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鬼神殺し―リリアと十六夜の物語―  作者: 水彩月子
―第一章―リリアの野望編
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寄り道編―竜神に挨拶しよう4(終)

 十六夜は、とりあえず地面に座って、自分の足を枕にリリアを寝かせる。その安らかな寝顔に、竜神がそっと顔を近づける。そして離れると嬉しそうに笑った。


「良かった、良かった。この子はずっと一人でのう」

「ずっと?」

「ああ、そうだよ。母が亡くなり、父が乱心し、そのあとはずっと一人だ」


十六夜は視線をリリアに落とす。泣きはらした目が痛々しい。


「この子と知り合ってから数十年経つが、姿は少しも変わらない」

「鬼の血が流れているからじゃないの?」


不老不死の血が半分リリアには流れている。リリアの時間は、普通の人間よりずっとゆっくり流れるはずだ。しかし、竜神は首を横に振った。


「それにしては変化がなさすぎる。この子は髪の毛すら伸びないのだよ」

「…どうして?」

「父を殺し損ねて逃げ出した夜から、この子の時間は止まってしまったんだ」

「時間が、止まる」


そんなことあるのだろうかと十六夜は首を傾げた。


「それほど自分を責めているんだ。そして自分の責任として果たそうとしている」

「リリアは偉いから」


十六夜はリリアの頭をなでた。


「―そうかもしれないなぁ」


竜神の声はどこまでも悲しげだった。


※


 ぱちりと目を開く。視界に入ってきたのは深緑色だ。それが十六夜のタンクトップだと気づくのに数瞬。


「!!!」


リリアはガバリと起き上がる。


「あ、リリア起きた?」


振り返れば十六夜がニコニコ笑っている。


「私は、寝て、え?こんなところで、寝て?」

「リリア疲れてるんだよー」

「ええ?!」


リリアの声はひっくり返った。その様子を竜神がおかしそうに笑って見ている。その好々爺とした表情に、リリアは危機感を持つ。


「余計なこと、話さなかったか?」

「大丈夫だよ」


答えたのはなぜが十六夜だった。


「ちょっと俺がなかなか見つからなくべそかきながらここに来てたってことくらいだよ」

「話してるじゃないか!」

「ここに来るたび泥だらけだったって」

「もういい!やめろ!」


やめろやめろとリリアは真っ赤な顔で表耳を塞ぎ、ぶんぶんと首を横に振った。


「リリア」


十六夜の声にそろそろと目を開けると―


「そんなに激しく振ると、首とれちゃうよ?」

「とれるか!」


リリアは思い切り突っ込んだ。ぜーはーぜーはーと大きく肩で息をする。そして竜神を睨みつける。竜神はただただ優しい顔でリリアを見ていた。


「十六夜、リリアは喉が渇いているようだ。上流のほうが水が冷たいから、ちょっと行ってきて汲んでおいで」

「そうなの?」

「っ!そうだ!」


リリアは乱暴に水筒を取り出すと、十六夜に押し付けた。十六夜は受け取ると、素直に水を汲みに上流へと歩きだす。その長身の体躯はすぐに見えなくなった。


「さて、よく見つけたの」

「当然だ」

「あんなにここに来ては泣いておったのに」

「それはもういい!」


からからと竜神は笑った。それに、リリアはふくれっ面を作る。竜神のまなざしはどこまでも優しい。


「本当に、見つかってよかった」

「そうだな、これで世界のバランスも―」

「そうではない」

「?」


リリアは珍しくわからないという顔をする。


「私は川から出ることもできぬし、お前の頭をなでることもできぬ」


竜神の表情は苦しげだった。


「お前がどれだけ泣いていても、言葉をかけることしかできなかった」


けれど―


「あのものにならお前を安心して預けることができる」

「な!にを!」


リリアは口をパクパクさせる。


「これでも私はお前を、己の子か孫のように思っているのだよ?」


ヘタレを連れてきていたらどうしようかと思ったよ、と竜神は笑った。それにリリアは顔を真っ赤にする。


「私が、ヘタレなど連れてくるわけないだろう!」」

「そうだな。気高き鬼神の娘だものな」

「からかうな!」

「リリア~」


竜神に向かって怒鳴っていると、十六夜が戻ってきた。にこにこと笑いながら水筒を差し出してくる。


「本当に上流の水って冷たいね!すごく美味しかったよ!」

「ここは神が守る土地だからな、格別だろう」


リリアは熱くなった体を冷まそうとするように、水筒の水を飲んだ。


「ん、うまい」


それは慣れ親しんだ美味さだった。


一人ふらふらとあてもなく旅を続け、いつの間にか迷い込んだ山で偶然この竜神と出会った。この神は暁を知っていて、リリアが鬼神の娘だとすぐに気づいた。どんどん伝説として忘れ去られていく父を知っている者がいるのは、とてもうれしく、心の支えになることだった。だから、よくリリアはここに寄っては旅の報告をしていたのだ。


竜神はそんな相手だったから、十六夜を見せたかった。見つけた喜びを共有したかった。


しかし―


(こんなことになるなら来なければよかった)


泣いてしまうし、寝てしまうし、恥ずかしい話はされてしまうし。


(碌なことがない)


そんなことを思いながら、リリアは十六夜を見上げた。十六夜は竜神と何やら話し込んでいる。


(おしゃべりが好きなんだな)


だいぶ話すのも滑らかになってきた。少しずつだが字も読めるようになってきている。


(もっと話し相手になってやろう)


そんなことを思いながらリリアは立ち上がる。スカートを払いながら言った。


「十六夜、そろそろお暇しよう。このままでは帰り着くころには夜遅くになってしまう」


夕食をくいっぱぐれたくはないだろう?そう笑えば、十六夜は勢いよく首を縦に振った。それに笑いながら、リリアは最後にもう一度竜神を見た。


「―また来るよ」

「今度は十六夜が鬼神になってからおいで」

「ああ」


竜神はほおずりするように、自分の顔をリリアにこすりつけた。


「冷たい」


リリアはひゃっと声を上げた。その姿は年相応の少女に見えた。


「それじゃ、また」


そう手を振って竜神に背を向けたリリアを、十六夜はまた肩に座らせた。


「だから、突然担ぐな!」

「帰りも結界で足場作ってね」

「話を聞け!」


そんな会話をしながら二人は遠ざかっていった。竜神は空を仰ぐ。


「王よ、あなたの娘は立派に役目を果たそうとしています」


暗くなっていく天にきらめく赤い星が、一瞬瞬いたように見えた。


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