幕間五 名札
説明する側の長机には、それぞれの席を示す三角の卓上名札が並んでいた。近所の文房具屋に並んでいた厚紙を、三角に折っただけのものだった。
そこには、六ミリの太いペンで、それぞれの呼称が力強く書かれていた。
『地球規模被告人』
『黒幕』
『情報拡散者および愉快犯』
『原告』
カヂルグミは、その名札を見て、かなり嫌そうな顔をした。
「説明会用の分類が、別用途に変更されています」
説明会にあたって、彼が用意した名札は、もっと無害なものだった。
無害すぎて、耐えられなかったらしい。
配布台のまえで資料を配っていた女が、いつの間にか名札をすべて作り直していた。当然、だれの許可も得ていなかった。
スクリーンのまえには、カヂルグミの机があった。資料と名簿と、使う予定のなさそうなマイクが置かれている。彼だけは、胸に『現地対応』と書かれた名札をつけていた。
カヂルグミは机の下をのぞき込んだ。
机の下のゴミ箱には、『説明対象』『関係者』『証人』『説明希望者』と書かれた卓上名札が、まとめて捨てられていた。
配布台の女が、紙束を抱えたまま机のそばまで来た。
カヂルグミは、『原告』と書かれた名札に手を伸ばした。
「元のものに戻します」
女は、その名札を押さえた。
「戻すと、説明希望者になります」
「説明希望者です」
「原告です」
「裁判ではありません」
「現時点では、そうですね」
女は、それ以上言わなかった。
ただ、名札を押さえた手だけは退けなかった。
前方の机の端には、婦人が座っていた。
法服は着ていない。そもそも裁判官ではない。小さな事務所で、契約書や和解書や委任状や取り下げ書を扱ってきた弁護士である。カヂルグミが用意した名札には、もともと『補助進行』と書かれていた。法にかかわる質問が出たときのための席だった。
ただし、その席にも、女の作った卓上名札が置かれていた。
『裁判長』
婦人は、その名札をどけなかった。
「これは裁判ではありません」
カヂルグミが言った。
「分かっています」
婦人は答えた。
「では、その名札は」
「間違っていますね」
「戻しますか」
「いまは、いいです」
「なぜですか」
「戻すと揉めそうだからです」
婦人は、名札を見たまま答えた。
カヂルグミは黙った。
たぶん、正しかった。
席はまだ空いていた。
呼ばれている者たちも、まだ全員はそろっていない。
それでも、だれが説明し、だれが説明を求め、だれが責任を問われるのかだけは、女によって先に決められていた。
裁判は、まだ始まっていなかった。
名札だけが、ひと足先に裁判になっていた。




