決着編―リリアの願いを叶えよう4
村人たちがお情け程度の野菜とキノコを分けてくれる。干し肉が少ししかなかったから、アストラスと劉輝が森で鹿を狩ってきた。リリアはそれを手早く処理する。
「昔からな、村の奴らがくれる食べ物だけでは足りなくて、腹を空かせてよく森に入った」
リリアはルーシアと一緒に鹿肉の入ったスープを作りながらそんな話をした。
「はじめて動物を狩ってきた日、母さまは驚いてしまって私がけがをしてないかばかり心配していた」
「それっていくつくらいの時なの?」
「どうだろうか、8つか9つくらいか?でも体は4,5歳の人間の物だったかもしれないな」
「そりゃ驚くわね」
ルーシアはくすくすと笑った。
「ここは、お母さまと過ごした思い出のおうちなのよね」
「ああ。他の家よりは小さいし、暖房器具もないがな」
私がもう少し早く魔力の使い方を覚えていればよかったんだが、とリリアは顔をしかめた。
「魔術師の術は日常生活には向かないわよ」
「それもそうだな」
リリアもおかしそうに笑った。その様子はいたって平素通りに見える。が、それが空元気ではないかと思うのは、少々うがった見方をしすぎだろうか。
「このハーブを入れたら出来上がり」
ルーシアが持参したハーブで料理を仕上げる。それをリリアは興味津々といった風に見る。
「面白い?」
「基本魔力で治してしまうから、薬効には詳しくないんだ」
「体が温まったり、夏なら体を冷ますの手伝ってくれたり、いろいろ便利よ」
覚えるのは大変かもだけど、とルーシアは笑う。
「これは香りづけと、後は見た目ね」
「うん、美味そうだ」
リリアはうなずく。それがうれしくて、ルーシアはまた笑う。
「ほらできた。お皿出してくれる?」
「ああ」
リリアは食器類が入っている鞄を探す。大きな家具類は残っていたが、食器などの小物は処分されていた。それに、残っていたとしても洗う手間を考えれば自分たちで持ってきたものを使う方が良い。
「何を探してるんだ?」
風呂から上がってきたシルビアが何やらごそごそしているリリアを見つける。―最近は野宿が多かったから風呂は入っていなかった。外になるが、この家には一応湯を張れる浴槽があって、そこで張った湯でシルビアは体を休めてきたようだ。
「ああ、食器をな」
「それならここら辺に私がしまったような」
一緒にごそごそすると、鞄の中に袋を見つける。
「これだな」
シルビアが邪魔になるものを避けていてくれたから、その隙にリリアが取り出す。
「今日は鹿肉だったかな」
「そうだ。ルーシアがスープにしてくれた」
「美味しそうだな」
ふふふとシルビアは待ち遠しいというように笑った。それを見て、柔らかい表情でリリアはルーシアのもとに戻る。
「待たせたな」
「大丈夫よ」
ルーシアがリリアから食器を受け取ってスープを注ぐ。それをリリアがひとつひとつダイニングのテーブルに運んだ。
(母さまとも、こうして食事をした)
少し、胸がきゅっとなる。今は亡き母は、鬼神の務めを果たせなくなってしまった父を見たらどう思うのだろう。優しい人だから、自分を責めるかもしれない。
ちらと窓際から外を眺めている十六夜を見る。十六夜も、今は何を考えているのかわからなかった。
(何を考えているか、分かりやすい奴だと思っていたが)
存外そうではなかったようだ。全員分テーブルに食事を並べ終えると、リリアは十六夜を呼びに行く。
「十六夜?」
遠くから大きな声をかけるのははばかられた。十六夜は、静かな目でリリアに振り返ると、いつものように人懐っこく笑った。
「どうしたの?」
「食事だ」
「もう?!」
驚く十六夜に驚いた。食事を察知できない十六夜は十六夜ではないと言っても過言ではない。
「なんか悩み事でもあるのか?」
リリアは十六夜の顔を覗き込む。十六夜はうーんと首をかしげる。
「考え事は、してたけど」
「そうなのか」
何を考えていたのか聞くのはぶしつけな気がいて、遠慮しておく。
「ひとまず食べよう。冷めてしまうよ」
「そうしよう!」
十六夜はリリアの後ろに続いてテーブルまでやってくる。全員揃うのを待って食事を始める。鬼の主はダイニングテーブルの椅子に座り、鬼たちは適当にそこら辺にある椅子を引っ張ってきていた。それでも椅子が足りなくて、浅葱は立っていたが。
「ルーシアが作る料理はいつもうまいよね」
「あら、リリアも一緒に作ったのよ?」
「味付けには関与していないぞ?」
「十六夜?」
一口食べてから、また外を見ていた十六夜を浅葱が呼んだ。十六夜は驚いたように振り向く。
「どうしたんだ?食べないのか?」
「食べるよ?」
もう一口、口に運んでそれを飲み込んで、それから十六夜はうーんとうなって困ったように口を開いた。
「あのね、俺考えてたんだけど」
「だろうな」
浅葱は突っ込むようにそう言った。しかし、それを気にする十六夜ではない。
「―俺が鬼神になるとするでしょう?」
「なるんだがな」
なれよとリリアが圧をかける。十六夜は頷く。
「そしたら、この村の人たちも守らないといけないのかなって。―それは嫌だなと思って」
「どうなんだろうな」
浅葱も食事の手を止めて考える。劉輝は気にしていないのか食事を続けていた。
「王と言えば民を守るのが責務だが、鬼神は妖魔の王なわけだしな」
珍しくアストラスが会話に加わる。ルーシアも首を傾げた。
「うーん、本当は、交流する機会があってもいいのよね、お城の鬼たちと」
「父さまは、村人を怖がらせないようにと距離を置くようにしていた」
「そうだったのね」
「そもそも鬼神が怖いなら、何故ここに住み続けているんだろうな」
ぺろりと平らげたシルビアが腕を組む。
「先祖代々ここに住んでいたのだろう」
「そもそも何故鬼神が怖いなら、こんな場所に村を開いたんだ?」
リリアの答えに、シルビアは納得いかないようだった。
「―最初は、良好な関係を築いていたのでしょうか」
アスランが行儀よく飲み込んだ後に口を開いた。
「何か途中であったってこと?」
劉輝は皿を空にして、やっとのことで会話に入ってくる。
「―城に行けば、資料があるかもしれないな」
「でもお城に行けば戦いになるでしょう?」
「そうだな」
リリアが城に書庫があったことを思い出す。しかし、城に行くということは暁と十六夜の戦いが始まることを意味する。ルーシアの心配はもっともだ。
「十六夜は、鬼神になればあの城に住まわなければならないのだろう?ならこの村とも良い関係にあったほうが気持ちとしては楽ではあるな?」
「そうだねー」
シルビアの言葉に、お前が言い出したのだろうという返事を十六夜が返す。そして、ゆっくりとリリアを見た。
「―リリアは、仲良くしたい?」
「え?」
「あのテオルドって人も、生まれた年は同じって聞いた。もうおじいちゃんだけど、今からでも仲良くしたい?」
「それは、どうだろう」
リリアは目を伏せた。テオルドからはいじめられた記憶しかない。それはリリアが成長するに従ってなくなっていったけれど。そんな彼と、今から友好関係を築く。
「想像できないな」
リリアは首を横に振った。自分はそこまでお人好しではない。確固として許さないと思うわけではない。でも、だからといってすべて水に流せるかと言われればそうでもない。彼とは、つかず離れずの関係を維持するのがベストだろうと感じた。
「そっか」
十六夜はまたゆっくりとスープを口に運んだ。もぐもぐと咀嚼する。
「消しちゃいたいな」
そのつぶやきを、咎められるものは誰もいなかった。
※
翌朝、リリアは川辺を歩きたいと言った。確かに村の外には大きな川が流れていた。リリアのそばにいるようにとルーシアに言われた十六夜は、きちんとその役目を果たしていた。元より、リリアのそばを離れるつもりは十六夜にはなかったけれど。
「私が母さまのお腹の中にいるころ、父さまと母さまはこの川辺で会っていたらしい」
「そうなの?」
「ああ、村で産婆をしている老婆がいたのだが、そう教えてくれたよ」
「その人とは仲良しだったの?」
「婆とよんで懐いていた」
「そう」
懐かしむように目を細めるリリアに、十六夜も表情を柔らかくした。ふたりでてくてくと歩いていると、ひょこりと前に姿を現す者がいる。
「なあ!兄ちゃん、鬼の王様になるって本当か?」
それはジークよりは1つか2つ幼く見える少年だった。背に妹だろうか、よく似た少女が隠れている。
「そうだけど」
「な!王様だって言ったろ!」
「でも、まだ王様じゃないよ?」
少年は昨日の騒ぎをどこかで聞いていたのかもしれない。それを妹に教えたが、信じてもらえなかったというところか。妹はまだ納得していないようだったが。
「なーなー、ずっと旅してきたんだろう?外の話聞かせてくれよ」
少年は妹の言葉は気にしないことにしたらしい。きらきらと目を輝かせて請うてくる。リリアと十六夜は目を合わせる。リリアは苦笑して頷いた。
「いいよ」
「やったあ!」
少年は跳んで喜んだ。それが存外愛らしくて、十六夜はつい笑みをこぼす。十六夜は川辺に立っている木を見つけて、その陰に座った。少年も妹を連れて十六夜の前に座る。
十六夜は語って聞かせた。自分が鬼の里というところにいたこと、リリアと出会ったこと、妖魔を狩ってお金を稼いだこと、子どもをさらう笛吹のこと、タカラベと桜花のこと、アズリルで仲間が増えたこと、雪山で浅葱たちと再会したこと、今から鬼神を倒しに行くこと。少年はどの話も楽しそうに聞いていた。
「いいなー俺も旅してみたいなー」
「大きくなったらすればいいよ」
「できるかな」
「できるんじゃないかな」
そういわれれば、そうかなと嬉しそうに笑う。しかしすぐに不機嫌そうに眉をハの字にする。
「父ちゃんも母ちゃんも頭悪いんだぜ?兄ちゃんたちには会いに行くなって言うんだ。村を壊す悪いやつだからって」
「ああ~まあね~」
壊してやりたいという気持ちがある十六夜は、言葉を濁すしかない。
「でもさ、壊すんならもうとっくに壊してるよな!鬼の王様になるくらい兄ちゃん強いんだから!」
少年はからっと笑った。そう言われると、そうかもしれないと思ってしまう十六夜である。
「俺たちのこと、怖くないの?」
「怖くないよ?」
少年は何故そんなことを問うのかと首を傾げた。
「嫌な奴って思わないの?」
「思わないよ!話聞かせてくれる、良い兄ちゃんだなって思うよ!」
「―そう」
十六夜は、笑った。何か、腹に落ちたような笑みだった。
「俺が王様になったら、お城に遊びにおいで。今日はいろいろ端折って話したから、もっと詳しく教えてあげる」
「本当!あとさ、大きくなったら旅に出られるように強くしてくれよ!」
「できるかなー」
十六夜は困ったように笑った。妹の方は十六夜の話には飽きたようで、視線をリリアに向けていた。リリアはその視線から逃れるようにそっぽを向いていたけれど、少女は逃がしてはくれなかった。
「お姉ちゃんは、お姫様?」
「へ?」
突然の言葉に、間抜けな声しか出なかった。
「だって、お兄ちゃんは王様になるんでしょ?だったらお姉ちゃんはお姫様になるんじゃないの?」
「どうだろう」
リリアは首を傾げた。少女は期待に満ちた目で見ている。
「だって、お姉ちゃんかわいいし!今日も強いお兄ちゃん連れて、お姫様みたい!」
「そうか?」
リリアは困ってしまう。なんと返せばいいのだろうか。しかし、少女は少女で気にしないたちらしい。言葉を続ける。
「ねえねえ、お兄ちゃんとお姉ちゃんは結婚するの?」
「な!」
「ケッコン?」
「まだ結婚するには小さいだろう」
兄が妹をたしなめる。しかし、少女は案外知識を持っているようで
「だって、鬼はずっと死ぬまで同じ姿なんでしょう?だったら、お姉ちゃんが大きくなるまで待てるでしょう?」
「ねえねえ、ケッコンって何?」
「結婚も知らないのかよ!」
「家族になることよ!」
兄妹は身を乗り出すように十六夜に説明する。
「家族…。リリアの父さまと、母さまと、リリアみたいな感じ?」
「まあ、そうだな」
十六夜の理解に、リリアは首肯する。十六夜はへらっと笑って爆弾を投げた。
「そうだね。よくわからないけど、家族になるならリリアが良いな」
「やっぱり!」
少女は嬉しそうに口元に両手を上げほほを染めた。それ以上に、リリアの顔は真っ赤だった。
「リリア?」
「そんなこと、簡単に言うな!恥ずかしいだろう!」
リリアは顔を覗き込んでくる十六夜から逃れるように体を回した。
「何でそっちむいちゃうの~」
十六夜はそっぽを向いてしまったリリアに困惑する。
「お姉ちゃんは照れてるのよ!」
妹がかわいらしい声で図星をついてくる。リリアはううっと縮こまるしかない。その時救世主はやってきた。
「リリア!」
顔を上げればシルビアとアストラスがいた。土手をシルビアは案外軽やかに滑り降りてくる。
「朝食の準備ができたぞ。そこにいるのは村の子どもか?」
「そうだよ!俺、アズベル!こいつは妹のチク!」
アズベルは立ち上がった。チクもそれに倣う。そして、シルビアを見てまたきらきらと目を輝かせた。
「お姉ちゃんもきれいね!お姫様みたい!」
「え!ああ、えと、そうかな?」
「うん!とっても!」
まさかかつて姫でこの前まで女王をやっていたとは言えない。シルビアは硬い笑顔でごまかすしかなかった。
「今兄ちゃんに旅の話聞いてたところだったんだ!」
「そうだったのか、楽しかったか?」
「すごい!俺も大人になったら旅するって決めた!」
「そうか、それはいいな」
シルビアに笑顔を向けられて、アズベルは頬を染めた。がすぐに首を横に振って熱を追い払う。
「兄ちゃんたち、ご飯食べるんだろう?俺たちもずっとここにいたら父ちゃんたちうるさいだろうから、そろそろ村に戻る」
「そうする」
十六夜は立ち上がるとリリアに手を差し出す。それを見て、チクがまた瞳を輝かせたのが分かった。
「やっぱりお姫様ね!」
リリアは笑って見せるしかできなかった。
※
朝食を済ませ、一行はリリアが育った家から出る。荷物は置いてきた。今から行けば、昼過ぎには森を抜けて城につけるはずだった。
十六夜は準備運動だというように、ストレッチをしている。その瞳には、もう昨晩見せていた迷いはなかった。
「心、決まったのか」
浅葱が声をかける。十六夜は浅葱に視線だけ向けた。
「うん。俺は鬼神になるし、何かあればこの村を守るよ」
「だいぶ気が変わったな」
「そうだね。全部が全部悪いわけじゃないかなと思って」
腕を伸ばす十六夜を見ながら、リリアはさっき会ったアズベルとチクの兄妹を思い出していた。
(守りたくないやつもたくさんいるが、守りたいものも見つけたんだな)
あのまま育って、どうかこの村が変わればいいと、願ってしまう。十六夜も、それに賭けているのかもしれなかった。
リリアは振り返る。十六夜の意志が伝播したように、そこにいる全員の瞳に強い意志があった。
「行こう、父さまの城に」
リリアの心だけが揺れていた。




