決着編―リリアの願いを叶えよう8
ルーシアはひょいと杖を前に倒した。敵の放つそれより数倍威力を持った白い光の矢が空を走る。浅葱から敵は骨だけだと聞いている。胴を狙っても当てるのは難しい。自然と一番的が大きい頭蓋骨を狙うことになる。2体ルーシアの矢に頭を貫かれ頭蓋骨は砕けたが、体だけでも術は使えるようで地に落ちることはない。
「うーん。胴を粉々にしないとだめなのかしら」
自身を空中に固定しながら難しいわね、とルーシアは渋面を作る。
「死体を操っている者がいると考えたほうがいいのでしょうが」
アスランも隣で涼しい顔をして矢の形をした炎を放っている。
「探しだすのは難しそうよね~」
骸骨を操る魔力を追えない。神経を集中させても、骸骨が単体で動いているようにしか感じられないのだ。
「数も多いし」
倒しても倒しても湧いて来るように感じる。
「どこから湧いて出るのかしら」
ルーシアは風を起こすまじないを唱えると、空気の塊を空飛ぶ骸骨に上からぶつけた。あっけなくそれは落ちていき、浅葱と劉輝の餌食となる。
「何が目的なのでしょうか」
アスランは眉一つ動かさず敵の攻撃を避ける。
「何で死んでるはずなのに魔術なんて使えるのかしらね~」
「―だから、操り手がいるとは思うのですが」
「気配がしないのよね」
ふたりは呪文を唱えつつ会話を交わす。
「強さも微妙なところじゃない?強くもないし弱くもない」
「リリアが少々苦戦していたという情報もありますし、彼女の方に精鋭はいるのかもしれません」
「だったら私たちもあちらに行くべきよね」
ちらと見れば紅い雷が空から地面に突き刺さっていくのが見えた。落雷の場所で大きな砂煙が上がる。木が何本か押し倒されたのが分かった。
「あの中に行くのはちょっと無理よね~」
リリアはとにかく雷を落としているし、黒い鬼も邪魔を気にせず順調に戦っているらしいと思われる。
「いつまで湧いて出てくるつもりかしら」
いくら優秀とはいえ魔力には限りがある。使い切ってしまえば戦えない。それはきっとリリアも同じだろうに。
「飛ばしてるわよね~」
大丈夫かしら、とルーシアはあまり心配していない声音で口にする。アスランもリリアの調子を推し量るように紅い雷が縦横無尽に駆け巡る場所を見やる。
「まあ、今日1日くらいなら平気そうですよ」
「十六夜の決着っていつつくのかしら」
「加勢を期待するのは無茶じゃないですか?きっとヘロヘロですよ」
「そうねー」
「そもそも、なぜあんな死地にこの骸骨魔術師たちは飛び込んでいくのでしょう」
「ふたりの邪魔をしたい?」
「邪魔をして何になりますか?」
「さあ。世界でも滅ぼしたいのかしら」
「ふむ」
アスランは何かひっかかったらしい。考える風にする。ひとつ火球を骸骨にぶつけながら言った。
「つまり、世界の秩序を守る鬼神が邪魔だということですか?」
「ごめんなさいね、私そこまで考えないで言ったの」
「そうでしたか」
アスランは特段ルーシアをとがめることはしない。
「何の会話だ」
耳の聴力は、空中での主の会話をしっかり拾っていた。浅葱は、ルーシアの攻撃で落ちてきた骸骨の胴を踏み砕く。破片になってしまえば、さすがにもう動きはしなかった。
「さすがだよね~」
「のんきすぎだ」
劉輝は笑うが浅葱は何も面白くない。
「でもさ、さすがに俺らもここで足止めされ続けるのも飽きない?」
「まあ、それは認める」
劉輝はアスランが言うところの骸骨魔術師の放つ火球を軽やかに避けながら、浅葱に話しかける。浅葱はうなりながらもうなずいた。
「ちょっとさ、本気で片づけて十六夜の様子見に行こうよ」
「―巻き込まれても知らないぞ?」
「今、楽しそうって思ったでしょう」
劉輝はにやにやと笑う。こいつもこいつで人の気持ちを読むのがうまいんだと浅葱は少々嫌になる。自分が人の気持ちを察することが苦手だから余計にだ。自分ばかりバレている気がしてくる。
「ルーシア!飽きた!十六夜のところに行くぞ!」
「ええ~こいつらどうするのよ~」
「全部落とせ!」
「無茶言うわね~」
文句を言いつつ、数秒後には巨大な風が渦巻き、骸骨魔術師が地面にたたきつけられた。浅葱と劉輝はそれを片っ端から砕いていく。さすがに数が多く、体勢を立て直す者もいたが、それはアスランによって焼かれる。ルーシアも風で押さえつけて空に逃げられないようにしていた。骸骨の破壊を終えた鬼二人は、主を呼ぶ。魔術師二人は術を解き地面に下りてきた。
浅葱がふたりを担ぐ。劉輝もアスランを運ぶ腕力は持っているのだが、体が小さいためバランスを取りにくい。そのまま浅葱に任せることにする。
「行くぞ」
浅葱は雷が地面をえぐっているだろう、その場所を目指して走り出した。
※
「ちょこまかと!」
四方八方に結界を張り、それを足場に宙を超速で移動する。骸骨の術をよけ、剣での攻撃をよけ、隙をついて攻撃を繰り出す。
リリアは苛立っていた。ルーシアたちと比べればよほど余裕がない。気を抜くと暁と十六夜はすぐに移動してしまって、ふたりの戦いに介入しようとする骸骨の邪魔をできない。
ただでさえ父を侮辱されていると感じているリリアだ。もともと気が長いわけでもない。簡単に頭に血が上った。
「雷よ!」
リリアは怒りに任せて叫ぶ。
「罰せ!」
雷は枝分かれして骸骨を打ち抜く。その火力に骨まで燃え尽きてしまう。首を巡らせると
木が一本宙に舞ったところだった。あそこに暁と十六夜はいるらしい。
(今は何時だ?)
魔術師の介入に気づいて、戦闘になって、どれくらいの時間がたったのか、リリアには分からなくなっていた。うっすらと額ににじむ汗を手で拭う。
「気にしている暇はないか」
ふよふよと、倒しても燃やしても新たにフードをかぶった骸骨はやってくる。それは迷わず暁と十六夜を目指すのだ。
「一体この数の屍をどこから手に入れているんだ」
文句を垂れながら結界から結界へ飛び移っていく。リリアも父と十六夜を追った。リリアの隣を骸骨が飛んでいく。それにまた雷を落としながらリリアは進んだ。
「いい加減、あきらめろ!」
叫びと共に特大の雷を落とす。ふたりの黒い鬼を囲んでいた黒ローブをかぶった魔術師は悲鳴を上げずに燃えていく。と、炎を上げながら落ちていく骸骨の一人がリリアの足をつかんだ。リリアはバランスを壊し落下する。足で自分に捕まる骸骨を蹴り落とし、地面に着地する。とたん、体が芯まで冷え切ったのが分かった。
(しまった!)
戦いの真ん中に落ちたリリアは、鬼神とそれと渡り合う黒い鬼の闘気に当てられた。腰が砕けて座り込んでしまう。
「あ」
へたり込んでしまったリリアなど視界に入らないように、ふたりの黒い鬼はぶつかる。闘気と闘気、殺気と殺気の衝突に小さなリリアの体が飛ばされる。戦いの渦中からは逃れることができたけれど、まだ足は自力では立てなかった。そこを、黒フードの骸骨たちに囲まれる。
「っのれ!」
リリアの怒気が空気を震わせる。しかし、感情のない黒フードたちに威嚇は効かなかった。白い矢がリリアを狙って姿を現す。
(どうする!)
冷や汗が背を伝う。力が抜けた体は、うまく魔力を操れなかった。今のリリアに防ぐ手立てがない。矢が放たれる。
「リリア!」
名を呼ばれると同時に上に引っ張られるのを感じた。視線を上げれば焦っている浅葱の顔があった。
「どうした!」
(助かった)
気が抜けたリリアは、口をパクパクさせるが、恐怖が勝って声が出ない。緊張の糸が切れて涙がこぼれた。
「だから、どうした!」
「とうさま、と、十六夜の、間に、落ちて―」
「分かった」
それだけの説明ですべて悟って、浅葱は追いついてきたルーシアたちに向きなおる。
「リリア!どうしたの!」
浅葱に抱かれて泣いているリリアに、ルーシアが驚愕の声を上げる。さっと走り寄り、けがをしていないか確認する。あちこちに擦り傷はあったけれど、特段大きなけがはない。ルーシアはほっと息をついて、浅葱を見上げた。
「鬼神と十六夜の戦いの真ん中に落ちたんだ。殺気に当てられて動けない」
「まあ!」
「いったん退く」
「っ!」
浅葱の判断に、リリアはピクリと肩をふるわせた。何か言いたげに浅葱を見たが、言葉が見つからなかったのだろうあきらめてうつむいた。
「お前が戦えないのにここにいるのは危険だ」
リリアは貴重な戦力だ。彼女の戦線離脱は全員を危険にさらす。リリアもそれをわかっていたから浅葱に何も言い返せなかった。
一行は暁と十六夜を残し、城に戻った。
※
「リリア!」
リリアの部屋にシルビアが飛び込んでくる。リリアはぐったりとソファに座り込んでいた。
「大丈夫よ。少し休めば元気になるから」
ルーシアが、暖炉に薪を足しながらそう言った。
「私も、役に立てたらよかったのに」
「仕方ないわよ。シルは魔術師じゃないもの」
敵がほぼ無敵の骸骨だと分かり、弓矢が効かないためシルビアはアストラスに連れられて城に戻りじっとしているほかなかった。
「鬼の血も、肝心な時に役に立たん!」
シルビアはギュッと手を握った。ルーシアは薪をくべる手を止めると、じっとシルビアを見た。そしてシルビアの手を引いて、一人掛けのソファに座らせた。
「シルはいたって普通の女の子であることが大切だと思うの」
「どういうことだ?」
「だって、そういうお友達がリリアにいてもいいでしょう?同業仲間だけじゃなくて」
「―なんか、うまく言いくるめられている気がする」
「時には言いくるめられるのも大切よ」
くすくすと笑って、シルビアは部屋を出ていこうとする。
「お茶を淹れましょう。ちょっとリリアを見ててくれる?」
「ああ、かまわない」
シルビアは少し迷って、リリアの隣に座りなおした。リリアはどこか呆然としていた。何も見ていないし、聞いていない気がする。
「リリア?」
「十六夜が」
「うん?」
「十六夜の前に落ちたんだが」
「うん」
よくわからないため、シルビアは頷くしかない。
「あいつ、私に目もくれなかった」
「戦いに気を取られてか?」
「ああ。―父さまも、十六夜も、紅い目で笑っていた」
「戦いに歓喜すると、確か鬼の目は赤く光るんだったな」
「ああ」
シルビアの言葉に、リリアは力なく頷いた。シルビアはリリアの頭をなでる。リリアはされるがままだ。リリアの瞳じわじわと涙がにじんだ。
「どうしよう」
「なにがだ?」
「十六夜に、要らないって言われたらどうしよう」
「そんなことあるもんか!」
「だって、目の前にいたのに、一度も私を見なかった!」
「それは!相手が鬼神だから仕方なかったんだ!」
「十六夜は、鬼神になるのに!鬼神に主がいるのは変だ!」
リリアは本格的に泣き出してしまった。怖い思いをして気持ちが弱っているだけなのだが、いかんせんシルビアはその事情を知らない。シルビアは、しゃくり泣くリリアの背をなでることしかできなかった。困った顔のまま背をなで続けていると、お茶を淹れたルーシアが戻ってきた。
泣いているリリアと、泣きそうになっているシルビアに目を丸くして、手近にあったテーブルにティーセットを置いた。
「どうしたの?」
「リリアが、十六夜に捨てられたらどうしようって」
「そんなことあるわけないじゃない!」
「でも、十六夜の目の前にいたのに、目も合わなかったと」
「怖い思いをしたから、ちょっと不安になっちゃったのね。大丈夫。十六夜はリリアとずっと一緒よ?そう言ってたでしょう?」
ルーシアはリリアと視線を合わせようとするようにしゃがみこんだ。リリアの手を取る。
「でも。気が変わるかもしれない」
「十六夜は約束を破るような子なの?」
「―違うと思うけど」
「体が冷たいわ。お茶持ってきたから飲みましょう?」
ね?と優しい笑顔で言われれば、頷くしかない。ルーシアは温かいカップを、そっとリリアに持たせた。リリアはゆっくりとそれを飲む。ほっと息をついて、体の力を抜いたように見えた。それに、ルーシアとシルビアは安堵の息を吐き出す。
「シルもどうぞ」
そうカップを差し出されて、シルビアは受け取るしかなかった。シルビアもおとなしくお茶を飲む。温かい熱が、ゆっくりと体に広がっていくのが分かった。
「父さまと十六夜は無事だろうか」
ぽつりとリリアがこぼす。ルーシアは笑った。
「大丈夫よ。だって、ずっと元気に戦ってる音が聞こえてきてるじゃない」
「―うん。そうだな」
(確か、十六夜とリリアの父親は殺しあっているんだよな?)
ちょっと会話がずれているような気がするシルビアだったが、突っ込みを入れる勇気はなかった。




