決着編―リリアの願いを叶えよう10
落とす落とす落とす―。
ただ力任せに、紅い雷を見舞った。父から受け継いだ甚大な魔力とその発散法を、今存分にリリアは振るっていた。
(燃え尽きるがいい!)
操る体がなくなれば、術者もなすすべがないはずだとリリアは考えた。ただこの作戦はリリアにしか使えない。アスランとルーシアの操る炎は骨も消し炭に変えるほどの威力は持っていなかった。
下では浅葱と劉輝が、主が落としてくる骸骨をとにかく砕いていた。こちらもこちらで粗削りな作戦である。
時折、身が切り裂かれるような殺気が伝わってくる。その強さに、暁と十六夜の戦いはまだ終わっていないのだと知れる。
「どこの誰かは知らないが、後悔させてやるよ」
それは背筋を凍らせるほど凶悪な笑みだった。しかし、今はそれ以上に恐ろしい者たちが戦っているため埋もれてしまう。
リリアは結界を宙に張り、その上に立っていた。隠れるつもりはさらさらない。そこら辺の木よりも高い位置で、リリアはあたりを見渡していた。
ふわりと、何かが体の周りを舞った気がした。それは下に下りていき、燃え残った身体に入っていった―ように感じられた。胴しか残っていないそれは、ゆるりゆるりと持ち上がる。そして、白い光の矢を召喚するとリリアに向かって放った。
(なんだ?今の感じは)
何か不穏なものを感じ取りながら、リリアは腕を前に突き出し結界を張る。敵の矢は、リリアの結界を壊せない。それなのに、冷たい汗がここに来て背を伝った。
(なんだ?何をおかしいと感じている?)
自分の感覚を鈍いとは思わない。感じ取ったこれには何か意味があるはずだ。リリアは周囲に目を走らせる。何も変わったところはない。それなのになんだこの嫌な感じは。
「っ!」
考えに耽り、避けるのがわずかに遅れる。白い矢がリリアの頬に擦り傷をつける。
「全部燃やしてからだ!」
特大の雷が落ちた。
※
シルビアは部屋を抜け出し城の廊下を歩いていた。元は一国一城の持ち主である。城ひとつ道を覚えるのはシルビアにとってわけないことだった。
(ラスは気づいてないよな?)
隣の部屋をあてがわれた鬼に叱られるのはどうにも居心地が悪い。このふたりはお互いに一番頭が上がらないと思っている。
(いや、ラスのことだから気づいているのか?)
この暗い城の中をランプの明かりを頼りに進む。この城に住まう鬼たちにバレるかとも思ったが、そもそも暗くてもよく見えるのが鬼の目だ。だったらランプを持っていてもいなくても変わらないだろうとシルビアは思った。
「そもそも、扉とはなんだ。どこにあるんだ」
隠されていると、黒髪の少女は言っていた。隠しているのは紅い鬼神。リリアの父だ。ならばリリアに頼めばよかったのだと思うのだが、確かにリリアは戦線からは下がれない。
(手が空いているのは私だけだ)
シルビアはため息を吐く。この城はシルビアの物だったあの城よりは小さい。しかし、城は城だ。くまなく探すのには無理がある。シルビアは考える。自分だったらどこに隠すか。
(開いてはならない黄泉への扉―)
一番安全なのは―。
「紅い鬼神のいる部屋だ」
この世で最も強いのは鬼神。ならば鬼神のそばにあるのが一番安全なのだ。
(となれば玉座か寝室か)
シルビアは獲物を狙うように目を細める。玉座はどこにあるのかはわからない。通されていないからだ。だったら―。
(寝室から行くか)
リリアの母の屍のある場所。そこにこんな真夜中に一人で入ろうというのはなかなか無茶なことだと思う。しかし、気になるものは気になるのだ。
(私は、扉が見たい)
本当に黄泉へと続く扉があるのか。自分は知りたい。恐怖より好奇心が勝った。少し足を急がせて向かう。暁が忘れ去られようとしているからなのか、そもそも守りなど鬼神には要らないということなのか、この城には見張りが見当たらない。
(わが身は自分で守れということか)
やはりアストラスを連れてきた方が良かったかと後悔が脳裏をよぎったが、説明が面倒なのでやはり彼の部屋に戻るのはやめた。
コツコツとリリアたちと上った階段を上がっていく。頂上につき、暁の寝室の扉を見ると―開いていた。シルビアは警戒する。ランプの明かりを消し、息をひそめそっと近寄る。扉の陰に隠れるように中を覗き込む。目が慣れない。じっと待つ。目が慣れてくると、人の形をした影が、アリアの躯を横たえているベッドのそばに座り込んでいるのが見えた。そのまま目を凝らす。長い髪が床についてしまっている。
「誰ですか、そこにいるのは」
女の声がかかった。幸運か、その声の持ち主をシルビアは知っていた。
「梓?」
「私の名前を覚えておいでだったのですね」
「リリアがそう呼んでいたからな」
貴族社会でもまれたのだ。名前を覚えるのは十八番だ。
(鬼から気配を隠すのは無理か)
きっとシルビアが階段を上がっている時から気づいていたのだろう。それでも彼女はこの部屋から動かなかったことになる。それはどうしてだろう。梓はゆっくりとシルビアの方を向いた。白い月明かりが、彼女の肌を余計に白く見せる。生気がないように見えた。
「あなたはシルと呼ばれていたと記憶しています」
「ああ、そうだ」
部屋の中に入るべきか否か迷う。やはりアストラスは連れてくるべきだったと思った。
「姫のご友人が、この部屋に何の御用ですか」
「―リリアの母君に、もう一度会っておきたいと思ってな」
「奥方様にですか?」
梓は意外そうに首を傾げた。そして、立ち上がると場所を譲るようにどいた。それに驚き、しかしここで動かないのも怪しまれると思い、シルビアは梓が座り込んでいた場所に立った。
(リリアが明けた窓は閉められたんだな)
しかし、カーテンは開いたままだった。差し込む光が浮かび上がらせていたのは、長い髪とスカートが女だとわからせる、骨と皮だけになってしまった体だった。これが昔は生きていたとは信じられなかった。
「きっと、美しい人だったのだろうな」
ぽつりとつぶやけば、梓は嗚咽をこぼし始めた。それに驚いて、シルビアは後ろにいる梓の方に体を向ける。
「どうしたんだ?」
「いえ、いいえ、何でもないんです」
「そんなはずないだろう!」
梓は女性だが、シルビアよりも背が高かった。腰には剣がさしてある。その彼女が両手で顔を覆い、泣いていた。
シルビアは周囲を見渡し、寝間着の裾で近くにあった椅子のほこりを払うとそこに梓を座らせた。そして、背をなでる。
「す、みません」
「かまわない。梓は、リリアにとって大切な鬼だろうから」
彼女を久々に見た時のリリアの表情からわかる。
「友人の大切な鬼は、私の大切な鬼でもある」
「姫の、友?」
「ああ、そうだよ」
頷けば、梓はより激しく泣いてしまう。それにシルビアは戸惑いつつも、背をなでる手は止めなかった。
「私の」
「うん?」
「私の懺悔を聞いてくれますか?」
「―かまわないよ」
できたら部屋から出て行ってほしかったが無下にもできない。シルビアの言葉に、梓はぽつりぽつりと話し始めた。
「王が、妻に人の娘を選んだと知った時、私たちは反対しました」
「―村で起こっていたのと同じだな」
「人など浅はかで、欲深く、救いようのない生き物だと思っていました」
「ん?」
(浅葱たちの感覚とはずいぶん違うな)
「そんな人間の娘に、我らは王を取られるのではないかと恐れたのです」
「まあ、気持ちはわからなくないかな」
人も鬼も考えることは同じらしいとシルビアは頭を痛めた。
「だから、私たちは王を城に縛り付けました。仕事を無理やり作り出して、それを王のもとへ運ぶ日々が続きました」
「―。」
「ある日、姫が城へやってきました。今よりもずっと小さな姿の時です。ここに父さまがいるから来たと言っていました。私たちは姫の体に確かに王の血を感じました」
「リリアは強いからな」
「王は姫が城にやってくるのを喜びました。しかし、日が沈む前に必ず帰しました」
(確かリリアも同じことを言っていたな)
「私たちは姫の存在を恐れました。いつか王を城から連れ出してしまうのではないかと思ったのです。それと同時に、姫の血は私たちに傅くことを求めました。私たちは、あの血には逆らえないのです。―けれど、でも」
梓は、大きく息を吸った。
「それはどれほどの思い違いだったでしょう!」
肩が揺れる。息がしづらそうだとシルビアは思った。
「王は、その気になればいつでも城など捨てられた。姫がその気になれば、王を連れて逃げることができた。そうならなかったのは、王が、姫が、奥方様が、我らを慮ってくれていたからだったのに!」
「―そうだな。この家族は、少々人が良すぎた」
「私がそれに気づいたのは、奥方様が亡くなり、王の心が壊れてしまった後でした。私たちが、姫を一人にしてしまった!あの体を見れば、奥方様が人の村でどんな扱いを受けていたのかは簡単に知れました。王は奥方様を村に帰したことを後悔していました」
「―母君が、リリアに口止めしたらしい。心配をかけるといけないからと」
梓の泣き声がひと際大きくなった。火に油を注いだとシルビアは後悔した。
「私たちは許されないことをした!」
「それを詫びたくて、こんな時間に?」
梓はコクリと頷いた。シルビアは、ベッドに横たわる屍を見た。
「―お前たちにできることは、後悔することじゃない。リリアの願いを叶えることだ」
梓は首を横に振った。
「我らは戦いに関わってはいけません」
「リリアたちだって関わる気はなかったさ。ただ邪魔が入ったんだ」
「それも存じています」
「ならなぜ見ているだけなんだ」
「―王はまもなく死にます」
「―。」
「この戦いで負けるのは王です。あの方は玉座に長く就きすぎた。いくら王といえども、数百年も戦わずにいて、黒い鬼に勝てるはずがありません」
「それだけ、黒い鬼は特別なのだな」
「はい」
「しかし、十六夜が勝つことと、お前たちが加勢できないことはどうつながるんだ?」
「―城を明け渡す準備をしているのです。王がいた形跡は、記録の中だけになります」
「―そうか。お互い、いろいろとあるものだな」
シルビアは肩をすくめた。涙を流す梓と目線を合わせるために腰をかがめる。
「城を明け渡す必要があるのは分かったが、リリアの知らぬ間に出ていくのはやめろよ」
「なぜです?」
梓の声は、リリアに黙って出ていくつもりだったと言っていた。
「お前たちは短いとはいえリリアの成長を見守ってきたのだろう?リリアにとって、親のような姉のような存在だろう。十六夜が勝ったら、今までよく頑張ったと褒めてやってほしい」
「っ!そんなことが、許されるのでしょうか」
「さあ、それは分からない。しかし、知らぬ間に梓がいなくなってしまえば悲しむだろうよ」
「そう、ですか」
梓は少し落ち着いてきたようだった。声が震えなくなってきた。
「お見苦しい姿をお見せしました」
「いや、気にするな」
梓は座ったままじっとシルビアの顔を見つめた。少々居心地が悪い。
「姫には友がいませんでした」
「そのようだな」
「―あなたのような友ができ、私は嬉しく思います」
「そう言われると私もうれしいな」
「―奥方様へのあいさつは終わりましたか?部屋に戻るのなら、お送りします」
「そうだな―リリアを産んでくれたことに礼を言って、戻るとしよう」
(―扉については何も分からなかったな)
ただ、人には人の、鬼には鬼の思いがあるのだと、複雑な気持ちになった。
※
シルビアのことだ、きっと無理して書庫に戻る。そう踏んでいたアストラスは、少々仮眠をとってから隣の部屋に注意を払いながらソファに座っていた。夜空を紅い雷が駆ける。
(よくやる)
あの力技を行使できることには関心を通り越してあきれる。
(なぜ俺に捕まったんだ?)
そう不思議に思うほどに。考え込んでいると、隣の部屋の気配が動いたのを感じた。
(動き出したか)
アストラスは腰を上げた。少し様子を見て、体調が悪そうだったらベッドに押し込もうと思い自身もそっと部屋を出る。しかし、シルビアが向かう方向は書庫のある方ではなかった。
「?」
(何を企んでいる?)
小さい時から何をしでかすかわからない娘だった。やんちゃなど生易しい言葉に感じる。そんな彼女は考え込みながら歩を進めているようだった。時々きょろきょろと辺りを見渡す。
「そもそも、扉とはなんだ。どこにあるんだ」
そんなつぶやきが聞こえてくる。
(扉だと?そこら辺にいくらでもあるが、その扉ではないのだろうな)
シルビアはぶつぶつ何やら思考している。つぶやきながら考え事をするのは彼女の癖だ。
「紅い鬼神のいる部屋だ」
(何がだ)
もっと何か言えと思うが、シルビアはそれ以上言葉を発しなかった。シルビアは、リリアが案内してくれた暁の寝室へ向かっていた。嫌な予感がするとアストラスは思った。
(あんな部屋に行って何があるんだ?屍しかないんだぞ?)
いや、彼女は探している。
(扉があるのか?)
アストラスはシルビアのつぶやきをつなぎ合わせて推理する。階段に差し掛かるころ、上に鬼の気配を捉えた。シルビアに声をかけるか迷う。しかし、シルビアの探す扉にも興味があった。
(もう少しだけ、様子を見よう)
運よく、気配の持ち主からは敵意も緊張も伝わっては来ない。シルビアの存在を感知はしているだろうが、今のところ攻撃される気配はなかった。
音もなく、つける。
部屋に入ってしまえば、梓は泣くし、シルビアはお人よしにもなだめるし、しまいにはどうでもいいはずの懺悔まで聞き始めた。
(まったく、そんな生き方じゃいくら体があっても足りないぞ)
頭をかいていると、梓はシルビアを部屋まで送ると申し出た。これでシルビアも部屋に戻るほかないだろう。案の定、シルビアは梓に送ってもらうことにした。扉の陰に隠れる。部屋を出ていった梓がちらとアストラスに視線をやる。さすがに梓からは隠れることはできなかったようだ。
「扉は開けっ放しでいいのか?」
「ええ。王が何十年と閉じこもっていたのです。空気は入れ替えて損はありません」
「そうか?」
「ええ」
よくわからない理論に押し負けて、シルビアは扉を閉めることをあきらめる。アストラスは梓に内心で礼を言った。
(探していた扉については、明日問いただそう)
そうでなければきっと一人で探し続ける。それはアストラスにとっては避けたいものだった。鬼がひしめくこの城で、人であるシルビアが一人で歩き回るのは少々危険だ。
(ここの鬼は、人にいい感情を持っていない可能性もあるしな)
それはどうしてかはわからなかったけれど。
アストラスは小さくため息を吐くと、部屋に戻った。




