決着編-リリアの願いを叶えよう1
息が白くなる。リリアは吐き出した息が空中に溶けていくのを見つめていた。山を下り、雪は溶けた。それでも、身に染みる寒さはなくならない。
「リーリア!」
「わ!」
視界いっぱいに十六夜の顔が入り込む。リリアは驚いてしりもちをついてしまった。それに十六夜がさらに驚く。
「大丈夫?」
「ああ、すまない。少し考え事をしていた」
「ううん、それは良いけど」
鬼神の城に近づくにつれ、街と街、あるいは村と村の距離は広くなり、数も減ってきていた。一行は今日は野宿するべく、夕暮れになった今準備をしていた。
今日の狩の当番は浅葱と劉輝だ。残った面々はテントを立てたり、水を汲みに行ったりと休息と食事の準備をしていた。リリアと十六夜は火を起こすための枝拾いが仕事だ。十六夜は嬉々として拾っていたが、ふと見ればリリアが動かなくなっていたため名を呼んだのだ。
それはひどく彼女を驚かせてしまったけれど。
リリアは驚いて落としてしまった枝を慌てて拾いなおしている。それを手伝いながら、十六夜はリリアの顔を盗み見る。
「調子悪いの?」
「いや。―いや、悪いのかもしれないな」
「病気!?」
「そんな大げさなものではない」
どうせ隠したってルーシアあたりに見抜かれるのだ。先に白状してしまったほうが早いとリリアは判断した。
「生まれ育った村に帰るのが嫌なんだ」
「そこには行かないといけないの?」
「鬼神の城に一番近い村がそこだ。ルーシアやシルもいるし、村で休んだ方がいいだろう」
「嫌なら、嫌って言えば?きっと行かなくてもいいようにしてくれるよ?」
「そうなのだろうが」
リリアはうつむいた。ぎゅっと、拾った枝を抱える腕に力を入れる。
「私と母さまが暮らしていた家はどうなったかとか、私と同じころに生まれた子どもたちはどうしているのかとか、気にならないこともないというか」
「行きたい気持ちもあるんだね」
「ああ」
リリアはどこかしょんぼりとしながら頷いた。どうすればいいのか、十六夜にもわからない。そうなれば、出てくる結論は一つ。
「みんなに相談してみよう?」
「でも、こんなわがまま」
「大丈夫だよ。みんな優しいから」
「それは、そうだが」
リリアは人に頼るということには慣れていなかった。ここ最近気持ちがあふれ出ることにも動揺しているのだ。新たに今まで取ってこなかった行動を取れと言われても難しい。
「じゃあ、俺から言おうか?」
「それは悪い!」
ぱっとリリアは顔を上げた。
「気にしなくていいのに」
「十六夜は、隣にいてくれればいい」
「話せる?」
「頑張ってみる」
きっと、様子がおかしいとは思われている。集団の空気を乱すよりは、やはり言ってしまったほうがいいと腹をくくる。
「そう?じゃあ、戻ろうか」
十六夜に促され、リリアはテントまで戻るのだった。
※
「ああ!いいなあ!」
村に戻りたくないのだと打ち明けたリリアを、シルビアがギュッと抱きしめた。それを見た十六夜が、自分も抱きしめると言ってうるさかったが、シルビアは譲らなかった。
「最近上の空だなとは思っていたが」
「一人で悩んでたのね」
お姉さん二人が先陣を切って話しかけてくる。
「見に行きたい気持ちがあるのであれば、帰るべきだとは思うのだけどね」
「でも、あまりいい思い出がないんじゃないのか?」
「思い出は、母さまとのがあるから嫌なことばかりではなかったんだが」
リリアはシルビアの肩の上に顔を出す。
「もし、のうのうと生活しているのを見たら、暴れたくなるかもしれないというか」
「まあ、話を聞いてるとこの状況の原因の一つはお母様を村から出さなかったことだものね」
「十六夜は、リリアを止められますか?」
黙っていたアスランが口を開く。十六夜は首をかしげる。
「リリアには、きっと村を壊してしまいたい気持ちもあるのでしょう。でも、それはリリアの望むところではない。もし、リリアが暴れてしまったら、リリアを止めることができますか?」
「リリアは止めてほしいの?」
十六夜は、まだシルビアの腕の中にいるリリアに問いかける。リリアはうなずいた。
「さすがに我を忘れて暴れるとは思わないが、最悪そうなったら止められるのはたぶんお前だけだ」
「じゃあ止めるよ!」
十六夜は笑った。
「リリアがそうして欲しいなら、俺は止めるよ!」
「というわけなので、せっかく見てみたい気持ちがあるんです。行ってみましょう。ちょっとくらいどこか焦がしたって、それはあちらの自業自得ですよ」
「そうね、少しくらいは後悔と反省をさせてやってもいいわけだし」
「母親との思い出を壊さない程度にか?」
シルビアの言葉に、大人二人はうなずいた。何ともな理論だが、まとまった。
「十六夜は、リリアのそばを離れちゃだめよ?リリアもなるべく一人にならないこと」
ルーシアの言葉にリリアは素直にうなずいた。人と話している方が気がまぎれるのも事実だった。
(難儀な娘だな)
話の行方を見守っていた浅葱はそんなことを思った。ただの娘でありたい気持ち、鬼神の娘として務めを果たしたい気持ち、村を恨み破壊したい気持ち、母と暮らした思い出のある村を慈しみたい気持ちなど様々に相反する気持ちがリリアの中にあるのだろう。
そんなたくさんの気持ちに押しつぶされないように、ルーシアはリリアについていくことを選んだ。そっと、彼女を支えられるように。
浅葱はため息を吐いた。顔を上げればルーシアと目があう。浅葱の心労を慰めるように、ルーシアはにっこりと笑った。
(ルーシアには敵わない)
がりがりと頭をかいて、浅葱はテントに入っていった。劉輝が何か少し考えるようにしてからその背を負う。
「火の番はしていますから、先に休んでください」
「あら、いつもアスランが番をしてるじゃない」
「大丈夫ですよ、途中で劉輝に変わってもらいますから」
「そう?」
アスランは是と答えるように笑んだ。この笑顔は譲る気はないなと判断したルーシアは、少女二人に呼びかける。
「好意に甘えさせてもらって休みましょう?」
「ええ~もう行っちゃうの?」
テントがリリアとは別の十六夜が不満の声を上げる。リリアはとんとんとシルビアの背をたたいて腕から解放してもらう。そして十六夜に向き直った。少し照れくさそうに、おずおずと両手を広げる。十六夜はその意図を瞬時に組んで破顔する。
「リリア!」
ぎゅっと小さな体を抱きしめる。リリアも広い背に両手を回す。
「十六夜、おやすみ」
「うん!おやすみ!」
抱擁に満足したらしい十六夜は、寝る前のあいさつが済むとすぐにリリアを放した。そんなふたりのやり取りを、保護者になったような気持ちで4人は見つめた。
「十六夜、寝よう。アスランと見張りが交代できるようにな」
アストラスが十六夜をテントにいざなう。十六夜はおとなしく従った。リリアもルーシアとシルビアと一緒にテントに入る。
ごろりと横になると、シルビアが布団代わりの布を体にかけてくれた。最近リリアにべったりなシルビアにリリアは苦笑する。
「過保護だな」
「リリアはもう少し自分の大変さを自覚したほうがいい」
「そうだろうか」
「シルビアは心配なのよ」
「心配はかけたくないんだがな」
「私はリリアの心配をするために生まれたんじゃないかと最近は思うぞ」
「それは大げさだ」
リリアはくすくすと笑った。そして上目づかいで、外見年齢が年上の少女を見上げる。
「ありがとう」
「リリアは、大切な私の友だからな!」
シルビアは嬉しそうにそう言葉にした。そう言われるとまたなんとなく照れくさくて、リリアは笑ってごまかすしかできなかった。
「もう少しね」
ルーシアが自分の体に薄手の毛布を掛けながら言った。リリアはうなずく。
「でも、だからって無理しちゃだめよ?」
「これから無理をするのは十六夜なのだがな」
「あれは無理をしているのではなくて、楽しんでいるだろう」
明らかに、とシルビアはリリアの隣で横になる。
「―まあ、強い者と戦うことは鬼にとって至上の喜びだからな」
「今度は相手が鬼神でしょう?とてつもない相手ね」
「そうだな。父さまは強い。―紅い鬼神と異名を持つほどに」
「鬼神になってからも長いんでしょう?」
「歴代最長だと竜神は言っていた」
「十六夜がつかまってたのを鑑みても、長いわよね~」
「よく知っているな」
「鉄斎が教えてくれたの」
ルーシアはぺろっと舌を出すと、自分も横になった。ランプに手を伸ばす。
「消しちゃうわよ」
「ああ」
「頼む」
少女二人は頷いた。それに少し笑みながら、ルーシアは明かりを消した。




