再会編―友達と旅してみよう5
「リリアたちならいいかしら」
「まあ、良いでしょう」
ルーシアの言葉に、アスランが頷いた。ルーシアが事情を話し始める。
「実は、この村から依頼があったのよ。例年通りの寒さなのに、氷ができないって。ちなみにこの村の人たちは氷の売買で生計を立てていると言ってもいいわ」
「それに妖魔がかかわっているかもしれないから調べてくれと?」
「そういうことね」
リリアの要約に、ルーシアはうなずいた。リリアはふむと考える。
「鬼の里とは、妖魔に関する問題を解決しているのか」
「ええ、そうね」
シルビアの問いに、ルーシアが答える。シルビアはそうなのか、とアストラスと顔を見合わせた。
「でも、みんな元気そうで良かった~」
どこか緊張し始めた空気を壊したのは十六夜だ。心底嬉しそうに笑っている。それに劉輝が相好を崩した。
「元気だったよ!十六夜も元気そうだね!」
「俺も元気だよ!リリアも元気!」
ね、と笑顔を向けられれば、リリアもそうだと返すしかない。
「今日はこの村の長老に話を聞いてきたの」
「今年何か変わったことはなかったかをね」
ルーシアの説明にアスランが付け足す。ブランデーが効いてきて、だいぶ体が温まってきていた。
「調査に出るのは明日か?」
「そうしようかと思ってるの。さすがに着いたばかりじゃ疲れちゃって」
「雪の中を強行してきたので」
肩を回すルーシアにアスランが苦笑する。
「俺たちは平気だけどな」
「鬼と一緒にしないでよ!」
浅葱の言葉に、ルーシアが悲鳴を上げる。そのやりとりに、シルビアはくすくすと笑っていた。自然と視線が集まる。
「いや、仲がいいのだなと思ってな」
「浅葱はね、ルーシアと仲いいよ~」
劉輝が力説する。シルビアはやわらかく目を細めた。
「私は、鬼は国に禍をもたらすと言われていて、ラスしか鬼を知らなかったんだ。外ではこんなに友好的な関係にあるのだな」
「禍をもたらすって、どこかの誰かさんみたいだな」
「言われれば俺みたいだね!」
浅葱の言葉に十六夜が賛同する。今度はアストラスが不思議そうな顔をする。
「お前がか?」
「そうそう。鬼神を殺すから悪い鬼って言われてずっと首輪につながれてたんだよ」
「短くとも100年は放置で飲み物も食べ物も与えていなかった」
「っ!」
浅葱の説明に、シルビアとアストラスは息を飲んだ。
「髪も伸び放題絡み放題で、顔も見えなかったんだよねー」
劉輝も説明に加わる。懐かしいのか、十六夜はうんうんと元気にうなずいている。女将が作ってくれたスープを飲むのも忘れない。
「俺、自分の名前も忘れちゃってて、十六夜ってリリアに名前もらったんだよ。満月の次の夜に会ったから十六夜なんだよ!」
「―そうか」
嬉しそうに解説する十六夜に、シルビアとアストラスは複雑な気持ちになる。
「浅葱と劉輝は俺を風呂に入れてくれて、優しくしてくれた良い鬼。リリアと一緒に里を出るのも手伝ってくれた」
「お前のことを見て見ぬふりをしていたひとりだぞ?」
「本当は俺らも嫌われてるべきだよね」
浅葱はあきれた様子で、劉輝は困った顔をしていた。十六夜は気にせずパンに手を伸ばす。大きく口を開けて半分は口に入れてしまった。
「嫌いって言うか、そっちよりは今は外のことを知りたいかな。美味しいものも食べたいし」
そう言えば、リリアがくつくつとのどを鳴らすのだった。
「お前は前向きだな」
「本当はね、もう少し字が読めたらいいんだけど」
「機会を見て練習しよう」
「うん!」
リリアもスープを口に運んだ。体が温まる。人間ほどではないにしろ、鬼よりは寒暖差に弱い。リリアも彼女にしては冷えていた。
「それより十六夜、お前、獲物持つようになったんだな」
「あ、これ?」
十六夜は大きな鞘ごと背から獲物を外す。それを浅葱に渡した。劉輝も覗き込みに来る。
「少し重いな」
「その分丈夫だって」
「そうじゃなきゃ困るよ」
「俺たち用に作られたのかもな」
浅葱は剣を抜いた。のこぎりのような形をした四角形の刃だ。
「形も面白い」
「ね!」
「形で決めちゃだめだよ!」
劉輝が笑う。浅葱は立ち上がると、剣を数度振った。
「切れ味良さそうだな」
「まだ使ったことないんだ!楽しみ!」
「新品か!」
劉輝はもう一度剣を覗き込むのだった。鬼たちの戯れを主たちは楽しそうに見守る。
「そういえば、結局里からの追っ手はかかったのか?ついぞ会っていないのだが」
「鉄斎が頑張って押さえつけてるわ。長も変わらず命令するんだけど、鉄斎が怖くて誰も言うこと聞かないのよ」
「裏の統治者だな」
ルーシアの説明に、リリアはくつくつと笑った。
「そうね。鉄斎が言ってたの。もしかしたらリリアたちに会うかもしれないって。その時はよろしく伝えてくれって」
「そうだったか」
「お前たち案外ゆっくり進んでたんだな。遅く出た俺たちと合流する羽目になるなんて」
浅葱がやっと獲物を十六夜に返した。十六夜はそれをまた背負う。相当お気に召しているようだ
「少しな。金も稼ぎながらだったしな」
「翡翠とも戦ってたしね!」
「あの神出鬼没の悪党をか?」
鬼の里でも翡翠の名は轟いていたらしい。
「ああ、ある街にいるという情報が入ってな。その街が鬼使いの仕事に出していた」
「それを引き受けたのか」
「うん!すごく楽しかったよ!」
「そりゃ良かったな」
浅葱は少々呆れ気味に十六夜の笑顔を見た。浅葱の表情に十六夜の笑顔は曇ったりなどしない。ただきらきらと輝くような笑みがそこにある。浅葱は少し口端を持ち上げた。
「髪も切ったんだな」
「前髪?」
「そうだ」
「そうそう、邪魔だと思って!」
「そう思えるようになったか」
良かったと、浅葱は思った。十六夜は少し不思議そうな顔をしていたが、何も追及はしてこなかい。浅葱は、ブランデーに手を伸ばした。
「顔が見えてるほうがいいわよ!」
かっこいい!とルーシアが言うから、十六夜は照れくさそうに笑うのだった。
※
翌朝、鬼の里組は調査に出かけた。それにリリアは首を突っ込む。リリアが来れば自然と十六夜だけではなくシルビアもついてくるし、そうなればアストラスも一緒に行動しないわけにはいかなかった。
「なぜこんな大所帯に」
浅葱は頭痛がして額を押さえた。隣を歩く劉輝が気にするなと背をたたいてやる。
「まあ、鉄斎も会ったら会ったで協力してもらっていいって言ってたし」
「そんなことを言っていたのか」
「そうそう。首を突っ込んできたら追い帰さないで利用しろって」
十六夜の肩に乗っているリリアが劉輝と言葉を交わす。その後ろには、シルビアをおんぶして歩くアストラスがいた。
「どうするリリア、利用されるぞ」
「利用されてでも首は突っ込んでみたいのさ」
シルビアが後ろからからかってくるが、リリアは涼しい顔だ。昨日のことがあったから、十六夜も無理な動きはしない。リリアにも余裕があった。
「シル、私たちは残っていてもよかったんじゃないのか?」
「里の鬼ということになっている。一緒に動いたほうが安全だ」
暗に宿に戻ろうというアストラスに、リリアがやめておけという。アストラスはため息をついて進むのだった。
「ここみたいですよ」
一番後ろをルーシアと歩いていたアスランが後ろから声をかける。気づけば一行は大きな湖の前に出ていた。
「すごいねー」
十六夜が瞳を輝かせる。リリアはそれを嬉しそうに見ていた。
「この水が本来なら凍るってことよね」
ルーシアが水面に触れる。ひゃっと悲鳴を上げてすぐに引っ込めるはめになる。アスランも滑らかな水面を覗き込む。
「特段変なところはありませんね」
アスランは上体を起こすと、辺りを見渡した。周囲はしんと静まり返っている。本来なら村人たちが行き来をして固まっているはずだった雪はやわらかく降り積もり、ここまで歩くのに難儀した。その雪が、音を吸い込んでいるようだった。
「妙な気配がするということもないな」
リリアは腕を組む。十六夜もきょろきょろと首を巡らせるが、何も面白そうなものはない。
「上、かな?」
十六夜は首を傾げた。
「上流と言うことか?」
「だって、川の上に竜神はいたじゃない?」
「まあ、確かにな」
リリアはうーんと考え込む。
「確かに、向こう側に流れ込んできている川はあるな」
浅葱が鬼の目を使ってはるか先に川を見つける。劉輝も浅葱の視線を追って、人には見えない川を見やる。
「私は、竜神と言うのが気になるな」
シルビアがリリアの隣に並ぶ。リリアはシルビアを見上げた。
「ちょっとな、親代わりと言うかな」
「神がか?」
「父親の知り合いなんだ」
「なるほど」
すべての妖魔の王である鬼神には、神に連なる知り合いもいるだろうとシルビアは納得した。
「それで、どうするの?上まで見に行く?」
「ここで何も感じられないのなら、そうするしかなさそうですね」
必死に指先を温めていたルーシアの言葉に、アスランが頷いた。
「戻って地図でも借りようよ」
劉輝の提案に、一同は宿へ戻ることにした。
※
はてさて地図を借り、上流のほうへ上るからいったん村を出ると長老にも伝え、鬼使いと仕える鬼たちはまたも雪山を登っていた。
「戦力外通告されたみたいだな」
アストラスに背負われているシルビアが不服そうに口を開いた。雪山を登るとあって、テントなど大きめの荷物も買い込んだ。それはリリアにとって予定外の出費だったが別に懐はいたくない。シルビアにとっての問題は、その荷物を十六夜が背負っているためリリアが自身の足で歩いていることだ。
ルーシアとアスランも自分で歩いている。ちなみに、鬼の里チームの荷物持ちは浅葱だ。
「後れを取るほうが迷惑だ」
「分かってはいるがな」
「浅葱はもっと言葉を選ばないと」
浅葱の言葉にシルビアは素直にうなずいた。ルーシアが浅葱をとがめるが、浅葱は涼しい顔だ。
「寒くないか?」
「ああ、ラスが温かいから平気だよ」
アストラスが、城を出たことがないシルビアを気遣う。思えば狭い世界に押し込めていたものだ。
(もっと早くこうしていればよかったかもしれない)
そうすれば、くだらない政争に巻き込まれることもなかったし、民に苦痛を強いることもなかった。失われたものは多い。
(陛下は、私が思っているよりずっと強い)
己の選択を悔いていると、首にぐるりと腕が回された。シルビアがより体重をかけてくる。
「もういっそのこと、甘えてしまおうかと思ってな」
くっくとシルビアは楽しそうに笑った。
「別に、あなたは重くもなんともないですよ」
「鬼は力が強いな」
「そういう生き物なんです」
「なんか楽しそう!」
何話してるの?と十六夜が歩を緩めて一番後ろを歩いていたアストラスに並ぶ。
「別に大したことじゃない」
「お前は、リリアにかまってもらえ」
どこかのんきな十六夜の相手は少々つらいと、アストラスは十六夜をリリアのもとに追い帰す。えー?と不満気な声を上げながらも、十六夜はおとなしくリリアのもとに戻った。
「追い帰されたか」
「うん」
「お前は騒がしいからな」
くつくつとリリアが笑う。それだけで十六夜は嬉しそうだ。言葉は頭に入っていないようだと、シルビアとアストラスは2人を見ながら思うのだった。
「今日のうちに村につけるかしら」
「夜になるかもしれませんね」
「そうなっていいように準備はしてきたつもりだけど」
よいしょとルーシアが足を雪から抜く。おっととこけそうになるのを、アスランと浅葱が支える。自分とは逆の手を握る浅葱を見て、アスランは笑った。
「これは、余計なことをしてしまいましたね」
「そんなことはないが」
浅葱は困惑した顔をしていたが、少々面白くなさそうな色が声に含まれていた。
「いえいえ、あなたの主人に軽々しく触れるものではありませんね」
アスランはくすくすと笑っていたが、何がおかしいのか分からなくて、浅葱はルーシアの顔を見る。ルーシアはそれに気づいて顔を上げる。少し困った顔で、へらっと笑って見せた。
「仲いいよねー」
「なんで今そうなる」
からかうように劉輝も入り込んでくる。それを止めない当たり、アスランも同じようなことを思っているらしい。
「あら、仲良しじゃないの?」
視線を下げれば困った顔はどこへやら、ルーシアはいたずらっ子のような光で瞳を輝かせていた。なんとなく、否定しづらい。
「仲がいい悪いというより、そもそもお前は俺の主人だろう」
「そういえば、なんで私を選んでくれたのか聞いたことなかったわ」
「俺は勘だったな~。なんとなくうまくやれる気がしたんだよね~」
劉輝は頭の後ろで腕を組みながらそんなことを言う。アスランは静かに笑っている。劉輝がアスランを選んだ理由を口にしたことで、なんとなく浅葱も言わなければならないような雰囲気になる。浅葱は言葉を詰まらせる。うーとうなりだす。そして、横目にルーシアを見る。ルーシアはにっこりと笑って見せた。
「ルーシアは、優秀で」
「うん」
「頑固で」
「うん」
「すぐ首を突っ込んで危ない目にあう」
「そんな風に思ってたの?」
失礼しちゃうわとルーシアは笑う。そして視線を上げれば、存外優しい目で浅葱はルーシアを見ていた。それに惹かれるようにルーシアは顔を上げる。
「それに、色んな言葉を知っているし誰にでも優しい」
「―。」
「そういうところが、見どころあると思ったんだ」
「そうなの」
照れくさくて、ルーシアはぱっと顔を伏せた。それに浅葱は不思議そうな顔をしたが、すぐに何もなかったかのように前を向く。ルーシアははたとまだ浅葱が自分の手を握っていることに気づく。
「あ、浅葱。もう大丈夫よ、手放して」
「どうせすぐまたこける」
「そんなことないわよ!」
ルーシアはえいえいと空いている手で浅葱の腕をたたくが、そんなの効くはずがない。いつの間にか2人の後ろに回っていた劉輝とアスランは、顔を見合わせて笑った。
「かわいいね~」
「少年のようですね」
「がたいはいい年した大男なのに」
くつくつと劉輝はおかしそうに喉を鳴らした。
「あんまりからかってはいけませんよ」
「それ、アスランが言う?」
「ねえ、なになに?なんか楽しそう!」
後ろから十六夜が追いついてくる。
(十六夜にはまだ早いかなー)
そんなことを思いながら、当たり障りなく答える。
「どうして、今の相手を主人に選んだのかって話してたんだよ」
「え?どうしてリリアの鬼になったかってこと?」
「そうそう」
「だって、リリアすごいもの!」
「そうだね~」
「強いし、何でも知ってるし!」
「十六夜、分かった」
いつの間にか十六夜の隣に来ていたリリアが止めようとするが止まる十六夜ではない。
「優しいし。俺、リリア大好き!」
劉輝とアスランががちらとリリアを見やれば、小さな少女は両手で顔を覆っていた。あきれているのか、照れているのか分からない。
一行は、穏やかな空気で雪山を進んだ。




