中級編—賞金首を捕まえてみよう3
「この宿の近くに、笛吹でも住んでいるのか?」
宿で昼食をとりながら、リリアは女将に聞いてみた。女将ははてと首をかしげる。
「笛吹かい?ラッパなら持っているのはいるがね」
「あの音はラッパではなかったな」
「笛がどうかしたのかい?」
「いや、昨日の夜聞こえてきたものだからね」
ちょっと気になったんだ、とリリアは話を終わらせた。
「笛の音が気になるの?」
「お前が倒れても起きなかったんだぞ?何かある」
食事中でも十六夜はフードで顔を隠している。食べにくそうだとリリアは思っている。
「俺、何かあったらすぐ起きるのに」
「そうだろう?」
「うん」
リリアに言われて、十六夜もおかしいと思い始めたようだ。
「少し外を歩こう」
情報がまだ少ないと、リリアは十六夜にそう提案した。十六夜は残ったパンをぺろりと平らげると、立ち上がる。
「行くでしょう?」
リリアもリンゴジュースを飲み干して立ち上がるのだった。
※
ふたりは街を歩く。リリアは書類を見て、いなくなった子どもたちを確認していた。
(性別や住所には関連はなさそうだな)
頬を指先でたたく。
(話を聞ける状態だろうか)
子どもがいなくなり、きっと多くの関係者から話を聞かれているはずだ。疲れ切っているかもしれない。
「きゃあああああああああああああああ!」
突然の甲高い悲鳴に、リリアと十六夜は両耳をふさいだ。頭にガンガンと響く。涙がにじむ目を開けると、女を人質にしている男が見える。ほどなくして警官が追い付いてくる。
(あれに追われていたのか)
逃げきれなくなり、通りの女を人質に取ったのだろうとリリアは読んだ。
「落ち着け!」
「要望はなんだ!」
「その人を離すんだ!」
警官が説得を始める。
「足だ!足を用意しろ!」
「馬を連れて来い!」
逃げる手段を男は確保したいようだ。当然と言えば当然だった。警察も一応言うことを聞くことにしたらしい。
「リリア、あれは何をしているの?」
十六夜がフードが飛ばされないよう抑えながら尋ねてくる。リリアは説明してやる。
「悪いことをすると捕まるだろう?」
「うん」
このあたりのことは教えたことがあった。
「あの男は悪いことをして逃げていたんだが、逃げきれなくなったんだ。関係のない者を巻き込み、危害を加えられたくなかったら自分を逃がせと言っている」
「迷惑だね」
「そうだな」
「何見てるんだ!あっちに行け!」
男の声が響く。たくさんのやじ馬たちが足を止めていて、男はそれに取り乱しているようだった。警察が離れるように指示を出し始める。聴衆は距離をとり始めるが、それでもこの騒動を見ようと人だかりは大きくなるばかりだった。
「見るなと言っているだろうが!」
男にはわずかばかりの魔力があったようだ。隠していたナイフを浮かすとそれらを飛ばす。途端にあちらこちらから悲鳴が上がった。
ナイフが一本、リリアに向かって飛んできた。リリアはそれを止めようと結界を張る準備をする。しかし、その必要はなかった。十六夜が素手で掴み止めてしまったからだ。
(まずい!)
「十六夜!」
呼んだ時にはすでに遅し、十六夜は男に肉薄していた。赤い瞳が男を射る。男は突如現れた青年にヒッと悲鳴を上げた。十六夜は男の腕をつかむ。男はナイフを取り落とし、解放された女はヘロヘロとその場に座り込んだ。
十六夜は足を払うと男を背負い投げして地面に押し付けた。
「リリアに何するの?」
突然のことに誰も動けない。この状況で動けるものはただ一人。
「十六夜」
リリアが十六夜の肩にポンと手を置く。
「そいつは警察に渡して、行くぞ」
リリアの言葉に固まっていた警官たちが仕事を始める。男を警察に引き渡して、リリアは十六夜を連れてそそくさとその場を去った。
※
「悪目立ちするのは良くない」
リリアは十六夜をそう注意した。十六夜は不服そうだ。
「でも―」
「私たちは追うものだ。目立っては獲物に見つかってしまうだろう?」
そう言えば少しは納得したようで、十六夜は口をつぐんだ。
「あんた、鬼使いかい?」
(ほら来た)
なるべく騒動から遠ざかったつもりだったが、ふたりを見かけたものがまだいたようだ。
「そうだが」
かかった声にリリアは答えた。リリアに話しかけてきた男の手は、小刻みに震えていた。
「息子を。息子を探してほしい」
「名前は」
「アッシュ・ランデンだ」
リリアは役所でもらった紙を見る。確かに男が言う少年の名が書いてあった。姿を消したのは先月のことだ。
(都合が良いといえば良いか)
「そのことについて情報が欲しい。話は聞けるか」
「ああ」
男はふたりを家に招いた。裏道に面する家は少々日当たりが悪かった。男の妻がお茶を出してくれる。
「朝起きたら、すでにアッシュはいなかったんだ」
「部屋もきれいなままで、荒らされた様子はありませんでした」
男と妻はそう説明した。
「家出をした可能性は?」
「お金も置いていったままだったので、それはないかと」
「ふむ」
リリアは考える。
「どんな小さなことでもいい、変わっていたことはないのか?」
ふたりは押し黙る。必死に思い出そうとしているのだろう。リリアは待つ。リリアの隣で十六夜がどこかのんきにお茶を飲んでいた。
「―鍵が」
「鍵?」
「窓の鍵が開いていました。もうそろそろ涼しくなるから、開けて寝る必要はなかったと思うんですけど」
「窓の鍵―」
リリアは十六夜をちらと見た。
(こいつも窓に近寄っていたな)
「窓から出ていったのかとも思ったのですが、あの子の部屋は3階ですし」
「人の子が下りるには少々高いな」
「ええ」
妻はうなずいた。
「ちなみになんだが」
リリアはコホンと咳払いをした。
「アッシュがいなくなった夜、奇妙な笛の音を聞かなかったか?」
「笛か?」
男はまた記憶に検索をかけているようだ。目を閉じている。しばらくしてその目が開いた。
「いや、俺は笛の音なんて聞いたことはない」
「私もです」
「そうか」
読みが外れてリリアは少々肩を落とす。これ以上いても、情報は増えそうになかった。
「何か思い出したらまた話を聞かせてほしい。東の宿に泊まっている」
それだけ言い残すと、リリアは十六夜と男の家を去った。




