”鷹城”の巫女
零次達は正面にある幅八mはあろう木造の階段を上がった先にある
巨大な玄関を通り過ぎて、その壁伝い奥にある一般的よりも少し大きめな
ガラス扉に向かっており、巨大な正面玄関の事を気になる麻里が聞くと、
溝口が微笑みながら教え始める。
この鷹城の館は、裏山の中腹にある精霊巫女の神社と深い関わりがある為に、
武家の館では例を見ない拝殿の様な“神だけが通る神聖な道”として、
誰も出入りする事が出来ない構造物を有しているのだと云う。
その為に“人の為の玄関”が館の左右に設置されており、普段は右側の玄関を
使っているとの事である。(因みに左側の玄関は来賓用らしい)
そんな話を聞いている内に六人は玄関へと着き、溝口が扉を開けて
“藤森さん!”と呼ぶと、少しして奥から薄っすらとウェーブの掛かった
四十代の綺麗な女性が現れる。
この女性が如何やら“藤森さん”らしい。
「皆さん、ようこそ“鷹城”へ。 ・・・響ちゃん、お久しぶり。」
「ご無沙汰しています、綾菜さん。」
そう、由香里と麻里に向かって笑みを見せて声を掛けた藤森さんは、
響に向かって更に微笑んで声を掛けると、響は苗字ではなく名の方で
呼んで会釈し、それを見て由香里と麻里もお辞儀をして自己紹介するが、
溝口の時と変わらず、二人の苗字を聞いた瞬間、藤森も目を見開いて
驚きの顔を見せる。
そんな中を、響に衣装ケースを手渡しながら、
「じゃあ、後で。」
と、零次と凛、そして溝口が着替えの為にここで別れると、由香里達三人は
藤森綾菜の案内で凛達とは反対方向の廊下を歩き出すが、外に張り出した
縁側に差し掛かった時、その内側にある巨大な空間が目に飛び込んで来て、
由香里と麻里は驚きの顔となる。
「・・・もしかして、ここが“謁見の間”?」
「あら、よく判ったわね。 そう、ここが“謁見の間”よ。」
そう、確認する麻里に、藤森綾菜は微笑んで応えると、その重々しくも
凛と張り詰め出す様な空気が漂うこの空間に、由香里と麻里は暫らく
見つめ始める。
その“謁見の間”と呼ばれる幅二十m、奥行き三十mと云う巨大な空間の
真ん中には白い布が一直線に敷き通され、その左右には座布団が並び、
合間には灯篭が立ち並ぶ。
そして、多分“上座”であろう一番奥に、二段高くなった雛壇が設けられ、
幻想的な雰囲気を漂わせているこの空間に二人は酔い始めていたのだが、
「ちょっと、何あの大きな太刀! 私達の背よりも長いよ‼」
と、麻里が驚きの声で指差す方を見ると、雛壇の前に一振りの太刀が
置かれているが、鞘に収まってはいるものの刃渡りが一・八mは
あろうかの“大太刀”である。
「・・・あれって、もしかして?」
「そう、鷹城の守護刀『小鷹』、
そして、奥に立て掛けてあるのが『大鷹』よ。」
そう、驚きつつも思い当たる処があった由香里は恐る恐る尋ねると、綾菜は
雛壇前の太刀だけでなく奥の太刀も指差して応え、それに二人が目を移すと
『小鷹』よりも更に長い刃渡りが二・五mはあるであろう“巨大太刀”があるのが
解り、その桁外れの長さに二人は驚きのまま固まるも、
「・・・守護刀って、何処の家もあんなに大きいのですか?」
「うーん、鷹城程の大きな物は、
草薙家が持つ『大金剛』くらいだと思うけど、
霊力を注入する“巫女”界の情報だけだから、
“形だけ”って云うお飾り的な家までは何とも・・・」
と、余りの大きさに気になって尋ねる麻里に、綾菜は記憶を辿る様に
応えるが、
「・・・あの、・・・『霊力を注入する』って、如何いう事ですか?」
そう、今度は由香里が気になって尋ねた為に、綾菜は守護刀の事について
一から丁寧に説明し始める。
そもそも、この“守護刀”と云う刀は、先祖代々から霊力を注入され続けた
“家刀”が発端で、少しずつ練り上げられた霊力を注がれ続けた結果、
刀から漏れ出し家全体を、更にはその周囲をも霊力で覆い尽くす様になり、
その霊力を常日頃から浴びている家臣達は、大病を患う事はなく、
怪我をしても回復が早いと云う事が判る。
そうなると、何処の武家でも守護刀を持ち始めるのだが、そう云った邪な
心で霊力を注入した処で真面な力が出る筈もなく、又、守護刀自身が急速に
霊力を注入されれば、その力に刀自身の強度が耐えられる筈もない為に、
“守護刀”と称された刀の殆どは砕け散り、そうでない刀はただの“飾り物”と
なって物置行きとなった訳であるが、中には見事“守護刀”として成立した武家も
存在し、その殆どが精霊巫女によって霊力を注入された刀だと解った途端、
武家はこぞって巫女に依頼し始めるが、その邪な心を巫女によって見抜かれる
為に、“守護刀”を持つ武家は古い名家しか持たなくなったのである。
そして、
「まあ、“鷹城”の場合は特殊な事情で巫女と繋がっているから、
全て任せっきり何だけど・・・」
「・・・如何いう事ですか?」
と、少し苦笑気味で締め括る綾菜に、思わず由香里は尋ねるが、
― もしかして、鷹城家は巫女を守る“守護武家”だった?
そう、心の中で推測した時、
「半分、正解といった処でしょうか。」
と、いきなり後ろから声が聞こえて三人が振り返ると、そこには白の単衣に
緋色の袴を着た四〇代と思しき女性が立っており、由香里達はその女性を
見て驚くと同時に、場の空気が一瞬にして清められていく様な錯覚に
陥っていく。
そう、この女性こそ、話しに出ていた“精霊巫女”その人である。
「驚かせて申し訳ありませんでした、巫女の乾明日香と申します。
栗原麻里さんに四宮由香里さんですね? ようこそ“鷹城”へ。
で、響さんは・・・五年振りですか? お久しぶりですね。」
そう、丁寧な挨拶をいて来る乾明日香と名乗った巫女に、由香里と麻里は
頭を下げて挨拶し、響も“ご無沙汰しております”とお辞儀をして返すと、
明日香は三人に向けて笑みを返す。
そんな中、
― ・・・そう云えば聞いた事がある。
巫女には予知能力や相手の心を見透す力があるって・・・
逆を返せば、その力が無ければ巫女にはなれないって事なのかな?
と、先程、思った事に応えられた感じがした由香里は、明日香の顔を見ながら
心の中で呟くと、
「よくご存じですね。
その通り、その力を身に付けなければ巫女にはなれません。」
そう、明日香は由香里に向かって笑みを見せて応え、それを聞いた由香里は
驚愕の顔となって手で口を塞ぐ。
そんなやり取りを見てか、
「駄目ですよ、明日香さん。 お客さんを驚かせては。」
「御免なさい。 普段はこんな事はしませんよ。」
と、綾菜が由香里の肩に手を置きながら明日香に注意し、明日香も微笑みながら
由香里に謝ると、
「・・・もしかして、“透視”?」
そう、二人の会話と謝罪から察した響が確認すると、口を塞いだままの由香里が
響の顔を見て頷き、事情が解った響は“そりゃあ驚くでしょ”と、言わんばかりの
溜め息を吐くが、その隣にいる麻里は全く理解出来ておらず、“一体、何?”と、
眉間に皺を寄せ始めた為、それを見た明日香がそっと麻里に近付き、
「『もう、私だけ除け者? 一体何なのよ、その“透視”って!』」
「ええーっ‼」
と、耳元で麻里が今しがた内心で呟いた言葉を復唱すると、麻里は一字一句
間違え無く言われた事に、思わず飛び退いて驚き出し、それを見て
“これが透視よ”と、明日香が笑みを見せて応えると、今度は綾菜までもが
“ったく”と溜め息を吐き出す。
― 精霊巫女って、神聖で近寄り難い存在かと思っていたけど、
意外に普通なんだ。
・・・けど、明日香さんって、案外“小悪魔”かも。
そう、ようやく口元から手を下ろし始めた由香里は、明日香の茶目っ気振りに
親近感が沸き始めるが、その矢先、“しまった!”と、又、慌てて口を塞いで
明日香を見る。
すると、明日香は麻里からの質問攻めの最中に由香里を見て、
「せめて“悪戯好き”と言って下さい。 巫女に“小悪魔”は変ですから。
それと、こう見えても三校のOBですから、皆さんと大して変わりませんよ。」
と、にっこりと笑ってウインクされると、見事に透視された由香里は
赤面して俯き、
― ・・・訂正、巫女は怖い。
そう、今度は読まれても良いと開き直って呟き出すのであった。
そして、明日香と分かれた四人は、謁見の間を横切って奥へと歩き始めるが、
麻里はまだ興奮しており明日香を絶賛し続け、由香里もそれに応えながら、
改めて巫女の凄さを実感していると、
「それじゃあ、もう一つ驚かせちゃおうかな?」
と、入って来た綾菜に、二人は目を丸くして“まだ何かあるの?”と云う顔で
見ると、少し近付いて“実はね”と話し始める。
その内容は、明日香の容姿が、多く見積もっても四〇代前半だと思っていたが、
実は五〇代後半で、優磨の両親と同級だと云う事を教えると、“嘘っ⁉”と
又驚き出し、響も“信じられないでしょ”と苦笑顔で応え、驚いている二人に
綾菜も“びっくりでしょ”と笑いながら聞いて来ると、
「・・・詐欺だ。」
そう、ぼやき出す麻里に、響と綾菜は思わず吹き出して笑い始めるが、
― そう云う綾菜さんだって、とても四十代後半には見えないけど・・・
と、由香里だけは苦笑気味で笑う他なかった。
そんな話をしている内に、
「さあ、着いたわよ。 ここが三人の泊まる部屋ね。」
そう、屋敷の一番奥の部屋に案内された三人は中へ入る也、
その広さに驚き出す。
部屋は十八畳とかなり大きいが屋敷の中では小さい方だと云う。
だが、それ以上に窓から見える景色を見て、思わず由香里と麻里は感嘆の声を
上げる。
その窓から見える景色は、白玉砂利を敷き詰めた広い庭の向こう側に、
その庭と同じ位大きな池があり、そこへ流れ込んでいる小川を辿ると奥に
小さな滝がある事が判る。
その周りには、松や欅、楓等の樹木が生い茂るが、丁度、桜の季節と
云う事で華やかな彩りを見せ、より風情を演出しており、下一面にも芝が
植えられ、所々に大小の石も置かれる等、何処を見渡しても絵になる様な
景観である。
この見事な日本庭園の広さは、屋敷とほぼ同じ面積を有していると云う事で、
由香里と麻里はその美しさに時間も忘れて見惚れてしまっている間に、綾菜が
向かい側の襖を開けていき、その音で我に返った二人が振り向くと、
由香里達が泊まる部屋と同じ位の部屋が現れるが、その部屋の中央に、
色や柄の異なる二着の着物らしき衣装が置かれている事に気付くと、
二人は又もや感嘆の声を漏らし始める。
その着物らしき衣装は、右が薄紫色で左が若草色と、色合いからして
右が由香里で左が麻里であろう事が窺え、それぞれの衣装に二人は近付くと、
「これ、着物じゃないよ!
それにこれ、帯じゃなくてコルセット・・・てか、ベルト?」
「そう、“儀礼服”って云うのだけど、
帯にしちゃうと、結び目の所為で“これ”が着られないのよ。」
と、麻里が衣装の裏にボタンやフックがある事に気付き、中に掛けてある帯程の
太さがある物を手に取って尋ねると、綾菜が“儀礼服”の後ろに掛けてある
“袖無しの羽織”の様な物を持ち上げながら教え、それを手に取る二人は、
儀礼服も含めたこのお洒落なデザインに見惚れ始めるが、
「えっ⁉ ちょっと、これ家の家紋が入っている!」
「あっ‼ 私のも!」
そう、羽織の背中部分にそれぞれの家紋が印刷されている事に気付いた二人は、
驚きながら綾菜に向かって“何時の間に?”と、目で投げ掛けるが、綾菜は“さあ”
とでも言う様な笑みを見せるだけで応えず、響の持っていた衣装ケースから、
響と共に儀礼服を取り出しており、それをハンガーに掛けると、
「えっ⁉ 何で響の衣装は違うの?」
と、掛けられた藍色の衣装は、由香里達の“着物風”とは違い、上下が
分かれた“洋風”と云う事に、“鷹城の門下でしょ?”と、確認する様に
問い質すが、更に衣装ケースから綾菜が出した衣装の上から掛ける
家紋の入った垂れ布を見た瞬間、
「えっ⁉ その家紋って、確か鳴海家の・・・」
そう、垂れ布の片方にある家紋は見た事がないが、もう片方の家紋は由香里も
記憶があり、“如何いう事?”と響に問うと、
「・・・とうとう、話す時が来たか。」
と、苦笑顔で応えた響は、“実は・・・”と、話し始めた。
実は響は好きでシングルでいる訳ではなく、本当の理由は既に許嫁がおり、
その相手と云うのが鳴海家の嫡男と云うか、現当主の鳴海一彦だと云う事が
判る。
この鳴海家と云うは、現国防軍総参謀の鷲見家の一門で、数年前まで鷹城家と
四宮家の間に挟まれる形で領地を所有していたのだが、優磨の父・和幸と
鳴海一彦の父・義一が派閥を超えて親交があり、鷲見家の国防省入りに
起因して鳴海家も移動になった為に、領地を尾張市に貸与する形で
関東へ引っ越したのが小学四年生の時で、それまでは優磨達と共に
同じ小学校に通っていたと云う事である。
で、二年前の第二次防衛戦で、鳴海家も鷹城家に加勢し、当主・義一を
含め数多くの戦死者を出した事から、響の婚約は直ぐに出来なくなり、
今日に至る訳である。
「・・・と、そう云う理由から、
私の家は“鷹城”に籍を置く“鳴海家の代理”って立場で、
この儀礼服も鳴海家の衣装って訳よ。」
そう、少し照れ臭そうに話す響に、
「・・・道理で他の男子が言い寄って来ても、相手にしなかった訳だ。」
「本当、びっくりだわ。」
と、驚く二人は“何で言ってくれなかったの”と、文句を付けるが、響はただ
“御免”と照れ臭そうに謝るだけで訳を話そうとはしなかった為に、麻里は
ともかく由香里は何か事情があるのだろうと、それ以上の詮索をしようとは
しなかった。
そんな話をしていると、
「綾菜さん、遅くなって御免なさい。」
「やっと、台所から解放されたわ。」
そう、廊下側の襖が開く也、二人の女性が入って来て、由香里と麻里が
頭を下げると、その女性が、竜哉と夏美の母親だと云う事を綾菜から
説明され、二人は改めて自己紹介すると、やはり二人もその名に驚くが、
直ぐに気を取り直して、
「さあ、もう余り時間がないから、さっさと着替えるわよ。」
『あ、はい、お願いします!』
と、夏美の母の合図と共に、三人は儀礼服へと着替え始めるのであった。




