中級編—賞金首を捕まえてみよう2
「よく鍵を閉めて寝るんだよ」
宿の女将からそんなことを言われた。言われなくてもと思ったが、なぜそんな初歩的なことを念押しして来るのかリリアは気になった。
「もちろんそうするが何故だ?」
「子どもがいなくなるんだよ。跡形もなく、きれいさっぱりとね」
「人さらいか?」
「そう言われてる。朝起きたら子ども部屋はもぬけの殻になってるって話だ」
「荒らされた後は?」
「それもないんだよ。子どもがいないだけで、部屋はいつも通りきれいにしてるんだと」
「そうか」
「お兄さん。お嬢ちゃんのこと、よく見ててあげてね」
やはり心配されていたかとリリアは内心げんなりする。
(私は子どもではないのに)
どう見たって子どもなのだが、リリアは不満を感じざるを得ない。女将の言葉に、十六夜は隣でうなずいているし、リリアはむくれた。
※
―しんと寝静まったころ、ピクリとリリアはベッドの中で瞼を震わせた。
ぃ―
ぴぃ―
「笛の音?」
ゆるゆると瞼を持ち上げる。上半身起こして目をこすっていると、窓枠に手をかける十六夜の姿に気づく。
「十六夜?どうした、暑いのか?」
反応がないことがおかしくてリリアは床に足を下した。ひたひたと床を歩き近寄る。
「十六夜」
ぐいと宿が出してくれた寝間着を引っ張ると、ぐらりと体が揺れた。
「へ?え?うわ!」
どたんと倒れこむ。リリアは十六夜の下敷きにされてしまった。ぴったりとついた体から子どものように高い熱が伝わってくる。そして、ユックリとした脈に鼓動、呼吸。
(寝ている?)
すーすーと規則正しい音が耳元をくすぐる。
(こんな体勢になっても?)
そもそも倒れた時点で目が覚めていなければおかしい。戦闘種族である鬼にはあるまじき反応だ。リリアはどうにか十六夜の下から這い出ると、ゆさゆさとその体を揺さぶった。
「十六夜、起きろ。十六夜!」
「ん」
ようやく眉根が寄る。床から体をはがすように、十六夜はゆっくりと上体を起こした。
「―ったま、痛い」
十六夜は額を抑える。リリアはその手の下に自分の手を滑り込ませる。
(熱があるわけではない)
ならば、何が影響を与えている。
―ぴぃ―――ぴぃ―――――――ピィ―――ピィィィィィィィィィ
笛の音が頼りなく揺れていた。よれよれしたその音は、曲をなしているようには聞こえない。
「う、あ。―か、ないと」
「なんだって?」
「いか、ないと」
十六夜は夢うつつといった感じでゆらりと立ち上がる。そしてまた窓に手をかける。リリアは十六夜の胸ぐらをつかむと揺さぶった。
「十六夜!何を寝ぼけている!起きろ!」
十六夜!何度か呼べば、やっと十六夜はぱちりと目を開いた。
「あれ?リリア?」
リリアは十六夜から手を放す。十六夜はリリアの肩に手を置き上体を起こした。きょろきょろと辺りを見渡す。
「俺、いつの間にベッド出たの?」
「覚えてないのか?」
リリアはため息をついた。がくりとうなだれているリリアに、十六夜は不安げな顔をする。そして窓の外に視線を移した。
「―笛の音が聞こえるね」
「ああ」
リリアは耳を澄ませた。曲になりそこなったようなへんちくりんな音の羅列が聞こえてくる。
(おとぎ話の笛吹きのようだな)
笛で子どもたちを操り連れ去ってしまう男の話。
(まさか、本当にいるのか?)
子どもがいなくなるというのも気になる。
「明日、役所に行こう」
「お仕事もらうの?」
「そうだよ」
役所に行けば何か情報が手に入るかもしれないと思った。リリアはベッドに戻り布団に潜り込む。せっかく暖かくなっていた布団はだいぶ冷えてしまっていた。
「今日はもう寝よう」
リリアは結界を張り、外からの干渉を受けないようにする。そのかいあってか、ふたりともぐっすりと眠ることができた。
※
「人を捕らえてみようか」
「人間を?」
リリアの言葉に十六夜は首を傾げた。リリアはにやりと笑う。
「そろそろ低級の妖魔を狩るのは飽きただろう」
十六夜は目を輝かせる。
「もっと強いのと戦えるの!?」
「ああ」
リリアはうなずく。
初めて賞金稼ぎの鬼使いとしての仕事をしてから3週間ほど経った。その間に、大体は人の領域に踏み込みすぎた低級妖魔を退治して回った。もちろん報酬ももらってだ。
そろそろレベルを上げるころあいだとリリアは考えていた。
「早く行こう!」
十六夜はバッと外套をつかみ、フードまでしっかり被る。それを確認してリリアは宿を出た。
リリアは颯爽と街道を歩く。その後ろをちょこまかと十六夜はついてくる。役所にはすぐ着いた。ふたりはいつものごとく、鬼使い課を探して歩きまわる。
十六夜はガラス張りの天井を珍しげに見上げていた。
「仕事を請け負いたい」
目当ての場所見つけ、そう申し出る。初老の男性が対応してくれた。ファイルに挟まった紙をめくりながら尋ねてくる。
「どんな案件をお望みで」
「初級から中級の魔術師が関わっていると考えられるものがいい」
「―では、この街で最近起きている子どもの失踪についての案件はいかがですか」
「それは魔術師の仕業だと算段はついているのか」
「いいえ、妖魔の可能性もあります」
(手がかりがないんだな)
よほど手をこまねいているとみた。きっと来る賞金稼ぎにこの案件を振っているに違いないとリリアは思った。
(それはルール違反なんだがな)
それも仕方ないのかもしれない。何も手掛かりがないまま、行政の威信にもかかわってくる。
(まあ、受けてみるか)
「その案件、受けよう」
リリアは書類を受け取る。
最初の子どもが消えてから三か月と書いてあった。その間、警察が動き、地域に根差す鬼使いがうごき、とうとうこうやって旅の鬼使いにまで手を広げている。
(余裕がないな)
「行くぞ」
リリアは袖のない黒い上着を翻し、十六夜を連れて役所を去った。




