決着編―リリアの願いを叶えよう17(終)
ルーシアが伸びた髪を腰のあたりまで切りそろえてくれた。服は梓が出ていった鬼たちの部屋から適当に見繕ってきてくれた。白いブラウスと、黒い膝まで隠れるスカートだった。タイツ類は見当たらなくて素足のままだ。そこは少し落ち着かないが、鏡に映る自分の姿がリリアは一番信じられなかった。
「またどうして突然」
まじまじとリリアは自分の鏡に映った姿を見つめる。リリアは今、10歳前後の小さな少女ではなく、シルビアより1つ2つ年下の年頃の少女の姿になっていた。
「今まで止まってたぶんが一気に成長したのね」
「それをどうして知ったんだ?」
「テオルドも最後にあなたを見た時と今の姿が全く変わらないと言ってたし、当真も似たこと言ってたし」
それに
「十六夜も、リリアの時間を進めるって言ってたしね」
「そうか」
リリアはもう一度鏡を見た。鏡面にそっと触れる。
「私はもうずっとあのままなのだと思っていた」
「姫!」
梓はずっと泣きっぱなしだった。
「良かったです。心労で背も伸びなかったのかと心配していたのです」
「まあ、心労と言われれば心労だったのかもしれないな」
「残っていてよかったでしょう?」
「ええ!」
ルーシアに笑顔で言われて、梓は鼻をすすりながらうなずいた。困った顔で自分を見ているリリアに、梓は笑って見せた。
「姫の成長した姿が見られて、梓はうれしゅうございます」
「そうか?―なんだか、変な感じだ」
そわそわと体を動かすリリアはかわいらしい。様子を少し離れた場所からうかがっていたシルビアが口を開く。
「そろそろ男たちも入れてやったらどうだ?心配していただろう?十六夜にも見せたいだろうし」
そう言えば、リリアは顔を赤くする。慌てて鏡を見て髪を撫でつける。
「どこかおかしなところはないか?」
「大丈夫よ。かわいいわ」
「服も、おかしくないか?」
「似合ってるから大丈夫よ」
(もっと似合う服はあると思うけど)
ルーシアはそこは黙っておくことにした。それにしても
「かわいいわねー」
自分より少し身長が低いリリアを、ルーシアはギュッと抱きしめる。さっきの十六夜の様子を思い出し、付け足すことも忘れない。
「いい?何か嫌なことされそうになったら叫ぶのよ?」
「ん?ああ、分かった」
どこか合点がいっていない様子だったが、リリアは素直にうなずいた。それに満足そうに笑って、ルーシアは部屋の扉を開けて廊下を見渡した。男性陣が固まって立っているのが見える。それを手招きした。
「もう大丈夫よ、入っていいわよ」
「本当!」
いじけたように床に座り込んでいた十六夜が勢い良く立ち上がる。そしてにこにことリリアの部屋に入る。
「リリアー、大丈夫?」
「十六夜」
リリアはぎゅっとスカートの裾を握って笑って見せた。
「もう大丈夫だ。目線が突然上がって変な感じがするが」
「背、伸びたね!」
「―小さいほうが良かったか?」
「ううん!今もかわいいよ!」
「そうか」
頬を染めながらリリアは十六夜から視線を外した。なんだか恥ずかしい。とても恥ずかしい。落ち着かなくて、リリアは長く伸びた髪をいじっていた。
「印象が変わるものだな」
浅葱も目を丸くしているし、劉輝も大体変わらない表情をしていた。当真は梓と同じように目を潤ませていたし、アスランは親戚のおじさんのような笑顔を浮かべていた。アストラスは何を考えているのかよく分からなかった。
「変じゃないか?」
「変じゃないよ!リリアは長い髪も似合うんだね~」
「そうか?」
間延びした口調で発される十六夜の言葉に、リリアは頬を染めるしかできない。母のような長い髪にはあこがれていた。気づいたときにはもう髪はおろか爪さえ伸びなくなっていたのだが。
「竜神にも見せたいねー」
きっと喜ぶよ、と十六夜は笑う。リリアはそんな十六夜をなんとなく不思議な気持ちで見上げた。ただ戦いを楽しみに生きてきた男は、それを伺わせない穏やかさを持っていた。
(十六夜の目は、こんなに深かっただろうか)
そういえば、何かあれば村人たちも守ると言っていた。彼は彼で成長しているのかもしれない。―それに自分は追いつけるのか。喜びであふれていたリリアの胸中に不安が顔をのぞかせる。
「リリア?」
「ん?」
「どうしたの?」
「どうもしないよ」
苦笑して返す。それもうまくは誤魔化せていなかったらしい。十六夜の心配そうな表情は消えなかった。
「えーと、その、やはり私はお前のそばにいていいのかと思ってしまって」
「いて!そうじゃなきゃ俺ここから逃げるよ!」
「それはダメだ!」
リリアは反射的に叫ぶ。城から脱走なんぞされたら、なんのために十六夜を連れてきたのか分からなくなってしまう。
不安そうに握られていたリリアの手を、十六夜が取る。そっとひかれた。気付けばすっぽりと十六夜の腕に抱きしめられる。
「リリアはずっと、俺と一緒」
「―ああ」
頬を染めながら、幸せそうにリリアは笑った。それを見て、梓と当真はまた別の涙を流す。涙をぬぐって梓がキリっと顔を上げる。
「それが姫の幸せならば!」
「そうだな」
隣で当真が力なくうなだれていたが、言葉では賛同を示していた。そんな二人の心情を知ってか知らずか、十六夜はリリアを開放しないまま思案する。
「ほんのすこーしでも城を離れちゃダメなのかな」
「基本はそうだな」
「せっかくなら、竜神に見せに行きたくない?」
「それは―」
そうだけど、というのはリリアの顔に書いてあった。リリアはちらと梓と当真を見る。その期待する黒い瞳に、ふたりの鬼は頭痛がした。梓と当真は顔を見合わせる。そして根負けしたように梓が提案した。
「十六夜に仕える鬼が何人かこの城に残り、集まってくる鬼を捌けるのなら良いでしょう」
「本当にすこーしならな」
当真が付け足すことも忘れない。
「私たちはどうする?リリアとこの城にいればいいのか?」
シルビアは首をかしげる。
「まあ、リリアが出掛けるというのならついていきたいがな」
本音を言うことも忘れない。その言葉にリリアはきらりと瞳を輝かせた。
「なら一緒に行こう!竜神にも友ができたと紹介したい!」
古の鬼神の血を引くと知ったら驚くぞとリリアは楽しそうに笑った。リリアの誘いにシルビアは頷く。
「是非連れて行ってくれ」
「そうなれば私もいっしょに行くことになるから、城には残れない」
アストラスが腕を組む。梓が浅葱と劉輝を見た。見られたふたりは渋い表情で顔を見合わせる。
「俺たちはいったん里に帰るぞ?」
「さすがに連絡なしはだめだからね」
「そうねー、鉄斎にお願いしなきゃ。家も片付けないといけないし」
「あの家具、全部運ぶとか言うなよ?」
「まさか!さすがにお気に入りだけにするわよ!」
ジト目で見てくる浅葱にルーシアが冗談じゃないと声を上げる。そして、にっこりと笑った。その笑顔に、浅葱は寒気がする。
「ここで十六夜のお手伝いをするのには賛成なのね!」
「―ああ~」
しまったと、再び浅葱は頭を抑える。いったん帰るということは、そのあとはかまわないということだ。
「では、なるべく早く話を付けてここに戻ってきてください。そうすれば、姫たちはその竜神に挨拶に行ってもよいでしょう」
「良かったね!リリア!」
十六夜がリリアの腰を持ち上げてふわりと回る。バランスを崩しそうになって、リリアは悲鳴を上げそうになるが、そうなる前に十六夜は床に下ろしてくれた。
ほっと胸をなでおろしているリリアに、梓が歩み寄る。
「姫―」
「―行くのか?」
リリアはさみしそうな表情で問うた。梓は頷く。後ろで当真も頷いていた。
「時代は変わりましたゆえ」
「そうか。寂しくなるな」
リリアは目を伏せた。そしてゆっくりと黒曜石の瞳をのぞかせる。
「父さまを支えてくれてありがとう」
「勿体ないお言葉です」
梓と当真はその場で膝をついた。頭を垂れた後、視線を上げる。ふたりの鬼は十六夜を見ていた。
「姫を頼みます」
「うん!任せて!」
ふたりに負けないくらい大切にすると十六夜は笑って答えた。その答えに、ふたりは少し寂しそうな笑顔を返した。ゆっくりと立ち上がる。
「それでは、行きますね」
「元気でな!」
そう言い残すと、ふたりはリリアの部屋を出ていく。城の外まで見送ろうとしたが、それはいいと断られた。
「さて」
パンとルーシアが手を鳴らす。
「私たちも移動の準備をしなきゃ!」
「そうだね。早く行って戻ってこないと、リリアと十六夜が出掛けられないもんね」
ルーシアの言葉に答えるのは劉輝だ。その言葉に、アスランが旅支度を始めるつもりなのかリリアの部屋から出ていく。その背に劉輝が続き、ルーシアも出て行った。最後に浅葱が振り返る。
「十六夜、ちゃんと待ってろよ」
「早く帰ってきてね!」
浅葱は鼻を鳴らして部屋を後にした。残されたシルビアはリリアに歩み寄る。
「しばらくは留守番だな」
「そうだな」
「食料の確保くらいはしなくては」
「森に動物もいるし、裏手には畑もあったはずだ」
「ラス!見に行こう!」
リリアの言葉に、シルビアは瞳を輝かせた。
「戦いで荒らされていなかったらいいのですが」
「確認だ確認!」
シルビアはアストラスの手を引くと、畑を探しに部屋を出ていく。リリアは十六夜と二人になった。なんとなくドキドキして、リリアは十六夜の顔が見れない。しかし、十六夜からの視線は感じていた。どうしようかとリリアが頭を悩ませていると、ふと視線が外れた。
「誰か、来たみたい」
「え?」
十六夜が手を差し出してくる。リリアは一度首をかしげてから、おずおずと自分の手を重ねた。十六夜はリリアの手を取り歩き出す。
長い廊下を抜け、階段を下りて、大きな扉を開く。外の階段の下には、たたずむシルビアとアストラス、そうして一人の青年の姿がある。
リリアと十六夜に気付いたアストラスが振り返る。アストラスの動きにつられてシルビアもリリアたちの方を向いた。その表情は困惑していた。リリアと十六夜は顔を見合わせてから階段を下りる。
そんなふたりに、青年は瞳を輝かせた。
「王様!」
歓喜の声に、十六夜は驚いた顔をする。そして照れ臭そうに笑った。
「まあ、そうなのかな」
「あの、俺、東雲って言います!頑張りますから、ここに置いてもらえませんか!」
短い髪からのぞくのは鬼の耳だ。先ほど世界に吹いた風が彼をここまでいざなったらしい。
「いいけど、浅葱が帰ってきたら、浅葱の言うことを聞いてね?」
「分かりました!」
東雲は嬉しそうに笑う。
「シル、ここは私が引き受けるから、行って大丈夫だぞ」
「ああ、そうか?」
「ああ、大丈夫だ」
柔らかいリリアの笑みに、シルビアはアストラスを連れて城の裏側を見に去った。それを見送って、リリアは東雲に声をかける。
「―城の中を案内しよう。東雲の部屋も決めなくてはな」
「はい!」
瞳を輝かせて東雲はリリアの背についていく。当然、リリアが行くのならば十六夜も行く。当たり前の顔をして隣を歩く十六夜に、リリアは笑みをこぼす。
(この城は、もう十六夜のものだ)
東雲は朗らかで明るそうな鬼だ。暁に仕えていた鬼にはあまり見かけなかったタイプに思う。
(時代は変わった)
父と母を、同じ墓に埋葬することもできた。もう変わらないと思っていた体も成長した。着実に、リリアは前に進みつつある。進むために必要な条件を、長い年月をかけて満たした。
もう一度風が吹く。爽やかな風は、これからの十六夜の治世を祝福しているようだった。
(父さま、母さま)
リリアは胸中で話しかける。
(私は、十六夜と生きます)
「幸せに、なります」
小さな声は十六夜の耳にも届いていて、十六夜は柔らかく笑んだ。
リリアの願いは叶った。十六夜は王として立ち、世界は本来の姿を取り戻した。
その後の世界で、ふたりがどう生きるかは、また次の話。




