幕間八 地球はどうやって見つかったか
代読装置が止まってからも、公民館のなかには、さっきまでの声が残っているようだった。
だれも、すぐには次の話を始めなかった。
中年男は、うつむいたまま口元を固くしていた。配布台の女は、空いたままの『黒幕』の席を見ている。さっきまでの険しさとは違い、なにかを確かめるような目だった。猫は机の下にいた。『黒幕』と書かれた名札のまえには、相変わらずだれも座っていなかった。
婦人は、僕がばらまいた資料と、いま読み上げられた支配者階級の回答を、机の上に並べた。
「確認します」
婦人は、二つの紙を交互に見た。
「地球を教団から隠したのは、猫です」
カヂルグミは、手元の項目へ目を落としたまま答えた。
「そのように確認されています」
「支配者階級は、地球を隠した主体ではない。ただし、猫の存在と、その記録を利用した」
「回答にも、その記載があります」
「猫に対する恐怖を、自分たちの命令や処分へ結びつけた。資源、医療、安全、教育、居住環境を一部へ優先的に配分し、その結果として、別の地域や集団へ不足や危険を偏らせた」
婦人は、そこで言葉を切った。
「一方で彼らは、家庭や地域や個人の問題は、個々人の責任であると回答しています。しかし、そのような問題が生まれる土台となった社会的な偏りまで切り離せるのかは、この回答だけでは判断できません」
回答の紙は、すべてを認めなかった。けれど、認めていないから存在しないとも言えなかった。
配布台の女は、『黒幕』の席から婦人へ視線を移した。中年男も、ようやく顔を上げた。表情は変わらなかったが、婦人の言葉を聞き逃さないようにしているのは分かった。
「ここまでは、いったん整理できます」
婦人は、その二枚を重ねずに机へ残した。
それから、ひとりの地球人としてたずねた。
「地球は隠されていたんですよね。どうして、見つかったのですか」
何人かが、カヂルグミを見た。
猫が地球を隠し、教団は地球を知的生命体のいる星として認識できなかった。それなのに、いま救済は始まり、宇宙人が公民館で説明会を開いている。
カヂルグミは、手元の資料を一枚めくった。
「約五万年前から、地球側の生体反応を我々は検知しています」
「地球人の生体反応ということですか」
「違います」
カヂルグミは、はっきりと答えた。
「サルです」
サルという言葉だけでは、だれも同じものを思い浮かべなかった。
自分たち地球人に対する侮蔑的な呼び方だと受け取る者もいた。知的生命体になるまえの原始的なサルを思い浮かべた者もいた。動物園やサル山にいるサルを想像した者もいれば、すこし深読みをしてザ・プレデターの姿を思い浮かべた者もいた。
カヂルグミは、資料を見ずに続けた。
「地球は、我々の救済の目が届かないよう隠蔽されていました。その隠蔽工作に、一匹の野生のサルが偶然挟まったようです。その個体は現在まで、苦痛と混乱に近い反応を発し続けています。このサルが発していた叫びを、我々は約五万年前から把握していました」
「把握して、その後はどうしたのですか」
「観測を続けました」
「調査対象にはならなかった」
「知的生命体の叫びではなかったため、観測行動のみに留まりました」
五万年という数字は、すぐには頭へ入らなかったらしい。
資料を見返す者もいれば、机の上へ視線を落としたまま動かない者もいた。隣に座っている人間へ助言を求めようとした者は、その人も自分と同じような顔をしていることに気づき、開きかけた口を閉じた。
「その叫びは、いまも続いているんですか」
「はい」
「五万年間」
「継続しています」
そこで初めて、教団があらゆる生命体の苦痛を拾い上げる存在ではないと知った者もいた。
カヂルグミは、それを冷たいこととも、弁明が必要なこととも考えていないようだった。
婦人の指は、二つの紙のあいだで止まっていた。
情報が、一度に流れ込んできていた。
猫が地球を隠していたこと。
サルが五万年も挟まっていること。
そのサルは、現在も叫び続けていること。
教団は、その叫びに気づいていたこと。
けれど、知的生命体のものではなかったため、調査対象にはならなかったこと。
だれもが、それぞれ自分の頭のなかで情報を並べ替えていた。
婦人も同じだった。
すぐに結論を出そうとはせず、ひとつずつ確かめるように口を開いた。
「もう一度、同じ質問をします」
婦人は、机の上の二つの紙から目を離した。
「地球は――地球人は、どうやって見つかったんですか」
カヂルグミは、資料を見た。
「地球時間で、およそ四百年前です。サルの叫びに、知的生命体の苦痛反応が混じりました」
婦人は、黙って聞いていた。
「その後も、同じ場所から知的生命体による発話が断続的に確認されています」
「サルに、だれかが話しかけていたということですか」
「はい」
だれかが小さく息をのんだ。
けれど、その先をたずねる者はいなかった。
情報が多すぎた。
それに、つい最近まで、地球人は百年も生きれば十分に長生きだった。宇宙人が口にする四百年や五万年は、どちらも同じくらい遠く聞こえた。
五万年前から叫びつづけているサル。
四百年前、そのサルに話しかけていた人物。
その疑問は、確かに残った。
けれど、その日の公民館では、まだ整理しなければならないことが多すぎた。
婦人は、その疑問をいったん脇へ置いた。
「それで、地球を知的生命体のいる惑星だと判断したのですね」
「はい」
カヂルグミは、短くうなずいた。
「その時点で、確認対象となりました」
婦人は、それ以上たずねなかった。
机の下では、黒猫が前足をなめていた。




