と同等の発言権を持つ形で“筆頭家”と
なった訳である。
ここまで詳しくではないが、大雑把に認識していた由香里は、
それを思い出しながら“成程ね”と、心の中で納得していると、
「あっ、ねえ綾菜。 “お涼さん”って、夜には間に合うのよね?」
「ええ。 直接本人から聞いたから大丈夫よ。」
そう、急に由貴が何かを思い出した様で、小声で “お涼さん”と云う人物に
ついて、綾菜と確認を取り始め、
― “お涼さん”?
と、この名前が聞こえた瞬間に由香里は妙に引っ掛かり、二人に尋ねようとした
瞬間、大きな太鼓の音が二回鳴り響き、驚いて音がした方に注目すると、
「さあ、始まるわよ。
三人共、お辞儀をする時だけ一緒に合わせてね。」
そう、指示を出す綾菜に三人は頷くと、今一度座り直して姿勢を正し、
気持ちも引き締め直し、数秒間の静粛な空気が流れ始める。




