決着編―リリアの願いを叶えよう3
「あの、少しよろしいですか?」
言葉は丁寧に、しかし瞳には敵意をこめてその女性は話しかけてきた。ルーシアはそれに気づかないふりをして答える。
「ええ、何かしら」
「長が、お呼びです」
「だったら、リリアたちも呼びに行かないと」
「いいえ、あなたたちだけに、用があるとのことです」
ルーシアはアスランと目を合わせる。後ろで浅葱の気が膨れるのを感じた。
「―分かったわ。案内して」
浅葱にはとりあえず水を汲んだ壺は井戸のそばに置いておくように指示して連れていく。浅葱が行くなら劉輝も当然ついていく。4人は長の家に案内された。
長の家の真ん中には囲炉裏があって、ぱちぱちと薪が爆ぜていた。
(そういえば、リリアの家には暖を取るものがなかったわね)
台所はあったが、暖炉なんかは見当たらなかった。リリアたちがどんな扱いを受けていたのか新たに気づいて、ルーシアは顔がこわばるのを感じた。
「何か用かしら」
ルーシアは努めて平静を装った。それをアスランが少々心配そうに見ている。
「どうぞ、掛けてください」
ルーシアは靴を脱いで一段高くなっているそこに上がり、囲炉裏をはさんで長と対面した。アスランもルーシアの隣に座る。
鬼二人は玄関の隣の壁に背を預けて立っていた。
「旅でお疲れのところ申し訳ありません」
長は―テオルドはそう頭を下げた。ルーシアは早くしろと笑顔でうながしながら言葉は逆の意味のものを紡ぐ。
「いいえ、泊まれるところをご用意くださりありがとうございます」
「失礼を承知でお聞きします―リリアは、なぜ今頃この村に戻ってきたか、ご存じですか?」
テオルドは視線も合わせず口調は穏やかに尋ねてきた。ルーシアはいぶかしげに眉を顰める。
「それは、十六夜―リリアの鬼が言っていたでしょう?鬼神を倒して、新しい鬼神を立てるためだって」
「―本当に、それだけなのでしょうか」
(ああ、そういうこと)
ルーシアは冷たく目を細めた。テオルドはひたすら視線を下げて合わせようとしない。
「リリアに、この村をどうこうするつもりはないわ」
「十六夜は別ですけどね」
アスランがくぎを刺すように付け足す。
4人をテオルドの家に案内した女が、お茶を出してくれる。ルーシアとアスランは、それに会釈をするのも腹立たしかった。
「別、と言いますと」
「あんまりリリアを傷つけるようなことをすると、十六夜はこの村を壊してしまうかもしれないということです」
ルーシアは早く宿に戻りたいと思った。げんなりした表情をしている。あまり見せないその表情に浅葱は少々心配になる。
「あなたたちは、リリアとどのようなご関係で?」
「友人よ。鬼使い仲間なの」
出された茶にだって手を出してやるかとルーシアは思っていた。それを知ってか知らずか、テオルドはゆっくりとお茶を飲んだ。
「あなたこそ、リリアとどういった関係なのかしら?」
テオルドはうろたえたように見えたが、しばらくの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「私は、リリアと同じ年に生まれました」
「―そうでしたか」
「驚かないんですね」
「ええ。リリアが私より長く生きているのは知っていましたから」
ルーシアはどこかつっけんどんに答える。テオルドは、いくばくか縮んだように見えた。
「リリアは私たちより成長が遅かったのは事実ですが、最後に見た時と本当に姿が変わらない」
「―それは、いつ頃の話ですか?」
アスランは何か引っかかったようだ。質問を投げかける。
「どうでしょう、私が20になる頃だったはず。50年は昔ですね」
「50年前と姿が変わらない?」
アスランは考えるようにする。テオルドはさらに付け足す。
「ええ、髪の長さまで、記憶の姿のままです」
「それは、あまりにも―」
(変化がなさすぎる)
アスランは劉輝に視線を投げる。劉輝は分からないと首を横に振った。
「思えば終ぞ、王の姿を見たことはありませんでした」
昔は見たという者もいたのですがね。とテオルドは続ける。どこか昔を懐かしむような様子に、ルーシアは器用に肩眉を持ち上げる。
(―機嫌が悪いな)
いつ爆発するか知れたもんじゃないと、浅葱は内心ひやひやした。
「見目麗しい、青年の姿をした鬼だと言う者がありましたね」
「リリアはお父さま似だそうですね」
「―そうでしょうね、母親とは似ても似つきませんでしたから」
テオルドは何の話をしたいのだろうか。ふたりがいぶかしがり始めたころ、テオルドはぽつぽつと話し始めた。
「―本当に、なぜリリアは私たちを殺さないのか、王が私たちを殺さないのか、不思議でならないのです。私たちは本当にひどいことをした」
テオルドは、枯れ枝のような手で湯呑をなでる。リリアの母、アリアを思ってのことだと、教えてやる気にはなれなかった。
「巫女が村を抜け出すのはよくあったことだったそうです。だから、その変化に気づくのが遅れたのだと父親や祖父たちは言っていました」
テオルドはただ独白を続ける。
「気づいたときにはもうお腹の中に子がいて、産むほかなくなっていました。リリアが生まれた時に初めて、相手が王なのではないかと疑ったとのことです。―王は黒い鬼というのは私たちも伝え聞いていましたから。
巫女が王のもとに行ってしまう。そう思った私たちは、巫女をあの家に軟禁しました。王から隠そうとしたのです。足には鎖をつけ、遠くまでは歩けないようにしていました」
「な!」
ルーシアが立ち上がろうとするのをアスランが止める。
「そんな状況では食料も私たちが与えるのを待つしかない。巫女を必要としながら、王に嫉妬しながら、その黒い感情を私たちは巫女にぶつけました。―裏切られたと思ったのでしょうね。
分け与える食料はどう見たって必要な量には足らず、それでもどうにか巫女はリリアを育てていました。リリアは私たちと比べて成長が遅く、やはり鬼の子だと知れました。私は、大人たちを見て、リリアならいいとよくいじめていました。石を投げつけたことも、泥水に押し倒したこともあります。しかし、リリアはどんどん、そうですね、強くなっていきました」
テオルドは、さらに一段と小さくなったように見えた。
「小さな体に、確かに鬼の力強さを感じさせるようになりました。巫女のように力が使えたわけではないけれど、大人が持てないような重い荷物を持ち上げたり、風のように速く野や森を駆け回っていました。―だから、リリアに対するいやがらせは徐々に減っていきましたし、彼女が城へ行くことを止められる者はいませんでした。ただリリアから自分たちの所業が王にばれることだけを恐れていました」
テオルドは重く息を吐きだした。それでも語ることをやめない。
「食事も少なく、心労もたたり、巫女は病に倒れました。この時王に助けを求めていたら、巫女は助かったのかもしれません。しかし、やはり私たちは王に巫女への仕業を知られるのが怖くて、巫女を家の中に閉じ込めました。―リリアが王のもとへ足を運んでいるというのに」
テオルドは湯呑を床に置くと、両手で顔を覆った。
「―ほどなくして、巫女は命を落としました。私は、あの時のリリアを忘れることができません。ただ泣いて、躯をくれと。王は巫女がこの村で幸せに暮らしていると思っている。だから、躯だけでも王にくれと、わずか5歳程度にしか見えない少女が叫ぶにはあまりに酷な言葉でした。
リリアは、巫女の躯をもらい受け、王のもとに走っていきました。その日は一晩中恐ろしい咆哮が響き渡りました。王が私たちを殺しに来ると思いました。けれど―」
テオルドは半身を折り、その額を床につけた。
「断罪の日は訪れることはありませんでした」
「―だから、罰してほしいとでも言いますか?」
わなわなと震えるルーシアの代わりに、アスランが言葉を紡いだ。ギュッと力強く、その両手は握られている。浅葱と劉輝も、苦し気に視線を落としていた。
「リリアは今も戦っているでしょう。あなたたちを殺してしまいたい感情と、母の生まれ育ったこの村を失いたくないという気持ちに挟まれて」
アスランは目を閉じた。
「あの子は、優しい子です」
ユーリが生贄となると知った時、平素からは考えられないほどに怒っていた姿を思い出す。ルーシアから、己の母と重なったという話はあとから聞いた。
「お父さまも、お母さまも、とてもやさしい人たちです。そうでなければ、この村が続いていること自体がありえない」
やっと、ルーシアが声を震わせそう言った。
「どうして、そんなことにもっと早く気付かなかったの!」
「ルーシア、怒っては彼の思うつぼですよ」
「でも!」
「リリアが両極の気持ちに挟まれ苦しんでいるのなら、彼らもまた己の罪をずっと背負い続けるべきです。ここで楽にしてやる必要などありません」
アスランがそう言えば、ルーシアは悔し気に視線を落とした。
「お互い、時間の無駄でしたね」
アスランは腰を上げる。ルーシアもそれに倣って立ち上がった。
「行きましょう、劉輝。水も汲んで帰らなくてはね」
「はーい」
劉輝が扉を開け、アスランとルーシアを外に出す。浅葱がふたりの後に続き、最後に劉輝がテオルドの家を出た。
「あーあ、もうこんなに日が傾いて」
本当、無駄足。と劉輝が愚痴る。浅葱はうつむいているルーシアから目を離せない。いま彼女は危ういと、浅葱は思った。
「ルーシア」
名を呼べば、ルーシアは顔を上げた。今にも泣き出しそうな顔をしている。
「そんな顔じゃ戻れないぞ」
「分かってるわよ」
ぽんとルーシアの頭に手を乗せれば、彼女は浅葱の胸に頭を預けた。浅葱は軽くルーシアの体に腕を回し、なだめるように背をとんとんと優しく叩いた。
「苦労はしてると思ってたけど」
「ああ」
「こんなにひどいとは思わなかったわ」
ルーシアは悔しそうに涙を流した。歪んだ世界で、歪みに気づかず生きてきたリリア。外の世界を知った時、その怒りはどれほどのものだっただろう。
アスランは村を見渡す。あちらこちらから視線を感じた。
(何が、これほどこの村を怖がらせているのか)
外界を拒み、王を恐れ、しかし村を捨てることはしない。様々な矛盾を内包し、この村はある。そんな村に、浅葱がいるとはいえルーシアを置いていくわけにはいかなかった。
「あちらの木陰に行きましょう」
ずっと立っているのもあれでしょうと、アスランはふたりを移動させる。
「俺、水汲んでくる」
「頼みました」
劉輝が先に水汲みを片づけると申し出る。それにアスランは是と答えた。劉輝は軽やかに駆けてすぐに姿を消した。
アスランは木の幹に背を預け座り、ルーシアが落ち着くのを待った。




