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鬼神殺し―リリアと十六夜の物語―  作者: 水彩月子
―第一章―リリアの野望編
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再会編―友達と旅してみよう7

 朝になり、リリアはテントから抜け出す。男たちが入っていたテントを見ると、十六夜も顔を出したところだった。


「リリア!」


リリアを見つけた瞬間、十六夜は破顔する。それが照れくさくて、リリアは困ったように笑うことしかできなかった。


「おはよう!」


十六夜はリリアに駆け寄る。その元気な姿からよく眠れたようだと判断する。


「寒くはなかったか?」

「平気だったよ!」


当たり前のように両手を取り握ってくる。


「リリアはよく眠れた?」

「ああ、大丈夫だよ」


本当はそんなによく眠れなかった。もしかしたら自分が十六夜を好きかもしれないと気づいて、今までどう接していたか、これからどう接すればよいかが分からなくなってしまっていた。


「本当?なんか疲れてない?」


十六夜は腰をかがめて顔を覗き込んでくる。その距離感の近さに、リリアは戸惑う。


(やっと見つけた、私の黒い鬼)


ただただまっすぐにリリアを見つめ、思ってくれる。


(その思いに、私は応えられるだろうか)


「どうしたの?」

「―いいや、お前は今日も元気だなと思ってな」


リリアは苦笑するしかない。どこか戸惑う十六夜の頭に手を伸ばす。髪に触れればそれは硬質な感触がした。


「お前の髪はまっすぐだな」

「リリアの髪もまっすぐだよ?」


十六夜は折っていた腰を伸ばす。自然と頭からは手が離れた。しかし、今度は十六夜の番だというように、黒い鬼はリリアの髪をすくようにする。くすぐったいとリリアは思った。


(十六夜に出会ってから、父さまの夢も見なくなった)


せっかく心穏やかに眠れるようになったというのに。


(ルーシアはかき回してくれたものだな)


疲れたようにため息を吐くと、やはり十六夜が心配そうな顔でリリアを見ていた。リリアはやっぱり困ったように笑って。


「―お前と会えて、良かったよ」

「俺も!」


十六夜はすぐに笑顔を浮かべてそう返す。全力のその様子に、リリアも相好を崩す。


「リリア、もう起きていたのか?」

「ああ~良く寝た~」


シルビアとルーシアもテントから出てくる。シルビアはリリアと十六夜を見つけて固まり、ルーシアは気づいているのかいないのか伸びをしている。


「邪魔したか?」

「なにを?」


十六夜が不思議そうに首をかしげる。かしげつつも、リリアから距離を取ることはない。リリアはどこか認めるように、眉をハの字にしつつ笑って見せた。十六夜から距離を取る。


「ほら、男どもを起こしてこい。朝食にしよう」


十六夜は素直にうなずいてテントに戻っていく。それを見送って、リリアはシルビアに体を向けた。


「食事をしたら、すぐ移動だ」

「リリア?」

「そうね、ご飯にしましょう!」

「ルーシア?」


何事もなかったかのように朝食の準備を始める二人にシルビアはうろたえる。そんなシルビアの耳元で、ルーシアはささやいた。


「気にしちゃう方が逆効果だから」


(今まで通り接しろと?)


それ以外にどうすればいいかもわからないのだが。シルビアはため息を吐くと、テントから出てきたアストラスに挨拶をしに足を進めるのだった。



※



 その村についたときには日が高く昇っていた。雪は降っていないが積もっている。それでも歩いた者たちは額に汗を浮かべていた。


「着いたけど…」

「なんだか雰囲気が良くありませんね」


ルーシアが村の入り口と思われるところで足を止める。アスランも違和感を感じ取ったようで、ルーシアに倣う。


「そうか?」


こういうことに疎い浅葱は辺りを見渡す。劉輝が浅葱の隣できょろきょろしている。


「人がいない割に、そわそわしてる感じがするね」

「お祭りかな!」

「祭りではないだろう」


シルビアを背から降ろしながら、アストラスが十六夜に突っ込む。十六夜はそうかーと残念そうにしていたが、すぐに気を取り直す。


「リリアも変な感じがする?」

「どうだろう。規模は大きくはない村のようだが」


リリアも周囲を見渡す。見れば、遠くからこちらの様子をうかがっている者たちがいることに気が付く。こちらが視線をやれば、恐る恐るというようにやってくる。


「こんにちは」


一番警戒を持たれないと思ったのだろう、ルーシアが朗らかにあいさつする。しかし、村人と思われる男たちは警戒を解かない。


「何の用だ?」

「この下の湖が、例年とは違って凍らなくなっちゃったの。上でも異変が起きてないか調べてるんだけど―」

「帰れ!」


耳のいい鬼たちは、その大声にそれぞれ目をぎゅっと閉じたり顔をしかめたり、耳を押さえたりと反応する。


「ただでさえ川の主がお怒りなのに!」

「川の主」


リリアが十六夜の後ろで小さくつぶやく。


(ここにも土地神がいるのか)


嫌な予感がすると目を細める。ここにも、暁が鬼神としての務めを果たせていない影響が出ているのかもしれない。


「旅のお方!」


突然、男が一人割り込んでくる。見れば、手首にはちぎれた縄がくくられていた。


(つかまっていて、逃げ出したのか?)


そんなことを皆が思う。


「お前!いつの間に!」

「どうか、娘を助けてください!」

「黙れ!」

「村の娘でも生贄にする気か?」


リリアが男たちを涼しい顔で見上げる。どこか生意気なその顔に、男たちはカッと顔を赤くする。


「よそ者が口出しするな!」

「あいにくだが、一度乱心した土地神は元には戻らない。生贄をいくら差し出したところで無意味だ」

「うるさい!」

「己の役目を忘れた土地神は、ただの妖魔と変わらない」

「まあまあ。川の主がお怒りとは、何が起きているのですか」


口論を始めそうになるリリアに前に滑り込んで、アスランが場を収めようとする。


「私たち、鬼使いなの。何か力になれることがあるかもしれないわ」


ルーシアも落ち着かせようとでもするように、柔和な笑みを浮かべる。


「川が凍ってしまったのです。それで、娘が!」


助けを求めてきた男を、別の男が取り押さえる。梃子でも情報を渡したくないらしい。


「十六夜」

「なに?」

「川の主のところまで、私を連れていけるか?」

「もちろん!」


十六夜はにっこりを笑うと、肩にリリアを乗せた。リリアが宙に結界を張るから、それを足場に村の中へ跳んでいく。


「あ!」


男たちの数人がリリアと十六夜を追いかけようとする。残った男は、娘のために助けを求めてきた男を抑え込むので忙しい。


「様子がおかしいわ。―ごめんなさいね、入らせてもらうわ」


そう言うが否や、浅葱がルーシアを担ぐ。ついでにアスランも肩に乗せると、地を蹴った。


「お前たちも来い」


そう言い残されれば、アストラスもシルビアを背に乗せて追うしかない。


「速いな」

「足場を作られちゃどうしても遅れるわ」

「リリアは冷静ではないようですね」


「大方、主の乱心も、自分の父親のせいだとでも思っているんじゃないか?」


まだ暁を忘れていないアストラスがそう当たりをつける。


「リリアのせいじゃないのに」


ルーシアが苦しげにうつむく。


「そう思えたら、十六夜を探して旅などしていないでしょう」

「どういうことだ?」


シルビアが説明を求める。ルーシアとアスランが顔を見合わせる。迷ってから、アスランが答えた。


「リリアは、自分の父親を殺す黒い鬼を探していたんです」

「何!?」

「黒い鬼を殺せるのは黒い鬼だけなのです」

「お前!知っていたのか!」


シルビアは叫んでしまう。アストラスはその大声に眉根を寄せるが咎めはしない。


「鬼神の血を持つ娘が黒い鬼と旅をしているから、変だとは思っていました」

「それを早く言え!」

「言って、何ができますか?」

「それは!」


「とりあえず川に行こう」


劉輝が冷静な声で言う。それにふたりは口論をやめる。


村を横切る。小さな村だ。鬼の足にかかればどうということはない。


「わあああああ!」


先で男たちの悲鳴が聞こえた。


「リリアが暴れだしたか?」


浅葱が吐き出すように言う。


「急いで」

「分かってる!」


浅葱はぐっと膝を曲げると、一段と高く跳躍した。着地をした場所にあったのは、倒れこむ男たちと男たちが担いでいたと思われる神輿だった。


「ルーシア、任せる」

「分かった」


ルーシアは浅葱から下りると、神輿に駆け寄った。御簾をあげると、白装束の少女が青い顔でこちらを見ていた。ルーシアはほっと笑顔を見せる。


「もう大丈夫よ」


その言葉の意味が分かったのか、少女はわっと泣き出した。ルーシアは膝立ちで少女に近寄ると、抱きしめてよしよしと背をなでた。


「川の主のところには、私の仲間が行ったわ。だから、もう大丈夫」


(うまく止めてよ、浅葱)


ルーシアはただ祈るしかできなかった。


※


川辺にたどり着くと、浅葱はアスランを、アストラスはシルビアをおろした。ふたりの目の前で、リリアは己の血を吸わせた短剣を川に投げ入れるところだった。この川は湖とは違い逆に凍っている。ところどころ割れ目があり、リリアはそこに短剣を投げ入れていた。


「何している!」

「主を呼び出す」


振り返ったリリアの顔には表情がなかった。そんな己の主を放って川を眺めている十六夜を殴り倒してやりたいと浅葱は思った。


「呼び出してどうする」

「正気でないのなら、切り捨てるしかあるまい」

「落ち着け!」

「私は落ち着いているぞ?」


「何が、あなたの気に障ったのですか?」


冷たい笑みを浮かべるリリアに、アスランが問いかける。リリアは遠い目をした。


「別に。ただ、誰かの犠牲の上に成り立つ平穏など見たくなかっただけだよ」


―いや


「そもそも、このやり方では平穏すら訪れないがな」


どこか自嘲した笑みに、アスランは背が凍る。


(止められない)


リリアはこのまま十六夜に主を殺させてしまう。


「殺すのか?」


アスランの横を通り過ぎ、リリアに歩み寄るのはシルビアだ。リリアはうなずいた。


「リリアが鬼神の娘だからか?」

「そうだよ」

「責を負って、咎めを受けるのか?」

「ああ」

「決めたんだな」

「そうだ」

「分かった」


シルビアは力強くうなずくと、アストラスのほうに向きなおった。


「ラス、力を貸してやれるか?」

「―私が貸さなくても、あなたは個人で貸してしまうのでしょう?」

「まあ、そうだな」


シルビアはするりと背から矢を取った。


「お前たちまで土地神殺しの咎を負う必要はない!」

「必要はないかもしれないが、そうしたいんだ」

「なにを!」

「リリアは恩人だし、友人だからな」


シルビアは美しく笑った。リリアは間抜けな顔をした。


「友?」

「ああ、違うのか?」


リリアはうつむいて、ぎゅっと両手でスカートを握って、そして、ふるふると首を横に振った。


「違わない」


消え入りそうな小さな声だった。しかし、シルビアにはそれで十分だった。ポンポンと頭をなでる。そろそろとあげられた顔は、今にも泣きだしそうだった。


「―来るよ」


ずっと川のほうを見つめ、リリアを放置していた十六夜が動いた。ぐっと膝を曲げて、跳躍の準備をする。黒い瞳が、赤く光っていた。


「来た」


その言葉と氷が割れたのは同時。トカゲのような顔、長い体、竜と言えば竜と言えなくもない姿は、しかしどこか神になりそこなったような印象を与える。しかし、ここにいる7人など一飲みにしてしまえる程の巨躯だ。


「―お前が、この川の主か」


リリアは呼びかける。主は答えない。ただ爛々と瞳を輝かせて、ひとつぎゃーと大きく鳴いた。そしてその巨体で川辺にまで突っ込んでくる。


浅葱はアスランを、アストラスはシルビアをつかみ跳躍する。他の3人も地を蹴って避ける。


「リリア!」

「ああ、殺していいぞ」


十六夜の瞳がひと際赤く輝く。十六夜は着地するや否や地を蹴った。背中の獲物を抜く。それを大きく振り上げると、主は尾で十六夜を体を地面にたたきつけようとする。しかし、その尾は十六夜に届く前に轟音を立てて落ちてしまう。


「アストラス!」

「ラスだろう!」


十六夜が驚きに、主の尾を切り落とした鬼の名を呼ぶ。十六夜は軌道を邪魔されず主の頭まで跳んでいこうとするが、主も十六夜を飲み込もうとその咢を開いている。十六夜は獲物を振り下ろし口を閉じさせると、主の頭の上にごろりと転がった。十六夜の獲物は形状から指すのには向かない。十六夜は指先を鱗がびっしりと生える主の体に突き刺した。どうにか体を固定する。


「うわ!」


主は頭を振って十六夜を振り落とそうとする。体が振り回されるが、十六夜は片手でどうにか主から振り落とされないように耐える。しかし、しばらくして無駄なあがきだと思ったのか、手を放して、主の背を滑り降りる。そして向こう岸に着地した。


「うーん、大きいな~」


十六夜はのんきにもそんなことを口にする。主は狙いをリリアに定めたらしく、リリアに体当たりをしてくる。そこはいつも通り結界を張ってしのぐ。赤い文様のような光があらわれ、それに主はぶつかる。大きな音がして空気が揺れる。しかし、リリアの張った結界はひびが入ることもなく、ぶれることもなくそこに屹立としてあり続ける。


それに苛立ったように、主は吠えた。そして次の瞬間、その声は悲鳴に変わる。目に、矢が突き刺さっていた。


「シルビア?」


リリアは後ろを振り返る。弓を手にするシルビアの姿があった。目があえば、シルビアは笑った。


「鱗でおおわれた体には刺さらなさそうだったからな」

「まあ、そうだな」


リリアはそんなことしか言えなかった。それを見ていた浅葱が大きくため息を吐く。


「アスラン、川の氷を厚くできるか」

「走りますか」

「そうしようと思う」

「まずは俺から行くよ。俺のほうが軽いし」


ずっと様子見をしていた劉輝が手を上げる。それに浅葱は分かったと答え、アスランは何やら詠唱に入る。白い光が川に浮かび上がり、割れ目のあった氷がつながっていく。主が壊していた箇所も再び氷になり、主の行動範囲を狭めていく。


それに気づいた十六夜が、氷の上を走りだす。十六夜の動きを見て、劉輝が慌てて飛び出す。


「俺が先に行くって言ったのに!」


劉輝の声も届かず、十六夜は主の体を駆け上がる。主は十六夜を振り落とそうと体を揺らす。劉輝が獲物を腰から抜いて主の体に突き刺す。それは大した効果を持たなさそうに思えたが、ないよりましだと思うことにする。


「どけ」


その声が聞こえたのと、劉輝がくるりと後ろに跳躍したのは同時。劉輝がいた場所を含めて、浅葱が横殴りに大ぶりの剣をふるったところだった。それは確かに主の皮をえぐり、主の注意が浅葱たちに移る。その隙に十六夜は頭まで駆け上ると、獲物を振り落とし主の頭を切り落とした。頭と一緒に落下した十六夜は、さすがに沈むところまでは一緒にするつもりはなく、頭を蹴ってリリアの隣に返ってくる。


頭が落ちてくるのを見越して、浅葱と劉輝も川岸に戻ってきている。劉輝はどうにか主に刺した獲物を抜けたようで、2,3度振って鞘に戻した。


「あ~あ、倒しちゃったよ」


劉輝がやってしまったと首を横とに振る。それとほぼ時を同じくして、ぱきりと音がして、次々と氷にひびが入る。氷はそれぞれ小さな塊になると少しずつ下流に向かって流れていくようだった。


「もしかしなくても」

「やはり、土地神の乱心が原因だったようだな」


リリアはふうと息を吹き出す。


(時間はあると思っていたが、そんなこともないのかもしれない)


ぎりぎりのところでは暁は耐えていると、だから世界は壊れないと、そう思っていたけれど。


リリアは十六夜を仰ぎ見る。十六夜はリリアの視線に気が付くとにっこりと笑った。


「父さまのところへ」

「ん?」

「父さまのところへ行こう」

「うん!」


もう寄り道などせずに、まっすぐに父のもとを目指そう。それができるだけの力は、もう十六夜にあるはずだ。


「ほら、行くぞ。ルーシアが待ってる」


浅葱がそう皆を促す。各々にうなずいて、川に背を向ける。リリアは思い出したように天に手を突き出した。


「雷よ、我が命に従いて罪人を罰せ」


いつも通りの呪文を唱える。赤い雷が、死した川の主に落ちた。それはごうごうと音を立て燃えていく。


「悪用されてはたまらないからな」


面々にいたずらっ子のような笑みでリリアはそう言った。


「さて、これで湖はどうなるかな」

「凍るんじゃないか?」

「そうだと良いが」


シルビアはリリアの肩にそっと手を置いて、並んで歩いた。


「お疲れ様」

「シルもな」


少女二人は顔を見合わせて笑った。


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