■「力の証明4」
「ガハハハッ、負けた負けた。大いに負けたわっ! やはり世界は広いのぉ。エルスティアよ」
意識が回復したグラドの第一声は、僕に対する称賛を含んだ敗北宣言だった。
それを聞いた観客席の鬼人たちからの戸惑いの空気をビシビシと感じる。なにせ自分たちにとって武の象徴ともいえるグラドの敗北宣言は、自分たちの種族の敗北をも意味するからである。
だが彼らは否応なしに思い知っていた。魔法を駆使した戦闘のまえにグラドですら負けるのだ。自分たちではとても太刀打ちできないという事実を。
これまで魔法を主体に使う妖精族や樹木族に対して少なからぬ偏見の目を向けていた。
だが、実際に戦うことになった場合、力一辺倒ともいえる自分たちがもしかしたら敗れるのではないか? そんな懐疑心に見舞われていた。
「さて、そなたたちの武は示された。あとはただ誠意をもってそなたたちの話を聞くとしよう。
一時間のち、改めて会見の場を設ける」
そう言うと、グラドは立ち上がる。傍にいた僕だからわかる程度に一瞬ふらつきを見せるも、それを周りに気付かせることなく威風堂々と出口へと向かっていく。
「なるほど、あれが主たるものの矜持か。憧れるなぁ」
僕はその背中を見送りながらそう呟くのだった。
―― 一時間後
それまでの広々とした闘技場から一転してこじんまりとした個室に通された僕たちの前にグラドはただ一人で入室してきた。
体の至る所にあった氷の傷痕は既に消えているところを見ると、鬼人族の治癒力の高さに驚かされる。
そして彼は以前と変わらず威風堂々と人間サイズより二回り大きな椅子に着席する。
「エルスティア・バルクス・シュタリア。この度の事、感謝する」
開口一番、グラドは僕にとって予想外の言葉とともに深々と頭を下げる。
「そなたも感じたであろう。われら鬼人族の力に対する妄執。そして力を持たざる者に対する侮蔑を」
その言葉に僕は一考して頷く。
「確かに我々は種族的特徴である身体能力の高さゆえに力に対しては十六氏族の中でも巨人族と比肩して優れている。
だがそれは個性の一つ。それをもって他種族が劣っているなどありもしない。
それでも長きにわたる思想というものは、そう簡単には壊れはせぬ。それが将来的な他種族との軋轢となる可能性があるとしても。だ」
「それを外部である僕たちを利用して風穴を開けたかった。そういうことですか?」
僕の言葉にグラドは右側の口角を上げるに留める。それが言葉にせずとも是である証拠だろう。
正直僕は……いや、共について来ていた皆が、目の前にいるグラドという漢を見誤っていた。 鬼人族は、力一辺倒で悪く言えば何も考えていないものだとばかり思っていた。
だがこのグラドは、そうであることを享受しながらも、それは悪しき伝統と考え僕たちというイレギュラーな存在を利用してそれを打ち壊そうと画策したのだ。
「もっとも、わしも全力を出すに値する相手である必要がある。お主がそれに応えるだけの力があるというわしの直感もあながち捨てたものではなかったのぉ」
そう呵々と笑う。
グラドの言葉に僕は静かに息を吐く。
彼のような人物が、種族の象徴として立ち続けながらも、その内側での変革を望み。それでも今まで果たすことが出来なかった。
それほどまでに鬼人族が……いやおそらくその他の種族も根本部分の複雑さを思い知らされる。
「……それでも、変化とは痛みを伴います。グラド殿がそれを望んだとしても、周囲がそう簡単に納得するとは限りません」
僕の言葉にグラドは目を細める。
「委細承知の上よ。だが、痛みを恐れていては何も変わらぬ。そなたたちのような異端が、我らに風穴を開けてくれよう。それもまた良し」
その言葉には、確かな覚悟が宿っていた。
「さて、本題の話をしよう。 そなたたちの願いは此度の誘拐事件の調査をしたい。 それで相違ないか?」
「はい、それにあたり鬼人族の全面的な協力を要請します」
「よかろう。そなたたちの行動についての全ての協力を惜しまぬ」
その言葉に僕は一礼する。ようやく話が動く。
「それで、調査の取りまとめについてだが……アインツ。そなたが相応しかろう」
「えっ!、俺?」
グラドからの突如の提案に指名されたアインツから戸惑いの声が上がる。
本人は性格から騎士団の隊長としての事務作業よりも実践作業を得意としている。
副隊長であるローザリアが猫耳族で書類作業を苦手としているから、側近の騎士を巻き込みながら嫌々ながらやっているというのが現実だ。
あからさまに嫌そうな顔をしている。
その顔を見ながらグラドはニヤリと笑う。
「ここにきて嫌というほど知っておろう。我ら鬼人族は武を尊ぶ。
そこらへんのひょろい文官が聞き取り調査をしたところで話は遅々と進むまい。
だがアインツ。そなたは曲がりなりにも我ら鬼人族のナンバーツーを完膚なきまでに叩きのめした。
その事実の前にそこいらの連中では逆らうことなぞ出来はせん」
なるほど、確かにグラドの言葉は理にかなっている。
「だ、だけどよ。俺はエルスティアの護衛の任でついて来ているんだ。その役目を……」
「あ、それなら私とローザちゃんがいれば問題ないよ」
「んがっ! ……ユスティ……お前には優しさってもんがないのか……」
「うんっ! 兄さんに対しての優しさはとっくに置いてきた」
そんな中でも未だに抵抗を試みるアインツの言葉を笑顔のユスティがばっさり切り捨てる。
最後の抵抗とばかりに僕に視線を向けるアインツに僕はにっこり微笑む。
「それじゃ、アインツ。 頼んだよ」
そう返す僕の言葉にアインツはがっくり肩を落とす。
その光景を楽しげに眺めていたグラドは
「ふむ、人間種でも女子が強いというのは変わらんらしい」
そう興味深げに漏らす。
色々な些事について打ち合わせ――その間もアインツはふてくされていた――後、僕たちはグラドの元を辞するのであった。
――――
「さてと、後は獣人族だけかな?」
グラドから提供された仮宿に戻ってきた僕たちは、次の方針について話し合いを始める。
「それで、リュミエル嬢。獣人族ってのはどんな感じなんだ?」
帰ってくるまでの間に折り合いをつけたらしいアインツがリュミエルに尋ねる。
「そうですね。皆様に分かりやすく伝えるとすればローザリア様の種族である猫耳族や犬耳族の方が人間種をベースにして耳が猫耳もしくは犬耳になったのに対して、獣人族は犬や猫といった動物が顔のベースになっている……悪く言えば二足歩行の動物……そんな感じでしょうか」
ふむ、ここは以前にレスガイアさんから聞いた話と同じ認識のようだ。
そこで少し言いにくそうにリュミエルはローザリアにちらりと視線を向ける。
その視線に気づいたのだろう。ローザリアが補足するように口を開く。
「獣人族は猫耳族や犬耳族を特に蔑視している」
「それは何で?」
「甲殻族や魚人族、鳥人族とは違って人間種の面影が強い私たちは劣化種族――成り損ないだ。そういう思想の持ち主なの。奴らは」
そのローザリアの少し棘のある言い方から種族間の仲が決して良くないことが分かる。
鬼人族もそうだけれど優劣思想は、グエン領でも例にもれずにあるらしい。人間種が地位の差からくるものであるとすれば亜人種にとっては種族差という違いはあるが。
「うーん、そういうことであればローザリアはここに残していった方がいいのかな」
「あら。むしろ連れて行った方が話は早いと思うわよ」
僕の呟きに帰ってくるなり椅子に寛ぎながらブドウのような果物の粒を美味しそうに食べていたレスガイアさんが言う。
「何か理由が?」
「フフフ……それはついてからのお楽しみ。我に秘策アリ。よ」
そうレスガイアさんは楽しそうに言うのだった。




