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鬼神殺し―リリアと十六夜の物語―  作者: 水彩月子
―第一章―リリアの野望編
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決着編―リリアの願いを叶えよう5

 道案内などしなくても、十六夜はどこを通れば城に行ける分かっているようだった。迷いなく森の中を進む。黒い鬼は鬼神の城への道をわかっているものなのかもしれないし、また城に呼ばれるものなのかもしれない。


(まあ、どちらでも構わないが)


リリアは外套も着ないで隣を歩く十六夜の顔を見上げる。いつもの笑顔はない。けれど、機嫌が悪いというわけでもなさそうだった。


(十六夜が少し変わった気がする)


何が違うのかと問われれば、それはよくわからないのだけれど。十六夜が視線に気づいてリリアを見てくる。にこりと十六夜はきれいに笑った。


(こんな笑い方をする男だっただろうか)


いつもどこか子どもっぽくて、子どもにしか聞こえない笛の音に操られて。そんな彼と、今の彼はどこか重ならない。


(私の時間が止まっているから)


リリアははたと思いいたり、胸の前でギュッと手を握った。自分だけ成長しないで、十六夜が先に行ってしまったのかもしれないという不安に襲われる。


「リリア、怖い?」


うつむいてしまったリリアに、十六夜から声がかかる。リリアは顔を上げずふるふると首を横に振った。


「怖かったら、村に残ってても大丈夫だよ?」

「行く!父さまにも、会っておかないと!」


最期に一目、会いたい。たとえ会話は交わせなくても。きっとあの黒い目は、自分をうつさないのだろうけど。十六夜が心配そうにリリアの顔を覗き込む。置いていかれてなるものかと、リリアはにらみつけるように十六夜の目を見るのだった。すると、十六夜はひょいとリリアを抱え上げた。リリアは下せと暴れたが、効果はなかった。


「リリア」


静かな声に、リリアは動きを止める。上を見上げれば、十六夜はただ前を見据えて進むばかりだった。


「俺は負けないよ」

「…。」

「俺が勝つ」

「…。」

「いいね?」

「ああ。―勝ってくれ」


(父さまを、解放してくれ)


リリアは、十六夜の胸に顔をうずめた。


(ああ、自分は甘えてばかりだ)


十六夜の温かい手が頼もしい。グラグラと不安で心が揺れる。自分が殺せなかった鬼神暁。あの時の赤い目は今でも忘れられない。この手で殺そうと一度は思った。それは叶わなかったけれど。だから、十六夜を探した。けれど、いざ父が死ぬのだと思うと心が恐怖に震える。


(だから、みんなついてきてくれるのだろうか)


本当は十六夜一人で行けばいい。それをリリアがついていくから、リリアを心配して皆ついてきてくれるのだろうかとリリアは思案する。


(怖い)


リリアは十六夜の腕の中で丸くなる。リリアの心を読んだように、十六夜はリリアを抱く腕に力を込めた。


午前中いっぱい歩くと、開けた場所に出た。そこは春には一面花が咲き誇るのをリリアは知っていた。


「ここで、父さまと母さまは出会ったんだ」

「そうなの?」

「ああ。季節は今と違って春だったそうだが」

「そうなんだ」


ここは、リリアがアリアの屍を暁に渡した場所でもあった。暁は一晩中慟哭し、次の日の昼にふらふらとアリアの体を抱えて城に入っていったのだ。あと数十分歩けば城につくだろう。リリアは下ろせと十六夜をぽんぽんと叩く。十六夜は一度リリアの顔を見た後、ゆっくりと下ろしてくれた。


「もう少しでつく。父さまに仕えている鬼がまだいるかもしれない。私だけ自分の足で歩かないわけにもいくまい」

「そうかな」


十六夜は気にしすぎな気がするけど、と首をかしげたが、私が歩きたいんだと笑えばそれ以上何も言わなかった。


「これだけ広いと、お花もいっぱい咲くのかしら」


ルーシアが風に揺れる髪を押さえながら辺りを見渡す。リリアはうなずいた。


「ああ、春は見ものだ」

「それは見てみたいな」


シルビアもしゃがみこんで今は葉だけになっている植物を眺めた。


「シル、今は先に進むぞ」


アストラスがシルビアを立たせる。シルビアは怒られてしまったなとリリアに向かって笑った。


「行きますか?少し休みますか?」


アスランが十六夜に問いかける。十六夜は即答した。


「大丈夫。疲れてないから」

「ならば先を急ぎましょう」

「はーい」


アスランの言葉に、劉輝がのんきな返事をする。十六夜は長い髪を揺らして城の方へ振り返った。そして歩を進める。リリアもその隣を歩いた。


太陽が天中にまで登ったころ、城の入り口までたどり着いた。打ちひしがれたような門番が立っている。鬼だと簡単に知れた。その鬼は、ゆっくりと視線をリリアたちに向けた。そして、大きく目を見開いた。


「姫―」

「灰羅!」


リリアは嬉しそうに門番をしている鬼に駆け寄る。


「姫!どうしてこんなところに!」

「十六夜を!次の鬼神になる鬼を連れてきた!」

「何をおっしゃって―」


灰羅と呼ばれた鬼は、ゆっくりと客人に視線を合わせた。その一番前にいる青年の姿をした鬼は、確かに黒い髪と黒い瞳を持っていた。灰羅の瞳が揺れたのが皆分かった。


「あなたは、本当に―」

「約束したからな!」


灰羅は笑うリリアを抱きしめた。


「お辛かったことでしょう」

「灰羅も、ずっと城を守ってくれてたんだろう?遅くなってすまなかった」

「どこか別の場所で幸せになっても良かったのですよ」

「私は父さまの娘だからな」


リリアは灰羅から体を離しながら首を横に振った。


「父さまは、寝室にいらっしゃるか?」

「はい、変わらず奥様といらっしゃいます」

「分かった」


リリアは後ろに立っている十六夜を見上げた。


「案内する」

「うん」


自分の前を通り過ぎる十六夜に、灰羅は深く頭(こうべ)を垂れた。ルーシアはぺこりと灰羅に頭を下げて小走りでふたりを追いかける。リリアが連れてきた一行がすべて自分の前を通り過ぎると、灰羅は曲げていた腰を伸ばし、その背にポツリとこぼした。


「姫をお願いします」


※


 城の中には、まだ暁に仕える鬼がいくばくか残っていた。リリアを見かけるたび驚いた表情を見せ、十六夜を見るたびにすべてを悟ったように腰を折る。ルーシアたち人間には不思議そうにしていたが、さらに浅葱たちが続くと何か合点がいったように見送った。


リリアは北側の塔に皆を案内した。石造りの階段を上っていく。十六夜は、階段を一段上がることに血が沸き立つのを感じていた。


(ここに鬼神がいる)


全身がそれを感じている。心臓が力強く脈打つ。その興奮に、我を忘れてしまいそうになる。


前を歩くリリアが足を止めた。十六夜も止まる。目の前には大きな扉が鎮座していた。


「ここに、いるの?」


聞かなくてもわかっていた。リリアはうなずいた。


「ここに、母さまと一緒にいる」

「―リリア」


十六夜は、小さな少女の名を呼ぶ。リリアはもう一度振り返る。リリアの前で、十六夜は持ってきていた剣を下した。それを差しだす。


「なんか、要らない気がするから持ってて」

「―そうなのか?大丈夫か?」

「リリアの父さまは、獲物使うの?」

「―使わない」

「なら要らない」


そう言い切る十六夜の顔を見て、リリアはおずおずと十六夜の獲物を受け取った。リリアにはあまりに大きいが、鬼の血が彼女がそれにつぶされることを防ぐ。それを背負って、リリアは扉に手を当てた。


「開けるぞ」

「うん」


リリアは扉を押し開いた。


「父さま」


カーテンすら閉じられた、日差しの届かない暗い部屋。その真ん中にある大きな天街つきのベッドの前で、両ひざをついている影がある。リリアは呼びかける。その数十年前と変わらない姿に。


「父さま―お待たせしました」


ぶわりと闘気が膨れ上がる。十六夜が歓喜に震えているのが分かった。それが伝わったのか、ゆるりと暁は振り返った。整った顔をした、青年の姿をした鬼だった。十六夜よりは年上に見える。黒い髪は輪郭を隠す程度の長さで切りそろえられている。黒い瞳に生気はなく、なぜ今動けているのかも不思議でたまらない。


「父さ―」


一陣の風がリリアの横を通り過ぎた。赤い残像が線を引く。ドガっと大きな音がしたかと思い振り返ると、そこには己の黒い鬼もいなかった。ただ、壊れてしまった壁だけがそこにある。壁を壊し、十六夜ごと外に出たのだと知れた。


「始まった―」


リリアは穴が開いてしまった壁に走り寄る。しかし、見渡せる場所にふたりはいない。城を囲う森から大きな砂煙が上がる。一度砂煙が上がると、次から次へと砂埃が舞い、地が揺れた。


「何がどうなってやがる」


浅葱がリリアの後ろから穴を覗き込んで外の様子伺う。


「俺らの目でも追えない」


劉輝がさらに浅葱の後ろから覗き込んでくるから、リリアは場所を譲った。劉輝が浅葱の前に滑り込む。


「移動距離が信じられないな」


アストラスも感心したように外を眺める。


「なんか、近寄れないし、近寄れたら最後死んじゃいそうね」


ルーシアの言葉にリリアはうなずいた。


「待つしかない」


先ほどまで晴れていた空は、いつの間にか雲に覆われていた。


※


背中を衝撃が襲ってから、攻撃されたのだとわかった。


(全然見えなかった)


これが


(鬼神!)


十六夜は目に血が集まって来たのが分かった。心が最強の敵に歓喜する。赤く目を光らせ十六夜を射てくる男の顔は、確かにどこかリリアと似ていた。


首をつかんでいる手を両手で握り返す。ぐっと力を込めても手は離れない。ならそのまま手首を砕いてしまえと力を加え続けると、十六夜の意図を感じ取ったのか暁は手を放し十六夜を蹴り飛ばした。


暁は地を蹴り自身が飛ばした十六夜の体を追いかける。しかしその足より十六夜が飛んでいく方が速い。十六夜は地に足をつけ、衝撃を受け止める。勢いを殺している間に何本か木を押し倒した気がしたが、数えている暇などない。


肉薄してくる暁の攻撃を避けながら、攻撃の機をうかがう。時折視界に入る暁の顔は確かに笑っていて、十六夜と同じように歓喜しているのだとわかった。暁はリリアの父であるけれど、やはり鬼でもあるのだと、何より黒い鬼であるのだと、戦いを心から愛する者だと十六夜は感じ取った。


(なら俺も、全力でやるだけだ)


元よりそれ以外に選択肢はないのだが。


次の鬼神を決める戦いは、三日三晩続くことになる。


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