■「不信の種1」
鬼人族の町にアインツと執務官二名を残してから出発して四日。
僕たちは一旦、クリスから状況を確認するために銀目族の町へと戻った。
町に入る際、会話を交わすことは無かったものの、門兵たちの視線からは明らかに敵対心が薄れていた。
ほんの少し柔らかい空気すら感じられる。それだけクリスたちがしっかり根回ししてくれていたのだろう。
「お疲れ様、エル。アインツ君がいないところを見ると……うまくいったってことかしら?」
執務官たちとの書類に囲まれた部屋から出てきたクリスは、どこか安心したような顔をしていた。
彼女がこういう表情を見せる時は、大抵事態がある程度読めてきた時だ。
「そっちもお疲れ、クリス。アインツは鬼人族の長のお気に入りらしくてね。万事うまくやってくれてるよ。多分」
僕の言葉にクリスは苦笑した。事務作業が嫌いなアインツのことだ、今頃鬼人族の長の屋敷で恨み節を吐いている姿を想像したのだろう。
けれど、アインツはやるべき時はしっかりやるタイプだ。クリスもそこを見抜いているから、深くは突っ込まない。
「それで、調査の方はどうかな?」
「大体の情報は聞き取りができたわね」
「へー十日くらいでそこまで進むなんて、さすがだね」
クリスは軽く頬を叩いて伸びをすると、その手に持っていた紙束を机の上に置く。
「情報の精査は執務官の皆で出来るから獣人族のところには私も同行するわね」
「それはありがたいね。それで、現時点でのクリスの見立ては?」
「そうね……やっぱり残りの氏族たちの誘拐事件と並行してみると、意図的に計画の粗さが残っている。三氏族に対して疑惑をもって見ると、偽装を疑うような」
「つまりは、三氏族が主張している自身たちの誘拐事件は実際には起きていない。そう疑いが持たれるような?」
「ええ。自分の子供が誘拐されたという親がその後にこの町を去っている。『自分たちで子供を探す』そんな理由でね。
しかもその親たちは、同じ氏族ではあるものの別の村から最近移り住んできたばかりで、周囲との繋がりも希薄な人たちばかり」
「……一つ一つで見た場合、親心と焦燥感からの行動と見えて違和感はない。けれど全員が、となると違和感だね」
僕の言葉にクリスは頷く。自分たちで捜索するという親は少なからずいるだろう。だけれどそれが全員となると流石におかしい。
まるで不穏の種を蒔いた後に姿を消した。そう見て取れる。
「クリス、子供たちの捜索に出た親たちの足取りは?」
「そこが問題なのよ。町を出た目撃情報はあるけれど、その先がない。まるで『子供が誘拐されるためだけに存在した』かのように」
「……つまりは、子供が誘拐された親は今回の犯行側の人間の可能性が高い?」
「ただ確証はない。エル風に言うと『推定無罪』ってやつね」
「ってことはお手上げ?」
僕の言葉にクリスはニヤリと笑う。
「いいえ、むしろだからこそ痕跡が残ってるのよ」
「どういうこと?」
「痕跡を完璧に消そうと偽装すればするだけそこに『歪み』という違和感として残るわ。今はそれを一つ一つ洗い出ししてもらっているところ。
多分獣人族の問題が解決した頃には纏め終わっているわよ」
「優秀な執務官たちに感謝だね」
僕はそう言いながら、胸の奥に小さなざわめきが生まれる。本来この誘拐事件はレスガイアさんからの依頼に端を発している。
つまりは僕たちが気にも留めなければ、今頃はグエン領内で種族不和に火種がくべられ、取り返しのつかない状況になっていた可能性だってある。
これまで接してきた各氏族の傾向を踏まえると、他種族に対して協力的とは言い難い。むしろ互いの縄張りと伝統を守ることで手一杯という印象すらある。
長たちには一定の理性はあるが、そこに属する者たち全員が同じ考えを持っているわけではない。
――その溝を利用されれば、不和はあっという間に広がるだろう。
「それで痕跡を洗い出すとして、どこから手を付けてるんだい?」
「まずは親たちの行動記録よ。町を出るまでの足取り、誰と接触したか、どの店で何を買ったか。些細なことでもね」
「なるほどね……でも、それで何がわかる?」
「普通なら、子供を探すために必要な物資を揃えるはずよ。食料、水、地図、護身具……でも、彼らの買い物履歴にはそれがない。むしろ、数日分の物資程度の着の身着のままレベル」
クリスの回答に僕は眉を顰める。
「つまり、最初からここに戻る気がなかった?」
「ええ。『探す』という言葉は口実。本当の目的は町を離れること」
「その心は?」
「不和を広めるためね。『子供が消えた』その事実だけが残れば、町は疑心暗鬼になる。そしてその疑心暗鬼は他種族にも伝わり、分断へと至る。
犯人は同氏族なのか、はたまた別氏族が裏切ったのか。その疑念だけがしこりのように脳裏に残る」
クリスの声は淡々としているけれど、その周到性にうすら寒いものを感じる。
『疑念』というやつは、最も簡単に広がる毒だ。そして一度広がれば解毒には数年単位の時間が必要になる。
そして親たちが行っていることは恐らく罪に問うことは難しい。『虚言癖があった』そう言えばどうすることもできない。
なにせ日本であっても、裁判で宣誓した証人が嘘を吐いた場合には偽証罪が成立するが、嘘の通報をした場合は虚構通報という軽犯罪でしかない。
しかもこれまでクリスたちがまとめた資料を見る限りでは親たちはあくまでも近所の住人たちに『子供が誘拐された』と話した程度で治安部隊に対しての報告はしていない。
まぁ治安部隊に報告すらしていないことがさらに疑念を抱かせる理由ではあるけれどね。
ただそれであれば言い逃れはいくらでもできる。
「敵の親玉はよっぽどの策士だね。このままだと氏族間の分断は成就しそうだ」
「ま、完全犯罪させないわよ」
僕にクリスは肩をすくめながら言う。
「さてと、これからの動きについてだけれど……」
「ちょっといいかしら、エル君」
それまでニコニコしながら話を聞いていたレスガイアさんが口を開く。
「なんですか、レスガイアさん」
「ちょ~っと思うところがあるからしばらくは別行動させてもらうわね。私……とリュミエルちゃんは」
「えっ、私もですか?」
レスガイアさんの言葉にリュミエルも驚きの声を上げる。
「うん、そう。獣人族のところは、ローザちゃんがいれば大丈夫。理由はリュミエルちゃんにもわかるでしょ?」
「あー、はい。そうですね」
リュミエルも思い当たる節があるのか、少しだけ複雑そうな表情とともに頷く。
「そうですか。まぁレスガイアさんであれば問題ないとは思いますが、気を付けてくださいね」
「うん、ありがとう。エル君
あ、それとクリスちゃん。ちょっとお耳を拝借」
そう言ってレスガイアさんはクリスに近づくとそっと耳打ちをする。
クリスの目が一瞬だけ驚いたように見開かれ、それから真剣な色に変わった。
「……なるほど。わかりました。それについてはこちらで調べておきます」
「うん、ありがとっ」
微笑みながら頷き合う二人。何の話かは分からないが、二人が分かり合っている以上、僕が口を挟む必要はないのだろう。
「私たちが抜けることで獣人族の村への案内人については……」
「私で大丈夫です」
「それじゃお願いね。ローザちゃん」
レスガイアさんの言葉にローザリアは静かに胸に手を当てて応じる。
「それでは明日は休息として二日後に獣人族へと向かうことにします」
そう返す僕に皆が頷くのであった。




