中級編―賞金首を捕まえてみよう9(終)
リリアは宿の自分の部屋のドアノブに手をかけた。感じるものがあり、薄く笑みを浮かべる。がちゃりとドアノブを回して部屋に入る。
「リリア!」
部屋の奥に十六夜がいた。リリアを見て歓喜の声をあげる。その隣には手品師の男が立っていた。
「どうした?逃げなくていいのか?」
リリアは扉を閉めながら、男に向かって笑みを向ける。
「その鬼がやってくれたからな。ちょっとお仕置きをしようと思ってな」
「ほう?お仕置きとは?」
リリアはなんとなく予想がつきながらあえて尋ねる。十六夜は何が起きるのかと緊張している。
「その鬼に、大事な主様を殺させようと思って」
「ええ!?」
十六夜は悲鳴を上げると、急いで窓から出ていこうとする。リリアと距離を取ろうととしているようだ。しかし、それより男のほうが速い。
ピ!
十六夜は体をリリアの方に向ける。
「もう!俺は嫌なの!!」
今日は意識を残してあるようだ。十六夜は駄々をこねるように男に向かって叫んだ。
「だからやるんだろう」
「性格の悪いことだ」
リリアは部屋中に結界を張り巡らせた。ここで戦闘が始まる。足場が壊れるのは都合が悪かった。
「そちらこそやる気満々じゃないか」
ピイ
男は笑うと笛を吹いた。十六夜が床を蹴る。
「リリア!逃げて!」
「私を殺したいと言ったのはお前だろう?」
「でも、これは嫌だ!」
「―そうだな。面白くはないな」
リリアは怒っていた。自分をコケにした手品師に対して、自分から十六夜を奪おうとする男に対して、怒っていた。怒りに、目が赤く光る。
(鬼!?)
男は驚くが、すぐに自分を落ち着かせる。リリアの耳はとがってはいない。人との混血だ。純血の十六夜には敵わないはずだ。
十六夜はリリアがいた場所にこぶしを見舞う。リリアはひらりと躱していた。そして、手にした水晶の首飾りを十六夜にかけようとする。念のためアルバは十六夜を避けさせる。リリアは十六夜の首に水晶をかけるのに失敗する。
「やはり動きは止めないとだめだな」
リリアは水晶を仕舞うと、手に赤い剣を召喚した。ぱちぱちと音がしているから、電気の属性を持っているのかもしれない。
リリアは躊躇なく十六夜に向かって剣を振り下ろした。当然それは避けられる。リリアの剣はベッドの上のマットレスを切り刻んだだけだった。
十六夜は蹴りをリリアに向かって放つ。リリアはそれを剣で受けた。リリアの小さな体が飛ぶ。
「かは!」
壁に打ち付けられるのと同時に、十六夜もバランスを崩して倒れた。右足の膝から下がなくなっていた。
「あし、がなくなれば動けまい」
けほけほと小さく咳をしながら、リリアは立ち上がる。
「雷よ、我が命に従いて罪人を捕らえよ」
壁から赤い雷がアルバに向かって伸びる。アルバはそれを防ぐすべを持たない。屋敷に張っていた結界は時間を要して作ったものだ。アルバには瞬発力がなかった。
「ああああああああああああああああああ!」
びりびりと電流が体を走り抜けた。アルバは悲鳴を上げる。激痛をもたらす電流はアルバの体を縛り自由を奪う。もう彼は、笛を吹くどころではなくなった。
しかし、念のために、とでも言うようにあの水晶のネックレスを取り出すと、上半身を起こした十六夜の首にかける。
「どうだ?少しは体は自由になったか?」
「…うん!動きやすい」
十六夜はにっこりと笑った。それを確認するとリリアは自分が切り落とした足を拾いに行く。拾った足を傷口にあてると、赤い光を手に灯す。その手でそっと傷口に触れると、足は音もなく元に戻った。
「ズボンは買い替えるか」
そんなことを言いながらリリアは立ち上がる。そして指を鳴らすと、アルバを縛る雷はほどけて消えた。アルバはぜぇぜぇと肩で息をしている。
近寄るリリアを睨みつけている。
「こちらに来ないで逃げ出せばよかったものを」
「―お前たちに会う前に、街を出ておくんだったな」
その言葉にリリアは笑った。
「どうせ獲物を物色しているときに私を見つけたんだろう。この色が珍しかったと見える」
アルバは悔しそうに歯ぎしりした。そして両手で体を起こそうとする。
「がっ!」
それをリリアは許さなかった。背中に足を下す。アルバは簡単につぶれた。しかし、手は自由だった。アルバは落ちていた笛を拾って吹く。顔に勝ったと書いてあったが、リリアは動揺しなかった。
「わーなんともないよ、リリア!」
十六夜は自分の体を見回しながら嬉しそうに言った。アルバの顔が絶望に染まる。
「どうして」
「こちらも手を打ったということさ」
「あの水晶か!」
リリアはくすくすと笑う。
「我が偉大なる父の血はまだまだ有効なようだ」
「偉大な父?」
(赤い、雷)
「まさか!鬼神の娘というのは!」
「なんだ、聞いてたのか?」
リリアは意地悪く笑う。男は目を見張る。
「我が父は赤い雷を操る偉大なる紅き鬼神、暁だ」
そう偉そうに言ったあと、まあ、とリリアは付け足した。
「ここ数十年で随分とおとぎ話のものと思われるようになってしまったがな」
リリアは切なげに目を細めた。
「リリア、これはなに?」
首飾りに細工があるらしいと聞いた十六夜が尋ねてくる。リリアは答えた。
「私の血を吸わせたんだよ。お前は鬼神にはなるがまだ鬼神ではない。在位している我が父の命令ならば否定できないと考えたんだ」
「それでこれ、ちょっと赤いんだ」
「そうだな、血の色だな」
リリアはアルバを踏み潰したままそんな会話を交わす。そして思い出したように部屋に張り巡らせた結界を解いて、十六夜に命じた。
「こいつを縛って、役所に突き出すぞ」
「そうだ、俺が連れていかれたところに子どもがいたよ」
「ああ、それなら無事だ。お前が逃がした子どもたちは無事に親元に届けられたよ」
「良かった」
十六夜はほっと笑った。
「こいつは請け負った子どもが消える事件の主犯だ。突き出せばたんまり金が手に入るぞ。何か縛るものがないか女将に聞いてこい」
「分かった」
そのあと、女将が用意してくれた縄でアルバを縛って役所に突き出した。
※
「そういえば十六夜、お前外套はどうしたんだ?」
「つかまってたところにおいて来ちゃった」
「じゃあ、燃えたのか」
「燃えちゃったの?」
困ったと言う顔を十六夜はした。リリアが足ごと切ってしまったズボンは買い替えた。後は外套が足りないとリリアは気づいたのだ。
「外套も買っておくか」
「―なくてもいいかも」
「なんだって?」
リリアは立ち止まった。振り返った十六夜は、確かに人目にびくびくとはしていない。突然の変化に、リリアは戸惑う。
「顔、隠さなく平気なのか?」
「…うん、なんか別に変じゃないみたいだし。それに別にみんな俺のこと見てないなと思って」
「………そう思えることは良いことだ」
それだけ言って、リリアは歩き出す。そしてすぐに立ち止まった。
「念のため、念のために買っておこう」
「そう?」
「ああ」
リリアは力強くうなずいた。その小さな背に断固たる意志を感じて、十六夜は不思議そうに首を傾げた。
「ちなみに、なにかあったのか?」
リリアは十六夜に背を向けたまま尋ねた。十六夜は思い出しながら言った。
「あの、手品の人が、俺を捕まえてる間、別に変じゃないよって」
「あいつか―」
リリアの目が据わる。十六夜はなぜリリアが不機嫌になったのか気になったが、なんとなく聞かないほうがいい気がして何も言わなかった。
十六夜は空を仰いだ。日は傾きつつある。涼しい風が髪を揺らした。この前髪を揺らす風はフードをかぶっていたときは感じなかったものだなと思う。
(ああ、とても)
「幸せだな」
十六夜のつぶやきに、リリアは悲し気に眉根を寄せるのだった。




