決着編―リリアの願いを叶えよう6
リリアは暁と十六夜が森に飛び出してしまった後、暁の寝室へと入り込んでいた。何十年も閉まっていたカーテンと窓を開ける。外は曇りだしていたが、それでもうっすらと日差しは入ってきた。
「母さま」
リリアは、父親が決してそばを離れようとしなかったベッドに近寄った。そこではもうミイラのようになってしまった母の体があった。
「腐らなかっただけマシか」
「リリア」
そっと、ルーシアが肩に手を置く。リリアはその手に自分の小さな手を重ねた。
「母さまの躯だ。十六夜が勝ったら父さまと一緒に埋めようと思う」
「そうね」
「予想はしていたが、暇になってしまったな」
シルビアは苦し気にアリアの体に視線を落とした。
「良ければ書庫に、案内してもらえますか?今のうちに村のことを調べておきましょう」
「そうだな」
アスランの提案に、リリアはアリアを一瞥して部屋を後にした。
石造りの城は、窓が少ない。何十年も来ていなかった城だったが、勝手は覚えているものらしい。リリアはすたすたと城の中を歩いていく。リリアが書庫と呼んだそこは、そんじょそこらの街の物よりずっと大きな図書館だった。
「城にあると言われたときに予想しておくべきでしたね」
そのあまりの大きさに、アスランは少々後悔を口にした。
「すまない、皆が書庫と呼ぶから私も書庫だと疑問もなく思っていた」
「いいえ、大丈夫です」
「私もこの部屋の本はそれなりに読んだ。たぶん、村の歴史となればあちらの方になると思うのだが」
「また本探しか」
どこかげんなりした浅葱の声が聞こえた。リリアは振り返らずめぼしい本棚にアスランを案内した。
「確かに、ここが歴史のコーナーのようですね」
アスランは本を手に取り出し、ぱらぱらとめくり始める。それを見て、ルーシアとシルビアも本に手を伸ばした。
「俺たちガラじゃないからな~」
劉輝はぶつぶつ言いながらなるべく薄い本を選んでいた。案外本に抵抗がないのはアストラスのようで、文句ひとつ言わず調べ物に移る。
黙々と調べ物をする。時折ドーン、ズドーンと音が聞こえてくるのは黒い鬼の戦闘音だろう。鬼はやはり刺激されるのか浅葱と劉輝がそわそわしていた。
日が傾き、リリアはロウソクに明かりをつけた。その明かりで本を読みふけっていると、図書室の中に入ってくる鬼がいた。
「姫」
リリアはその声に顔を上げる。
「梓。お前も残っていたのか」
リリアが驚いていると、女の鬼はくすくすと笑った。
「我らは王の鬼故、最期の時までここにおりまする」
梓はリリアが連れてきた客人の顔を見渡すと、柔らかく笑んだ。
「食事の用意がございます。何を調べていらっしゃるのかは存じ上げませんが、休憩も必要でしょう。姫の部屋も出ていかれた時のままですよ」
「ありがとう、助かる」
「ご友人もどうぞ」
梓に案内されて食堂に連れていかれた。
「本来姫にこのような場所で食事をしていただくのは恐れ多いのですが、ご友人も一緒となればなかなか広さを取れる場所がなく」
申し訳なさそうにする梓に、リリアは礼を言った。
「いや、ここで十分だ」
「さようですか」
テーブルの上には、パンに肉料理にサラダにスープと様々な料理が乗っていた。ごくりと浅葱と劉輝は唾をのむ。
「どうぞ、姫がいらっしゃるということで当真が腕を振るったんですよ」
「当真もいるのか」
「ええ、後でお呼びしましょうか」
「頼む」
リリアはためらいもなく椅子に座る。リリアをはさむようにルーシアとシルビアが座った。男性陣も各々に座る。
「いただきます」
リリアが両手を合わせてそういうから、皆もいただきますと手を合わせた。それを嬉しそうに梓は見ていた。
「うわーこれ美味しいね!」
「戦ってる間に俺たちだけ飯食ってたと知ったら、十六夜文句言うだろうな」
「十六夜食いしん坊だもんね~」
劉輝と浅葱はそんな会話を交わす。
「シル、ニンジンを避けない」
「うう、お前は少し厳しすぎる」
「あら、シル、ニンジン嫌いなの?」
「どうしてもこれだけは苦手でな」
アストラスの注意から、シルビアの苦手なものが見つかってルーシアは意外そうな顔をした。
そんなこんな和気あいあいと会話をしながら食事は終わった。食事のあと、一度部屋に通された。暁がアリアの遺体と部屋にこもるようになってしまってからも、鬼たちは城を整備していたようだ。一人1つ客間が用意された。
「なんか、逆に落ち着かない」
劉輝はすぐにアスランの部屋に駆けこんだ。そこにはルーシアと浅葱もいた。ルーシアは苦笑いでごまかそうとする。
「なんだ、ふたりもいたんだ」
「ええ、いろいろ話もしたかったし」
「シルビアはリリアの部屋に行ったようですね」
そんな話をしていると、コンコンと扉がノックされた。訪ねてくる者があるかと一同は首を傾げた。また、コンコンとなる。
「どうぞ」
部屋をあてがわれたアスランが返事をする。部屋に入ってきたのは梓だった。
「お疲れのところ申し訳ありません。お時間よろしいですか?」
「えーと、何かしら」
「皆さまは、次の王の補佐をするべくいらっしゃった方々ですか?」
「「補佐?」」
浅葱と劉輝が声を合わせて引っかかった言葉を繰り返した。梓は不思議そうな顔をする。
「違うのですか?」
手にたくさんの書類を抱えている。一度それを手近な机に置くと、困ったなという顔をした。
「私たちは、今の王が在位してから集まってきまして」
「ええ」
「王が先代を倒されると、すぐに先代に仕えていた鬼たちはこの城から出て行ってしまいました。ですから、いろいろと業務を覚えるのが大変でしたので、よろしければ引継ぎをと思ったのですが」
「十六夜が勝ったら、あなたたち出て行くの?」
ルーシアは目を丸くした。梓は頷いた。
「ええ、王が変われば城の雰囲気もがらりと変わります。私たちの時代もそろそろ終わりでしょうから、皆それぞれに散っていくでしょう」
「リリアはそれを知ってるのかしら」
「そういえば、説明をしたことはありませんね」
梓は困ったという顔をした。
「確かに、姫には行く当てがありません」
「ちょっと待って!リリアもここ出てかないといけないの?」
「まあ、先代の娘ですし」
「―それは大丈夫でしょう」
アスランが梓とルーシアの会話に割って入る。
「十六夜がリリアを手放すとは思えません」
「十六夜というのは、姫が連れてきた黒い鬼のことでしょうか」
「そうです」
「その鬼と姫はどういう関係で?」
すっと空気が冷えた。暖炉がパチパチと音を立てていたが、それでも寒いとルーシアは思った。
「どういう関係というか、主従かしら?」
「主従!姫があの男に従っていると!?」
「違う違う!逆よ!」
「逆!?黒い鬼が従者になったというのですか!?」
梓は信じられないと口をパクパクさせた。そしてなにか思い当たる節があったのか頭を押さえた。
「確かに、姫は無謀なことをなさいますが。まさか、黒い鬼を従えるなど―」
「きっちり戦い方や、生活の仕方まで指導済みだぞ」
浅葱が説明してやれば、梓はあきれたと口を開く。
「それは本当に黒い鬼なのですか?」
「ちょっと彼は特殊というか、私たちのせいでもあるんだけど―」
「どういうことですか?」
ルーシアは十六夜が鬼の里でどのような扱いを受けていたのか説明した。梓は合点がいったと頷く。
「我が王が偉大と言っても、あまりに次代の黒い鬼がやってこないなとは思っていたのです。まさか捕らわれていたとは」
それにしても、何故捕らわれたりしたのでしょうと梓は首を傾げた。
「それを覚えている奴はもうどこにもいないな」
「考えても無駄ということですね」
浅葱の言葉に梓はそう判断した。そして話を元に戻す。
「しかし、いくら姫が主だと言っても、あの黒い鬼が勝ってしまえば姫の血よりあの鬼の血のほうが強くなります。いくらでも反故にできるのです」
「たぶん、十六夜がそれをしないというか」
「何故そう言い切れるのですか?」
「言い切れるというか」
「十六夜はリリアが大好きだから」
「な!?」
なかなか説明できないルーシアに変わって劉輝が爆弾を投げることにした。梓は目を見開いている。
「姫はあの黒い鬼と恋仲なのですか!?」
「主従以上、恋人未満って感じかしらね」
ルーシアがどうにか説明しつつ落ち着かせたいと言葉を選ぶが、それはうまくいかない。梓はその場で行ったり来たりし始めた。
「これは王に報告しなくては…いやしかし王は今最期の戦いに出向いていらっしゃって―ということは、我らしか見極められる者はいない?」
少々恐ろしいことをぶつくさとつぶやいている。
「大丈夫よ?十六夜、リリアのこと、とても大切にすると思うし」
「当然です!碌でもない男に姫が惚れるはずがありません!」
なにより、あの王が父君なのです!目は肥えてないと困ります!と謎理論を言い出す始末だ。
「まあまあ、そういうわけだから、リリアは大丈夫だよ」
劉輝がどうどうと両手を前に突き出す。それに梓は眉根を寄せながらも黙った。そしてコホンと咳ばらいを一つする。
「さて、引継ぎは如何にしましょうか」
きれいに笑って見せたが、お前ら引き継いで行けよと梓は言外に言っていた。
※
「今も十六夜が戦っていると思うと変な感じだな」
ベッドでゴロゴロと本を読んでいるリリアに、シルビアはそう言葉をかけた。リリアは本をめくる手を止める。
「そうだな。時折音が聞こえてくるから戦っているのだろうということは分かるが」
変な感じだ―とリリアも続けた。
「嫌にこの城を囲う森は深いと思っていたが、このためだったんだな」
リリアはよいしょと体を起こすと、シルビアの隣に座った。本はまだ手の中にある。
「何かわかりそうか?」
「いいや、これは外れだ」
リリアはもう一度ぺらぺらと本をめくった後、テーブルに放った。古そうな本だが、そんなぞんざいな扱いでいいのかとシルビアは少々心配になった。
リリアは知ってか知らずか、ぺたりとシルビアに体を寄せている。うつむいて、何やら手をいじっている。
「落ち着かないのか?」
「ああ」
リリアはうなずいた。シルビアはリリアの手を握った。リリアもギュッと握り返してくる。そのかわいらしさに、胸がきゅんとなるのが分かった。
「十六夜はいつもこんな気持ちだったのか?」
それはうらやましい、とシルビアはつぶやいた。リリアはどうした?と首をかしげて見せたが、それすらも愛らしい。
「シル、顔が情けないことになっているぞ」
「うるさいぞ!」
シルビアについてきたアストラスが、己の主に突っ込んだ。リリアは何事かと軽く目を丸くしているが、シルビアは笑顔で何でもないと答えることに成功した。
「いつも十六夜がそばにいたものな。不安になるよな」
「そうだな。気づけば依存しているものだな」
「うーん、別に悪いことではないと思うぞ?」
「そうか?」
「ああ、人はひとりでは生きられないものだ」
「そうでは、あるんだが」
リリアは考えるように目を伏せた。
(もし、十六夜が勝てば)
この城で暮らさないかと、言ってしまいたい気持ちにかられる。しかし、簡単に約束などするものではないとも思う。暁が死んだとき、自分がどうなるかなんてわからないのだから。
シルビアはリリアが何となく落ち込んでいるように見えて、何か言葉をかけてやりたいと思ったが、いい言葉が思いつかない。そうこうしているうちに、肩に重さを感じる。見れば、リリアが眠って寄りかかってきていた。
ベッドで眠らずソファに座って眠る少女たちに、アストラスが布団をかけたのはまた別の話。




