再会編―友達と旅してみよう8
7人が戻ってくると、ルーシアが村の男たちに説教をしているところだった。
「生贄なんてね!もう時代遅れなんだから!」
そんなことを言っている彼女はとても恐ろしかったとリリアは思う。そして、また7人に気づいたとたんパッと切り替え何もなかったかのように笑って見せたのもまた恐ろしいとリリアは思っている。
結局主は倒したこと、川は流れ始めたことを伝えると、男たちは慌てて川まで走り去ってしまった。それを待つ義理はないと、ルーシアは生贄にされるところだった少女を連れて村まで戻ると判断した。誰も異論はなかった。
「あの」
歩いていると、少女が恐々といった様子でルーシアに話しかけた。ルーシアは優しい笑顔を少女に向ける。
「なあに?」
「私、帰って本当にいいんでしょうか」
「川は流れるようになった」
リリアが答える。
「しかし、私たちが目的を果たすまではもう少し時間がかかる。それまでは川の恵みは消えるだろう」
「そんな」
「やはりお前を生贄にすると言い始めないよう、急ぐつもりではいるがな」
少女は顔を曇らせる。
「しばらくどこかに隠れるのがいいかもな」
「依頼をしてきた村に頼んでみる?湖が凍るようになれば、あちらとしては文句はないでしょう」
「私たちは恩人に当たるわけだしな?」
ルーシアとシルビアが考え始める。
「世話焼きが始まった」
浅葱はため息をつくが、嫌そうではない。そこが彼女の美徳だと分かっているのだ。
「家族はお父さんと」
「母です」
「じゃあ、3人連れてさっさと出ちゃいましょうか」
で、数日湖の様子を観ましょう?とルーシアは提案する。皆それに頷いた。
※
「川の主にあげちゃうくらいだから、もういらないでしょう?」
と恐ろしい笑顔で言って、ルーシアは少女の家族を引き連れて村を出た。時間はもう夕刻だったから、また湖について依頼してきた村に着くまでに一泊する必要がある。
雪山の日没は早い。川の近くにテントを張り、また男と女で分かれる。ルーシアは客人が増えたと嬉しそうだ。
少女は14,5歳くらいの、色白のかわいらしい少女で、ユーリと名乗った。
「ごめんなさいね、強引に連れ出してしまって」
「いえ、もうあの村にはどっちみち安心していられませんでしたから」
もっと早く出ていれば良かったんです。とユーリの母は自分たちの判断を後悔していた。
「ユーリが生贄として決まった時、家族みんなで逃げ出せばよかった」
「でも、お父さんもお母さんもあの村で生まれ育ったんでしょう?」
「ユーリを失うくらいだったら、捨てるべきだったのよ」
母と娘は寄り添う。それにルーシアとシルビアは涙をこらえている様子だった。
「まったくだ。お前たちは運が良かった」
リリアはそっぽを向きながら、どこか冷淡な声で言った。
「リリア~」
ルーシアがリリアの体に両腕を回す。
「どうしたの?らしくないわよ」
「そんなことはない」
「あるわよ~」
ルーシアはゆっくりとリリアと一緒に揺れた。あやされているようで、リリアはなんとなく居心地が悪い。ちらとユーリ親子を見る。
「―母さまは助からなかった」
「お母様は村の巫女だったんだっけ」
ルーシアの言葉に、リリアはうなずいた。シルビアは初めて知ったと目を丸くする。
「村の人は、お母様を生贄にしたの?」
「―直接的には違う。しかし、あれは生贄と同じだ」
リリアは回された腕をぎゅっとつかんだ。
「母さまは村から出られなかった。父さまも城から出られなかった。ふたりはずっと会えなかった」
ルーシアの腕が、落ちてくる涙を感じた。
「悪いことをしているという自覚はあったんだろう。外にばれるのが怖かったのか、母さまが病に倒れても外から医者も呼んでもらえなかった」
ひくりと喉が震えた。
「―私が、連れ出してしまえばよかった。父さまも母さまも!」
きっとふたりのことだから、リリアのわがままを許してくれたはずだ。けれど、自分はそれをしなかった。
ぎゅっとルーシアが小さな体を抱きしめる。
「ご両親は何て言ってたの?」
「私がいればいいと!私に会えればそれでいいと!」
なのにっ!
「母さまが死んで、父さまは動けなくなってしまった!私ではだめだった!父さまを悲しみから救うことはできなかった!」
ルーシアがリリアの頭をなでる。
「みんな、父さまのことを忘れてしまう!鬼でさえ、父さまのことを忘れてしまう!鬼神の存在を、存在意義を!」
「リリアだけが覚えていて、ずっと一人で頑張っていたのね」
「母さまは死んでしまった!父さまは生きているけれど、もうあの優しかった父さまには会えない!話もできない!」
ただただ、十六夜に殺されゆくのを見ているしかない。
「私は!私はどうすれば!」
ルーシアは悲しげに目を伏せた。シルビアもかける言葉が見つからない。ユーリたちも、自分たちが立ち入っていいとは思っていなかった。
「リリア~俺リリアと一緒がいい~」
ばさっと音を立ててテントの中に入ってきたのは十六夜だ。十六夜はすぐに目当ての少女を見つけて目を丸くした。
「どうしたのリリア!どこか痛い?」
十六夜は慌ててリリアの前に膝をつく。リリアは嗚咽をこぼしながらどうにか言葉を紡ぐ。
「どうも、しない!ちょっと父さまと母さまのことを思い出しただけだ!」
「思い出すとどうして泣くの?」
「いろいろあるんだよ!」
どっか行けとリリアは十六夜の体を押す。十六夜は細い両手をつかむと、まっすぐな目でリリアを見る。
「嫌だよ!どこにもいかないよ!俺、リリアと一緒がいいもん!」
「私が嫌なんだ!」
「なんで!」
「だって!私は父さまをお前に殺してもらうことしかできない!」
リリアは大きく息を吸い込む。呼吸がつらくなってきた。
「本当は、本当は生きてほしいのに!」
ルーシアがぎゅうっとリリアを抱き込む。それに合わせて、するりと十六夜の手からリリアの腕が抜ける。十六夜は目を丸くして、そして考えるように伏せた。その色は、平素と変わらない黒色だったけれど、どこか深い光をともしているように見えた。
「―それはできない」
「十六夜!」
シルビアが非難の声を上げる。それも気にせず、十六夜はリリアの瞳を視線で射た。
「リリアの父さまにできるのは、鬼神として仕事をするか、俺に殺されるかのどっちかだけ」
「っ!」
リリアは唇をかむ。
「リリアの父さまは、鬼神として在れる?」
涙がこぼれる。ただただこぼれる。リリアは十六夜の視線から逃げ出したかった。でも、なぜかそれができない。
「できないから、リリアは俺を探してくれたんでしょう?」
「そう、だけど」
「俺は、殺すよ」
「っ!」
「リリアの父さまを、鬼神暁を、殺す」
リリアはただ涙を流すしかできない。十六夜はここに来て、眉をハの字にする。
「俺のこと、嫌いになる?」
「―分からない」
リリアは両手で顔を覆った。
「でも、嫌いになると言ったって、父さまを殺すんだろう?」
「それは、そうなんだけど」
「分かってる!分かってるんだ!父さまのためにできることと言ったら、もう母さまのところに逝けるようにすることくらいだって!父さまの心は、もう壊れてしまったって!」
「―俺じゃダメ?」
「何が!」
「リリアのそばにいるのは、俺じゃダメかな」
十六夜は、もう一度リリアの両手に手を伸ばす。泣きはらした目が姿を現した。その顔を覗き込む。
「リリアの、父さまと母さまみたいにできるかわからないけど、俺がそばにいるんじゃダメかな。―リリアを守るのは、リリアを大切にするのは、俺じゃダメなのかな」
「―ずっと、一緒にいてくれるのか?」
そう問えば、十六夜は幸せそうに笑んだ。
「うん!俺はずっとリリアといたい!」
「父さまみたいに、大切にしてくれるのか?」
「うん!俺にとってリリアが一番大事!」
だから
「泣かないで」
柔らかく目が細められる。その瞳は、確かにリリアが大切なのだと言っていた。そっと大きな手が、頬に添えられる。リリアはその手に自分の小さな手を重ねた。
「大丈夫」
「うん」
「リリアの父さまは、俺がちゃんとリリアの母さまのところに逝かせてあげる」
「うん」
「そうしたら、父さまも母さまも寂しくないでしょう?」
「うん」
「全部終わったら、また一緒に旅をしよう?」
リリアは笑った。
「馬鹿。鬼神になったら、そうそう城から離れられないんだぞ」
「えー?そうなの?」
「でも、竜神に挨拶しに行くくらいならいいかもな」
「そうしよう!」
十六夜は無邪気に笑う。ルーシアはゆっくりとリリアから体を離した。リリアが泣きはらした目で振り返る。ルーシアが笑顔でうなずいた。リリアはおずおずといった体で十六夜に背を預ける。ルーシアがしてくれたように、十六夜も後ろからリリアを抱きしめる。
「大丈夫。全部うまくいく」
「うん」
温かい声が上から降ってくる。リリアは全体重を十六夜に預けて、目を閉じた。
※
「寝ちゃったわね」
十六夜の腕に抱かれ、すやすやと眠りについたリリアの顔をルーシアは覗き込む。シルビアも、ルーシアの言葉に胸をなでおろした。
「どうなることかとひやひやしたぞ」
シルビアは、そう言って十六夜をにらんだ。十六夜は何が悪かったのかさっぱりといった様子だ。それにシルビアは腹が立つ。
「まあ、うまくまとまったみたいだがな」
「ぶっちゃけ助かったと言えば、助かったわ」
どういえば良いかわからなかったし、とルーシアは締める。十六夜はそれもわからないといった様子だったが、ただ、大事そうにリリアだけは離そうとはしなかった。
「いろいろ、我慢してたのね」
そっと髪を避けてやりながら、ルーシアはつぶやいた。
「あのー、その子は―」
「ああ、ちょっと特別な子なんです。家庭も複雑で。―ごめんなさいね、面倒なことに巻き込んで」
ルーシアは、ユーリ親子に謝罪した。ふたりは首を横に振る。
「命の恩人に、そんなこと思いません」
「お母さんのこと、思い出させちゃったんですね」
悪いことしちゃった、とユーリは顔を曇らせた。その様子を見ていた十六夜が、不思議そうにする。
「何であなたが落ち込むの?リリアは大丈夫だよ?」
「でも、たくさん泣いて」
「大丈夫だよ!リリアは強いから!」
心底そう思っているのだとわかる笑顔で、シルビアは少々不安になる。
「しかし、強いばかりではないだろう」
「大丈夫なの」
十六夜は穏やかな表情で、リリアの髪をなでる。慈しむ親のような、愛する恋人のようなそのまなざしに、何とも言い難い気持ちになる。
シルビアはルーシアを見た。
「これは、あれか?これが両想いとかいうやつか?」
小説でなら読んだことがある。とシルビアは真剣な顔だった。ルーシアはそうねーと考えるようにしながら十六夜を見る。後生大事そうにリリアを抱きしめている。それは彼女が彼の主だからなのか、それ以上の感情があるからなのか。
「思いの種類が同じかは分からないけど、間違いなくリリアは十六夜の最愛なのでしょうね」
「ふむ」
「見守りましょうか」
優しい笑顔で諭されるように言われると、素直にうなずくしかない。そんなこんなしていると、テントの入り口が再び開いた。
「ルーシア、十六夜は来てないか」
リリアのところに行くと言ってから帰ってこないんだが、と入ってきたのは浅葱だ。ルーシアはしーと人差し指を唇に当てた。見ればリリアは十六夜に抱えられて眠っている。
「―寝かしつけたのか?」
「まあ、そんなところだ」
シルビアが頷く。それには興味なさそうに、しかしじゃあどうすると顔に書いてある。ルーシアはユーリ親子に向きなおった。
「彼、今日はここにいてもいいかしら」
「―そっちの方がいいと思います」
ね?とユーリは母親に視線を投げる。母親も頷いてくれる。どうやらこの黒髪の少女はこの小さな体に大きな使命を帯びているらしいと感じたふたりは、ただ命の恩人である少女の安息を願う。
「というわけで、十六夜は今日はこっちで寝るわ!」
「―いいのかよ。むしろリリアは大丈夫か?」
あんなに抱えられてたら体痛くなるぞ?と浅葱はどこかずれた心配をする。ルーシアは笑った。
「それくらいが二人にはいいのよ」
「―そういうわけで、よろしく~」
十六夜は分かっているのかいないのか、いつもの邪気のない笑顔で自由な方の手を浅葱に振って見せた。
「おまえな~」
浅葱はがしがしと頭をかいて、しかし返す言葉も見つからず、分かったとだけ小さく言うとテントから出ていった。それを見送って、十六夜はごろりと横になった。優しく、腕に力を込めてリリアの体を抱き寄せる。そして幸せそうに眠りについた。
「―夕食がまだなんだがな」
「まあ、その時起こせばいいわよ」
困った顔で、ルーシアは笑った。




