決着編―リリアの願いを叶えよう7
(暁はどこに行った?)
十六夜は暗くなったあたりを見渡す。暗いことは鬼の目にとって不都合ではないが、いかんせん木が多い。あれだけ強い殺気を放っていながら隠れるときは隠してしまえるとはまた厄介な敵だ。
十六夜は左腕を押さえる。
(使い物にならない)
ずきずきと痛んでいたそれは、いまやすっかり何も感じなくなっていた。やられたのは夕刻だったか。千切られそうになるのを回避はしたが、関節をやられだらりとぶら下がっていた。
(これならくれてやるんだった)
いっそ自分で引きちぎってしまおうかとも思うが、リリアに治療してもらうときに見つけるのに難儀するのは避けたいと思いやめる。
十六夜もやられているばかりではない。その長い爪で暁の左目に傷をつけていた。
(浅かったかな)
時間を稼いで自力で治癒させようとしているのかもしれない。それは困ると十六夜は気配を探る。しかし暁らしい気配は感じ取れない。
(あっちは俺の位置をわかっているのかな)
あれは鬼神だ。きっと思いもがけないことをやってのける。
「はあ」
熱くなった息を吐き出す。熱を逃がそうとしての行為は、逆に十六夜の体を熱くする。心臓が、どくどくと体中に熱くなった血を流し込む。動けと、動けるだろうと、主張するようだ。
その感覚に、十六夜は恍惚と笑んだ。
「楽しい―」
次の瞬間、十六夜は右手をえぐろうとでもするように突き出した。腹にでも当たれば万々歳だと思っていた攻撃は避けられ、暁も地面をえぐった。
「あなたも、楽しい?」
赤い右目が、柔らかく細められる。その瞳が、是と答えていた。下にいる暁に向かってかかとを落とそうと十六夜は足を振り上げる。落とした足は、暁がえぐった地面をさらに深くえぐっただけだった。体重が前に移るから、十六夜はそのまま前転した。十六夜の首があったところを暁の腕が襲っていた。十六夜はそのまま足払いをかけようとするが避けられる。開いた距離はすぐに両者によって縮められる。
それの繰り返し。両者ともなかなか攻撃を相手に当てられずにいた。それだけ、当たれば致命的になりうる攻撃だった。
(せめて、暁の腕も一本にしたい)
攻撃をよけ、繰り出す。狙うのは首。しかしその前に動きを封じようと足や腕が狙われていた。十六夜の爪が暁の頬を掠る。それだけでわずかに動きが変わる。十六夜は膝を暁の腹に食い込ませた。暁の体が飛んでいく。体勢を立て直される前に追いかける。地面に転がっていた暁の左肩を右足で踏み潰す。痛みに暁の咆哮が上がった。しかし、深くは追わない。一度距離を取ると、案の定暁の足がすさまじいスピードで十六夜の頭があった場所を通っていくところだった。
(これで少しは有利になったか?)
ゆらりと、立ち上がった暁から戦意は消えているようには感じられず、むしろより強く瞳は赤く輝いているように見える。
「そう来なくっちゃ」
十六夜は、ぺろりと唇をなめた。
※
目が覚めれば、リリアはシルビアに自分が寄りかかっていることに気が付いた。慌てて体勢を立て直す。そしてこれも慌てて窓の外見やれば、空は厚い雲で覆われている。
(今、何時だ?)
「んー」
見ればシルビアが伸びをしていた。そしてゆっくりと目を開く。視線はふらふらとさまよって、窓際にいるリリアを見つける。
「おはよう」
とろけるような笑顔でシルビアがリリアに挨拶をした。まだ寝ぼけているらしい。扉が開く。アストラスが盆を抱えて入ってくるところだった。
「ああ、起きたか。よく眠っていたから起こすに起こせなくてな。朝食だけもらってきた」
「悪いな」
アストラスがテーブルにおいてくれた朝食にリリアは手を伸ばす。アストラスが選んできてくれたのはサンドイッチだった。それをもぐもぐと食べながら、アストラスに尋ねる。
「まだ朝だよな」
「そうだ」
リリアは食事を済ませると立ち上がり、本を手に部屋を出ようとする。見ればシルビアはまた舟をこぎだしていた。それがおかしくつい笑ってしまう。
「きっと疲れたんだろう、寝かせてやると良い」
「助かる」
アストラスはシルビアの体をソファに横たえさせる。改めて布団をかけてやっている姿は親の様だった。リリアはその光景に目を細めながら部屋を後にした。
書庫に行くと、シルビアとアストラス以外のメンバーは集まっていた。ルーシアがリリアに気づいて手を振る。
「おはよう、よく眠れた?」
「ああ、ルーシアたちは?」
「私は元気よ」
「―…浅葱たちはどうした?」
いつも一緒の鬼たちは、どこか疲れた顔をしていた。ルーシアは困ったように笑う。
「ちょっと、教育が厳しくて」
「教育?」
「リリアは気にしなくて大丈夫よ」
こちらの話だから、と言われればそれ以上言及するわけにもいかない。リリアは本を本棚に返してくると、新たな本を手にルーシアの隣に戻った。
「これもだめねー」
ルーシアが隣で伸びをする。その動きを感じながら、リリアは本を読んでいた。そこに、気になる表記を見つける。
『水の王の時、供物として300人の人間が贈られる』
(水の王?水の王と呼ばれていた鬼神が在位していたのはいつだ?)
ぱらぱらと、年表が載っている本を開く。水の王と思しき鬼の名を見つける。
(今から1000年ほど前。2代前の鬼神か)
これほど昔の出来事なら、暁も知らないだろうとリリアは思った。鬼神は別に世襲ではない。ただその時その時の黒い鬼が鬼神となる。そんな彼らはあまり先代の統治に興味は持たないようだった。しかし、鬼神に仕える鬼たちは己の王の偉業を記録しておきたがるものらしい。だから、日の目を見ない記録がこの書庫にはたくさんある。
「何か見つかりましたか?」
うーんとうなっているリリアに気づいて、アスランが声をかける。リリアは供物の表記があった本をアスランに押し出した。
「これは―」
アスランは厳しい顔をした。
「水の王の時代ですか」
「ああ。この時代のことを調べれば何かわかるかもしれない」
「そうですね、絞ってみましょうか」
「なになに?」
ルーシアが説明を求める。リリアとアスランは供物の表記を指さした。
「あら、怖い」
「水の王は、この供物をどうしたのだろう」
リリアが首をひねった次の瞬間、落雷が起きる。白く世界は光り、びりびりと窓を揺らした。これがただの雷なら見逃してよかった。ただ、そこには何らかの魔力が介在しているのをリリアとルーシアとアスランは感じ取った。
「―お父さまの雷は、紅なのよね?」
「ああ、白色は父さまの色ではない」
「では、誰が」
アスランが窓際に寄る。窓の外、森の奥では白い光が縦横無尽に走っていた。
「何か、様子がおかしい」
「なんだと?」
リリアが別の窓に駆け寄る。アスランが見たのと同じ光を、リリアも見つける。
「誰か、戦いに介入しているのか?」
「なんですって?」
リリアの言葉に、ルーシアが眉根を寄せる。浅葱と劉輝も反応した。
「鬼でも追いつかない戦いだぞ?誰が介入するんだ?」
「わからない。しかし、あの光は間違いなく魔術師のものだ」
リリアは窓を開けた。窓枠に足をかける。
「ちょっとリリア!どうするの!?」
「邪魔をするやつを始末する!邪魔などされてたまるものか!」
そう言い残すと、窓から外へ飛び降りて行ってしまう。アスランが慌てて下を覗き込めば、リリアは結界を張り、その上を移動していた。安堵のため息がこぼれる。
「私たちも向かいましょう」
「うう~すまない、寝坊した」
アスランが踵を返したとき、のんきに目をこすって入ってきたのはシルビアだ。アストラスも一緒にいる。
「シル!戦いよ!弓矢用意して!」
「なんだと?」
「魔術師が鬼神の戦いに介入してる」
「何?」
事態の異常さに、シルビアも眠気が吹っ飛んだようだ。シルビアは口を開けたまま、アストラスを見上げる。
「戦えますか?」
「愚問だ」
シルビアは顔を険しくすると、大股で自室に弓矢を取りに戻るのだった。
※
リリアは結界を足場に宙を駆けていた。その間にも白い光が森の上に浮かび上がり、時折森に向かって放たれる。そこから起きる土煙の大きさに、確かに父である鬼神と己の黒い鬼がいるのだとリリアは確信する。
雷の剣を召喚する。それはリリアが父から受け継いだ赤い色をしていた。白い光が紋章を描き浮き上がる。その数の多さと自分との距離に舌打ちする。威嚇するように赤い雷を落とす。
「雷よ、我が命に従いて罪人を罰せ!」
天から降り注ぐ雷は地を焼いただけのようだった。
(まさか当たるとは思っていなかったがすべて避けられるとはな)
白い光の矢がリリアに向かって放たれる。リリアは正面にも結界を展開し盾にして強引に走り続ける。
リリアの瞳が、宙に浮く黒いフード付きのローブを着た人影をとらえる。何人かは狙いをリリアに定めたようだ。残りの黒フードはリリアを無視して地上で繰り広げられている戦いに介入していく。
リリアの瞳が怒りに紅く染まる。
「父さまの戦いを!最期の戦いを汚すな!」
リリアは紅い剣を振り下ろす。黒フードは結界で剣を受け止めるが、単純に魔力はリリアのほうが強い。結界は音もなく割れて、刃はその体に届いた。
(なんだ?)
その感触に違和感を覚える。リリアは手を伸ばすと首根っこをつかみ、そのまま落下する。地面にしたたかに体を打ち付けられて何かが壊れる音がした。リリアは剣を地面に突き刺し、空いた手でフードをはがした。
「っ!骸骨?」
そこにあったのはただの骨だった。届いたのに空を切るような感触はこのせいかとリリアは理解する。先ほどの音は骨が折れる音だろう。
リリアはごろりと横に転がった。リリアがいた場所に白い光の矢が突き刺さる。それは味方であるはずの骸骨に刺さっているのだが、上にいる黒フードたちは気にしていないようだった。
「ちっ!」
リリアが地面に打ち付けた骸骨は、ゆらりと糸を上から引っ張られたかのように体を起こした。
「粉々に砕くか、燃やし尽くすくらいしか対処が思いつかないな」
そうしなければ無限にこの敵は起き上がり続けるだろうとリリアは当たりをつける。立ち上がった骸骨は、リリアのように白い剣を召喚する。骸骨を入れて3人がリリアに切りかかってきた。その斬撃と、上から放たれる白い矢を避けながら対処法考える。
(この体に意志があるようには思えない)
感情が、感じられない。恐怖も、痛みも、緊張も―何も感じさせないその骸骨は、何者かに操られていると考えたほうがつじつまが合う。
(他の奴らもそうなのか?)
リリアは肉薄してきた黒フードの腕を切り落とす。どこか乾いたその感触は、やはり相手が骨だけなのだと確信させる。
(とにかく、壊すしかない!)
動かなくなるほどに。リリアはまだ残っている相手の腕を取ると、そのまま地面にたたきつけるように投げる。そこで手を離すことはせず、強引にさらに力を加え、肩を壊す。ばきっと硬い音がした。
この間も空からの攻撃は止んではいない。リリアは上にいる黒フードたちを巻くように森の中を駆ける。都合よく、地面に下り立っていた3人はリリアを追いかけてくる。
(これで父さまたちのところに行かれたら面倒だ)
リリアは手放していた剣をまた手に召喚する。足を止めると、追いかけてきた3人を迎え撃った。頭が飛んでいく、足を切り落とす、あるものは胴で体を上下に分けた。分かれた体は接着することはなかったけれど、ふらふらと浮いてリリアに襲い来る。
(もっと細かく!)
バキバキと音がして、空から落ちてきたのは浅葱だった。黒フードの頭をわしづかみにして地面にたたきつける。骨が砕ける音がした。この力技は少々自分には無理だなとリリアは思った。そもそも手の大きさが足りない。
「浅葱!殺しちゃ話聞けないじゃん!」
「骨が口を利けるもんか」
茂みから飛び出してきたのは劉輝だ。浅葱をいさめるが、浅葱は反省することはなく黒いローブをはいだ。
「骸骨!?」
劉輝が驚きの声を上げる。一瞬立ち止まったリリアと浅葱と劉輝は、空からの攻撃を避けるために散る。
「まさか首突っ込んできたのはここにいる奴だけではないだろう」
「何体かは父さまたちのところにいる」
「追え。ここは引き受ける」
「―頼んだ」
リリアは状況を見るために結界で空へと駆けあがる。上にいる敵の中に飛び込むことになるが、それも浅葱たちがどうにかしてくれるだろう。思った通り、木を登っていた浅葱が見つけた空中にいる敵を地面に引きずりおろすのが見えた。
(どこだ)
リリアは当たりを見渡す。
(父さま)
黒い雲に覆われ、空は今にも泣きだしそうだった。
(十六夜)
キンとブレスレットが鳴った気がした。リリアは視線を落とす。金色の腕輪に、黒い宝石がひとつついている。何か感じるものがあって、リリアは後ろを振り返る。遠くで、白い光がはじけた気がした。
「あっちか!」
リリアは駆ける。己が父の誉ある死地を守るために。
(邪魔させない)
これは次の鬼神を決める聖なる戦いだ。それを汚すなど絶対に許さない。黒いフードがふらふらと浮いているのが見えてくる。空から攻撃を繰り返すのは、下の戦いがそれだけ激しいからだろう。
「雷よ」
ごろごろと空から音が降る。
「我が命に従いて罪人を罰せ!」
空を赤い雷が走る。それは枝分かれして、リリアが確認できた黒フードを狙い落ちていく。1体、炎を上げて落ちていくのが見えた。今度は3体、リリアを足止めするように外れてやってくる。
「雷よ」
リリアは手を高く上げると、その手のひらに雷を落とす。その手を前に下して、どこか厳かに言った。
「我が命にしたが行って罪人を罰せ」
手からあふれた光は細く空をかけ、黒フードたちを射抜く。その衝撃に骨がはじけ砕け散っていく。
「覚悟は良いな。雑魚ども」
リリアは凶悪に笑った。




