幕間四 説明会
救済が始まる前後で、地球人類史を根幹から揺るがすような情報が、あちこちへ流れはじめた。猫のことや、いわゆる支配者階級のこと、ザ・プレデターの敗北記録――だれが記録を閉じ、だれがそれを使い、だれが見ないふりをしたのかということ。
重要だった。
少なくとも公開した人間は、それを捨ておけない情報だと考えた。
救済を目前にして、地球人全員のまえに、その情報が並べられた。
これによって、猫と支配者階級がふくろだたきに遭うと考えた。
正義の行使だった。
けれど、たいていの人は、そのまえを素通りした。
あるいは見なかったことにして、楽園のプールへ飛び込むことを選んだ。老いも痛みも空腹もない水辺のまえで、地球人類史を揺らされても困る、ということなのだろう。もしくは、揺れているところを見るのは、プールに入ってからでも遅くないと思ったのかもしれない。
追加情報として、猫が地球にいた理由も公開された。
猫が教団から身を隠すために地球を覆っていたこと。その覆いのなかへ地球人まで巻き込み、救済を長いこと遅らせていたこと。
それを足した人間も、その話を知ったばかりだった。
たいして確かめもしなかった。
聞いたことを、ひとまず前の資料へ足して、もう一度ばらまいた。
扉のまえで立ち止まった者もいた。
僕が思っていたよりも、ぜんぜん少なかったが、いないわけではなかった。
それらの情報によって、彼らのなかには感情の渋滞が起きていた。
これまで自分がやってきた行いは、本当に正しかったのか。気づかぬ間に、猫や支配者階級の手先となっていたのではないか。法律はだれのものだったのか。人間が人間を傷つけてきたことにも、自分たちの知らない理由があったのではないか。自分が不幸なのは、彼らのせいだったのではないか。救済が遅れたというのは、いったいどういうことなのか。
カヂルグミは、それらの問題を、合同説明会という形でいっぺんに処理しようとした。
場所は、公民館だった。
前方にはスクリーンが下ろされ、その横にホワイトボードが立てられていた。長机がいくつか並んでいる。壁には、古い健康診断のお知らせと、「使用後は机を拭いてください」と書かれた紙が貼られていた。赤い磁石がひとつだけ、ホワイトボードの端に残っている。
ほとんどの椅子は、前を向いていた。前方には説明する側の机があり、後ろには聞く側の椅子が並んでいる。そこだけ見れば、普通の説明会だった。
ただ、普通の説明会にしては、後ろのほうがすこしゆるかった。
そこにいる人たち全員が、責任の所在を明らかにしたいわけではなかった。
すぐにプールへ飛び込まず、準備運動をしているだけの人たちもいた。声がするから立ち寄った人、茶が出るから座ってみた人、知っている顔がいたからのぞいている人。公民館で大きな揉めごとをすると、そういう人たちも混ざる。
お茶の係もいた。
公民館なので、茶を出しているだけだった。湯呑みの数を数え、足りない椅子をひとつ持ってきて、ポットのコードがだれかの足に引っかからないように端へ寄せていた。
どことなく薫る楽園の気配が、公民館のありふれた一コマと重なっていた。
それだけに、余裕のない人たちの顔は、余計に物騒に見えた。
会場の入口には、配布台があった。
『配布台』
そう書いてあるので、受付ではない。
そこには、三種類の紙が積まれていた。
『必ず読む紙』
『持って帰るだけでよい紙』
『あとで読まなかったと言わせないための紙』
受付より面倒だった。
配布台の横に、女が立っていた。
紙束を抱え、片手に太いペンを持っている。配っているというより、受け取っていない人間が紛れ込まないように見張っていた。
だれかが近づくと、女は三種類の紙を一枚ずつ重ね、角をそろえて差し出した。
「一枚目だけ読んでください。残りは、持っていることが重要です。立ち止まらないでください」
説明は早かった。
受け取った者が内容を確かめようとすると、その肩越しに、後ろで待っていた者へ紙を差し出した。
「読むのは向こうでお願いします。ここで読むと詰まります」
詰まるほどの人数はいなかった。
それでも、二人か三人が配布台のまえで順番を待つと、女はすぐに声を上げた。
「並ばないでください」
先頭にいた男が、後ろを振り返った。
「でも、順番に受け取らないと」
「順番はどうでもいいです。受け取ってください」
「横入りしてもいいんですか」
「横入りではありません。配布です」
男は納得していない顔で紙を受け取り、横へ退いた。
残った者たちは、並んでいないつもりで、ひとりずつ前へ出た。
紙だけは、さっきより早く行き渡った。
ほとんどの者は、説明会へ来たつもりだった。説明を聞いて、自分の気持ちと折り合いをつける。そのくらいに考えていた。本心では扉をくぐりたい。けれど、そのまえに一度だけ、納得しておきたかった。
配布台の女だけは違った。
説明を聞いて納得するためではなく、この説明会でされた話を、あとでなかったことにさせないために立っていた。
その真剣さにあてられて、何人かは手にした紙を持ち直した。椅子へ向かいながら話していた者も、いつの間にか声を落としていた。
受付ではない配布台のまえで、説明会はすでに裁判へと変わりはじめていた。




