■「アクタホルカ1」
「猫耳族の少女よ。そなたの従者としての力量を見せてもらおうか」
熊が如き巨体……いや、実際に見た目は喋る熊そのものといった姿の獣人族の王が、玉座に座っていた。
その王が放った言葉を僕は一瞬理解できない。
それは横にいるクリスも同様のようで、僕にだけわかるくらいの困惑が表情に一瞬だけ浮かぶ。
だが僕たちの困惑をよそに向けられた言葉の先にいた猫耳族の少女――ローザリアは威風堂々と立ち、
「獣人族の王、バルスホルンよ。その申し出、我らが王、ブエスタリアの名のもとに謹んでお受けする」
と宣誓するのだった。
――――
遡ること八日前に僕たちは銀目族の町から、獣人族の町へと出発した。
順調な旅だったのは二日間。そこからの道はまさに獣道。悪路に続く悪路で皆が服をドロドロにしながら町についたのが昨日のこと。
これでもローザの話では、天候に恵まれたから順調な方だったらしい。
とはいっても彼女ら猫耳族や獣人族にとってはこの程度の道は悪路でも何でもない。
差別する意図はないが、彼らの身体能力は獣に近く、僕たちが苦労した岩だらけの道も数度のジャンプで超えることが出来るらしい。
そりゃそれだけの身体能力があれば整備に莫大な労力がかかる道路舗装に注力する必要性もないか。
むしろ天然の防御施設としての役割の意味合いが強くなる。
だが逆に考えるとこの悪路が他の種族たちとの交流も阻害しているともいえるのかもしれない。
とはいえ僕がとやかく言うのは内政干渉になるからどうにもならないけれどね。
こうしてたどり着いた後は衣服ともども身ぎれいにして獣人族の代表との面会を要請したところ、あっさりと翌日に時間をもらうことが出来た。
翌日、宿へと訪ねてきた従者――兎と狐がベースっぽい――二人に案内される形で長の元へと向かうことになった。
これまでの銀目族や鬼人族の際に感じた敵対的な態度ではないものの、従者がローザリアに向ける視線の熱……というのだろうか。それだけが違和感を感じさせる。
ただ当のローザリア自体はその視線に関して我関せずといった雰囲気……いや、むしろ優越感を感じているようにも見える。なんなんだろうかこの状況は?
「こちらが我が王、バルスホルンがおわす城となります」
案内されたのは、長命族が聖樹そのものをとすれば、彼らは巨木の洞をもとにした巨大な建物。武骨さはあるがヒノキに近いようで微かに漂う匂いはすがすがしさを感じる。
案内役の二人に続いて巨木の洞へと入ると、内部は外観からは想像できないほど広い。
天井は高く、幾本もの梁が複雑に組まれ、木組みの影が朝日の角度によってゆっくりと揺れている。
床は磨き抜かれた木材で、節の模様まではっきり残る自然そのものの美しさがあった。それは銀目族の町とも、鬼人族の砦ともまったく異なる独自の様式だった。
ここまでの悪路とは違い、この建物を見れば獣人族の技術力は一定の水準はあると感じる。
広い空間の奥に鎮座していたのは、まるで山のような巨体の獣人族。その威風と佇まいからも、彼がこの地を統べる王であることは疑いようがなかった。
分厚い毛皮に覆われた腕は丸太のようで、胸板は岩壁のように盛り上がっている。
「よくぞ参った。『小さきもの』。いや、『人間種』と呼ぶべきか?」
言葉とは裏腹にその口調には見下したものはない。単純に僕たち人間種との邂逅が初めてなのだろう。確認を込めた物言いである。
僕たちは立ったままお辞儀をする。獣人族の作法を知らないし、あくまでも王国の使者という立場である以上、むやみに膝を折るわけにはいかない。
「お初にお目にかかります。獣人族が王よ。我々の感性から言わせていただければ、『人間』の方が適切かと」
「なるほど……『小さき』というのが侮蔑を含む物として聞こえるか。気を付けよう」
僕は顔を伏せたまま小さく苦笑いする。今のやり取りからも横柄な王ではないようだ。
「エスカリア王国バルクス公爵、エルスティア・バルクス・シュタリアと申します」
「ほう公爵とな。それほどの大物が遠路はるばるよく来た。我は獣人族が王。バルスホルンである」
『公爵』というものを理解している点からも貴族制あるいは階級制を理解しているようだ。
「面会のお時間をいただきありがとうございます。バルスホルン王。
この度は獣人族の皆様の助力をお借りしたく参りました」
「ふむ、それは我が同胞が誘拐された事件の解決の一助のため。そうであるか?」
バルスホルン王の言葉に僕は頷く。
僕の肯定にバルスホルン王は破顔する。――もっとも顔自体が熊なので実際に笑っているのかはわからないけどね。
「それは僥倖。こちらとしても調査に難儀しておったゆえ、そなたたちの助力はありがたい」
これまでの二氏族に比べればその反応は悪くない。
「だがそなたたちが果たして我々の求める能力があるか。それについては不明瞭な部分が多すぎる」
そんな僕の思いにくぎを刺すように言葉を続ける。
まぁ、そんな簡単に話は進まないか。と僕は小さくため息を吐く。
「それではバルスホルン王は、我々に何をお求めで?」
そう告げる僕の言葉にバルスホルン王は笑う。
「我々は、智を求める銀目族や武を求める鬼人族とは違う」
その言葉に僕たちのこれまでの行動を少なからず把握していることを理解する。
「獣人族をはじめ、猫耳族や犬耳族……
我ら『獣の民』は総じて忠義を尊ぶ」
「……それは臣下としての力量があるかどうか……ということでしょうか?」
そう返す僕の言葉にバルスホルン王は頷く。
僕はローザリアと初めて会った時のことを思い出す。アインツとの一騎打ちに負けたローザリアは、アインツに対して『僕の主人』と言った。
『負けた相手に尽くす』
それが一族の掟だと。それが彼らの『忠義』という形なのだろう。
いやはや、ここでも戦いは避けられないらしい。
そう思いなおし口を開こうとした時、バルスホルン王は口を開いた。
「猫耳族の少女よ。そなたの従者としての力量を見せてもらおうか」
――と。
僕やクリスが一瞬その言葉を理解できなかったのは、試されるのが僕ではなく供だっていたローザリアだったからだ。
けれどローザリア自身は、『忠義』を尊ぶ獣人族の王が、従者――正確にはアインツを“主”と仰ぐ身である自分を試してくることを最初から分かっていたかのように冒頭の宣言を高らかにしたわけだ。
そこで僕たちはレスガイアさんやリュミエルが言葉を濁していたわけを理解する。
つまりは交渉がうまくいくかどうかは最初からローザリア次第。ということだ。
そして、ふと思い出す。
かつてローザリアに聞いた、『獣の民』の在り方についての話だ。
『獣の民』にとって自身の生涯を注ぐことのできる主に出会えることが何よりも誉であると。
それは別に奴隷根性というわけではない。主が間違っていると思えば指摘するし咎めすらする。
主とともに添い遂げる。――ある意味婚姻関係に近いものらしい。
故に従者としての力量を披露することは『獣の民』にとっては最上の誉となるのだ。
「よかろう、従者ローザリアよ。そなたの忠心。この目にしかと披露せよ」
そして同じ誉れの価値観を持つであろうバルスホルン王も大いに宣言するのだった。




