超級編―国家を転覆させよう1
昔々あるところに、一人の黒い鬼がおりました。彼女は鬼の王で鬼神と呼ばれていました。妖魔の王の中の王である彼女が愛したのは、あまりに脆弱な人間の男でした。
いつしかふたりの間には一人の女の子が生まれ、女の子は大きく成長しました。鬼の姫は、ある日女王にあいさつに来た人間の王子に恋をしました。王子も、姫を一目見ただけで恋に落ちました。
姫を遠くにやるのは悲しかったけれど、これが姫のためと女王は二人の結婚を認めました。そして二人は王子の国に帰り幸せに暮らしました。
それは赤い鬼神とは別の、忘れ去られたあるおとぎ話のひとつ。
※
「入れない?」
リリアは彼女にしては珍しく素っ頓狂な声を上げた。国境を越えるために検閲を受けようとしたところ、ふたりして門前払いを食らってしまったのだ。
「なぜだ?」
(30年前に来た時はそんなことはなかったぞ?)
とはまさか言えない。見張りの兵士はリリアのことは人間だと思っている。半人半鬼などと、ポンポン口にするものではない。
「アズリル王国は、神に選ばれし我らが王が許可した者しか入ることはできない」
「―例えば、どんな者に許可が下りるんだ」
「まずは人間であることが条件だ。野蛮は鬼は絶対に入れない」
「俺、野蛮じゃないよ!」
十六夜が食い下がる。
「リリアが良いって言わないと殺しだってしないし!」
「それが野蛮だと言ってるんだ!」
(馬鹿)
リリアは額を抑える。さて、どうしようかと考えていると兵士の目が下げずんだ物に変わる。
「この国に入りたいのなら、せめて鬼を捨て置け。その後、貴様の過去をしらみつぶしに調べる。そこで問題がなければ入れるぞ」
(そんなことされたら半分が鬼だとバレてしまうじゃないか)
リリアはにっこりと満面の笑みを顔に張り付けた。
「こんな国、こちらから願い下げだ」
「貴様!」
「十六夜、行くぞ」
「え?いいの?」
十六夜は驚きながら小さなリリアの背に続く。リリアは国境から引き返すことにした。―ように見せかけて、国境近くの街に宿をとった。時間はまだ昼時。宿は取ったが宿ですることもなく、ふたりはぶらぶらと街に出た。
「このあたりには普通に鬼がいるんだがな」
街を行く人間に交じって鬼の往来もあった。商売をしている者もいる。
「俺のこと野蛮だって!」
十六夜はぷりぷりと怒っている。それに苦笑しながらリリアは考える。
(竜神の山から父上のいる城まで行くにはあの国を横断したほうが速い)
どうにかアズリル王国に入りたいとリリアは思った。そもそもアズリル王国は小国だ。今まで歩いてきたコーサス国に南北と東を囲まれている。時間も考え、リリアは一度アズリル王国に入り南下し、再びコーサス国に入ろうと思っていたのだ。
「遠回りも面倒だしな~」
ちら、と十六夜を見上げる。リリアの視線に気づくと、十六夜は満面の笑みを返してきた。たぶん、意思疎通はできていない。
「あ!リリア!焼き鳥!」
屋台を見つけてリリアの手を引いてずんずんと進んでしまうありさまである。それにまたもリリアは頭痛を覚える。しかし、食欲には負けてしっかり焼き鳥は二人分購入した。
それを食べながら再び歩き回る。
(昔行ったときは普通に出入国できたし、鬼もいる国だった。私が訪ねない間に何があったのだろう)
気にならないわけではない。きっと、為政者が方針を変えたのだろうとリリアは判断する。
(王が変わったのだろう。そして法律が変わる何かが起きたはずだ)
「そういえばね、リリア」
十六夜が最後の焼き鳥を口に入れながら話しかけてきた。リリアはちょうど肉にかぶりつこうとしているところだったが、それをやめて十六夜を見上げる。
「なんだ?」
十六夜は一度ごくんと飲み込んでからリリアの耳元に口を寄せた。かかる息がくすぐったいと思った。
「―入れてくれないならさ、こっそり裏から入ればいいよね?」
「!」
(なんだ、通じてたじゃないか)
リリアはうれしくなって、くすくすと笑うのだった。




