決着編―リリアの願いを叶えよう16
皆に手伝ってもらいながら、リリアは両親の体をふたりが出会った花畑に埋めた。風は冷たかったが、日差しは暖かい日だった。目印に、少し大きめの石を積み上げる。
「墓石は、村の人間に手配しましょう」
梓が手順を考えながらそう言った。当真も城から出てきていた。
「姫、頑張ったな」
当真が少し悲しそうな笑顔で言った。リリアも当真と大して変わらない笑顔で頷いて見せる。そして不安そうな顔で尋ねた。
「父さまと母さまは、私が生きていても怒らないだろうか」
「まさか!姫が生きたいと思っていること、心から喜んでいらっしゃるはずです!」
梓が力説する。当真も頭をかきながら続けた。
「姫が死んだら、自分のせいだって暴れまわるにきまってる」
「暴れまわる父さまはあまり想像できないな」
「あの森を見て言いますか?」
当真はあきれた顔で、森を指す。ところどころ木は倒れ、土はえぐれ酷い有様だった。
「よくあんたもそれで生き残ったよな」
シャベルを持ったまま風に髪をなびかせていた十六夜に、当真は話しかける。十六夜はにっこりを笑った。
「すごく楽しかったよ」
「これが鬼神が鬼神たるゆえんなんだよな」
当真は肩をすくめた。リリアはくすくすと笑う。それは、年相応のかわいらしいものだった。
「ふたりがそう言うなら、きっとそうなんだろうな」
「そうです!姫が生きていて喜ばない者などいません!」
「それは大げさだと思うがな」
梓の言葉に、リリアは苦笑いをする。
「どこかで気が変わるかもしれないが、それでも今は生きてみることにするよ」
「よかったー!」
ショベルから手を放し、十六夜がリリアに両腕を回す。ぎゅっと背から抱きしめられるとくすぐったい気持ちになる。
ふふふと笑うリリアを、梓と当真は複雑そうな顔で見ていた。
「ほら十六夜、お前はまだ玉座に座っていないんだろう?」
「まだ~」
「なら早く座ったほうがいい。空位はまずいからな」
「そうなんだろうけど~」
「私がいるんだから、大丈夫だろう?」
「そうだね!」
十六夜はリリアの手を引くと、城に向かって歩き出す。
「早く終わらせて遊ぼうよ」
「何して遊ぶんだ?」
「何がいいかな~」
そんな会話が聞こえてきて、ルーシアとシルビアは顔を見合わせて笑った。
「やはり十六夜の力は大きいな」
「そうね。敵わないわ」
「少々悔しいが」
「まったくだ!」
シルビアとルーシアが言葉を交わしていると、梓も入ってくる。その様は憤っているのだけれど、それだけではないと顔には書いてある。
「あんな子どもっぽい男に任せるのは気が引けるますが、しかし姫を説得したのはあの男です」
「リリアは考え込む質だから、考えないあいつがちょうどいいんじゃないのか」
「あら浅葱、珍しく十六夜の肩を持つのね」
「別に肩を持ってるわけじゃ―」
「照れ屋なんだから」
分かってるわよとルーシアは浅葱の背を叩いた。それに浅葱はげんなりとした顔をして見せた。その様子を、梓はじっと見ていた。
「あなた方は、この後城を去るのですか?」
「そうねー、里には帰らないとねー」
「そうですか」
梓は思案するように瞼を伏せる。それにルーシアがどうしたと首をかしげて梓を促す。
「いや、私たちはこの城を去ります。しかし、姫は新たな鬼神とこの城にとどまります。あなた方が一緒にいてくれれば、安心だと思ったのですが」
「私は一緒にいられるぞ!元より行く当てもないしな!」
「そこは胸を張るところではないと思うのだが」
シルビアは名乗りを上げる。その威勢のよさにアストラスは突っ込まずにはいられなかった。シルビアの申し出に、梓は少し安心したような表情を見せる。それを見ていたルーシアが浅葱を見上げる。
「どうする?」
「決めるのはお前だろう」
「そういうときだけ私に押し付けるのはずるいわ」
ルーシアは少し怒ったようにする。しかし浅葱は涼しい顔だ。ルーシアは唇を尖らせた。
「まあ、リリアのそばにいてあげたいと思う気持ちがあるのも事実だわ」
「鬼の里はどうするんだ?」
「そこなのよね~」
シルビアの問いに、ルーシアはため息を吐いた。
「出たいと言えば、鉄斎がどうにかしてくれそうですけどね」
アスランが会話に加わる。ルーシアはアスランを見上げた。
「私、あなた以外に大して仲良くしている人もいないのよね」
「それはお誘いですか?」
「そう受け取ってくれると嬉しいのだけど」
「だそうですが。劉輝どうしますか?」
アスランに話を振られて劉輝は驚いた顔をする。しかし、すぐに考える風にする。
「俺は浅葱と一緒にいるのがいいんだけど」
「なんでそうなる」
「俺、案外浅葱のこと気に行ってるんだよ?」
「すてきね!」
みんなでお引越ししちゃいましょうか!とルーシアが言い出す。
「まあ、元より今の長のスガノサの器を怪しんではいますし。私は問題ありませんよ」
それに
「鬼神のそばにいられるなんて、そうそうあることではないでしょう」
アスランは珍しく面白そうに笑った。劉輝が目を丸くしている。
「王のそばは案外単調ですよ」
「それは鬼神のそばではということでしょう?十六夜のそばはいろいろと起きそうだ」
「なんとなくトラブルメーカーぽいところあるよね」
梓の言葉に、アスランと劉輝は目を合わせて笑う。
「じゃあ、決まりね!帰らなかったら帰らなかったでいろいろ面倒だから、いったん報告で帰るけど、鉄斎通して里からは抜けちゃいましょう!」
「そうなると思ったよ」
浅葱はため息を吐いた。しかし、嫌な感情は瞳には見られない。梓はほっと胸をなでおろした。それを認めて当真が口を開く。
「城に戻ろう。新たな王が玉座に座る瞬間なんてそうみられるもんじゃない」
その言葉に、慌てて皆リリアと十六夜を追った。
※
梓は王が変わると城の雰囲気が変わると言っていたが、人気のない城は天気の影響もあるのかどこか以前より明るく見えた。どことなく軽やかな雰囲気がする。
皆で石造りの階段を上る。それはここにいる誰にとっても苦ではなかった。玉座には、天窓から差し込む光が降り注いでいた。まるで新たな王を歓迎しているようだ。
「これに座っちゃったら、もう逃げられないなぁ」
「黒い鬼の時点で逃げられはしないよ」
玉座に座ることをあまりよく思っていない十六夜に、リリアはそう笑って見せた。十六夜は眉をハの字にしたが、一つ頷くと玉座に向かって足を運んだ。
石造りの硬そうな椅子だ。十六夜は迷ったように手すりにそっと触れる。そして意を決したように座った。
風が起きた。玉座から同心円状に広がる柔らかな風は、新たな王の誕生をリリアたちに告げた。鬼は歓喜と畏怖に震え、人間ですら何か重大なことが起きたと感じられた。世界の何かが変わったと思わずにはいられなかった。
カタカタとビキビキと、所によってはバキバキと音を立てながら世界があるべき姿に戻っていくような感覚。不安定だった地盤が、固められたような感覚がした。
(もう大丈夫だ)
暁が乱心してから崩れていた世界のバランスは、十六夜が王として立ったことで正しく整った。リリアは安堵の息を吐く。
「うわぁ」
皆が感動に言葉を失っていると、嫌そうな十六夜の声が聞こえた。視線が集まる。
「これはずるい」
「あきらめなって!それが鬼神の仕事だからさ!」
いつの間にかクロが十六夜の肩に乗っていた。それにシルビアとアストラスが目を合わせて苦笑する。十六夜はリリアが自分を見ていることに気が付くと、困ったようにへらっと笑って見せた。
「ちょっと、今は言えないかも」
「―?別に構わないが」
鬼神が知っておくべきことを、リリアもすべて知っておくべきとは別に思ってはいない。クロが小さな手でポンポンと十六夜の肩をたたく。
「まあ、決まったら呼んでくれよ!鍵は俺に任せてくれ!」
「任せてって、寝てるだけじゃん」
「つれない奴だな~」
クロの呆れたような声が聞こえる。シルビアは、腰にあるポーチに触れる。硬い感触が鍵の存在を伝えてきた。
(これは、もう少し人が少ない時に渡すべきだな)
十六夜に鍵を引き継ぐのは後に回すことにする。
―ドクン
(?)
リリアの心臓が大きく脈打った。そして
ズキリ
体が痛む。その痛みは瞬時に体中に広がった。たまらず床に膝をつく。
「姫!」
「リリア!」
驚いた声がリリアを呼ぶ。しかし、リリアはその声に答えることができなかった。
「い、たい」
「姫!」
梓が青い顔でリリアの顔を覗き込む。リリアは脂汗を浮かべて歯を食いしばっていた。
「痛い!」
涙がにじむ。こんな痛み知らなかった。こんな骨から痛むような感覚は初めてだ。腕をかき抱き、ギュッと自分の腕をつかむ。爪が立って血が滲み始めていた。
「姫!」
「リリア!」
「十六夜!」
そばに駆け寄ってきた十六夜に、リリアはたまらず抱き着いた。十六夜は小さな体を力強く抱きしめる。
「大丈夫?」
「体、痛くて」
「痛いの?」
リリアはうなずき、また歯を食いしばる。それを見た十六夜が言う。
「リリア、俺の肩噛んで!舌切らないように!」
痛みにうまく頭が回らないリリアは、言われた通りに十六夜の肩を噛む。その力は想像通り強いもので、少し間違えれば舌を噛み切ってしまうとわかるものだった。
皆があたふたと慌て始めた時。
「待って!髪が!」
ルーシアが指で示す先はリリアの黒い髪だった。それが、目に見えてわかるほどの速さで伸びはじめる。
「時間が」
動き出した。アスランがぽつりとつぶやいた。その声に、梓と当真が視線をリリアに戻す。髪が伸びるのが速く、リリアの体を隠し始めていたが、目の前でびりびりと黒いタイツが破けた。
「まさか」
梓が口元を手で押さえる。当真も驚きで動けずにいた。ルーシアとアスランの声が聞こえていた十六夜は、確かに自分の腕の中でリリアの体が大きくなっていくのを感じていた。
今までずっと止まっていた時間は、十六夜の即位によって動き始めた。しかし、その急激な変化に体は耐えられず悲鳴を上げていた。
「リリア、大丈夫。すぐ終わるよ」
十六夜はリリアの頭を優しくなでた。肩の痛みと、肩を濡らす感触が、リリアのつらさを伝えてくる。
「大丈夫だよ」
十六夜は大丈夫と繰り返す。こくりとリリアが頷いたのが分かった。少し余裕が出てきたようだ。リリアは口を十六夜の肩から外すと、まだ涙でうるむ目で十六夜を見上げた。黒い瞳と黒い瞳がぶつかる。十六夜が息をのんだのが、リリアは分かった。
「十六夜?」
十六夜は答えない。まだ少し体は痛む。ツキリツキリと関節が痛んだ。
「十六夜?」
十六夜は、まぶしそうに目を細めてリリアの目じりにたまっている涙をぬぐった。
「きれい」
「え?」
「服!浅葱!私の荷物持ってきて!―いや!リリアがそっちに行った方が早いわ!」
ルーシアが沈黙を破る。浅葱は急いで踵を返し、すぐにつんのめる。
「俺はどうすればいいんだ!」
「ああ!やっぱり私の外套持ってきて!」
「今度こそひっくり返すなよ!」
そう言い残すと、浅葱はルーシアの指示に従うべく玉座の間を去った。風のように走り去った浅葱がいた場所を、シルビアが丸い目で見つめていた。
「リリア!」
ルーシアがリリアのそばに膝をつくと、振り返りそうになるリリアを手で止めて言った。
「十六夜!まだリリアを離しちゃだめよ!」
「なんで?」
「いいから!」
リリアの背を押して十六夜に押し付ける。それがなぜか異様に恥ずかしくて、リリアは顔が熱くなったのが分かった。十六夜の心臓の音が聞こえた。自分のものと同じように早かった。その鼓動が、余計に体を熱くした。
「ルーシア!持ってきたぞ!」
「ありがとう!」
ルーシアが戻ってきた浅葱から外套を受け取る。その外套でリリアの体を覆った。離れることを許されたリリアと十六夜はほっと息をついた。
「ほら!十六夜!ぼうっとしてないで!リリアを部屋まで運んで!」
「え!俺!」
「嫌なら私が―」
「俺が運ぶ!」
梓が名乗り出ようとしたところで、十六夜は慌てて外套でぐるぐる巻きにされたリリアを抱えた。
「もう痛くない?」
「少し痛いが、騒ぐほどじゃない」
「そう」
十六夜はそれだけ確認すると、足を進めた。ルーシアの指示で男性陣は呼ぶまでついてくることは禁止された。部屋までリリアを運ぶと、十六夜も問答無用でリリアの部屋を追い出される。
十六夜はそれに、しばらく頭の周りにクエスチョンマークを飛ばしていた。




