中級編―賞金首を捕まえてみよう4
「昨日の笛はなんだったのかな」
「さあな。子どもの件とも関係があるのかわからない」
ふたりは宿に向かって歩いていた。
(これは別件なのだろうか)
何から調べようかと困ってしまう。
「昨日、俺は結局ちゃんと寝れたでしょう?」
「そうだな」
「リリアが結界を張らなかったらどうなってたんだろう」
リリアは足を止める。十六夜もすぐに止まり、ふたりはぶつかることなどない。リリアは十六夜を見上げた。
「―試して、いいのか?」
十六夜は首肯した。
※
今日もあの妙な笛の根が響いてきた。だた聞こえてくると言うより、なんとなく頭の中に直接響いてくるような感覚がする。
そんなことを考えていると、ベッドに腰かけていた十六夜がふらりと立ち上がった。
「十六夜?」
試しに呼んでみるが返事はない。
(始まった)
もう起こさないし邪魔はしない。見ていれば、十六夜はがちゃがちゃと窓の鍵を開けると、するりと外に出て行ってしまった。リリアも後に続いて窓から飛び降りる。これくらい造作もないことだった。
十六夜はすぐに裏通りに入っていった。
ぴいぴいと頼りなさげな笛の根が聞こえてくるが、歩けども歩けども音の出所に近づいている気がしない。
(犯人はこの街に明るいのか?)
狭い路地裏を進んでいく。時には道をふさぐ壁を越えたりもした。この道を十六夜自身に選ばせるには無理がある。
(操られているんだな)
ピイ!ピリリリリリリリリリ!
音が突如はっきりとしたものに変わる。はっとリリアが顔を上げた時には、十六夜の姿はなかった。
リリアは慌てて地を蹴り、屋根に飛び移る。辺りを見渡せば、屋根から屋根を移動する黒い影が見えた。十六夜だ。それを追おうとした時には、十六夜はどこかに飛び降りてしまい、後を追えなくなった。
「ちっ!」
(やられた)
リリアは舌打ちをする。
(だが、まあすぐどうこうなる十六夜ではあるまい)
そう自分を落ち着かせると、リリアはばさりと上着を翻して宿に戻るのだった。
※
「まさか、こちらが釣れるとは」
男はあらわになった十六夜の顔を覗き込んだ。初めて見かけたときは一瞬しか見えなかった顔は、存外女顔で童顔だった。スースーと気持ちよさそうに眠っている。
男は、ナイフを一本取ると、それを十六夜の上で放した。とたん十六夜の目が開き、コロンと寝返りを打ってナイフを避けた。
「お目覚めですか?」
「あなたは」
いつか見た手品師だった。十六夜は体を起こす。そしてあたりを見渡しリリアを探す。
「あなたの主人はあなたを置いて帰りましたよ」
「どうして?」
「あなたを見失ったからです」
「そっか、俺のほうが足速いから」
(振り切っちゃったんだ)
十六夜は何が起きたのか悟った。そしてはっと気づく。今自分はフードをかぶっていない。慌ててフードで顔を隠す。
「あなたは顔を見られるのが嫌なんですか?」
「うん。この色、好きじゃないから」
「そうですか?珍しくてきれいな色だと思いますよ?」
「変じゃない?」
「ええ」
十六夜は、恐る恐るフードを下した。男はにっこりと笑った。十六夜もつられてへらっと笑う。
「それで、あなたは何か用?」
十六夜はこの男が自分をここに誘ったのだろうと無意識に理解していた。ならば用件があるはずだと考えるのが自然だ。
「…ええ、ありますよ」
十六夜ののんきな問いに、男は笑顔でうなずいた。
「私と一緒に旅をしませんか?」
「あなたと一緒に?」
十六夜は目を丸くした。リリア以外の誰かと旅をするなんて考えたこともなかった。
「俺は、リリアと旅してるから」
「あなたのご主人も一緒で大丈夫ですよ」
「―それは、リリアに聞かないと」
「確かにそうですね。あなたは仕える身、決めることはできませんね」
本当はあなたの主人をここに呼ぶつもりだったのですが―。そのつぶやきを十六夜の耳は拾っていたが、意味はよく分からなかった。
(リリアがここに来るはずだったのかな)
それが手違いがあって自分が来たと。それがこの男にとってどういう意味があるのかはわからないが。
「俺、失敗しちゃった?」
リリアは振り切ってしまうし、男は本当はリリアに用があったようだし、いろいろかき乱しているように感じる。
「いえ、計画に変更は出ましたが、あなたが気に病むことではありません」
男はやっぱり笑っている。そして思いついたように手をたたいた。
「そうだ。あなたにできることがありますよ」
「なあに?」
十六夜は床に座ったまま男を見上げた。
「お茶を用意しますから、ぜひあなたと主人の話を聞かせててください」
「お話を?」
「そうです」
パンパンと手を鳴らすと、仮面で顔を隠した男がティーポットとカップを二つ持って入ってきた。それを窓際のテーブルに置いて去っていく。
男はカップにお茶を注ぐ。それを座ったまま見ている十六夜に笑顔を向ける。
「どうぞこちらにかけて」
十六夜は数度瞬きを繰り返した後、男に言われた通り椅子に腰かけた。男は満足そうに笑みを深めて、自分も座る。
十六夜にお茶を進めながらカップを口元に運ぶ。十六夜も真似して飲んでみる。
「熱い」
その反応に、男はおかしそうに笑った。
※
黒い大きな影が泣いている。茶色の長い髪を持つ女性をひしと抱き泣いている。
「父さま!」
リリアは叫んだ。しかし、父は振り返らない。それどころかリリアに背を向けて歩いて行ってしまう。その両手に、愛する女の亡骸を抱きながら。
「父さま!」
リリアは走る。しかし、どれだけ走ってもその姿は近づかない。父は、黒い渦の巻く先の見えない世界へと、一歩一歩近づいて行ってしまう。
「だめ!父さま!そっちは!」
きっと絶望しかない。その言葉は声にならなかった。だって、もう彼は一人絶望の中にいるのだ。ただそこで王としての理性と、一人の男としての感情に挟まれながらじっと耐えている。そこから解放したいと自分は心から願っている。
「父さま!もう少しだから!もう少しだから!」
(そうすれば、母様のところに逝けるから)
―待っていて
今に連れて行くから。黒い鬼を、次の王を。
(十六夜を―)
そこで悪夢から目が覚めた。じとりと気持ち悪い汗が体を濡らす。息は軽く切れていた。リリアは深呼吸をして窓の外を見た。良い天気だった。
(十六夜と離れたからか)
彼と出会ってからは見ていなかった悪夢を久々に見たリリアは軽く動揺していた。
(十六夜とはぐれてしまった。願望が叶うことが遠くなったということなのだろうか)
ギリと唇をかむ。
(十六夜を取り戻さないと)
黒い鬼を見失った時よりよほど心臓が早鐘を打つ。ぎゅっと胸の前で手を握る。
「我が悲願は必ず遂げる」
その声はどこまで苦し気で、10の少女が出せるものとは思えなかった。




