再会編―友達と旅してみよう4
浅葱は使いに出されていた。使いと言っても、宿の二階から下りて一階に行き、体を温めるブランデーでも貰って来るというものだ。もちろん、ルーシアの命令だ。
(人使いの荒い女だ)
胸中で文句を垂れながら階段を下りる。真ん中くらいまで下りた時、ばたんと宿の扉が開く音が聞こえた。誰か飛び込んできたようだ。
「いらっしゃいませ」
「えーと、里の鬼は来てる!?」
(俺たちを探してる?)
浅葱は一気に警戒モードに入る。ゆっくりと階段を下りて、騒ぐ人物を視界に入れようとする。その人物はきょろきょろと周囲を見渡し、浅葱とも目が合った。
(まずい)
そう思った時には浅葱は倒れていた。大男が倒されたことに周囲はざわめくが、突如抱き着かれたことに浅葱は驚いていた。しかし、わずかな間で目に入った色がある。
(黒。―まさか)
飛びついてきた者の顔を見ようと、浅葱は体を起こす。ちなみに階段に押し倒されたから結構体は痛んだ。
「浅葱!久しぶり!」
にぱっと笑うのは黒髪と黒い瞳を持つ青年の姿をした鬼だ。彼の、そんな表情も、滑らかな言葉にも記憶はなかったけれど、しかし、彼の名はもうこれしか思いいたらなかった。
「十六夜?」
「良かった!覚えてた!」
「忘れるか!というか下りろ。重い」
「ああ、ごめんごめん」
十六夜は謝りながら浅葱から体を離す。浅葱が立ち上がろうとすると、すっと手を差し出してくる。浅葱は眉を顰めつつその手を取った。よいしょと立ち上がる。
「十六夜、お前だけか?リリアは?」
「あ!おいてきちゃった!」
「まったくだ。主人を置いていく鬼がどこにある」
また扉が開き、3人が入ってくる。一番前にいたのは全身黒の10歳前後に見える少女だ。その少女は黒い袖のない上着を脱ぐと、玄関先で雪を払った。それに倣ったように、長身の少女と浅葱に負けない大男も外套の雪を払う。
「リリア!ごめんね!」
「まあ、気持ちはわからんではないがな」
リリアは笑いながら十六夜に歩み寄る。そして浅葱を見上げる。
「久しいな。元気にしていたか」
「ああ。そっちは」
「順調だよ」
ふーんと浅葱はちらりとシルビアとアストラスを見た。その視線に気づいてリリアは少し考える。どうしたらいいかわからない店主がおろおろと視線を泳がせていた。リリアは店主に近づく。
「2部屋ほど、空きはあるか?」
「は、はい!」
「ではそれを借りたい」
「かまいません」
店主は慌てて部屋の鍵を取り出す。それをリリアは受け取って十六夜と浅葱に向き直った。
「とりあえず、ここに泊まれるぞ」
「やった!」
「話は上でだ」
「そうだな、それがいいだろう」
浅葱は4人を連れてルーシアの部屋に戻る。もちろんブランデーを忘れた浅葱は、もう一度一階に行かねばならなかった。
※
「リリアー!」
ルーシアは十六夜が浅葱にしたように、リリアに抱き着いた。小さな体を抱きしめてくるくると回る。
「うわ!」
「久しぶりね!元気にしてた?風邪とか引いてない?おなかはすいていない?」
「お昼ご飯はまだだよ!」
十六夜が元気にリリアへの質問に答える。ルーシアはくるくる回るのをやめたが、リリアは抱きしめたままだった。
「あら、それは大変!浅葱!下に行ってちょっと何かもらってきなさいな」
「今、ブランデーをとってきたばかりだぞ」
「ブランデーじゃおなかは膨れないでしょう?」
「俺も一緒に行ってあげるから!」
渋面を作る浅葱に、劉輝が同行を名乗り出る。それならという様子で、ふたりは部屋から出て行った。それを見送ってから、十六夜はいそいそとリリアとルーシアに近づく。
「ねえねえ、リリア。さっきのくるくる、俺ともやろう!」
両手を広げる。リリアはそのキラキラの笑顔に釣られそうになったが、思い出す、あの雪山を登った時のことを。
「嫌だ!お前、ぐるぐる振り回すだろう!」
「ええ?そんなことしないよ!」
「嘘だ!そう言って山を登るときも私をからかったくせに!」
リリアはルーシアの後ろに隠れてしまう。ルーシアは意地悪な顔を作ると、十六夜をからかい始める。
「え~十六夜、リリアに意地悪したの~?リリアは十六夜の主なのに~?」
信じられな~いと言外に含ませる。十六夜はそれにムッとする。
「意地悪じゃないもん!あれくらいリリアなら平気だもん!」
「リリアがキャーキャー言うの、楽しんでたろう」
まさかのシルビアまで参戦してきて十六夜は窮地に立たされる。
「それは、まあ、少しは面白かったというか、かわいかったというか」
それだけ言うと、しゅんとしょげてしまう。
「ごめんなさい」
そのしょげた様子に、リリアはルーシアの後ろから出てくる。十六夜は泣きそうな顔をしている。別に、そこまで反省させたかったわけじゃない。ちょっとやりすぎだと伝えたかっただけだった。
「軽くだ。お前の思うくるくるを軽~くしてやるならいいぞ」
軽くに力を籠める。それは通じたのかはわからないが、十六夜は顔を上げると、きらきらと輝く笑顔でうなずいた。
「うん!次は大丈夫!」
両手を広げるから、リリアはその腕の中に納まる。ルーシアとは違う力強い腕だ。十六夜はゆっくりと回り始める。リリアの足が浮く。そのまま数週回って、リリアの足は床についた。
「怖くなかったでしょう!」
「ああ、今のは大丈夫だった」
自慢げに笑ってリリアを見てくるから、リリアも笑って返す。十六夜は嬉しそうだった。
「何か適当に作って持ってきてくれるとよ」
「ちゃちゃっと作ってくれるって!」
浅葱と劉輝が戻ってくる。見れば十六夜がリリアの体に腕を回して何やらにこにこしている。リリアもまんざらではなさそうだ。
「何してるんだ?お前ら」
「ちょっと遊んでただけだよ!」
ね、とリリアに言いながら体を離す。リリアは恥ずかしそうにうつむいただけだった。
「それで、このふたりは何なんだ?」
「アズリア王国の王女とその護衛だ」
「は?」
浅葱は手近な椅子に座ろうとして動きを止める。リリアは音消しの結界を張りながら答えたので、外には聞こえていないだろう。しかしだ、この娘は何と言った。
「お初にお目にかかる。アズリア王国王女シルビアと軍総統だったアストラスだ。政争に敗れ、王国から逃げてきた」
シルビアに倣い、アストラスも丁寧に礼をした。
「しばらくコーサスに身を置き、反逆の機会を狙うと?」
「コーサスには身を置くが、王国に帰るつもりはない」
アスランの厳しい視線にシルビアは臆することなく答えた。
「貴殿たちはリリアとどういう関係かな」
「同郷だ。俺たちは皆鬼の里にいた」
「そこを私が見つけて外に引っ張り出したんだ」
浅葱はやっとのことで椅子に座った。リリアが説明を付け足す。
「ということは、親しい中なのかな」
「ああ、信頼できる」
「なら話してもいいだろう。アズリル王国は、鬼と彼らに近しいものを国外に排除した。そして今は国境は閉じているに等しい。これも先祖に神を持つと言われていたわが身に鬼の血が流れていたからだ」
リリアの言葉に、シルビアは己の生まれについて話した。さらに説明を続ける。
「私にはその事実を国民に説明することもできたし、隠すこともできた。しかし、公にすれば国民をだましていたとして処刑は脱がれないし、隠し続けては国境は開けない」
「そこで国を出ることにした」
「ああ、ちょうど反乱も起きてな。それに乗じて逃げてきた」
アスランの言葉にシルビアは頷いた。アスランはさらに説明を求める。
「反乱というのは」
「大丈夫だ。裏で大臣が手を引いている。あいつが今は統治をおこなっているだろう。きっとそのうち国境も開き、追い出された者たちも戻れるようになろう」
「丸く収まっている気がするわね」
ルーシアが考える風にしながらそう口にした。
「ちょっと待て、それとリリアたちといることがどう関係がある」
やっと浅葱が口を開いた。劉輝は難しい話はごめんだと窓から雪景色を眺めている。
「それなんだがな」
リリアはにっこりと笑った。十六夜が続きを買って出る。
「早く南下したくて、アズリルに無理やり入っちゃった!」
「はあ!!」
「いやあ、鬼は入れないとか言われると、入りたくなるのが人の性だろう」
驚く浅葱にリリアがうんうんと頷きながら適当な口上を述べる。
「入って、それでシルビアたちと会ったの?」
ルーシアが首をかしげる。リリアはうなずいた。
「ああ、アストラスに見つかって捕らわれた」
「俺なんか牢屋に入ったんだよ!」
「不法侵入者だからな」
アストラスが当然のことだという顔で言う。十六夜は、そうだけど、とむくれた。
「アストラスは国内にいた唯一の鬼でな。アストラスの足止めに十六夜が敵方に巻き込まれた」
「鬼だからな」
浅葱が足を組み、そこに肘をつく。
「まあそうやって巻き込まれているうちに一緒に逃げることになったと」
「お前がそんな優しい奴か?」
「心外だな。私の心は優しさのみでできているよ」
「リリアは優しいよね~」
浅葱の突込みに、黒い二人組はのほほんと会話を交わす。
「実のところ、アストラスにすぐ処刑されそうになったんだがシルビアが止めてくれたんだ。その借りを返そうと思ってな」
「早くそれを言え」
浅葱はやっと納得した。リリアはくつくつと笑っている。
「そんなこんなでな。シルたちは旅には慣れていないし、せっかくだから一緒に行くことにしたんだ」
「お友達ができたのね!」
良いことだわ、とルーシアは笑った。
「貴殿たちは友人ではないのか?」
「あら、どうかしら。お友達って言ってもいい?」
「いいんじゃないか?お前たちにも世話になった」
「まあ、私たちが助けてもらったんだけどね」
「というのは?」
ルーシアは鬼の里で起きた妖魔の侵入の話をした。それをリリアが止めてくれたこと、十六夜が妖魔を倒したこと。鬼の里の出来事を話しているうちに、宿の女将が軽食を持ってきてくれた。それを食べながらまた会話を続ける。
「さすがだな」
「褒めても何も出ないぞ」
シルビアの言葉にリリアはまんざらでもなさそうだ。
「リリアはすごいもんね!」
「お前には負けるよ」
十六夜もリリアが褒められうれしそうにしている。
「それで、お前たちはどうしてこんな雪山に来たんだ?」
リリアの言葉に、鬼の里から来た4人は顔を見合わせるのだった。




