超級編―国家を転覆させよう14
ドンと何かが爆発した音がした。城が揺れる。アストラスはシルビアに多いかさぶって、上からの物の落下に備えた。
「ん」
シルビアが身じろぎする。意識を取り戻したらしい。
「陛下!」
「シルビア、起きろ」
安堵に叫んでしまうアストラスを押しのけて、リリアがシルビアの顔を覗き込む。シルビアは目をぱちくりとさせた。見ればここは明るい部屋で、自分のものではなかった。
「ここは―」
「アストラスの部屋だ」
「アストラスの!」
シルビアはガバリと起き上がった。そして自分が寝間着姿なのを思い出してすぐに布団に戻る。
「恥ずかしがっている場合じゃない!反乱がおきたかもしれない!」
「反乱?アストラスがいるのに?」
「十六夜が―私の鬼が牢から消えた。取り込まれた可能性がある」
「それで!」
シルビアは瞳に鋭い光を宿す。ベッドから飛び降り、窓から外を見る。確かに、兵士が平民と戦っているようだった。
「私たちはこの反乱の機会を与えてしまった。悪いことをしたな」
「―いや、起こるべくして起きたんだ」
私の失政だと、シルビアは唇をかむ。
「陛下、ひとまず逃げましょう」
「でも、どこに!」
「ひとまず城の外へ!」
アストラスがシルビアの手を取り部屋を出る。廊下でもすでに戦闘は始まっていた。時折飛んでくる矢をアストラスは剣で払う。
「くっ!」
指揮を執るか王女を連れて逃げるか。後者は城を明け渡すことを意味していた。
「私がシルビアを護衛しよう」
リリアが名乗り出る。アストラスは驚いた顔でリリアを見た。
「この2日、3日で信用しろというのは無理かもしれんがな。信用してくれるなら私が護衛としてシルビアと共に逃げよう」
アストラスは前を見た。訓練をした兵士だと言うのに、殺気に満ちた平民に後れを取りそうになっている。
「任せる!」
「承知した!」
こっちだとリリアはシルビアの手を取って走り出す。手錠が外れた今、体は軽くどこまでも自由だった。
シルビアは時々つまずきながらリリアに手を引かれ走る。長い寝間着の裾が邪魔だった。ある一角まで逃げてくると、シルビアはするりとリリアの手から逃れると、壁をたたき始めた。
「確か、このあたりに隠し通路が」
「追手が来るぞ!」
リリアが前から人の気配を感じ取った時、ごり、と音がして、壁がずれた。シルビアは人ひとりが通れるだけのスペースを確保してリリアに手を伸ばす。
「こっち!」
「―いや、窓だ!」
リリアは自分より背の高いシルビアを抱えると、窓から飛び出した。隣の棟の屋根に飛び移る。その上を走る。シルビアは後ろを振り返る。追手が隠し通路に入っていこうとしているのが見えた。
「道をおとりに!」
「まさか小娘にこんな所業ができるとは思っていないだろう」
クックとリリアは笑った。皆目の前の戦闘に夢中で上には目もくれない。それを好都合だとリリアはシルビアを抱えたまま駆ける。このまま街まで出ようとリリアが思っていると、進路に何かが落ちてきた。どさりと音がして、低いうめき声が聞こえる。
(この声)
「アストラス!」
シルビアがリリアの腕から抜け出して駆けだす。アストラスに走りよると、立ち上がるのを支えようとする。
(こんなことができるのは―)
「リリア!」
うれしそうな声が降ってきた。リリアが空を仰ぎ見る。そこにいたのは
「十六夜!」
十六夜はすとんとリリアの横に下り立った。赤い瞳が笑み崩れる。
「お前、アストラスを吹っ飛ばしたのか?」
「うん。アストラスを殺したら、リリアとふたりで国を出て良いって言われたから」
「やっぱり利用されていたか」
「あれ?だめだった?」
「まあ、ずっとひとり檻の中にいて燃え死ぬより良かったか。だが、戦っていいのはここまでだ。アストラスには手を出すな」
「…はーい」
不服そうな間があったが、赤い光が消える。十六夜の目はいつも通りの黒色に戻った。リリアは後ろにいるシルビアとアストラスに向きなおった。
「すまない。もうアストラスのことは襲わないから大丈夫だ」
「本当か?」
「本当だよ!」
疑り深い目でアストラスは十六夜を見た。十六夜は両手を上げて見せた。それに、まあいいとアストラスは息をついた。
「やっと鬼と合流できたか!」
「ああ、これでいつでも退散できる」
「―なら、もうふたりは出ていくと良い」
「殿下!」
シルビアは手でアストラスを制した。
「この国のごたごたにお前たちを巻き込むわけにはいかない」
「ふむ、それはありがたい申し出だが」
「お前、協力すると言っただろう!」
「そうだったな」
リリアは腕を組んで考え始める。ちなみにアストラスが飛ばされて、十六夜が跳んできたせいでリリアとシルビアは見つかっている。矢が飛んでくるが、シルビアの分はアストラスが防ぎ、リリアと十六夜の分はリリアが結界を張って防いでいた。
「協力ついでに提案してやろう。こんな国、捨ててしまえ」
「は!」
「政敵にくれてやれと言ってるんだ。このまま奪還したとして、立て直すのも面倒だろう?」
「貴様!先代の意向を!」
「アストラスがいれば、充分旅をしながら生きていけるだろう。こんな危うい状態の国に縛っておくほうがよほど哀れだ」
「っ!」
アストラスは思い当たる節があるのか、剣で矢を防ぎながら唇をかんだ。その表情を、シルビアは不安そうに見つめる。
「アストラス?」
「話はアストラスから聞くと良い。さて、国を出るなら国境まで一緒に行こうか?」
「私は、私は、父上から受け継いだこの国を捨てるわけには!」
「いや、もしかしたらリリアの言う通りかもしれない」
「アストラス!」
リリアは、どうやら今話すらしいと半球の結界を張って自分を含めた4人を囲った。ちなみに屋根に民兵たちが登ってきている。いつの間にやら魔術師も交じってこちらに狙いを定めて詠唱している。
(まあ、これくらい造作もない)
いざとなれば雷を落として一発だ。
「陛下、陛下の身には鬼の血が流れております」
「なにを―突然」
「それを隠すために、我らは鬼とそれに近しい人間たちをこの国から追放したのです」
「私の、せいで?」
「今までずっと黙っていたこと、お詫び申し上げます」
アストラスは深く深く頭を垂れた。シルビアは、思ったより冷静だった。
「おかしいとは思っていた。けがをしても人より治りが早かったり、病にはこれっぽちもかからない。―まさかそれが鬼の血だったとは思わなかったが」
「鬼の血でも、はるか昔の鬼神の血だろう。だからシルビアの目は黒い」
「鬼神?」
「鬼の王のことだよ。鬼神は黒い鬼と相場が決まっているんだ」
リリアはここで講義はしなくてもいいかと話題を元に戻す。
「それでどうする。己のために犠牲になった国をこれから立て直せるか?真実を話してもお前はきっと殺されるだけだ。しかし隠し通しても、このままこの無理を今まで通り国に強いることになる」
「せめてイメリア・フォンティーヌに政権を渡してから―」
「その必要はありません」
アストラスは顔を上げた。
「この反乱の首謀者がイメリアです」
「…―そうか」
シルビアは疲れたように両目を閉じた。
「裏で15年前の件で不満を持つ者を集めているのは知っていました。しかし証拠がなく、このような事態に」
「良い。では、もう私は要らぬ女王だな」
「陛下!」
「その呼び方をやめてもらわなくては。今から私はただの娘、シルビアだ。アストラス、お前もそう呼べ」
「―御意」
「共に、来てくれるか?」
「ありがたき幸せに存じます」
「シルビア、アストラスに手を伸ばせ」
「??こうか?」
シルビアは、リリアに言われたようにアストラスに手を伸ばした。その手首に、アストラスはそっと両手を添えた。
「この命ある限り、何者からもお守りすると誓います」
「これは!」
紺色の光がシルビアの手首を渦巻く。まぶしくてシルビアは目を開いていられない。光が収まると同時に、重い感触が手首にして、シルビアはうっすらと目と開いた。
「―ブレスレット」
「これで契約は完了だ。アストラスはお前だけの鬼になった」
「俺たちと一緒だね!」
やっと分かる話題になって十六夜が入ってくる。後ろからリリアに腕を回して抱きかかえるようにする。その両腕に仕方ないなと手を添えながら、リリアは上にある十六夜の顔を見た。
「集まってきたやつらを蹴散らす。隙をついて、さっさと逃げるぞ。アストラスも準備しろ」
「分かった。でん…シルビア、失礼する」
「わ!」
アストラスはシルビアを抱きかかえる。十六夜もリリアを肩に座らせた。リリアは天高く手を突き上げる。
「雷よ、我が命に従いて罪人を罰せ!」
突如赤い雷が城中に落ちる。驚きの悲鳴がそこら中から上がった。場所によっては炎が上がったようだ。その隙に、十六夜とアストラスは屋根を蹴り城から飛び出した。




