超級編―国家を転覆させよう13
すべての始まりはシルビアが2歳の時だった。彼女はまだ小さく、その時の出来事を覚えてはいない。庭でシルビアが世話係たちと遊んでいるときだった。シルビアの命を狙う暗殺者が城内に入り込んだ。この暗殺者が国内から放たれたものだったのか、国外からのものだったのかは今でもわかってはいない。
「侍女たちの悲鳴が響いた。私は国王陛下と一緒にいたから、共に王女のもとへ走った」
あの時はもう終わったと思ったものだ。もう間に合わないと。当時は鬼もたくさんいて、王女だったシルビアの警護にあたっていた。それでも悲鳴の大きさ、多さから間に合わなかったと感じたのだ。
しかし、庭にたどり着いたとき、倒れていたのはシルビアの命を狙った男だった。腹に大きな穴をあけて死んでいた。見ればそれは鬼だった。
「シルビア!」
王は娘に駆け寄った。愛する妻が残した愛する娘だ。そのシルビアの目は、強く赤く光っていた。それを隠すように王はシルビアを抱きしめた。
「けが人はないか!」
アストラスは叫んだ。固まっていた者たちが動き出す。
「は、はい!侵入者は我らには目もくれずまっすぐに王女殿下を狙っていましたので」
「それを防げなかったんだな」
「…はい」
警護に当たっていた鬼たちは肩を落とした。
「―何があったのか話せ」
王は気絶するように眠ってしまったシルビアを抱き上げながら、声を震わせた。
「お前たちが侵入者を防げなかったということは、これをやったのは―」
「お。王女殿下です」
わなわなと侍女が震え始める。わっと泣き始める者もいた。
「突然厚い氷の壁が王女様の前に現れて!」
「それが剣を防ぎました!」
「気づけば氷の壁は杭のような形になっていて!」
「それが男の腹に突き刺さりました!」
その報告を受けて、王は侍従と鬼たちを監禁した。シルビアが鬼を殺すところを目撃したからだ。
「アストラス―」
「ここに」
王は王女の部屋で眠るシルビアを優しくなでていた。控えていたアストラスが、膝を折って
返事をする。
「あの、あの目は―」
「はい、鬼の目にございます」
王は大きく息を吐いた。疲れたように両手で顔を覆った。
「我が王家の血に、鬼の血が混ざっていたとは」
「私も気づいてはおりませんでした。しかし、この地域には鬼神の娘が嫁いできたという昔話があります。もしかしたら事実だったのかもしれません」
「そのような話、余は知らぬぞ」
「は、妖魔の世界は今混乱しておりますれば。鬼神の記憶は今は人の記憶からも鬼の記憶からも消えようとしております」
王は黙ってしまった。そして、震える声で言葉を紡いだ。
「もし、今から言うことが王としてふさわしくないと思えば切り殺してくれ」
「なにを!」
「良いから聞け」
王は確かに王だった。その威厳にアストラスは口を閉じるしかなかった。
「我が王家は唯一神リズナロの血を引くとされている。そして国の多くも熱心な信仰者だ。その王家の血に鬼の血が混ざっていたとすれば、今後国は混乱し、王家の威信も地に落ちるかもしれん」
アストラスは、じっとただ聞いていた。
「いや、そんな建前はよい。鬼の血をシルビアが引いていること、その力を使えること、それがバレれば今より命を狙われるかもしれない。この子は王女でいられないかもしれない」
王は力なく首を横に振った。
「―この国全土から鬼を追放する。鬼と親しかった人間もだ。とにかく、鬼の目が赤く光ることを知っている者をこの国から消す」
「陛下!」
アストラスは叫んだ。それは大変なことだった。大きな恨みを買うことになる。
「だからな、お前だけは残って、ずっとシルビアを守ってはくれぬか?」
「っ!」
それは大きな賭けだった。鬼とそれに近しい人間の追放がうまくいく可能性は低い。その後の国の混乱もある。兵力も一気に落ちる。
「それでも、おやりになると―」
王はうなずいた。アストラスは、立ち上がり眠る王女の顔を覗き込んだ。その何も知らない子どもの顔はあまりに純真で、小さい体はここではないどこかでは生きてはいけないのではと思わせた。
「私は王家に仕える鬼。―それが陛下の願いとあらば、実現させて見せましょう」
「すまない。苦労をかける」
そして鬼とそれに近しい者たちへの迫害が始まった。素直に出ていく者、意地でも残る者、王家に対抗しようとする者、様々だった。当然貴族たちの中にも反対する者は多くいた。それをすべて粛清し黙らせた。
そうして築いた、シルビアのためのゆりかごがこの国だった。
※
「あきれたな。それで国境を閉じたのか」
いつの間にやら寝間着からいつもの黒装束に戻ったリリアはそうアストラスに向かって言った。アストラスは黙った。それがどれほど愚かか自覚があるのだろう。
「いま政治に参加している貴族たちは鬼については何も知らないのか?」
「無知の者を探せと言われるほうが無理だろう。しかし、鬼との接触が少なかった者たちであるのは確かだ」
「まあ、時が解決してくれるものもあるが、シルビアの在位期間には間に合わないだろうな」
アストラスは苦しげに眉根を寄せた。それにリリアはため気をついた。
「そのためにお前がいるのだろう」
「…―そうだな」
アストラスはまだ苦しげだったが、どうにか笑って見せた。
「ところで、十六夜がいなくなったと聞いたが」
「そうだった、檻がもぬけの殻になっていた。壊された跡はない。鍵を使って誰かが開けたようだった」
「お前がそれを確認に行く隙にあの男は襲ってきたぞ」
「ということは、陛下の命を狙っている者の指金か」
「その可能性は高い。―利用されるかもな」
リリアは考える。政治のごたごたに巻き込まれるのはごめんだが、シルビアには助けられた借りがある。
「少しくらいなら協力してやってもいいぞ」
「何をだ?」
「お前の大事な女王様の命を狙うやつらにお仕置きをするのをだよ」
リリアは凶悪に笑ったのだった。
※
十六夜は黒いフードをかぶっていて性別もわからないに人間によって鍵が開けらるのを見ていた。
かちゃり
確かに鍵があいた。鍵を開けた黒フードは、しーっとジェスチャーで示した。そしてついてくるように手招きをする。
(リリアからは何の合図も来ない)
けれど、リリアに呼ばれたときに城の中で迷子になるのも馬鹿らしいし、少しは状況を知りたいと思い出てみることにする。
十六夜は黒フードについていく。見れば、見張り番は眠りこけていた。少し甘い香りがした。
(何か薬でも使ったのかな)
リリアが、においをかがせただけで眠らせることができる薬があると言っていたのを思い出す。
「こっちです」
声は男と言われれば男だったし、女と言われれば女のものだった。黒フードは確かに東に案内していた。
(東の尖塔)
そこに呼び出されているはずだった。そこまで案内してくれるらしい。塔まで着くと、上ではなく地下に案内された。真っ暗な階段を黒フードはロウソクを手に進む。たくさんの人の気配に近づいて行っているのが分かった。古くなりところどころ傷んだ扉を黒フードは開いた。
「来ましたか」
白いフードをかぶった人間、これは男らしい、が狭い部屋の中心にいた。男の声に、集まっていた人間たちの視線が十六夜に向く。皆が息をのむのが分かった。
「本当に鬼だ」
「これでアストラスに勝てる」
ざわざわとざわめきが起きる。それに気にかかる言葉があり、十六夜は口を開いた。
「俺はアストラスより弱いよ?」
「っ!」
「だって、一度負けたもの。そのせいでリリアは連れていかれちゃったし」
人々は混乱しているようだった。それを収めるように白フードの男が手を上げた。しんと静寂が戻る。
「あなたの仲間とあなたは近いうちに処刑されます」
「しょけい?」
「殺されるということです」
十六夜は考える風にする。男の言いぶりからして、リリアもまだ無事だと確信する。
「この人々は家族や仲間を15年前の暴政で失った人々です。今の王に不満を抱いている」
「だから、殺すの?」
「そうです。それしか手がないのですから」
十六夜は押し黙る。彼の中で戦いは許可制だった。リリアの許可がなければ戦えない。
「私たちは国を追われた友を呼び戻すことができる。あなたも処刑を免れ仲間とこの国を出ることができる。―良い話でしょう?」
「手伝えってこと?」
「はい。失敗はしてしまいましたが、女王の暗殺未遂で城は混乱しています。これに乗じて城を落とします」
「あなたは、誰?」
「今の女王に不満を持つ者とだけ」
「怪しい人にはついて行っちゃいけないって、リリアに教えてもらった」
白フードの男はくすくすと笑った。
「おかしなことを言いますね。もうついてきてるじゃないですか」
そういわれ、十六夜は確かにと頷いた。自分としてはリリアと旅を続けられればそれでいい。しかし、リリアはどうなのだろう。
「あなたにお願いしたいのはアストラスだけです。彼を倒しさえすれば、すぐこの国を出て行ってもらって構いません」
(アストラスと戦う)
「確かにそれは楽しそうだね」
「だったら!」
男が一人、十六夜に歩み寄ってきた。両肩をガシッと捕まれる。
「俺たちに協力してくれよ!あの鬼が一番許せないんだ!自分だって鬼のくせに、耳を切り落としたって鬼だってのに、鬼を追い出したんだ!仲間をたくさん殺された!」
男は目頭を押さえた。涙がにじんできたのかもしれない。十六夜はぽつりと答えた。
「…―俺は女王は殺さない」
「頼むから」
赤い光が、現れた。十六夜は赤く光る目を細めた。男は、十六夜からじりじりと距離をとった。
「俺が殺すのは、アストラスだけ」
その場が静かな歓喜に包まれる。何人かはガッツポーズを決めていた。十六夜は長い髪を翻して外につながる扉に手をかけた。
「行くよ」
反乱が始まった。




