寄り道編―竜神に挨拶しよう3
「よく来たな、リリア」
竜神はその鱗でおおわれた顔をリリアに近づける。リリアは懐かしそうに目を細めた。
「久しいな竜神」
そっと竜神の顔に両手を伸ばす。そして片手を十六夜のほうに向けた。
「やっと見つけたんだ。次の鬼神だよ」
金色の瞳が十六夜を見た。びりびりと体がしびれるような鋭い眼差し。しかし、竜神はすぐに眼光を緩めた。
「風のうわさには聞いていたよ。リリアが黒い鬼を見つけたと。確か名は―」
「十六夜。リリアにもらった」
「そうそう、十六夜だったな」
うんうんと頷くように竜神は頭を上下させた。体を覆う鱗が青銅色に光っていた。
「リリアとの旅は大変ではなかったか?なかなかなハネッ返りだろう」
「ううん、リリアとの旅は楽しいよ」
十六夜は首を横に振りながらリリアの隣に並んだ。十六夜の言葉に、竜神は目を丸くした。そして声をあげて笑う。
「はっはっは、そうか、楽しいか」
「笑うな!余計なことを言うな!」
リリアは頬を染めて竜神に抗議する。悪い悪いと竜神は謝りつつまだ笑っている。
「この子は、われらの偉大な王の娘でね」
「知ってるよ。鬼神の子どもなんでしょう?」
「ああ。長くを生きる妖魔で、彼の鬼神を知らぬ者はいない。―だからこそ、ここ数十年の様相に驚いておる」
「?」
何が言いたいのか分からず、十六夜は首をかしげている。
「人と魔のバランスが崩れている。穏やかだった妖魔も狂暴になり、我ら土地神と呼ばれる妖魔の中にも強すぎる魔の力に自我を失ってしまう者が出てきておる」
「お前が初めて戦った妖魔も、その部類だと私は考えているよ」
リリアは苦しそうにぎゅっとこぶしを握った。
「リリア?」
「土地神は秩序を守る。乱心したとはいえ土地神を殺したことで、その土地はしばらくは不毛の地になるだろう」
「でも、リリアのせいじゃないでしょう?」
リリアは悲しげに笑った。
「それでも私は鬼神の娘だ。この有り様をどうにかしなくてはならない。それに―」
リリアはうつむく。
「それに、父さまも苦しんでいる」
十六夜はリリアに手を伸ばしたかったけれど、なぜかできなかった。
「だから、お前には絶対に鬼神になってもらわなくてはならない」
強い瞳が十六夜を見た。胸が高鳴る。そうだ、これがリリアだと心が叫ぶ。十六夜はまっすぐにリリアを見て頷いた。
「俺は、勝つよ。俺は絶対に、鬼神になる」
リリアは泣きそうに笑った。今度こそ、十六夜はリリアに手を伸ばした。ギュッとその腕に閉じ込める。
「十六夜!」
「だから、リリア、泣かないで―」
「っ!」
泣かないでと言われれば、余計に涙があふれてくる。リリアは嗚咽をこぼした。それに十六夜が慌てる。竜神がそのままでいいと瞳で訴える。それにも当惑しながら、十六夜はリリアの背をなでた。
「わ、たしは、鬼の血に、黒をまとっているのに」
「うん」
「父さまを、殺せなくて!」
「うん」
「それどころか、返り討ちにあいそうになって、みんなが逃がしてくれて!」
「うん」
「みんな、死んじゃって!」
「うん」
「だから、私がやらないと―」
「大丈夫」
「?」
リリアは涙を浮かべた瞳で十六夜を見上げた。アルバの笛で操られるほど、まだまだ子どものはずだった十六夜の瞳は、静かな湖面のようだった。
「リリアの父さまは、俺が殺すから。リリアは、もう頑張らなくて大丈夫」
「―絶対に?」
「絶対に」
十六夜は力強くうなずいた。
「だって、リリアが俺のこと強くしてくれるんでしょう?」
リリアは泣きながら笑った。
「なんだ、結局私がやるんじゃないか」
「あれ?本当だ。…でも俺、強くなるよ!」
いつもの十六夜の調子に戻る。リリアはギュッと両手を十六夜の腰に回した。
「温かい」
リリアは笑う。十六夜がそれにうれしそうにリリアの背をなでる。気がつけば、リリアは十六夜の腕の中で眠りについていた。




