決着編―リリアの願いを叶えよう11
暁と十六夜の戦いは続いていた。横やりを無視して、ただ互いにのみ狙いをつける。土をえぐり、木を倒し、互いの骨を折り、肉をこそぐ。荒れた土地にところどころ見え隠れする染みは、雨では流しきれなかった血痕か。
(ふたりの動く範囲が狭くなってきた)
飛ぶように移動していた二人だったが、さすがに疲労か出血のせいか戦う場所が固定されてきた。戦いは終わりに近づいているのだとリリアは思った。
「―日は昇ったか」
黒い雲に覆われていてもそれは分かる。リリアの物とは違う雷がゴロゴロと鳴っていた。戦闘が始まって三日目になろうとしていた。リリアはリリアの敵に向きなおる。この敵たちが、鬼神を決める戦いが終わってから何をするのかはわからない。決着がついた後も自分が戦えるのかもわからない。それでも、今を戦うしかリリアには選択肢が無かった。
ルーシアとアスランにも、少し疲れの色が見えてきている。自分たちはそう長くは持たない。
(せめて、十六夜が次の鬼神になるまでは―)
それまでは持ちこたえたい。
(勝て、十六夜―)
どうか、勝ってくれ―。
リリアには、もう願うことしかできない。
※
走る。苦しい。息をするたび胸の中がこすれるように痛む。結局動かなくなった腕は気づけば体から離れていて、十六夜はもう自分で千切ったのか暁にやられたのか覚えてはいなかった。それでも―
(楽しい!)
地面に突き刺さる矢を避けながら、十六夜は低く体勢を整える。地を蹴り暁にとびかかる。しかし、またも術が上から降ってきて、ふたりは距離を取る。木を蹴り空へ姿を現す。暁も上からの攻撃を邪魔だと思ったらしい、十六夜と同じ行動をとっている。
十六夜は骸骨魔術師の足をつかむと、それを振り回して暁に投げた。暁は骸骨魔術師を鞭のようにふるって十六夜が投げた骸骨を叩き落す。ぶつかった骸骨は派手な音を立てて砕けた。
「わーかわいそう」
黒い鬼の手にかかり砕け散った骸骨に、劉輝はそんな感想を口にした。隣で浅葱が頭蓋骨を踏み潰す。
「お前が言えることかよ」
「まあね」
浅葱が見れば、黒い鬼はふたりとも左腕を失っていた。十六夜は腹に穴が開いていたし、暁もわき腹をえぐられている。
(よくあれで動ける)
流れてしまった血はいくばくか。そんな疑問を感じさせないほどにふたりの動きは活発だ。着地してしまえば目につくのは赤い残像だけだ。
「ああもう!しつこい!」
ルーシアがとうとう音を上げる。しかし術はしっかり放っていて、何人か浅葱と劉輝のもとに風で送られてくる。
「少し休むか?!」
「そんな暇あるの!?」
「知るか!」
「浅葱、それはあんまり」
ルーシアを気遣っていたはずなのに、気づけば突き放す。劉輝は突っ込まずにはいられなかった。もちろん、ふたりだって骸骨を砕くことは忘れない。
「まじで数多い」
「術者を探してみるのですが、どこにも感じられなくて」
汗を腕で拭う劉輝にアスランが上から声をかける。それはつまり、頑張れということだ。劉輝はため息をつきながら気合を入れなおした。
※
シルビアは額に指をあてていた。彼女は今ベッドに腰かけている。向かいのソファにいるのはもちろんアストラスだ。
『シルが探している扉とはなんだ?』
部屋を訪ねてきたアストラスは、そう問うてきた。シルビアは慌てて彼を部屋に引っ張りこみ、廊下にだれもいないことを確認してから扉を閉じた。
アストラスは、話を聞くまで帰らないぞと言うように、ソファに腰を落ち着けたのだった。
「なぜお前がそれを知っている?」
「昨日の夜、シルがそうつぶやいていた」
「やはり気づいていたのか」
「当然だ」
いたずらが見つかった子供のような反応に、今度はアストラスが頭痛がした。
シルビアは長い脚を組んだ。そして考える。話していいのかだめなのか。話すならどこまで話すのか。
「鬼神が、隠している扉があるらしい」
「どこでそれを知ったんだ?」
「白昼夢?」
「は?」
「だから言いたくなかったんだ」
「悪い、続きを話してくれ」
あの出来事をどううまく説明しろと、とシルビアは頭を抱える。しかし、伝えるしかあるまいとすぐに前を向いた。
「黒髪の少女がな、話しかけてきたんだ。すぐに姿は見えなくなってしまったんだが」
「ふむ」
「紅い鬼神が隠している扉を閉じろってな」
「それを信じたのか?」
「ああ、嫌な感じもしなかったしな」
「シルがそう言うなら、悪いものではないのかもしれない」
シルビアだって裏のある貴族たちとやりあってきたのだ。裏のある者なら多少は察せる。
「他には何か言ってなかったか?」
「ユリナ、にそっくりとか言っていたかな」
「ユリナ、黒髪―」
しばらく考え込んでいたアストラスは、突然立ち上がった。
「どうした?ラス」
「書庫へ行く」
「別にいいが」
シルビアはアストラスに続いて書庫へ移動した。アストラスは迷いなく本棚へと進むと、あれじゃないこれじゃないと本を物色し始める。それをシルビアはただ見つめていた。
「確かこれだ」
そう言って取り出したのは、だいぶ古い本だった。
「それは何だ?」
「鬼神の世界から見た歴史書だ」
アストラスは閲覧席にその分厚い本を持っていくと、ぱらぱらとめくった。
「確か、このあたりにあったと思うんだ」
シルビアはアストラスの向かいに座って、またその様子を眺めていた。アストラスは一心不乱にページをめくっていく。そしてあるページで手を止めた。
「ここだ―」
「どれどれ」
シルビアがアストラスから本を受け取るとそのページを読み始めた。
『鬼神心が立つ。―心に娘が生まれる。名をユリナと名付ける―』
「なんだと!」
「もっと下まで読め」
「ん?」
『―ユリア、アズリル王国へ嫁ぐ。当時の王子は―』
「はあ!!」
「落ち着け」
「これが落ち着いていられるか!」
シルビアは勢いあまって立ち上がる。そしてはたと思いいたる。
「まさか、私に流れる鬼の血は―」
「ユリア、ひいては心につながる」
「つまり」
「古いとはいえ、鬼神の血だ」
シルビアは今度は体の力が抜けたようで、椅子に座り込んだ。そしてしばらくぼうとしてから現実世界の戻ってきた。
「ということは、あの少女は心だったのか?」
「心は次の鬼神に負けてもう生きてはいない。―心と思わせることは何か言っていたのか?」
シルビアは急いで記憶を掘り返す。頭を悩め、そして思い出せるだけアストラスに聞かせた。
「私のかわいいシルビア。ユリアにそっくり。でもあの子の目は黒色ではなかった」
「―ユリアももう生きてはいまい。そしてユリアを直接知る者も生きてはいないはずだ」
「じゃあ、あれは、幽霊だったのか?」
「―可能性はあるな」
シルビアは血の気が引くのが分かった。青くなったシルビアを落ち着かせようとアストラスが慌てて口を開く。
「しかし、シルが悪いものだと感じなかったんだ!接触に問題はないはずだ!」
「ま、まあ、確かに?」
シルビアは首をひねっていたが、アストラスはもうそこには触れないことにする。
「問題は、なぜ心がシルに接触を図ったかだ」
「どこかの扉が開いてしまったのだろう?確か、扉を閉めてと言っていたし、そのために私の血を受け継いだとか何とかも言っていたな」
「シルが、開いた扉を閉めるために鬼神の血を色濃く継いだ」
アストラスは目を細める。そもそもアズリルでごたごたが起きたのは、この鬼神の血のせいなのだが、それにも意味があったというのか。
「まあ、そういうわけでな、私は扉を探して閉じなければならないんだ」
シルビアは立ち上がった。アストラスも当然の顔をして立ち上がる。
「暁が隠していると聞いたから、暁の寝室に行ったのか?」
「まあな。鬼神のそばが一番安全だろう?」
「確かに、そうではあるが」
(そんなに単純だろうか)
アストラスは考える。そもそも扉とは何なのか。黄泉の扉とは、シルビアから聞いていない。アストラスには情報が少なかった。
「とりあえず、昨日は寝室を物色できなかったからな。今日も行こうと思う。―寝室の片付けは最後になるだろうしな」
梓は、城を明け渡す用意をしていると言っていた。しかし、寝室にはリリアの母の躯もある。片づけるのは最後だろうと読んで、城の者がだれもいないことを期待する。
その考えに、やはりそう簡単に進むだろうかとアストラスは思いもしたが、確かにこの城は警備も手薄であるようだったし、シルビアの期待通りに行くこともあるかもしれないととりあえず好きにさせることにする。
(城を去った鬼も多いのかもしれない)
動かぬ王に、絶望して。そしてこの城は立派な人手不足だ。それに、王に仕えようと思う鬼だ。実力には自信があるだろう。ちょっとやそっと侵入者がいても、自分でどうにかしろということなのかもしれない。
そんなことを考えながら、アストラスはシルビアの後についていくのだった。
寝室のある塔への入り口につくまで、城の鬼たちには出会わなかった。一体どこに隠れているのやらとアストラスは気配を探るが、上の寝室には誰もいないようだった。そのままシルビアを行かせる。
「おじゃましまーす」
そろりとシルビアは寝室の中に入る。カーテンは開いていたが、外が黒い雲で覆われていたから部屋の中は薄暗い。シルビアは当たりを見渡す。中心に大きな天街つきのベッドが鎮座している。その上にアリアが眠っているはずだった。そこは見ないで、窓際にある机に向かってシルビアは足を進める。古い、立派な木から作り上げられたのだろう逸品だった。
がらりと引き出しを開ける。中にあるのは、枯れてしまった花だろうか。パリパリに乾いてしまったそれは、触れれば壊れてしまいそうだった。
「執務室はないのだろうか」
「鬼神が何の執務をするんだとは思うがな」
「確かに」
妖魔をまとめるということはどういうことなのだろう。人の国は民を管理し、税を集め、それを使って国を回す。妖魔に国という概念はあるのだろうか。ちらと見れば、アストラスは部屋の壁を触ったり叩いたりしている。隠し扉でも探しているのかもしれなかった。
(心の言い方からして、鬼神はそれぞれ扉を違うところに隠すようだった)
だから探せと心は言ったのだろう。シルビアはもう一度ぐるりと部屋を見渡した。あるのは今調べた古びた机と、誇りかぶった椅子が数脚と、1つソファがあるだけだった。
「リリアの父は華美なものは好まないらしい」
「多くは先代たちから引き継いだものではないか?」
「そうなのかもな。―一度話してみたかった」
暁とも、アリアとも。アストラスはシルビアを見た。
「それを一番願っているのはリリアでしょうね」
「そうだな」
アストラスも壁は調べ終わったらしい。シルビアのもとに戻ってくる。
「外れか。後は玉座も考えたのだが、どう思う?」
「ここにないのなら、あるかもしれないと思ったところから探していくしかないな」
「そうだな」
ふたりは部屋から出る。塔の階段を下りながら、どこに玉座はあるのだろうかと考える。とりあえず、入口から一番太い廊下を歩けばいいだろうと算段をつけ入口まで戻ってみる。そこから玉座を目指して歩く。大きな廊下だ。赤いじゅうたんは古びているが、掃除はされているようだった。
まっすぐ階段を上がっていく。ただ扉もなく、突然開けた場所に出た。その真ん中にあるのは、大層座り心地の悪そうな石造りの玉座だった。ふたりはしげしげとその玉座を見つめる。アストラスが何とはなしに手を伸ばしてみる。それが石の手すりに触れようとしたとき、バチバチバチと紅い光がはじけた。アストラスは慌てて手を引っ込める。
「紅い鬼神以外触れないのか」
シルビアは少々痛そうに顔をしかめているアストラスを見る。そして、玉座を見る。自分も、手を伸ばしてみる。
「シル!腕が飛ぶぞ!」
しかし、結界に体でもしびれているのか、アストラスはシルビアの手を止められなかった。とたん、紅い光と青い光がはじけた。
「うわ!」
シルビアは驚き手を離すが、紅い光と青い光の衝突面はシルビアの手から離れなかった。ばちばちばちと先ほどよりよほど大きな音がする。よく見れば、紅い光が凍り、かと思えば溶けを繰り返している。シルビアはそれどころではなく見えていないだろうが、アストラスからはその様が見えた。
(鬼神の力同士がぶつかっているのか)
「なんだこれは!」
そう叫ぶシルビアの目が、ちらちらと赤く光りはじめる。鬼の血が、彼女が意識のあるうちに力を見せるのは初めてのことだった。それは要するに非常事態だ。しかし止め方など分からない。ただ二人は部屋中を走る光を見ているしかなかった。徐々に紅と青の光は渦を巻きはじめ、一点に収束しはじめた。ぐるぐると渦巻く中心。そこに何かが生じ始めている。
(なんだ?)
良く見えなくて、アストラスは目を細める。しかしまぶしくてよく見えない。シルビアは赤い瞳で不安げに辺りを見渡していた。
ポンッ
どこか間抜けな音がして、力と力の衝突が終わる。渦巻いていた中心にふよふよと浮いているものは。
「鍵?」
「ドラゴン?」
シルビアとアストラスの声も間抜けだった。大ぶりの鍵が浮いていて、その上に小さなドラゴンが寝そべっている。
「ふあ~」
眠っていたのだろうか、ドラゴンはぽしゅっと小さく火を吐いた。あくびだとシルビアとアストラスは思った。
「んんん?次の鬼神が決まったのか?」
ドラゴンはしぱしぱと瞬きを繰り返して、真正面のいるシルビアを見た。そして目をまん丸に見開く。
「黒い鬼じゃない!!」
「そうだな、私は黒い鬼じゃない」
シルビアは冷静にうなずいた。落ち着いてきたのかシルビアの瞳の赤が引いていく。ドラゴンはいぶかし気にシルビアを見つめる。
「しかも、ほとんど人間じゃないか」
「そうだな」
シルビアはまた頷く。ドラゴンはぶしつけにシルビアを見る。それにアストラスは少々不愉快だったが成り行きを見守ることにする。
「でも、目は黒いんだな」
「ああ、先祖が鬼神だったらしいぞ」
「ああ~それで」
納得したようにドラゴンは何度もうなずいた。シルビアは話が通じそうだと判断する。
「鬼神が守る扉が開いているらしい。閉じるように言われた」
「なんだって!?」
ドラゴンは耳でも澄ましているのか動きを止める。そしてまた目を丸くする。
「本当だ!これはやばいよ!なんか抜け出してるのもいるし!」
まずいまずいとドラゴンは浮いている鍵の周りを飛び回り始める。相当にまずいらしいとシルビアとアストラスは頭の片隅で思った。
「それで、私は扉を閉じたいんだが、お前は協力してくれるのか?」
「馬鹿言え!扉の開閉ができるのは鬼神だけ!……ああ、鬼神の血はあるのか」
うーんとドラゴンは悩むように首を傾げた。少々落ち着いたのか、また鍵の上に止まる。今度は値踏みするようにシルビアを見る。そして小さくため息を吐いた。また小さく火を噴く。
「まあ、いいだろう。今は扉を閉じるのが先決だ」
「決まりだ。扉はどこにある?」
「それなら―」
「…どうした?」
固まってしまったドラゴンに、シルビアは首を傾げた。ドラゴンの声は絶望にあふれていた。
「―思い出せない」
「なんだと!」
「お前が半端者のくせに封印解くから!」
「仕方ないだろう!手が空いているのが私しかいなかったんだ!」
「うっすらとでも記憶にないのか」
アストラスが会話に参加する。このままでは喧嘩になりそうだった。それは時間の無駄というもの。ドラゴンは考え始める。
「塔の上…は満月だったし、寝室?は楓だったし…」
ぶつくさと何やら言っている。時折鬼の名だろうか、聞きなれない言葉が耳に届いた。
「お前、全部の鬼神とその時の扉の隠し場所を覚えているのか」
「ん?まあな!」
ドラゴンは驚くシルビアに胸を張って見せた。
「なら暁がどこに扉を隠したのか思い出してほしいものだな」
「おまえ、意地悪だな」
ドラゴンはじろりとアストラスをにらんだが、怖くもなんともない。本当は怖がった方がいいのかもしれない。多くの鬼神を知っているドラゴンだ。どれほどの時間を生きているのか。
「とにかく!この城にどこかにある!この鍵使って閉じてくれ!」
ドラゴンはぱたぱたとシルビアの肩に移動する。シルビアはあきれながらも鍵に手を伸ばした。鍵はおとなしくシルビアの手に収まった。
「扉に張ってある結界なら俺が壊せるから!鍵を使うには鬼神の血が不可欠だ」
「わかった、閉じればいいんだな」
「そうだ」
「結界は壊せると言ったが、結界をどうやって探し出す?」
「うーん」
アストラスからの問いに、ドラゴンは頭を悩ませる。
「扉が開いているのは感じられる。その感覚で追っていこう」
「わかった」
とりあえずアストラスは頷く。そうしなければ話が進まない。
こうして人間と鬼とドラゴンの扉探しが始まった。




