超級編―国家を転覆させよう2
「アズリルね~」
居酒屋の店主は嫌な顔をした。ちなみに朱熹から美味しいお酒もあると教えてもらった十六夜は、いろいろ酒を試すようになっていた。今は西方の国から取り寄せたらしい蒸留酒を飲んでいる。
「15年前かな。前の王様が突然鬼を国から追い出したんだよ」
「前の王?王が代替わりした時ではなくてか?」
「ああ、今の王様になったのは確か5年前だ。でもその前から鬼はアズリルには入れなくなっていたよ」
「そうなのか」
リリアはジンジャーエールを傾けながら、店主の話に耳を傾けていた。
「でも、アズリルから追い出された鬼がこの辺にも押し寄せてね。一時期は治安がそりゃ悪かったんだよ」
「今はそんな様子はないが」
「俺たちも頑張ったんだよ。腕っぷしはどうやっても鬼には敵わないからよ、逆に鬼を民兵として雇ったのよ。それで万事解決だ」
「なるほど、鬼の悪さを鬼に止めさせたんだな」
「そういうこった」
店主は鼻高々という風にうなずいた。
(確かにこの辺りは鬼が多い)
見渡せばこの居酒屋も3分の1ほどが鬼だ。そのせいか、鬼用の強めの酒も置いてある。十六夜は蒸留酒の前はその酒をちびちびと飲んでいた。
(本当なら、私も酒が飲めるくらいには成長していて良いのだがな)
小さな手のひらをあきらめの表情で見つめる。酒など別にどうでもいいと思っていたのだが、十六夜がおいしそうに飲んでいるのを見ているうちに、自分も飲んでみたいと思うようになっていた。
(まあ、時々外れもあるようだが)
まずいと顔に書いてある時がある。それを思い出して、ふふとリリアは笑った。
「まあ、人間でもそう簡単には入れてはくれない。アズリルは避けていきな」
「ああ、そうすることにするよ」
リリアはスラリとうそをついた。無理やり国境を越えて入るつもりですなどと、誰が聞いているかわからない場所で言えたものではない。
リリアは勘定を払うと十六夜を連れて店を出た。会話に入ってこなかった十六夜は、案の定酒に酔っていて眠そうに首が揺れている。それを引っ張りながらゆっくりと歩く。
月が高く昇っていた。静かな夜だと思った。
「お嬢さん」
暗がりから突如声がかかった。視線は感じていたリリアは驚かない。半分寝ている十六夜を支えながら、影になっている場所に視線をやる。
老婆が、骨のような手で手招きしていた。
「アズリルに入りたいんだろう?道を教えてあげるよ」
無視しようとしたリリアだったが、持ちかけられた話が話だったため足を止める。それに老婆が笑ったのが分かった。相手の思い通りに動いてしまったことに機嫌を悪くしつつ、リリアは十六夜を引っ張りながら老婆に近寄った。
「私はね、国境が封鎖された後にアズリルから逃げてきたんだよ」
「その時の道が今も使える保証はどこにある」
「これだよ」
老婆は小さな鍵を取り出した。
「アズリルは外へつながる道を結界で閉ざした。常時閉ざしているということは、魔術師が直接貼っているんじゃなくて魔道具で塞いでいるんだ」
「その魔道具を止めるための鍵だと」
「そういうことだよ」
ひっひと老婆は笑った。リリアは目を細めた。
「その話が本当だという証拠は」
「ないね」
老婆は濁った瞳でリリアを見つめる。どうするんだい?と空気で尋ねてくる。
「―なぜそんな話を私に?」
「裏の世界では有名になっている。黒い主人と黒い鬼には気をつけろってね」
「…それがどうしたんだ」
「今まで裏の覇者は翡翠だった。それを殺した腕を見込んでるんだよ」
「腕を見込む?」
リリアは眉根を寄せる。それではこの老婆は何か依頼があると言うのだろうか。
「そうだよ。王と、その周辺に仕える者たちを殺してほしいんだ」
「クーデターでも企んでいるのか?」
「私は自分が生まれ育った土地に帰りたいだけだよ」
「ならなぜ出たんだ」
そう尋ねれば、老婆の様子が変わる。わなわなと細い体が震えだす。
「王族は、鬼を追い出すと同時に鬼と深い関係のあった人間も追放したんだ」
(これは長くなるな)
聞くのではなかったかな?とかくりかくりと揺れている十六夜を見上げる。
「私たちは抵抗したよ。私たちはアズリルの土地しか知らないんだから。そうしたら―」
わっと老婆は泣き出した。
「国は私たちを処刑し始めた!」
「そして命からがら逃げてきたと」
老婆はうなずいた。
「国を出ていかない鬼と、鬼と交友のあった人間は殺された」
「なぜそんなことを?」
「知るわけないだろう!」
「とりあえず、鍵をやるから復讐の代理で王族を殺して来いということだな」
「やってくれるのかい?」
老婆はリリアの手に自分の枝のような手を絡めた。肌はカサカサに乾燥していた。
「―私が、その鍵だけを手に入れて逃げるとは思わないのか?」
「私はあんたのような強い奴を待ってたんだ!今まで色んな腕利きを自称する奴らを見てきたけれど、みんな大したことのない奴だった」
「翡翠を殺したからか?」
「おまえさんは、まだアズリルに入ることをあきらめていないだろう?鬼も、鬼と親しい人間も殺されると知っても。目を見ればわかるよ」
「まあ、確かにアズリルは通りたい」
リリアは考える。この老婆の話は嘘か真実か、真実のつもりで話している偽りではないか、疑うべき余地はたくさんある。
(引き受けたふりをして鍵だけ手に入れるか?その鍵も本当に使えるのかわからないのに?)
さすがに王族に手を出すのは危険だ。賞金稼ぎが賞金首になる可能性がある。
「―時間が欲しい」
「私は毎晩ここにいるから、その気になったら話しかけておくれ」
「助かる」
(この街でアズリルについて調べられるだけ調べていこう)
老婆は最後の手段だ。そう結論を出して、リリアはすっかり寝てしまった十六夜を引きずり宿まで帰った。




