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神様のモニタリング 第二章 ~激動の時代~  作者: 片津間 友雅
西方編

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■「不信の種2」

「ちょっとお邪魔してもいいかしら、エル君。クリスちゃん」

「レスガイアさん? えぇ、どうぞ」


 打ち合わせから解散後、クリスとともに寝室へと戻ってきていた僕の元にレスガイアさんが訪ねてきた。

 といっても、バルクスにいるときや今回の旅の中でもレスガイアさんが一時間ほどふらりと訪ねてきて、一緒にお茶を飲みながら取り留めのない話をしていく──そんなことは珍しくない。

 しかも夫婦のごにょごにょ……をちゃんと避けてくる完璧さで。


 レスガイアさんにとって、僕たちは孫のようなものだ。何気ない会話を楽しむことも、きっと彼女にとっての癒しなのだろう。

 だから今回もいつもと同じだろうと僕は思った。


「お、お邪魔します……」


 そんな中で普段とは違う声が一つ。 レスガイアさんの後ろから上がる。


「その声は、リュミエル?」

「は、はい。すみませんこんな夜遅くに……」


 その声とともにレスガイアさんの背中からリュミエルはおずおずと部屋に足を踏み入れた。

 寝間着にしているのだろう、薄緑を基調とした(あわせ)の着物のような服装。

 長命族特有の織りだろうか、淡く光を吸う生地が、彼女の雰囲気をいつもより落ち着いて見せていた。


「あら、綺麗……」


 横にいたクリスが小さく呟く。その声音には素直な感嘆がこもっていた。

 確かに普段のリュミエルが『可愛い』であるとすれば今の姿は『綺麗』と表現が似合う。

 そんな僕たちの目線に気が付いたのか、リュミエルは恥ずかしそうに体を小さくさせる。


「リュミエル、その格好……寝てたところを起こされたの?」

「い、いえ……その、寝る気にはなれなくて……」

「あら、失礼しちゃうわね。私だって寝ている気配の子をわざわざ起こしたりはしないわよ」


 レスガイアさんは頬をぷくりと膨らませる。

 外見は二十代前半の女性そのものなのに、ふとした仕草に年季というか、妙な可愛らしさがあって、頭が混乱する。


「ま、そんなところにいないでとりあえず座りなさいな」


 勝手知ったる我が家とばかりに、自然と僕の隣に腰かけたレスガイアさんが、空いた椅子の座席をポンポンと叩いてリュミエルを促す。

 その表情はいつも通りだけれど、姪っ子への気遣いが滲み出ている。


「はい……失礼します」


 その言葉に誘われてリュミエルはおずおずと腰を下ろす。


 その様子に薄く微笑みながらクリスは、傍に置いたポットから二つのコップに暖かいお茶を注いで二人の前に置く。

 そして僕と自身のコップへとお茶を注ぎ足し、席へと座る。


「ありがとう、クリスちゃん。うん、この香りはこの町特産のユーゲ茶ね。懐かしい……」


 レスガイアさんは一口飲んで幸せそうに目を細める。

 その姿を見て、リュミエルも緊張が少し緩んだのか、そっと湯飲みを持ち上げる。

 二口、三口と喉を通して──ようやく肩の力が抜けたように見えた。


「さてと――」


 レスガイアさんが湯飲みを置き、姿勢を正す。


「私とリュミエルちゃんが一時的に離れる理由をエル君とクリスちゃんには伝えておいた方がいいと思ってね」

「ありがとうございます。正直それが気になっていたんです」


 僕の言葉に、レスガイアさんは小さく微笑む。


「今回の十三氏族の子供誘拐と銀目、鬼人、獣人族の子供誘拐。――そのやり口がどうにも臭うのよ」

「臭う……ですか?」


 クリスが驚いたように聞き返す。

 レスガイアさんは、苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべる。


「自分は動かず、他人を利用して──それも、事件として立証されないギリギリの手口で人の心を乱す。

 ……“人心操作”に長けた、とても陰湿なやり方をする男よ」

「そんな男が?」

「えぇ。けれど、その男は死んだはずだったの。……少なくとも、公にはね」


 レスガイアさんの声は、どこか冷たかった。

 リュミエルが、不安そうに唇を噛みしめる。


「レスガイアおば様……まさかそれは……」

「そ、私の父親の弟……つまりは流刑になった叔父ね。名前は…………あれ?」


 レスガイアさんは額に指をあて、珍しく困ったように首を傾げる。

 抜群の記憶力を持つ彼女が名前を忘れるなど、まずありえない。

 その違和感を払拭するように、リュミエルがそっと口を開いた。


「……ファーガンスです。おばさま」

「ああ、そうそう……ファーガンス。そうだったわね」


 レスガイアさんは微笑んだが、その表情の奥に、形容しがたい陰のようなものが揺れた。思い出すことすら耐え難い──そんな色。


「叔父というのは?」

「あ、そうかエル君たちには話したことなかったかしら」


 レスガイアさんは湯飲みを置き、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「簡単に言えば――私に『偽罪』を被せてグエン領から出ていく原因を作った男よ。

 おかげで私は自由を手に入れた。だからたっぷり『お礼』はしたけれどね」


 さらりと凄いことを言っている気がする。


「……おばさまがいなくなった後、大叔父は謀反の証拠が見つかって追放されているんです」


 レスガイアさんの言葉にリュミエルがそっと補足をつける。


「そう。ほんと嫌な男だったのよ。人の弱みに付け込んで、自分の手は汚さずに、他人を巧妙に操ってほくそ笑む……そんな感じ。

 ね、今回の事件の犯人像そのまんまでしょ?

 しかも姪である私や、当時十歳だった妹にいやらしい目を向けてきて、ほんと気持ち悪いったらありゃしない…………」


 叔父に対して色々と思うことがあるのだろう、普段よりさらに饒舌に文句を言い続けるレスガイアさんから少しだけ意識を外して考える。

 確かに今回の事件は『人の心を揺らすこと』が中心の事件だ。その点では一致している。


「けれど追放されているんですよね?」


 今なお文句を言い続けていたレスガイアさんに尋ねる。


「そう、私も妹も死んだものだと思っていた。でも――」


 レスガイアさんの魔眼が、ゆらりと光る。


「しぶとく生きている。そんな『予感』が、どうにも消えないのよ」

「……つまり、その消息を探しに行くということですか」


 クリスの問いかけに、レスガイアさんは静かに頷いた。


「最初は、私一人で行こうと思ったのだけれどね。

 リュミエルには、今まで以上に『外の世界のすったもんだ』を経験しておいた方がいいと思って」

「今後……ですか? 何かあるんですか?」


 僕の言葉にレスガイアさんの魔眼が僅かに光る。そしてニヤリと笑いながら人差し指を唇に当てて。


「それは、ナイショ」


 からかうような、しかしどこか優しい声音で、そう告げたのだった。


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