再会編―友達と旅してみよう6
一行は、その日のうちには次の村には着かず、一晩テントを張って夜をしのぐことにした。魔術師たちの結界で案外中は温かった。
「この茶、美味しいな」
「そう?女王様が飲んでたのよりは劣ると思うんだけど」
「そういうのはよしてくれ」
シルビアとルーシアはそんな会話を交わす。小さなテントの中、小さなランプがゆらゆらと辺りを照らしている。そこに女3人が集まっていた。
「結局追い出してしまったな」
リリアと一緒がいいとごねる十六夜を、浅葱が隣のテントに引っ張っていった。よくよく思い出せば、アストラスも加勢していた気がする。
遠い目をするリリアに、ルーシアが面白そうに笑った。
「一緒が良かった?」
「まあ、ずっと宿の部屋も一緒だったしな」
「もしかして、牢屋に入れられた時が初めて別々に寝た時か?」
「どうだったか。あいつはさらわれていたこともあったからなー」
「成人男性がさらわれるのは想像しづらいな」
シルビアがくつくつと笑う。見た目は大人だが、中身が子どもな鬼の姿を思い浮かべたのだろう。
「でも、5人に1つのテントは狭くないか?」
「いいのよ、ちょっとくらい。アスランはともかく、鬼はこんなことでどうこうならないわ」
シルビアの懸念をルーシアは吹っ飛ばす。そうなのか?とシルビアは首をかしげたが、いまさら言ったところでこのテントの割り振りは変わらないだろうとそれ以上は言及しないことにした。
「まあ、私も魔術師だし、リリアだって半分は鬼神の血が流れているんだし、シルだって弓使えるんでしょう?女の子だけでも大丈夫よ!」
「だから、浅葱とアストラスはおとなしくこの組み分けに従ったんだろうがな」
胸を張るルーシアの向かいで、リリアはふーふーとまだ熱いお茶に息を吹きかけていた。ちなみに、この組み分けにしようと言い出したのはルーシアだ。主従関係にある鬼と何かあるとは思わないが、なにか意図としてのことだろうとリリアは思っている。
「それで、どうしてこの面子でテントに入りたかったんだ?」
リリアの言葉に、ルーシアはにんまりと笑った。
「それは当然、ガールズトークをしたいからよ!」
きゃっきゃっとルーシアは楽しそうだ。その言葉に、リリアとルーシアは顔を見合わせた。
「それはつまり、女だけで話がしたかったということか?」
「そうそう!ガールズトークと言えば恋バナでしょう!」
「「コイバナ?」」
「そうよ!誰が好きとか、どういう人がタイプだとか!」
ルーシアの言っていることが分かった少女二人はかっと顔を赤くする。それを見て、かわいいなーと思うルーシアであった。顔が赤い二人は、口をパクパクさせている。頭が混乱しているらしい。これでは進まないと、ルーシアは爆弾をぶっこむ。
「そうねー私、実は浅葱のこと好きなのよね」
「「え!?」」
「意外?」
「どちらかと言えば、アスランが好きと言われたほうがしっくりくるような?」
シルビアが考えるようにする。その言葉に、ルーシアはふふふ笑った。
「そうね、そんなこと言う人もいるわね」
「そんなことを言うって、アスランとルーシアが恋仲だって言う人がいるということか」
シルビアは食いついてきた。それにルーシアは内心笑う。
「そうね」
「でも、ルーシアは浅葱が好きなのか」
「ええ。私、生まれは鬼の里じゃないのよ。スカウトされて来たの」
「それは初耳だ」
やっとリリアも話に入ってきた。
「15歳くらいの時だったかしらね。鬼の里に行くことに決めて、お迎えが来てくれたの。彼らに荷物を運んでもらって里に来たのよ」
ルーシアは少女二人の顔を見る。ふたりとも興味津々といったところか。
「荷物を用意された家まで運んでもらって、荷ほどきは自分でやることになってたからみんな家に運び終わったら帰っちゃったの」
「知らない土地に一人放り出されたわけか」
「薄情だな」
リリアの言葉に、シルビアは眉根を寄せた。
「まあ、ライバルになるかもしれない相手だしね。そんなこんなで疲れてたからちょっと先に買い出しに行こうと思ってね?」
リリアとシルビアはうんうんと頷く。
「そしたら、絡まれてる女の子を見つけたのよ」
「―助けに入ったと」
「そうそう。でも、まだ私だって小さな女の子でしょう?事態が余計ややこしくなっちゃって」
「想像できるな」
リリアはゆっくりとカップを回す。
「そこを助けてくれたのが浅葱だったのよ~」
きゃーっとルーシアは頬を染めた。それに少女二人は目をぱちぱちさせる。
「なんか、浅葱ってすごく強面じゃない?体だって大きいし、言葉もぶっきらぼうだし。でも、そんな人が一生懸命優しくしてくれようとしてくれるところにギャップ萌え?っていうの?」
「あーなんか侍女たちがそんな言葉を言ってたのを聞いたことがある気がする」
シルビアが思い出そうと眉根を寄せる。
「慌てて手をつかんで里を案内してもらって、荷ほどきも手伝ってもらったの!」
「―尻に敷いてるな」
「さすがとしか言いようがないな」
「浅葱はね、里でも実力のある鬼だって後から聞いたから、もうめちゃくちゃ修行頑張ったのよ」
「認められるためにか?」
「そうよ!」
「それで無事浅葱と契約したと」
はーっとふたりは感心したように顔を見合わせた。笑顔で話していたルーシアだったが、眉をハの字にする。
「私頑張ってアプローチしてるつもりなのよ?お菓子作ったりご飯誘ったり、お茶したり。編み物だってしてるしね?」
「まったく本人にその気がないと」
「そうなの~鈍感なの~」
「浅葱らしいと言えばらしいな」
リリアはこくりと冷めてきたお茶を飲む。あの鬼に、恋愛ごとと言う器用なことができる気はしない。だが思うことはある。
「愛情深そうな男ではあるな」
一度懐に入ってしまえば、あの男は大層大事にしてくれそうだとリリアは思った。
「でしょう?」
ルーシアは分かってるじゃないと笑う。手元に置いておいたカップに手を伸ばす。それを少し飲んでからそれは美しい笑顔で言った。
「それで、ふたりにはそんなお話無いの?」
「うーん、私はイメリアに負けないようにするので精一杯だったからな」
「イメリアさんが政敵だったの?」
「ああ、大臣だった」
結局は負けて出てきたんだが、とシルビアは自嘲の笑みを浮かべる。しかし思い出したようにその表情は消える。
「ああ、気に食わない男ではあったが、思い返せば顔はきれいだったのかもしれないな。貴族の娘たちにも人気があったと聞く」
「顔はよかったのね。でも好きではなかったんでしょう?」
「そうだな。他の男たちも大概イメリアについていたからなー好きになるきっかけがなかったな」
「それでよく玉座に座れてたわね」
ルーシアが驚いたように目を丸くした。
「ああ、アストラスーラスが頑張ってくれてたんだ」
「兵士たちは、皆シルにも好意的だったように見えた」
「そうだな。ラスの味方は私の味方でもあった」
リリアが記憶をたどって発した言葉に、シルビアは頷く。
「それじゃあ、ラスのことは好きじゃないの?」
「生まれた時からずっと一緒だからな。父上とは違うまた別の親と言うような感覚だ。あっちも子どものように思っているんじゃないだろうか」
「ラスはいったいどれだけ王家に仕えていたんだ?」
リリアが問いかける。シルビアは考える。
「どうだったか。少なくとも祖父の代にはいたと聞く」
「それじゃ下手したら孫くらいの気持ちになるな」
「そうだろう」
シルビアはこくこくと頷いた。自分には何もないと言外に告げる。それを読み取って、ルーシアはリリアに視線を向けた。リリアは体をこわばらせる。
「リリアは、十六夜とはどうなの?」
「どうと言われても…」
リリアはついと視線を外して逃げる。
「十六夜はリリアのこと大好きって言ってたじゃない?」
「それは忘れてくれ」
リリアは膝に顔を押し当てて隠してしまう。絞りだしたような声に、これは何かあるとふたりは思う。
「あれは、主人としての私を好いているだけだ」
「リリアは十六夜のこと好きじゃないの?」
ルーシアはリリアからは視線を外し、ゆっくりお茶を飲みながら聞いていみた。
「好ましいとは思っているし、頼りにもしている。しかし、それは好きなのかと言われれば違う気もする」
「そうなの?」
ルーシアはリリアに合わせる。シルビアは何か思うところがあるのか上を向きながら考え事をしているようだった。
「十六夜は、リリアといると本当に楽しそうだ」
「そうね、大好きなのね」
「やめてくれ」
シルビアはリリアと話しているときの十六夜を思い出していたらしい。ルーシアも笑顔で首肯する。リリアはさらに頭を沈めてしまう。その背を見ながら、シルビアは不思議そうに尋ねた。
「リリアの父は鬼神だったのだろう?なら鬼神だからといって誰かを好きになってはいけないなどということもあるまい」
「それは、そうだが。別に、私でなくても」
「私はふたりは似合いだと思うんだがな」
シルビアは、出会ってからの二人の様子を思い出し、正直に所感を述べた。リリアはそろそろと顔を上げた。
「…そうだろうか」
「ああ。そう思うよ」
「私は、シルビアと十六夜のほうがよほど似合いだと思った」
(ああ、この前並んだ二人を見てなんとなく不愉快になったのはこういうわけだったのか)
納得しているリリアに、シルビアは驚いて目を見開く。
「私がか!?」
「外見年齢的にはそう見えるのかもしれないわね」
リリアの言葉をルーシアが認める。リリアはまた下を向いてしまった。
「でも、十六夜がこの世で一番好きなのはリリアよね」
「それは、親みたいなもので」
「だって、十六夜はこの前生まれたようなものだもの。まだ恋なんてわからないわよ」
「ということは、正真正銘、十六夜は誰よりもリリアを好きだということになるのか」
ルーシアの言葉を拾って、シルビアもそんなことを言う。
(十六夜が私を好き?)
いや、好きか嫌いかと問われれば、彼は間違いなく自分を好いている。しかしきっとそれは自分とは違って―
(私とは違って?)
自分の思考に動揺する。これじゃまるで自分が十六夜を好きみたいじゃないか。
(まさか、そんな、でも―)
「うう~」
思い当たる節がないこともなくて、リリアは抵抗するように情けない声をあげた。
「ゆっくりでいいのよ、こういうのは」
そう言ってゆっくりとお茶を飲むルーシアに、リリアは到底かなわないと思うのだった。
※
「お前たち、ゆっくり旅してたんだな」
「んーそうかも。狩りとか教えてもらってたし、ちょっとずつ難しい仕事引き受けたりしててから」
「育てられてたんだな」
浅葱がそう言えば、十六夜は楽しそうに笑った。
「リリアといると、いつも楽しい」
そう言う十六夜の瞳は、存外穏やかだった。
「良かったな」
(本当に、良かった)
十六夜の髪は、以前より伸びていたけれど、前髪は短く、薄くなっていた。顔が良く見える。それが嫌でなくなったことは、とても良いことだと浅葱は思う。
(思ったより早かった気もするが)
まあ、いろいろあったんだろうということにして、浅葱はそれ以上は考えるのをやめた。
「どんな旅をしてきたの?」
劉輝がごろりと横になりながら十六夜に旅の話をねだる。十六夜は思い出そうと上を見上げた。
「そうだなー。里を出たばっかりの時は食事用の動物を狩ってたなー」
「里から街まで結構あるもんね」
「そう」
劉輝の言葉に、十六夜は頷いた。
「一番近い街で、鬼使いの登録をしたよ」
「それがいいよ。里でもできないことないけど、絶対邪魔されたし」
「―今も十六夜を追わせようとしてるんだろうか」
浅葱が遠い目をする。それに十六夜も、里は大変だったようだと感じる。
「でも、鉄斎が邪魔してくれてるんでしょう?」
「ああ。あいつ、あんなに怖かったのかってみんなが思ってるよ」
「怖いの?」
「笑顔がな」
「冷たいよねー」
劉輝は困ったように笑っている。
「その、時折出てくる鉄斎という鬼は、どんな立ち位置なんだ?」
アストラスが話に入ってくる。劉輝と浅葱は顔を見合わせる。
「代々の里の長に仕える鬼かな」
「そういえば、確かリリアの父親とも知り合いみたいなこと言ってたな」
「鬼神と知り合いか」
かなり古く、強い鬼だとアストラスは考える。そうでなくては、この混乱の世では鬼神のことなど忘れてしまう。
「鬼使いの登録をしてからはどうしてたの?」
劉輝が話を元に戻す。十六夜は再び思い出す作業に入る。
「えーとね、まずは弱い妖魔を狩ってお金をもらってたかな」
「徐々にってやつだね」
リリアは少しずつ相手にするレベルを上げていったようだと判断する。
「それで、賞金首の人さらいをつかまえて」
「お前につかまえられたのか?」
浅葱がからかうように言ってくる。心外だと十六夜は眉根を寄せる。
「リリアが良いって言わないと、殺さないよ!」
「それもそれで問題だと思うけどな」
浅葱はからかうような表情をやめない。十六夜はいいもんとそっぽをむく。
「賞金首の人さらいは、どんな手口を使っていたんですか?」
鬼使い向けの賞金首になるということは、魔術師だろうと算段を付けたアストラスが尋ねてくる。
「なんかね、子どもにだけ聞こえる笛を吹いて、子どもだけを操ってたよ」
「それで子どもをさらっていたと」
(局所的な特異型とでもいえばいいでしょうか)
まれにそういう者もいる。どこか不完全で、しかしだからこそ特定の場面で何より力を発揮する。
「大変だったよー俺操られちゃってさ」
「それ、自分が子どもだって言ってるようなものだぞ」
「でも、まあ、生まれたばかりみたいなもんなんでしょう?俺」
「それはそうかもしれないが」
浅葱は困惑した表情を見せた。うまく答えられない。しかし、そんなことを気にする十六夜ではない。
「もうちょっとでリリアに嫌われるところだった。あいつ、俺にリリアのこと攻撃させるんだもん」
「どうやってしのいだんだ?」
「なんかね、リリアの血をしみこませた水晶を首にかけてくれた。鬼神の血だからって」
「より強いものに従わせたんですね」
あの少女も無茶なことをするとアスランは苦笑した。
「鬼にとって鬼神の血ほど振りほどくのが難しいものもないでしょう」
十六夜は頷く。
「そのあとはね、もうらくちん」
「だろうね」
劉輝はおかしそうに笑った。
「とりあえず、楽しそうで良かったよ」
劉輝の瞳は、外見年齢よりよほど深く、柔らかく十六夜を見つめていた。それを真正面から受け止めて、十六夜は満面の笑みで答える。
「とても楽しいよ!」
男子組のテントには、温かい空気が流れていた。




