再会編―友達と旅してみよう2
「これからの方針だがな」
リリアは夕食をとった後、宿の部屋にシルビアとアストラスを招いていた。
「アストラス、お前の真名はなんだ?アストラスはここ15年の名前だろう?」
「そうだったのか?!」
シルビアは驚きに声を上げる。ちなみに、音消しの結界はしっかり張ってある。
「国への忠誠を示すため、鬼の名を捨てたのではないか?」
「そうだが―しかし―」
「お前は正式にシルビアの鬼になった。シルビアのために変えた名だ。そのままで戻したくないのは分かるが、今のままだとどうしても目立つ」
「…。」
アストラスは黙った。苦悩しているようだった。
「今の名前を短くするのでもダメなの?」
十六夜がベッドの上で胡坐をかきながら言った。リリアは考える。
「まあ、アストラス、と呼ぶよりは安全かもしれないな」
「だったら、アスだろうか。それともラス?」
シルビアがどうやって縮めるか思案を始める。アストラスは困った顔をしていた。
「呼びやすいほうでいいんじゃないか?」
「じゃあ、ラスで!」
リリアの言葉に、シルビアはアストラスの愛称を決めた。アストラスの顔はまだ困惑していたから、反応に困っていたのかもしれない。
「だったらシルビアは?シルビアのままでいいの?」
「私も短くしよう!シルと呼んでくれ!」
十六夜の疑問にシルビアはうれしそうに自分の呼び方を決めるのだった。アストラスの顔は困惑したまま固まっている。それに十六夜が不思議そうにする。
「ラス、どうかしたの?」
「あ、いや、シルビアと呼ぶのも一苦労しているのにと思ってな」
「頑張れ!ラス!」
シルビアは面白そうに笑っている。
「からかわないでください」
「そう怒るな」
シルビアはカラカラと笑ってアストラスをいなす。アストラスは抗議するようにシルビアをにらんでいたが、根負けしたのはアストラスだった。ため息をつき視線を落とす。
「善処します」
「うむ!」
シルビアは満足げにうなずいた。ふたりのやりとりを面白そうに見ていた十六夜は、リリアに体を向けた。
「それで、これからどうするの?俺たちは南に行くけど」
「山を越えたい。山と言っても集落はある。しかし季節が季節だ。雪が降っているだろう」
「雪!」
十六夜は目を輝かせた。頬を紅潮させてにっこりと笑う。
「あの白い奴だよね!積もるやつ!」
「そうだよ」
「俺、雪は見てるだけだったからなー、遊びたいな」
「ラスに遊んでもらえ。お前の体力には追い付かん」
「何故私が!」
「えー遊んでよ!」
いいじゃんいいじゃんと十六夜は椅子に座っているアストラスの腕をとりゆらゆらと揺らした。アストラスは十六夜の手を払う。本気で嫌な顔をしていたから、十六夜はちぇーっとつぶやいて体をリリアのほうに向けなおしたのだった。
「まあ、冗談はさておき、お前たちはどうする?雪山は厳しい。一緒に来るか?」
「―厳しい道は避けたいが、行く当てもない。シルの母親の国を頼ることも考えたが、政治利用されてもたまらん」
「そうだな。流浪の民に身をやつしていたほうが安全だよ」
アストラスの判断にリリアは賛成した。
「ならば、私たちと来るか?」
「迷惑でないのなら、ついていきたいな」
シルビアがやわらかく笑みながら言う。
「なら一緒に行こう。明日はこの街で足りないものを買い足して、明後日の朝には発つ」
「分かった。後は何を買えばいいんだ?」
「ちょっとした小道具と保存食かな」
(シルビアは鬼の血は流れているとはいえ、ほとんど人間だ。話を聞いてると、命の危機に面した時だけ発動するようだし)
用意は念入りにしたほうがいい。人とは弱い生き物なのだから。
「明日もお買い物か~。楽しみだな!」
十六夜はベッドの上で体を揺らしていた。それに、ふふっとリリアも笑う。
「大所帯の旅は初めてだな」
「楽しみだね~」
黒い二人組は、顔を見合わせて笑うのだった。
※
(短期間で移動したいなら、シルたちとはここで別れたほうがいい)
リリアは明かりを消した部屋のベッドで丸くなりながらそんなことを考える。
(なのに、どうして誘うようなことを言ったのだろう)
―時間は、ある。どれだけ忘れ去られようとも、暁はあの城を去ることはなく名ばかりの鬼神であり続けるだろうから、世界が崩壊することなどはありえない。リリアの時も止まったままだ。焦ることはない、はずだ。
(少し、うれしかったんだ)
自分に流れる鬼の血を知ってもなお、態度を変えずに接してくれることがうれしかった。それどころかシルビアには過去の鬼神の血が流れている。きっと、氷を操る鬼神だったに違いない。
(ミラルダとは散々だったからな)
ミラルダは鬼の血を思い切り悪用していた。そこは少々相いれない。
(離れがたいんだな)
それに、シルビアたちには行く当てがない。だから、もし嫌でなかったら。
(十六夜が鬼神になったあと、あの城でみんなで暮らせたらいいと思うのは馬鹿げた願いだろうか)
鬼神が住まう城がある。代々引き継がれてきた鬼神の城だ。十六夜が勝てば、あの城は十六夜の物になる。そうすれば―。
リリアは頭をもたげる理想に、首を横に振るのだった。
※
道具屋で、ポーチや火つけ石などを買う。シルビアは皮でできたポーチを腰に巻いた。
「似合うね!」
いいなーと十六夜は目を輝かせる。
「お前には必要ないだろう」
「そうかもしれないけど~」
リリアに言われて、十六夜は眉をハの字にする。その様子を、シルビアはくすくすと笑いながら見ていた。
「外套も買ったし、問題はなさそうだな。私の結界でも少しくらいなら寒さを防げるだろうしな」
「リリア、欲しいものがあるんだ」
「なんだ?」
リリアが振り返る。シルビアは花のつぼみがほころぶような笑顔で言った。
「弓矢が欲しい」
「武器か」
「使えるの?」
「ああ。ラス直々に習ったんだぞ」
リリアが考えている間に、十六夜が質問をする。シルビアは胸を張った。アストラスはうなずく。
「ああ。狩りくらいはたしなめたほう良いかと思ってな」
「へー!鳥とか打ち落とせるってこと?」
「うまくいけばな」
「すごいね!」
十六夜は目を輝かせる。そういえば、十六夜の近くには弓を使う者はいなかったなとリリアは思う。
「ほら、行くぞ」
リリアの声に、4人は店を後にしようとする。そこでふと、シルビアが足を止めた。
「どうした?シル」
リリアが一番最初に気が付く。見ればシルビアの目は一つの髪飾りに釘付けになっているようだった。リリアもシルビアの隣に移動する。
「きれいだな」
それは髪を束ねる結い紐だった。青くきらめいている。
「ああ。悪いな、行こう」
「シルの髪によく似あいそうだな」
「リリア?」
「長い髪も不便かもしれん。束ねられるようにしていたほうがいいんじゃないか?」
「しかし―」
リリアはニッと笑った。
「道中でしっかり私を楽しませておくれよ?」
「努力しよう。―ありがとう」
シルビアはそうリリアに礼を言った。結い紐を買って店を出ると、外では十六夜とアストラスが待っていた。
「あ!髪の毛結んでる!」
十六夜がいち早く食いつく。アストラスも目を丸くしていた。
「その髪型を見るのは久しぶりだ」
「最近は狩りもしていなかったからな」
くすくすとシルビアは笑った。
「ほら、行くぞ。店の前で止まっていたら迷惑だ」
リリアに促され、3人は武器屋に向かって歩く。道中ちらちらと人がこちらを振り返るのはシルビアが人目を引いているからか。
(視線の熱が、いつもと違う)
リリアは前を歩くシルビアを見上げた。シルビアは背が高い。女性の平均身長を超えていると思う。凛としたたたずまいはさすが王族と言ったところで、女性ながらまるであこがれの王子様のようだ。
その隣を十六夜が歩いている。なにやら一生懸命に桜花とタカラベのことについて話しているようだ。武器と言えば確かに十六夜にとってこのふたりは外せない。
(?)
なんとなく胸のあたりがもやっとしたようで、リリアは手を当てる。
「着いたぞ」
首をかしげていると、アストラスの声が聞こえてくる。リリアは足を止めた。確かに看板には武器屋と書いてある。その店に4人は入った。
「どれがいいかな~」
シルビアはまずは剣から物色を始める。使いはしないが興味はあるようだ。アストラスはシルビアのそばから離れなかった。十六夜は目を輝かせてあっちへこっちへふらふらと歩いている。それに苦笑して、リリアは十六夜に話しかけた。
「お前も何か買うか?」
「良いの?」
「一つくらい、業物を持っていても良いだろう」
そう聞けば、十六夜は真剣な目で剣やら刀やらを見始める。こういうところはやっぱり鬼だとリリアは思う。
「これがいいかな」
シルビアは弓矢を選び、購入した。
「これで鳥が飛んでれば狩れるぞ」
「それは助かる」
「俺はこれ!」
十六夜が手にしていたのは大ぶりの剣だった。刃の形はのこぎりに似ている。
「それは、背負うのか?」
「そうなりますね」
店員が出てきて説明する。鞘も当然大きく、腰には掛けられない大きさだった。リリアは柄に触れてみる。
「結構重いな」
鬼の血を引くリリアがそう感じるのだ、この剣は結構な重量がある。店員はうなずいた。
「はい。しかし、その分丈夫です。鬼にはちょうどいいかもしれません」
「ふむ。これもくれ」
「かしこまりました」
リリアは十六夜の分の金をはらう。十六夜は剣を背負ってうれしそうだ。それに自分もうれしくなりながら、リリアは3人と宿に戻った。




