再会編―友達と旅してみよう3
ばたん、と宿の扉を閉める。一階で食事をとれるようになっている宿には、先客という名の常連が何人かいた。常連たちの視線が集まる。それを気にすることなく、大男は雪の付いた外套を脱いだ。長い耳が現れる。隣の小柄な少年も外套を脱いでいた。この少年も耳から鬼だとわかる。
「ああ~、寒かったわね」
「はい、この年には堪えました」
「あら、まだアスランは若いじゃない」
「ルーシアには負けますよ」
遅れて入ってきたのは若い男女だ。女は20代前半に、男は30代中ごろに見える。ふたりとも整った顔立ちをしていた。このふたりは人間だ。手首にそれぞれ浅葱色とはちみつ色のブレスレットをしている。
「あなた方が、村長が呼んだという鬼使いですか」
「ええ、そうなの」
若い女が店主の問いに笑顔で答える。
「そうでしたか、お足元の悪い中ご苦労様です。話は伺っております。部屋は暖めておいたので、どうぞお休みになってください」
「ありがとう、助かるわ」
店主に案内されて、4人は宿泊する部屋のある上の階に上がっていった。それを見ていた常連たちが顔を寄せ合ってひそひそと話す。
「別嬪だったな!」
「あんな若いねーちゃんがあの恐ろしい鬼を使うんだぞ?」
「小さいほうの鬼じゃないか?」
ドン!と料理が置かれる。常連たちはひっと縮みあがった。宿の女将がにっこりと笑った。
「くだらない話してないで、飯でも食ってな」
「はいい!」
「ありがたくいただきますう!」
「女将が一番です!」
「調子のいい奴らだね。飲みすぎるんじゃないよ」
「「「はーい!」」」
女将は少々怖いが料理はうまい。常連たちは舌鼓を打ちながら、村長が呼んだ鬼使いたちのことは忘れるのだった。
※
ひょいひょいと空を行くものがふたり。いや、正確には4人。空には赤い円が光っていて、その上を移動してるのだが、移動しているふたりはそれぞれ一人ずつ肩に乗せたりおんぶしたりしていた。
「これは便利だな」
「でしょー!」
「こら十六夜!後ろを向くな!バランスが崩れる!」
「リリアなら大丈夫だよ~」
「大丈夫なんだが大丈夫じゃない!」
高いところは好きだが、不安定なところは怖い。落とされるのもごめんだとリリアは叫んだ。騒がしい声に、アストラスの背にいるシルビアはくすくすと笑った。
「シル、大丈夫か」
「ああ、平気だ。―リリアはすごいな。結界で足場を作ってしまうなんて」
「リリアは鬼神の娘なので」
「確か周辺の妖魔をまとめているのだったな」
「あれは嘘ですよ」
「へ?」
シルビアは女王だったとは思えない間抜けな声を上げた。
「世界に存在する全ての妖魔の王が鬼神です」
「なんだと!」
「―シル、耳元で叫ぶな」
「だって!」
「それだけすごい娘だということですよ」
「まあな。それは分かる」
シルビアはアストラスの説明にうなずいた。落ち着いているし、頭もいいと思う。なんだかんだアストラスも一目置いている気がするし。
「ん?ということは」
「私の王でもあります」
「やっぱり!」
「だから叫ぶな」
「悪い悪い」
シルビアはアストラスの背をポンポンとたたくのだった。ちなみにアストラスはまだ敬語が抜けずに混ざってくる。
登るのは雪山。足元は悪く、速い移動は無理だ。ならば上を跳んだほうがはやいと十六夜が言い出した。リリアは一日かけて山の村まで行くつもりだったが、寒いのは好きではないので十六夜の提案に乗った。こうして彼女はいま足場を提供している。
「この速さなら昼過ぎにはつけるかもな」
「―リリアが十六夜から落ちなければな」
アストラスの背中で見えないが、リリアの悲鳴はまだ続いている。
「あれはわざとだな」
シルビアは笑ってため息を吐いた。
※
昼時には村についた。これなら昼飯にあずかれると、リリアはふらふらと歩きながら思った。
(おのれ十六夜。人が怖がっているのを面白がりおって!)
「大丈夫かリリア?」
足取りがおぼつかないリリアをシルビアが支える。リリアは疲れた顔でシルビアを見上げた。
「大丈夫だ。―腹が減ったから何か食べられるところを探そう」
「そうだな」
(食欲は消えないんだな)
出会ってそう日が経っているわけではないが、リリアはよく食べる娘だというのがシルビアの認識である。城で出した料理も少なくはなかったがぺろりと平らげていたし、旅に必要なものを買っている間も食事はきっちりとっていた。
「ご飯だ!」
十六夜もうれしそうに手をたたく。それを見て、こっちも食欲旺盛だとシルビアは思った。
「鬼の里の鬼使い様のお仲間ですか?」
突如そんな声がかかる。4人が視線をやれば、村人だろうか女が一人近寄ってきていた。
「鬼の里?」
リリアが繰り返す。思い出す顔がある。それは十六夜も同じだったようだ。
「そう!ちょっと遅れちゃって!どこにいるの?」
「やはりそうだったんですね。先についた方々は村長に挨拶をしてから、あちらの宿に行きましたよ」
それを聞いた途端十六夜は駆け出した。
「きゃ!」
その速さに雪が舞う。女は両手で顔を覆った。
「すまないな。助かった」
リリアはそうとだけ残すと、十六夜を追いかけて走る。しかし短い脚が雪に埋もれる。結界を張ろうかとも思ったが、ここには人目がある。悩んでいると、ずぼっと抜かれる。
「アス……ラス!」
「この雪じゃ一苦労だろう」
アストラスはシルビアとリリアを背負うと十六夜を追い走り出した。




