再会編―友達と旅してみよう10(終)
(弱くなったな)
そんなことを思いながら、リリアは輪の中心で燃え盛る炎を見つめる。炎をあかりに、村人たちが集まり輪になっていた。ルーシアとアスランが防寒用の結界を張っているから案外中は温かい。リリアたちは、長老の近くに座らせられていた。
「リリア、食べてる?」
ルーシアが食べ物よそってくれる。それに、自分にしては食べていないと思いいたる。
(食欲がない)
下手に過去語りなんてしてしまったせいだろうか。
(どう思われたか気になる)
なんだかとても泣かれてしまったし。自分がかわいそうだとか、不幸だとか、そんなことは考えないようにしてきた。そんなことを思ってしまったが最後、この足は動かなくなってしまうように思えたから。
つと目を伏せる。
(今までの自分の人生が楽だったとは思わない。とても幸せだったとも思わない)
それでも
(それなりに幸せだった)
優しい父と母に愛されて、確かに自分は幸せだった。そして、幼くして母が死んでしまったことも、父が自分を見てくれなくなってしまったことも、それはきっと悲劇といっていいのだろう。
「ルーシア」
「ん?」
「私は、不幸なのだろうか」
「―それは、どうかしら」
ルーシアは困ってしまったようだ。言葉を選んでいるのが伝わってくる。
「大変だとは思うわ」
でも
「シルだって充分大変に思えるし。―この手の話は難しいわね」
「そうだな、らしくない話をした」
「らしくない話をしてくれるのはうれしいわ」
「そうか?」
「ええ、信用してくれてるのかなって思うから」
「信用か―」
確かに、ルーシアは信用できる人物だと思う。人を見る目はこの長い年月で養われたはずだし、間違いはないはずだ。
(それにしても、ここまで話すとは警戒心が薄れたものだな)
ちらと原因なのではと思われる己の黒い鬼を探す。十六夜は、浅葱と劉輝と一緒に酒を飲みながら楽しげに談笑している。
(アストラスがいないな)
もう一人の鬼がいないと探していると、隣にドンと酒が並々つがれたジョッキが置かれた。見れば、シルビアが赤い顔をして座るところだった。
「シル!飲みすぎだ!」
焦るアストラスの声が聞こえる。
「これが飲まずにいられるか!」
シルビアはそう叫んだが、周りも酔っていて大声で話している。特段目立ちはしなかった。
「どうしたんだ?」
リリアは心配になってシルビアの顔を覗き込む。シルビアはリリアを認めると、がしっと抱きついてきた。
「だって、私はなにもできないじゃないか!」
「何も、って何が?」
「リリアは、大変な思いをしてるのに、なんて言えばいいかわからないし!」
「そんなことか。何か言葉が欲しくて話したわけじゃないよ。むしろつまらない話を聞かせて悪かったな」
「そんなことはない!」
シルビアは体を離して、リリアと視線を合わせた。
「大切な話だったと思うぞ!」
「そうか?」
シルビアは大きくうなずいた。今度は両ひざを抱え込んで座る。
「私だってリリアの友人なのに…」
うううと唸り、カクリと糸が切れたように意識を手放してしまう。後ろで見守っていたアストラスが大きくため息を吐いた。
「悪いな。普段はこんなに飲まないんだが」
「いや、私が刺激してしまったようだ」
「で…シルにとってはリリアは初めての友人なんだ。力になれなくて落ち込んでしまったらしい」
リリアはちらとアストラスを見上げる。表情はあきれたというところか。
(シルビアはアストラスに私の話をしたんだろうか)
少し気になったが、聞くのも気が引けた。そうこうしているうちに、アストラスが眠ってしまったシルビアを抱きかかえる。
「私たちは部屋に戻る」
「ああ、おやすみ」
大きな影は音もなく輪から外れていった。
「シルはリリアが大好きなのね」
「そうだろうか」
「ええ、お酒をあんなに飲んじゃうくらいにはね」
ルーシアがくすくすと笑う。リリアはちょっと照れ臭い。
「シルは、私にとっても初めてできた友人なんだ」
「あら!素敵ね!」
ルーシアは両手を合わせて喜ぶ。その姿は年が離れた姉のようだ。
「傷つけてしまっただろうか」
「力になりたいって思ったのよ。どうすればいいかわからなくて酔っぱらっちゃったみたいだけど」
「元も子もないな」
「許してあげて」
ルーシアはまたおかしそうに笑った。
「私はこれからどうなるんだろうか」
その思いは、ふと口をついて出た。ルーシアが見れば、リリアはどこも見ていないような目をしていた。悲観してるわけではないと、ルーシアは思った。ただ、今まで押し込めていた色んな思いがあふれてきてしまっているのだろうと思った。
「決まってるわ」
「そうなのか?」
リリアはどこか定まらない目でルーシアを見た。ルーシアは柔らかく笑み、力強くうなずいた。
「ええ、幸せになるのよ」
「っ!」
リリアは目を見張る。
「もちろん、十六夜と一緒にね」
いたずらっ子のように笑って見せれば、リリアの瞳は輝きを取り戻し、恥ずかしそうに頬を染めた。
「なれるだろうか」
「ええ。なれるわよ」
ふたりが見れば、気づいた十六夜が笑顔で手を振ってくる。リリアとルーシアは小さく手を振り返した。
「―ルーシアは、浅葱とはどうするんだ?」
「どうしましょうねー。私が死ぬまで私の鬼をやってくれると思うんだけど」
「それだけでいいのか?」
「今のところはね」
ふふふとルーシアは幸せそうに笑った。
(何が幸せかなんて、人によって違うか)
ルーシアの笑みは心からの物のように見えたし、きっと彼女は彼女なりに幸せなのだろう。だったら、
(私も私で幸せなのだろうか)
村の女性が持ってきてくれた、ジュースを少し飲む。甘くておいしかった。
(十六夜がいて、怖い夢も見なくなって)
心配してくれるルーシアたちがいて、友と言ってくれるシルビアがいて。
(人の話を聞いて号泣してしまう人のいい少女に出会って)
そう言えばユーリはどうしたのかと視線をさまよわせ探す。―人手が足りないのは毎年のことのようで、ユーリ一家が移住したいという話は案外すんなり受け入れられた。商売をしている村というのも、印象を開かれたものに感じさせるのかもしれない。
(ああ、同年代の友人ができたんだな)
輪からは外れていたけれど、少年少女で集まって何やら楽しそうに笑っている姿を見つけた。心根の優しい少女だ。すぐに友人もできるだろう。
「―何考えてるの?」
ルーシアが問いかけてくる。ルーシアから見て、リリアは別段悪いことを考えているようには見えなかった。それでも、あんまり一人にはしておけないなと感じていた。リリアは笑った。
「存外私はもう幸せなのかもしれないと思ってな」
「っ!」
その言葉は、10前後に見える少女が言うにはあまりに重く、そして将来をどこか悲観しているようにも見えた。リリアの黒い瞳は静かに凪いでいた。他意はない。ルーシアは思考する。この気持ちをどう伝えたらいいだろう。
「今の幸せを見つけられるのも大事なことよね」
「そうだな」
リリアは取り分けた料理には手を付けていない。宴が始まったころには少し食べていたようだったが、ここ数日の彼女の様子から見てそれはとても少ない量だった。
「でもね、それは今より幸せになっちゃいけないってことじゃないと思うの」
そう言えば、リリアは困ったように笑った。
「なんだか、すべて見通されているような気持ちになるな」
「そんなことできる力はないけどね」
なんと言えばいいだろう。どうすれば、彼女は自分の幸せのために生きてくれるだろう。彼女の行動原理は父と母だ。家族の幸せは自分の幸せだとは思うけれど、それは間接的なものだとルーシアは思う。まずは、自分が幸せでなくてはならない。
(でも、リリアの場合、鬼神からお父さんを解放しないと始まらないというか)
世界が心配でおちおち眠れもしないだろう。
(お父さまのために、お父さまを殺すのね)
リリアは耐えられるだろうか。己が愛する父が、好意を抱いている異性に殺されるとはこれいかに。
(リリアにはもっと味方が必要だわ。支えになれる人がそばにいたほうがいい)
シルビアに心許したのがきっかけだろうか、リリアは少しずつ張っていた気を緩めつつある。ずっと押し殺してきた思いを吐露しつつある。その思いすべてを、シルビアだけでは受け止めきることは難しいだろう。共倒れは防ぐべきだ。
(ラスはシルを守るので精一杯だろうし、十六夜は、要所要所では良い働きをしてると思うけど)
力に、自分がなれるかはわからないけれど。
「ねえ、リリア―」
ルーシアの申し出に、リリアは目を大きく見開いた。
※
「浅葱たちも一緒に行くの!?」
翌朝、十六夜はリリアの言葉に目を輝かせた。まぶしいなとリリアは目を細める。場所は鬼の里組があてがわれた宿の一室だ。この部屋が一番大きい。
「ああ、鉄斎がここは鬼神の城から近いから、会うことがあればお前が鬼神になるところを見て来いと言っていたらしい」
「鉄斎が?」
俺は見世物じゃないんだけど、と十六夜は首をかしげる。リリアはくつくつと喉を鳴らして笑う。
「どうする?旅を共にするか?」
「当然だよ~。俺、浅葱も劉輝も好きだもん!」
「お前には好きなものがたくさんあるな~」
「一番好きなのはリリアだよ!」
太陽顔負けの明るい笑顔で言われて、そういうことは言うもんじゃないと、リリアはもごもごする。
「頭が痛い」
「飲みすぎだ」
こちらの主従は部屋の隅のテーブル席を取っていた。シルビアは片手に水の入ったジョッキを持ち、もう片方の手で額を押さえている。
「昨日のこともあんまり覚えてない」
「だから、飲みすぎだ」
「出発は、お昼にしましょうか」
「すまない」
ルーシアの言葉に、アストラスは礼を言った。
「また勝手に決めたな」
浅葱はどこか不機嫌そうだが、反対する意思は声からは読み取れなかった。アスランは涼しい顔で本を読んでいる。劉輝は窓から天気を伺っていた。
「雪は積もってるけど、天気は良いし、旅立ち日和だね」
「そうね」
ルーシアは笑顔でうなずいた。
「そういえば、ルーシアは一緒に来ると言っていたが、アスランはそれでいいのか?」
「ルーシアが寄り道をしていくのに、私たちだけ早く帰っても面倒ですから」
「口実合わせか」
「はい。鉄斎の許可はあります。問題ありません」
アスランは食えない笑顔でそう言ってのけた。リリアはあきれ顔だ。
「ますます長の発言力が弱まるな」
「そろそろ代替わりすべきよ。でも、次は誰がなるのかしらね~」
「鉄斎が選ぶのでしょうかね」
「でも、だったらスガノサが長になったのもちょっとおかしくない?」
「若い頃は優秀だったとかではないのですか?」
「年取ると人は変わるって言うし、そうなのかしら」
ルーシアとアスランの会話は辛らつだ。リリアは苦笑するしかない。しかしすぐに表情を元に戻すと、リリアはシルビアの向かいに座った。
「リリア―」
「そういうわけで、旅の仲間が増えたぞ」
「それは、良いことだと思う」
「―けど?」
胸中を言い当てられて、シルビアは苦い顔をする。
「もう少し頼れる人間なりたいと思っただけだ」
「はははは」
リリアは軽やかに笑った。そしていたずらっ子のように、シルビアを上目遣いで見上げる。
「しかし、私も長く生きたが、私の友人だと言ってのけたのはシルだけだぞ?」
十六夜は私の鬼だからな。友とは違う。と付け足す。シルビアは眉根を寄せる。鼻が赤くなっていたから、泣くのを耐えているのかもしれなかった。
「リリアは甘い」
そう言うと、ぐびっと水をあおった。それにまたアストラスが慌てる。だん、と音を立ててジョッキを机に置くと、立ち上がる。
「もうひと眠りする!昼には絶対出るからな!」
そう言い残すと、アストラスを連れて自分が借りた部屋へ戻っていった。何か火が付いたらしい。リリアは苦笑する。
「シル、怒ったの?」
「怒ってはないよ。気合を入れたんだ」
「ふーん?」
十六夜は分かったような分からないような顔をする。それに、リリアはおかしそうに笑った。
「これだけ観客がいては、負けられないな」
十六夜はムッとした顔をする。
「俺は負けないよ!約束したもん!」
「そうだな」
リリアは優しく目を細める。十六夜は胸を張った。ルーシアが笑顔で手をパンパンと鳴らす。
「お昼時まで休んで、出発しましょう?」
皆その言葉にうなずいた。
「俺ももう少し寝ようかな」
そう言って、十六夜も部屋から出て行く。リリアは当然のようにその背に続いた。
「よく説得できましたね」
アスランは本から視線を上げずに言った。ルーシアは笑う。
「リリアもさすがに弱っているというか、不安なんじゃないかしら」
「その隙をついたと」
「劉輝ったら人聞き悪いわ」
「ルーシアは人たらしだからな~」
劉輝は肩をすくめて見せる。ルーシアはふっと息を吐いた。表情がまじめなものになる。
「ーだって、今からお父さまを殺しに行くのよ?少しでも支えになれる人は多い方がいいじゃない」
「それが本音か」
「そうね」
浅葱は頭をガシガシとかいた。
「―俺は、こういう時、なんて言葉をかければいいのかわからない」
「ええ」
「だから、支えるのはお前の仕事だぞ」
「ええ」
ルーシアはきれいに笑った。分かってるならいい、そう言って、浅葱もゴロンとソファに横になった。
「あなたたち、遅くまで飲んでたものね」
「つい、楽しくて」
くすくすと笑うルーシアに、劉輝が言い訳がましく答える。劉輝はまた視線を窓の外に移した。天気は快晴。祝福されているようだと、柄にもなく思った。
※
ちらりとリリアはベッドで丸くなる十六夜を見た。はじめはこちらに背を向けていたが、寝返りを打つうちにリリアの方に顔が向いた。
そっと近づいてみる。顔見てみると、安らかな寝顔だった。
(十六夜が、父さまを殺す)
それは変えようもない事実で、しかし、まだ現実感を伴ってはいなかった。ぎゅっと唇をかむ。
(その時私は)
生きようと思えるのか。未来を夢見たこともあった。行く当てのないシルビアたちと鬼神の城で過ごす未来を。そこにルーシアや浅葱がいればもっといいと思った。それでも
(私は、生きようと思えるのか)
怖い。体が、震える気がした。冷たくなった体をかき抱く。がたがたと歯の根が合わなくなったとき。
「―リリア?」
寝ぼけた声が聞こえた。そっと、頬に温かい指先が揺れる。それにすがるように、大きな手のひらに己の頬を押し付けた。突如、体を浮遊感が襲う。気づけば、リリアは横になる十六夜に抱きしめられていた。
「リリア、冷たいね~」
気持ちよさそうな声に、くすぐったい気持ちになる。十六夜の体温が、じんわりとリリアの体を温めた。リリアは、ほっと息をつく。
(父さま、十六夜を連れていきます)
きっと、もう会話もできないであろう大きな姿を思い出す。魂が抜けてしまったかのような、どうにか命をつないでいるだけの体。
(もう少しで、母さまのところに逝けます)
だから
(待っていて)
―十六夜とリリアが、昼時から少し寝坊したのはまた別の話。




