超級編―国家を転覆させよう4
二人の目の前に流れるのは雄大な川だ。向こう岸が見えない。
「これ、あの竜神がいた川とつながってるの?」
十六夜は、浅瀬で裸足になり遊んでいる。リリアはその様子を眺めながら、視線をちらと下流にやる。
「そうだよ」
(下流に見える小さな点は船か。見張りはつけているようだ)
目を凝らせば、確かにアズリル王国の国旗が見えた。
「すごいね、竜神のところではこんなに大きくなかったのに」
「上流のほうが川は狭いんだ」
「そうなんだ」
リリアも思うところがあり、水に指先をつける。冷たい感触がした。それはどんどん下流に向かって流れていく。少し流れが乱れたのは、船が漂っているからか。さらにその先で、川の流れが二つに分かれる。一つはこの大河と比べればあまりに細いから、きっとそれが水路だろう。
「水路はあるな。監視船をくぐってどうやってたどり着くかだな」
陸の上も、水上も兵士が見張っている。そして水路に入れても、その先には結界が待つ。リリアは考える。
(やはり、もう一度あの老婆の話を聞く必要がある)
日は天高く昇り、夜まではまだ時間があると言っていた。
(暇だな)
どうしようもないことなのだけれど。
※
「こんばんは」
枝のように細い老婆に、十六夜は笑顔で話しかけた。暗がりから老婆が足を引きずるようにして出てくる。
「やってくれるのかい?」
しわがれた声には期待が乗っていた。リリアは首を横に振る。
「まだ決めたわけじゃない。お前はどこの結界をかいくぐって抜け出してきたんだい?」
「―地下通路だよ」
「そんなものがあるのか」
「国境近くの貴族の屋敷の抜け道だったみたいだ。大昔、ここの地域もアズリル王国だったみたいだね」
(アズリルにも強大だった時代があるのかもしれないな)
リリアには気にかかることがあった。
「その屋敷は今も人が住んでいるか?」
「私が抜けだしたときは無人だったね」
「ふむ」
リリアは国境に立つ兵士たちのさらに奥を見た。確かに街並みが見える。
(案外近いな)
「鍵はどうやって手に入れた」
「―仲間が管理権限のある魔術師から奪ったんだ」
「仲間ね」
「お友達がいたの?」
十六夜も気になったらしい。ずっとリリアと老婆の顔を見比べていたが、とうとう口を開いた。
「どうせ殺されるなら、一矢報いてやろうと思ってな」
「組織でも作って反抗していたか」
老婆は苦々しい顔をした。嫌なことでも思い出したのかもしれない。そしてリリアの手をまた取った。
「―頼むよ。あの国に帰れるようにしておくれ」
「―王は殺せない。賞金首になっている暇はないのでな」
「そんな!」
老婆はずるずると座り込んだ。同情でも引こうというのかすすり泣いている。十六夜は困ったようにリリアを見た。リリアはどうしようもないと首を横に振って見せるだけだった。
「ばあちゃん!また家抜け出して!」
青年が走り寄ってくる。座り込んでしまっている老婆を立たせる。
「鬼使いかい?すまないね。ばあちゃん、変なこと頼んだりしなかったかい?」
「変なことなもんか!私は、ただ私たちをこんな目に合わせた王を殺してくれと言っただけで!」
「それが変なことなんだよ!ほら、帰るよ!」
青年は老婆を引きずっている。リリアはこっちのほうが話が分かりやすそうだと思った。
「お前、名は」
「俺かい?俺はユージ・ザキア」
「私はリリア・ガーネット。明日お前を訪ねたい」
「俺をかい?かまわないけど…」
ユージは困ったように老婆を見た。
「お前の祖母が同席でも構わないよ」
「それなら」
「では明日、日が天高く昇ったころに行く」
「またね~」
十六夜がのんきに手を振った。ユージは苦笑しながら、老婆を連れて帰っていった。
※
リリアは約束通りユージを訪ねた。ユージの父と母はどこか疲れた表情をしていた。
「すみません、母が」
「いや、こちらも情報が欲しい」
リリアは勧められ椅子に腰かける。目で合図すれば十六夜も隣に座った。
「それで、貴殿たちは15年前、アズリル王国から脱出してきたのか?」
「いえ、私たちは出て行けと言われたときにおとなしく従ったんです」
「義母だけが残ると言ってきかないので、仕方なく残してきたんです」
「では、母君がどのように脱出したかは知らないと」
「ええ、ある日この街に流れ着いたようで」
「そうか」
リリアは情報を整理しようと口元に手をあてた。
「おばあさん、お友達と戦ったみたいなこと言ってたけど、本当?」
「さあ、嘘か本当かわかりません」
ユージの父は弱々しく首を横に振った。
「なんかね、鍵をくれるって言われたんだけど」
「鍵ですか?」
ユージの父親は考えるようにする。ユージがお茶を持ってテーブルに近寄ってくる。
「珍しいな。鬼使いや鬼、魔術師を見るとすぐにアズリルの王様を殺してくれって言い出すんだけど、鍵を渡そうとしたなんての初めてだ」
ユージは隅の椅子に座った。
「私が仕事で獲った賞金首のことを知っていた。なにか情報屋とでもつながりがあるのか?」
「一緒に流れ着いた男がいて、そいつは情報を集めるのがうまいですね」
「なら、そいつから聞いた可能性が高いな」
リリアは考えながら、ユージが入れてくれたお茶に手を伸ばした。
「その情報屋の男に会いたい。紹介してくれるか?」
家族は顔を見合わせて、微妙な顔をした。
「居場所だけ教えてくれればいい」
「それなら」
ユージの父親に男のいる場所を教わり、ふたりはユージの家を後にした。




